「日本国憲法は押しつけられたのか?」

 

  たしかに、「おしつけた」という事実はあります。

ただ、だれもが忘れている、

あるいは、はじめから気づいていないことがある。

 

  押しつけられたという以上、かならず、

だれが、だれに、という問い答えなければならない。

日本国憲法を、アメリカ占領軍が「おしつけた」ことは事実だ。

では、「だれに」押しつけたのか?

 

  「日本国民」にではない。

「大日本帝国政府」に、です。

 

  当時、「大日本帝国政府」は存続したままでした。

ムソリーニ政権を倒してバドリオ政権が連合国に降伏したばあいとはことなる。

アメリカ政府は、この「大日本帝国政府」を通して日本を統治するという

間接統治の政策をとっていた。

 

  さらに言うと、日本「国民」という言葉を、

新「日本国憲法」にまで持ちこんで、

占領軍が「押しつけた」英文に

「We, the Japanese people」とあるの部分の、

「われわれ」を削除し、「人民」を「国民」にすりかえたのも、

当時の「大日本帝国政府」でした。

 

  新「日本国憲法」の発布にあたっても、

「国民」が制定したと前文に書いてあるのに、

「天皇」が「帝国憲法」の「改正」を「裁可」し、

これを「公布せしめる」という形をわざわざとった。

これも、「大日本帝国政府」の策謀だった。

 

  「大日本帝国」から「日本国」とい名の国家に変ったのちも、

その国家を支配するひとびとは、実質的に、ほとんど変らなかった。

 

  だから、いま、日本国政府を代表する安倍晋三氏が、

あの憲法は「押しつけられた」ものだと言うのは、まことに正しい。

「政府」としては「押しつけられた」ことにまちがいはないのですから。

 

  しかし、「日本国民(人民)」が押しつけられたと思うのは正しくない。

そう思うのは、国家と自分とを、

具体的に言えば、国家を支配している政府と自分とを、

切り離すことができないでいるからです。

 

  本来、憲法とは、人民が政府に押しおしつけるもの。

人民は押しつける側であって、押しつけれらる側ではありえない。

 

  にもかかわらず、いま、安倍政権が「国民」に押しつけようとしている憲法では、

「国民」が「国家」のためになにをしなければならないか、だけならまだしも、

日本「国民」である以上、どういう「道徳」を「遵守」しなければいけないか、

いえ、それどころか、日本「国民」とはどういう人間で「あらねばならない」かを、

政府が教えこんで(訓育して)、教えに背く者を非国民として排除しようとする。

 

  「国民」は「こども」なんですね。

だから「しつけ」なきゃいけない。

かつて、「臣民」とよばれていた国民が天皇陛下の「赤子」であったように。

安倍さんは、もう、自分が天皇であるつもりなのです。

                                                                                   彦坂 諦

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