戦後73年

 

富士宮の小林です。

異常な暑さが続きます。皆様、如何お過ごしでしょうか。

また、終戦の日が近づいています。

戦後73年の時が過ぎ去ったわけですが、あの玉音放送の日から我々日本人の現実はどのように変化したのでしょうか。

今日取り上げるのは、まず政治の問題です。

最近、マスコミなどに出てくる意見の中で日本はあいかわらず米国に支配されたままで対米従属であるという発言が出てきています。

護憲、改憲の立場を問わず、対米従属を問題とする論調がもともとありますがここにきて目立ちます。

日米安保ないし地位協定がある以上,日本は独立した国とは言えないのではないかという意見です。とくに、トランプ政権の成立はその議論に拍車をかけているように思います。

大雑把に言うと、対米自立のために9条の改正が必要で普通の国となって軍隊を持つことにより日本は自立できるという立場と、73年前の敗戦そして未曾有の惨害から9条の平和主義が生まれたのだから、この平和主義を錦の御旗として世界に平和を訴える国としてここに依拠して独立するという二つの立場があります。

どちらも日米安保、日米地位協定は見直しが必要かと思います。

おそらく安倍政権は対米従属と言われても、アメリカへのすり寄りの中から機を見て対米自立していく考えであるように思います。

彼らは、国際情勢のなかでは、日本の安全保障を考えるとそれがよいと考えているのでしょう。

ミロクの皆様は、護憲の意見が圧倒的かと思いますが、対米従属、日本外交の自立、日米安保について、または日本の安全保障についてどのようなお考えでしょうか。お聞かせください。

なぜこの問題をあえて取り上げたかと言うとこの政治的意見の違いは、根本的に人生観や世界観の違いがあると思うからです。根の深い政治的見解の違いでしょう。

しかし、沖縄の現実があり政治的立場のちがいは緊迫していると思います。

対米国との関係をどのようにしてゆけばよいと皆様はお考えでしょうか。

具体的には、日米安保はどのようにすればよいと皆様は思いますか。

  8月4日

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小林さん

大きな宿題を戴いたような気持ちでいます。

正直,ノンポリの僕は、憲法や安保はともかく「日米地位協定」なるもの、

否、そもそもその地位協定という“言葉”さえも、恥ずかしながらずいぶん後年まで、

自分の脳裏に存在しなかったもので、

そんなものが我々を大変にしばっているという事を認識していなかったものでした。

結構そんな人がいるのではないでしょうか?日本人の現実認識のうかつさ、教養の仕組みの不備、

マスコミの怠慢を恨めしく思うぐらいですが、こんなことは自らの現実認識の甘さを恥ずべきであって、

ひょっとしたら愚痴に過ぎないかもしれませんね。

ともあれ、小林さんの指摘についてしばらく考えてみたいと思います。

9条問題や護憲についていえば、(安保条約や地位協定の問題は二国間のことに過ぎないことであるに比して)

現憲法の徹底した平和主義というものが人類史上の斬新かつ前衛的な出来事であり、

二国間の問題の難しさに左右されたり制約されないで、堂々と主唱して可だとボクの中では決着していますが、

それにしても、目の前にぶら下がっている難しい現実問題であり、大きな宿題と思っています。

皆さんからも学ばせてもらえることを期待していますが、こんな問題も含めてみんなで考えを深め合える、

例の重正先生の「研究所」構想を思いだしています。

                         池田 8月4日

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富士宮の小林です。

池田さん、早速の返信ありがとう御座いました。

私は40年近く、高校で政経・世界史・倫理の教員として過ごしてきました。

政経の授業では、教員ですので自分の考はあまり言わずに、異なる政治的見解を紹介して生徒に考えるように促しています。生徒に政治への関心を向けさせていくというのが教員としては、まずやらなければならないことだと思うからです。

それで、下記の書籍の論評に異なる立場の意見がありますので紹介します。

白井聡氏の「国体論」と「永久敗戦論」についてです。

この書籍への論評としてジャーナリストの高瀨 毅の意見をお読みください。

「永久敗戦論」への論評として池田信夫氏の意見も読まれてはと思います。

ネットの記事から下記に引用します。

白井聡『国体論』を読む

『永続敗戦論』で戦後日本の政治的特異性を摘出した白井聡の『国体論』(集英社新書)が売れている。ジャーナリスト高瀨 毅はどう読んだか?

