「ノーベル平和賞受賞記念特別市民セミナー」

 

  みなさま

  こんにちは。

  昨日、長崎の原爆資料館で開かれた「ノーベル平和賞受賞記念特別市民セミナー」に行ってきました。

  主催は長崎大学。ICANのベアトリス・フィン事務局長は

スウェーデン出身の35歳、お話が明確で崇高で、素晴らしかったです…

  「核の被害を、世界に忘れさせないために真実を語り続けてくれて感謝します」

というお礼の言葉から始まって、

  「核被害に国境がない以上、すべての人が当事者」

  「核が使われた後、苦難が始まることはヒロシマ・ナガサキが証明している。

そもそも核の開発途中で被ばく者が生まれており、被害や破壊をもって平和を

保つことはできない」

  「ナガサキは(核を作ってしまった)人類の醜態と(復活の)希望を体現している。

長崎の皆様は、核廃絶という物語を描く中で欠かせない役者なのです」

 「理想主義者と呼ばれるなら、喜んでそう呼ばれたい。(ゲバラの言葉だー)

時代の節目において理想主義者は、人類の側において求められるものなのです。

手をこまねいているわけにはいかない」

  「自分を守るために核兵器を他者に落とすことができますか?」

  「核廃絶はみんなが不可能と言っていたけれど、核兵器禁止条約が採択された。

それは草の根の力です。皆の声が、〝核兵器は力の象徴でなく恥ずべきものだ〟

と示したのです」

  「禁止条約はやがて、核の材料に投資しない、等の経済界の変化をもたらす

でしょう」

  「アメリカが〝核の小型化〟を言っていますが、現在の核兵器は広島型の約70倍。つまりアメリカのいう〝小型核爆弾〟とは広島・長崎型原爆と同じなのです」

  そして、こう結びました。

「恐怖の反対は〝希望〟。私は、かつてないほど希望を持っています。私たちは、

良心と希望の合唱で核廃絶を見届けることができるでしょう」。 

  その後、外務省の方も加わってのシンポジウム。

核の傘の下での核抑止力を重視する外務省の方との議論は、平行線をたどり

ながらも共通点をみつける対話でもありました。共通しているのは「核廃絶」、

「核は使われてはいけない」こと。客席から見ていると、外務省の方は発言の

間ずっとせわしなく足を動かしていました。彼も本音は違っていたのかもしれ

ません。

  フィン事務局長の凛とした発言に、客席からも質問が相次ぎました。「若者は

何をすれば?」「北の行動をどうすれば?」「ネット署名を活用すれば?」

「団体はICANに合流を」

  ん・・?

確かにICANの活動はすごい。でもICAN頼みになるのは違うと思いました。

長崎平和研究所の所長だった故・鎌田定夫先生の言葉を思い出します。

「平和という山を登るのに登り口はいくつもある」。

  ICANがつくってくれた大きく力強い道をいくのも大切。でも、その国で、

町で、若者、被爆者、それぞれの立場の人たちが登れる道を進むこと。それが

全体として大きな力になるのでしょう。

  ライトに照らされているホールの檀上だけでなく、客席も、この場にいない人も

みんなが、この核時代の当事者であり、主役なのだから・・

  いつか、核兵器がなくなったとき、みんなで集まって喜びあいたいな。

先に逝ったたくさんの被爆者の方たちもいっしょに・・。

 

                             西岡由香

これは平和賞プロジェクトJUMPに投稿されたものを筆者に許可を得て転載したものです(筆者は本サイトのホームページにイラストを提供し、その自由使用を許可されています。最新作は「愛のまち―漫画で読む長崎キリシタン史 夢旅日記」。参考:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B2%A1%E7%94%B1%E9%A6%99

 

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