業と止業:国家・戦争・核神話と各自の覚悟・活動

「業と止業」と「みんなで国に理想を掲げよう」を読んで

古川ひろすけ

憲法前文では
「われらは
いずれの国家も
自国のことのみに専念して
他国を無視してはならないのであって
政治道徳の法則は
普遍的なものであり
この法則に従うことは
自国の主権を維持し
他国と対等関係に立とうとする
各国の責務であると信ずる。

日本国民は
国家の名誉にかけ
全力をあげて
この崇高な理想と目的を
達成することを誓う。」

と高らかにしめくくっています。

二人のテーゼは日本国憲法としっかりかみ合い、響きあうものと確信します。

憲法の第13条では「すべて国民は個人として尊重される」と述べて、個人の生命、自由、幸福追求の権利を保障するためにこそ国政があらねばならないと理想の姿をのべています。これは9条・25条の底流ともなっています。

一方では、憲法改正して、「国のかたち、理想の姿を語るのは憲法だ」と、ことさらに安倍首相がのべています。
どう考えればいいでしょう?

日米同盟だいじといい、アメリカ軍指揮のもとに自衛隊を導く結果となることが明らかではないでしょうか。
この方向で「国のあり方」を考えているとしたら、国家主権、国家こそ主人公の主張であり、「真逆のこと」と指摘せざるをえません。

ーーーー

古川さん、みなさん

全くその通りですね。

安倍・自民は宿業・悪業の丸出しです。安倍の禅は野狐禅・ポチ禅で止業ではなく私物化・死物化は全体健全ではありません。公務員の長である者が「憲法の尊重・擁護の義務」を守らず、憲法の命・心臓である憲法第九条の「戦争放棄・戦力不保持」と矛盾して(国際的公的機関が世界第5~7位の軍隊とする)自衛隊を戦力不保持に追加(新条項特殊事項優先)し何時までに変えるなどという行為は許されないことです(クーデター・国家反逆罪)。自民は普遍的に自由民主を実現するものではありません。

国家・戦争・核(原爆・原発)は神話です。悪魔を神とする作り話です。邦(郷土)は実在しますが国家は名前だけの権力機構で都市国家以来国民国家に至るまで戦争・殖民・奴隷・階級等五過(錯誤・束縛・差別・搾取・殺戮)をしてきした(カッシラー「国家の神話」・拙論「枠組転換」等参照)。

個人では戦争が出来ませんが「国家」神話で戦争をし、両者は表裏一体です。核はその延長ですが人類・生類全滅の最大最悪の悪・罪であることは我見・我利を止めれば(止業)普遍的真理・倫理から明白です。それが出来ない人間の業は他生物に比べても最悪です。

世界破滅の脅威を脱するには各人がこれらの神話を本当に知り解体することでょう。トランプ・金・安倍らも人、吾も人、権力・機構を否定して各人が40億の尊い命としてその命を全うすることだと思います。各自がその智恵と行動をもって宇宙的生命を展開・実現すべきです。

                         魯参

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