終戦後も日本を縛りつづける「国体」に斬り込んだ話題作。『国体論 菊と星条旗』 ¥1,015 (集英社新書)

米国との戦争で、日本への原爆投下を避けられたかもしれない重要な局面があったのを知っているだろうか。

日本の敗色が濃厚となった1945年4月、米大統領、フランクリン・ルーズベルトが病死する。後を継いだのは第33代のハリー・S・トルーマンだが、原爆開発・製造計画=「マンハッタン計画」について何一つ知らされていなかった。彼を補佐した老練な国務長官、バーンズは、日本との交渉で、無条件降伏を突きつけるよう助言しつづけた。無条件降伏とは、天皇制が担保されないという意味を含む。日本の軍部は呑まないと読んだ上での要求だった。軍部が守りたかった天皇制。それは天皇を中心とした国家体制=「国体」だった。軍は「国体の護持」に固執するあまり、原爆完成までの時間と投下の根拠を与えてしまったのである。

戦後、天皇は国家元首から象徴天皇となり、「国体」という言葉もほぼ死語と化した。だが国体は死んだわけではない。「国体」は構造を変え、日本を閉塞状況へと追い込んでいると主張する書籍が4月に出版された。政治学者、白井聡氏の『国体論~菊と星条旗』である。

白井氏は、『永続敗戦論』(2013年)で日米関係の本質を、「敗戦の否認」という切り口で分析して注目された。GHQによって復活した「戦争指導者たち」が、責任を逃れるため、対米従属を続けることで敗戦を「否認」し続けるいびつな構造を、「永続敗戦レジーム」と定義づけた論考だ。

最新作では、「国体」を俎上に乗せている。敗戦によって「死んだ」はずの「国体」は、戦後、天皇に代わって米国を頂点とした体制として生き続けている。そうなったのは、戦後、共産主義の台頭を恐れた昭和天皇が米国の軍事プレゼンスを積極的に受け入れたことが影響しているという。その結果、天皇の上に米国が鎮座する戦後の新たな「国体」が生まれたと白井氏は読み解く。

「国体」を最も強く規定しているのが「日米安保条約(日米地位協定も)」である。ただ軍事的、経済的に米国に従属している国は他にもある。「問題は対米従属の仕方であり、自己目的化した国は日本しかない」。

ドナルド・トランプが大統領選に勝利した直後、世界の首脳に先駆けてトランプの元へと、安倍首相が馳せ参じた光景は、本質を表していた。安保に係わる「思いやり予算」「トモダチ作戦」という用語ほど「日本を愛し、理解している米国」への強い「想い」を象徴する表現はない。日米関係について、「『天皇陛下がその赤子たる臣民を愛してくれている』という命題に支えられ、その愛に応えることとしてきた戦前の天皇と国民の関係と相似形だ」との指摘は鋭い。

「戦前の国体」を背骨とした大日本帝国は崩壊したように、米国を頂点として構築された「戦後の国体」も同じように「崩壊せざるを得ない」。米国を頂点とする戦後民主主義社会があらゆる点で破綻し、「永続敗戦レジーム」が土台を喪っているからだ。「国体」に寄りかかり、独立国としての思考を放棄し続けてきたツケが回ってきたのだ。「戦前の国体」は明治になってから77年で崩壊した。「戦後の国体」も、あと4年で同じ時間に達する。心穏やかでいられるだろうか。

北朝鮮の核・ミサイル開発を巡る一触即発の事態は、平昌五輪を機に、板門店で両首脳が手を握り、軍事境界線をまたぐ劇的パフォーマンスの南北会談へと急展開した。北朝鮮は、体制の保証という条件付きで非核化を明言している。米朝会談の行方によっては、東アジアに大きな政治的変化をもたらす転換点になる可能性がある。そんな中、日本は存在感を示しえないままだ。「戦後の国体」の限界が露呈していると言えるだろう。

執筆のきっかけは天皇の退位に絡み、国民統合の象徴としての役割を強調した今上天皇の「お言葉」だった。白井氏には、それが「戦後の国体」による国家と社会の崩壊を止めようとする意思に感じられたという。

天皇か米国か。「国体」の構造は違っても、その本質は変わらない。再びの「敗戦」を繰り返さないために、何をしなければならないのか。白井氏は私たちに問うているのだ。

次に紹介するのは

白井 聡の永続敗戦論 (戦後日本の核心)という書籍

これについて色々な立場からの論評があります。

まず、池田信夫氏の論評です。アゴラからの引用です。

2014年10月23日09:04

カテゴリ

「永続敗戦論」という平和ボケ

本書は去年買って読んだが、あまりにも下らないので資源ゴミに出してしまった。最近、賞をもらったりして話題になっているので、記憶に頼ってコメントしておく。

最大の欠陥は、事実関係の誤りが多すぎることだ。最初に出てくる「政府はSPEEDIのデータを被災者に隠蔽して米軍に流していた」という話は、3年ぐらい前に流れたデマである。そのデータは隠蔽したのではなく、津波で電源が落ちて放射性物質の計測ができなくなり、架空の予測データを出していたから発表しなかったのだ。この他にも、原発事故で「政府は国民の生命を守る気がなかった」などと根拠のない恐怖をあおっている。

全体の論旨は、そう目新しいものではない。『戦後史の正体』と同じく「戦後の日本は対米従属の奴隷だった」という被害妄想史観である。実質的な占領統治が続いているというのは多くの人の歴史認識であり、他ならぬ安倍首相がそれをもっとも強く意識している。彼のいう「戦後レジーム」は、本書のいう「永続敗戦状態」とほぼ同じだ。

それは著者や孫崎氏には屈辱だろうが、多くの日本人はアメリカの核の傘にただ乗りして平和と繁栄を享受してきた。むしろ問題は、この平和がいつまで維持できるのかということだ。本書は安倍首相を初めとする右派が憲法を改正しようとしてアメリカとの対立が深まるというが、これは逆だ。アメリカは極東の軍事的負担を軽減するために、集団的自衛権や軍事力強化で日本に自立を求めているのだ。

ただ日米同盟が終わるリスクが大きいという本書の予想は正しい。そのとき著者は日本が憲法を改正して、また対米戦争をやるという妄想を抱いているようだが、これも逆だ。いま最大のリスクは北朝鮮の政権崩壊であり、そのとき起こりうる「第2次朝鮮戦争」に対して、日本はほとんど準備ができていない。著者はこういう「有事」のリスクにまったく関心をもたないで「アジアへの侵略責任」を語っている。

潮匡人氏も指摘するように、日本は第1次大戦に参戦しながら、ほとんど派兵しなかった。このときも野党や新聞は「戦争に巻き込まれるな」と反対したが、その結果、同盟国の不信をまねいて日英同盟は破棄され、日本は孤立化の道を歩んだ。日米同盟を守るには、その軍備にふさわしい憲法をもつ「普通の国」として自立し、応分の負担をせざるをえない。その体制を整備する上でまず必要なのは、著者や朝日新聞のような平和ボケを駆逐することである。

小林 (8月4日)

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小林さん、池田さん、みなさん

* はなはだしい対米従属に陥っていると思います。

* 日米安保は解消すべきです。

以上が私の結論ですが、世界の現状を根本的に変えるには

世界の現状の根本的原因を調べなくてはならないと思います。

その原因は「国家エゴイズム」にあると思います。

これは50年も前に和田重正先生が言い出したことです。

その和田重正先生の言葉を上手にアレンジして野村さんが

書いておられますので、それを引用します。

https://kuninoriso.jimdo.com/%E6%8F%90%E5%94%B1-%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%A7%E5%9B%BD%E3%81%AB%E7%90%86%E6%83%B3%E3%82%92%E6%8E%B2%E3%81%92%E3%82%88%E3%81%86/

行き詰まりの根本原因は国家エゴイズム

諸問題の根本的な解決を図るためには、その根本原因を究明し、それを取り除かなければなりません。世界や日本の深刻な問題を生み出してきたものは、煎じ詰めれば、人間のエゴィスティックな欲望と言っていいでしょう。しかし、今日、個人個人のエゴイズムを組織化し、その総計の何百倍、何千倍もの巨大な力に増幅しているものは「国家のエゴイズム」です。

国家エゴイズムとは、現在、多くの国家の基本政策となっているもので、「自分の国さえよければいい」という行き方です。それは、国際社会の中で、他国との対立姿勢を生み出しているだけでなく、産業や経済、教育や福祉などすべての制度や仕組みから人々の生活意識までを、根本のところで形作っているのです。この影響は非常に大きく、物心ついた時から当たり前のことだとされてきているので、気づかないうちに深く心に浸透しています。

環境問題や南北問題などにしても、その根本の原因は、多くの人々の物質的豊かさや便利さ・快適さを追い求める欲望にあるのです。それが経済成長至上主義を促し、大量生産―大量消費―大量廃棄のための科学技術を発展させ、競争をあおる社会の制度を作り上げました。そして、諸問題を生み出し、あるいは増幅させ、その解決を妨げているもっとも大きな力が国家エゴイズムなのです。したがって、国家エゴイズムの解消を図ることこそ、世界と日本の行き詰まりを乗り越える唯一の道だと思います。 

これまでも、国家エゴイズムが世界平和を妨げる元凶であることを認識し、それを解消しようと唱えた人々は少なからずいました。しかし、いずれも抽象的に「国家エゴイズムを捨てて、世界中は仲よくすべきだ」と説くことが多く、有効な具体策は説かれませんでした。国家エゴイズムの対立は、国家間の話し合いで解消できるものではありません。話し合いや他に要求するのではなく、まず、ある一つの国が一方的に国家エゴイズムの放棄を宣言し、実行する以外に、国家エゴイズムの対立を解消する道は開けないと思います。

             大塚卿之 (8月4日)

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小林さま(富士宮)
みなさま
from小倉(横浜)/2018-08-05昼

こんにちは。いつもあまり投稿しない私ですが、
小林さんが昨日投稿されたメールによる質問
>対米国との関係をどのようにしてゆけばよいと皆様はお考えでしょうか。
>具体的には、日米安保はどのようにすればよいと皆様は思いますか。
はとても重要なことがらであり、既に何十年間も、いろいろな識者が
多様な意見を表明してきたにもかかわらず、実現可能な現実的解決方法が
提示されていません。で、恥ずかしながら私の意見を申し上げることにしました。

先ず、この難しい問題を検討し、議論する前提について、お互いに
共通認識を持つ必要があると思います。例えば、
1.日本にとっての脅威とは何であるか。
2.その脅威を取り除くために、軍事力がほんとうに役に立つのか。

1について言えば、私は「脅威」とは膨大な放射能(放射性物質)を溜め込んだ
原発が攻撃されて、大量の放射能が環境を汚染し、私たちが安心して生活できる
国土を永久に失くことだと考えています。それは、チェルノブイリ原発事故や
フクシマ原発事故の結果によって、既に実証されている事実だと思います。

2.について言えば、原発を軍事力で守ることは不可能なことです。
原発は非常に複雑なシステムで、いたるところにアキレス腱のような
弱点があり、ほんの数人(極端な場合たった一人)のゲリラ(民間人と見分けが
つかない)によってフクシマ事故のような重大事故を起こさせることが
可能です。つまり、自衛隊であれ、米軍であれ、その存在は原発を
守ることには役に立たないのです。この理由については、ブログ「地球座」
http://chikyuza.net/archives/8887
に掲載の拙文「原発を並べて自衛戦争はできない」をぜひ一読してみて
ください。

以上の共通認識が得られれば、どうすれば良いかの結論は自明だと思います。
自衛隊も米軍も日本の安全保障のために役に立たないのですからね。
しかも、上記1と2の事実は、右翼・左翼などイデオロギーなどに関係ない
ことなのですから、右も左もお互いに協力して解決の努力ができるはずです。
以上、ご参考になれば幸いです。

小倉志郎 (8月5日)

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小林さん、池田さん、大塚さん、小倉さん、みなさん、

 

戦後73年になって、じつは、1945にほろびた「はず」だと日本国民の多くがおもっていた「国体」の概念が、

公然と復活するきざしを見せているとき、

と同時に、「日米安全保障条約」にもとづく政治体制(通称「安保体制」)が、

とりわけ、この条約の正式なの条文ですらない、たんにこの条約に付随する諸「協定」が、

実質的に、条約正文以上に日本国政府のあらゆる政策決定を金縛りにしていることが、

ようやく、日本国民のかなりの部分の目に見えるようなってきているこのとき、

この問題に対してまともにとりくんでいこうとする姿勢を、このMLにくわわっているかたがたが見せてくれたことを、

はじめはそのつもりでなかったのに、結果的には生涯を賭けて、この国家がなぜ、このいま、このような、

このわたしのけっしてのぞまなかった、いまなおぜったいにのぞんでいない、このていたらくにおちいっているのはなぜか、を、

根底的に解明するという課題に、身をささげてしまったわたしは、この生涯のさいごの時期に、

こころから、うれしくおもっています。

 

小倉さんの御指摘のとおり、なにが「脅威」であるのかをはっきりと見きわめたうえで、

それに対処するにはなにをどうすべきかを考えるのが基本ですね。

 

小倉さんのおっしゃるとおり、たとえ原発というかたちでであれ、核開発をこのまま許容していけば、

日本国のみならず地球全体が破滅してしまうでしょう。

日本国にかぎってみても、これだけの数の原発を海岸線にちりばめている島国を

世界有数の武装勢力自衛隊であれ、世界一強力なUSの軍事力でであれ、

まもりきることなど不可能であることは、だれの目にもあきらかなこと。

 

ここで、たいせつなことは、なにをまもるのか、です。

日本国という名の国家をまもるのか?

それとも、この列島に現にくらしている人間をまもるのか?

 

国家がなければ「国民」はありえない、と、アベ自民党のかたがたは

確信的に言明し、その考えをわたしたちにおしつけていますが、

どっこい、そうはいかない。

国家がほろびれば、たしかにその国家の「国民」はなくなる。

けど、その土地にくらしている人間たちが消滅するわけではない、

軍事力によってみなごろしにされないかぎり。

そして、「みなごろし」は技術的に不可能です。

 

国家などは所詮借り着にすぎない。

たいせつなのは、この地球のあちこちで生きて(くらして)いる人間です。

 

さて、白井総氏の諸著作は、わたしも全部目をとおしました。

この時期に、これだけ訴求力のある論攷を、しかも、インテリではないひとびとにわかりやすい筆致で、

世に送りだしたことについては、その意義を、わたしは、高く評価します。

ただし、このひとの見解をそのまままるのみすることは、むろん、だれの見解についても言えることですが、

とりわけ危険であることもつけくわえておきます。

この諸著作から、このいま、この日本国という名の国家が直面している危険な状況と、

そこから脱して、ほんとうに「日本国民のための日本国」につくりなおすにはどうしたらいいのか、

という問題を、読むひとが、自分自身のちからで、考えぬいていくなら、

これはたいへんに有益な書となるでしょう。

 

この問題にとりくむにあたって、白井氏の著作だけでなく、ぜひとも読んで考えていただきたい著作を

紹介しておきたいとおもいます。

じつは、白石の諸著作とは比較にならないほど根底的に「戦後日本国」のかかえる問題点を

浮刻しえているのが、これらの著作に収録されている諸論攷であると、わたしは考えているのです。

 

1.武藤一羊『〈戦後日本国家〉という問題』(1991、れんが書房新社)

2.武藤一羊『潜在的核保有と戦後国家』(2011、社会評論社)

3.武藤一羊『アメリカ帝国と戦後日本国家の解体』(2011、社会評論社)

4.武藤一羊『戦後レジームと憲法平和主義――〈帝国継承〉の柱に斧を――』(2016、れんが書房新社)

 

戦後日本国家とはいったいどのような政治体制の国家であったのかを根底的に理解するカギとなるのは、

とりわけ、上記の「1」と「4」であるとおもいます。

 

「4」の『戦後レジームと憲法平和主義――〈帝国継承〉の柱に斧を――』のなかでも、

「『日米〈安保〉同盟』と象徴天皇制の再編」は、

「戦中派」武藤のよき理解者であり、自身は「無党派」による市民運動の開拓者で、

「反天皇制運動連絡会(通称「反天連」)を立ちあげた中心人物でもある天野恵一との

対談によってことの核心にせまっていくかたちをとっているので、理解のとっかかりとしては最適です。

 

ここであきらかにされている「冷戦構造と55年体制に支えられた戦後日本国家」を解明するための

三本の柱、つまり3原理とは、

1.平和(憲法)主義原理

2.対米依存原理

3.「大日本帝国」継承原理

です。ここでの、すくなくともわたしにとってはじつにおもしろいやりとりを、ぬきがきして紹介しておきましょう。

 

天野 この問題については、ぼくと武藤さんとの間に、かなり長い討論の過程があったわけですが、最初から、そうかなと、ひっかかっていた問題があった。一つは天皇制を戦前(中)からの連続・延命の原理としてのみおさえる点でした。

この問題は後にして、まずこの三つの原理が同位で相互反発・対立的に抱きあわさって、どれ一つも原理が原理として貫徹できない曖昧な国家であるという武藤さん立論全体に感ずる疑問からいきます。

 三つの原則、とりあえずこれは前提にします。今の時間から考えると、かなりハッキリしてきていると思うんですが、この三つは同位対立ではないのではないかという問題です。実は対米依存という原理が他の二つに比較して、基軸的な原理と考えるべきではないかと思うんです。

 この問題については、すこし弁明的な説明が必要だと思います。ぼくは、政治思想的にもの心がついて以来、戦後日本があらたに経済侵略国になっている帝国主義的な性格を隠してしまう、対米依存論のナショナリズムの論理、日本共産党の理論的伝統から生まれてきたものに、強く反発してきました。それは、今でも根拠があるものだと思っていますが、でも不勉強ということもあったのでしょうが、日米関係の重さにかなり無自覚でした。

 ところがガイドライン安保・80年代中曽根軍拡の問題をめぐって、武藤さんは、中曽根の二枚舌政治、アメリカにうけおった強軍拡政策を日本国民に正直にいえない、というそれですね。それとの幅広い統一戦線での対決を主張しましたね。日米同盟からの離脱を大衆的な動きが実現できるチャンスだと。この安易な統一戦線論をぼくも、他のいろいろな人も、批判しましたよね。その時、おそらくストレートには明示的に語っていないと思いますが、ぼくのほうにはですね、「日米同盟からの離脱」というのは戦後国家にとって決定的に困難な選択であるという認識があったんです。それが戦後日本国家を国家たらしめている根本原理なんだから。ぼくは7年代にやっと気づきだしていたんですね。

 

武藤 おもしろいね。順序が逆だね。

 

天野 ええ、逆転しちゃたんですね。で、三原理の問題にもどりますと、対米依存が軸の中の軸で、他の二つの原理を呪縛しているとすると、平和主義原理には「安保」ですね、実態的には米軍基地の存在とアメリカの要請でつくられた自衛隊ですね。こうした存在なしの平和主義ではなかったわけですね。それでは天皇制とってはなんだったのか、ですね。戦前(中)の天皇制の延命という点だけで考えると、アメリカ依存とは大きく対立しているように見えるのですが、実は象徴天皇制、戦後の天皇制は、深く断絶している。連続していないんですね。だって、それは徹頭徹アメリカがつくりかえたアメリカ製なのだから、この点への着目もぼくはかなり遅れました。支配者・マスコミもこぞってその歴史的事実には、あまりふれないようにしてきたし、右翼にはタブーでしょう。だから親米天皇主義右翼が戦後右翼の本流という、よく考えれば奇妙な現象も、根拠はそこにある。日本に原爆投下したのはアメリカですからね。その責任をまともに問うことさえ天皇主義右翼にはできなかった。もちろん、その点は左翼もだらしがなかったわけですが。

 だから、戦後天皇制というやつは継承と連続の原理というより、事実としては、そうではないのにそうであるように仮装する装置として存在している。その「伝統」自体もインチキですけど、対米依存原理に対応するかたちで天皇制もつくりかえられてるんですね。伝統の継承を仮装するために、古くさいイデオロギーも裏にそのままかかえ続けた。表は平和天皇原理のベールで対応しながら。ぼくは、この二重構造にこそ注目しつづけてきたわけですけどね。

 

武藤 戦後天皇制と継承性原理はべつにべったり重なるわけではないですよ。天野さんはなぜかいつもぼくの議論を単純化した上で批判なさる癖があるので言っておきますが、継承性というのは明治以来の近代日本、日本帝国の軌跡を根本的に肯定的に継承するという立場のことで、それは歴史認識、戦争認識という形で絶えず表面化してきた立場のことなんですよ。ぼくは戦後天皇制をそれとの関連の中で見る必要は言ってきたけれど。戦後天皇制がそのまま継承性を体現しているとは言っていないし、考えてもいない。継承性原理との関連で見る必要があるというのは、日本の支配階級が、降伏に当たって「国体護持」を主観的条件に据えた、そして国体護持とはどんなものであれともかく天皇制が存続することで自分を納得させようとした、そこに戦後天皇制の原点を見るからなんですよ。その戦後天皇制はアメリカに強力に庇護されて成立したものですから、それ自身がねじれた存在ですし、その意味では戦前天皇制からの断絶という性格を持っています。戦後国家全体が矛盾した原理のねじれ棒みたいになっているので、天皇制それ自身もねじれているんですよ。

 

このくらいで長い引用はおわりにしておきます。

できれば、この一冊だけでも通読してみたください。

 

添付したのは、「反天連」の雑誌「Alert」25号に寄稿したわたしの文章です。

いまこのMLで提起されている問題とまともに対決するには、戦後象徴天皇制とはどういうものかを

深く考えなければならないと、わたしは、ずうっと以前から考えています。

このエセーは、そうであるにもかかわらず、けっして象徴天皇制と対決しようとはしないひとたち、

とりわけ、反戦・反原発、食の安全、地球環境の保全に熱心なひとたちににむけて書いたものです。

タイトルは「象徴天皇制こそ道議頽廃の根源」としました。

いま、わたしたちのこの「国家」に蔓延している倫理の頽廃は、

敗戦の「しかた」にある、具体的には「象徴天皇制」という制度をつくりだした

(アメリカ占領軍と旧大日本帝国支配者との合作によって)ことにある、ということを、

中心において書いたものです。

 

掲載された文章をスキャンしてお目にかければよかったのですが、いま、それをなしうる技術を

わたしはまだ獲得していませんので、入稿原稿をそのまま添付しました。

 

ひこ  (8月5日)

 

「象徴天皇制こそ道義退廃の根源だ」決最終稿

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小林です、

大塚さんへ

「話し合いや他に要求するのではなく、まず、ある一つの国が一方的に国家エゴイズムの放棄を宣言し、実行する以外に、国家エゴイズムの対立を解消する道は開けないと思います。」

この考え方は世界観・人生観が、「不生不滅」とか「死んでも死なない命」とか永遠性の中の今といったものが、体験的にその人の人生観の中で腑に落ちていないと理想主義とか偽善に終わると思います。和田先生には起死回生の「桃の一見」があり、大塚さんには参禅からくる体験的なものがあり、上記の考えは現実的なものといえますが、

「他と分断された私」という個人主義をもとに「リバイアサン」を書いたトーマス・ホッブズの、アトム的な我という世界観に立つ人には、上記のことばは理解不能ではありませんか。

キリスト教でもイエスの復活やアガペーのようなことばが、人生体験として腑におちている信仰者はよいですが、そうでなければ上記のことばは、頭で理解できたとしても体がついていかないと思います。世間的物の見方にドッポリはまっている人たちも和田の提案は届きません。

和田は、「母の時代」という著作の中で、我が子の問題で苦しんだあげくの果てに、絶望のはてに精神的目覚めのような気づきがおきて、今までとはちがうもの見方、生き方がでてくる母性に対して世の中の変革がありうると書いています。

「国家エゴイズム」を超えては「母の時代」と並行して読むと、和田の言わんとする所が見えてくるように私には思えます。

人間は妄想のかたまりですから事実と考え方をごっちゃまぜにして現実を理解しませんか。まー、我々は妄想のかたまりのようなものですから、政治で意見が分かれるような問題はその人の主観、ものの見方に大きく左右されるのではないでしょうか。

このミロクという場は、魯参老師というエゴから離れたものの見方ができる人生観がベースになっています。我々の意見交換の場には、普遍的なものがありますが・・・・・

戦後の日本人の思想には普遍的なベースはなく混沌としたものでしょう。

オーム的カルトから何々主義まで何でもありかな。煎じ詰めるとニヒリズムかな。

つまり、死んだら終わりという人生観、私あっての世界というものの見方です。

具体的に言うと、今だけ、金だけ、自分だけという物の見方からは戦争という妄想が現実として出てくるわけです。(この見方、価値観こそ日本の危機を生み出すと私は思います)

ですから、私は政治のお話をする時は、話されている方の人生観を理解した上でお話を聞こうと思います。

主義主張をぶつけあっても、そこからは何も出ない不毛な議論となりかねませんからね。

小林(8月5日)

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ひこさん、みなさん

そもそもの、ボクの場合の事の発端は現政権による改憲発議が迫っており、しかも「国民各層に改憲支持が増えているのではないか?」という大きな危機感があったからでした。自分なりの態度を確立する必要を感じての、たどたどしい思索をしてきたのでした。日常の生活場面でこの件を巡って、議論を闘わせるある程度の準備はできました。時々、自分が書いたあの論考が縁で

話し合いに招かれたりし、それなりに9条護持の見解を伝えたりしておりますが、

この問題の周辺にはいくらも難しい問題が付きまとっており、それらのいちいちについては、

考え方は多様だろうと思いますし、自分の中に十分なシッカリした見解が構築もされていないと改めて感じています。

安保の問題、地位協定の問題、米国に卑屈な政治家を見るにつけ、

そんなものは破棄しちゃえばいいんだとボクなどはつい単純に乱暴に?考えてしまいますが、

そんなものが現在も続いて来ている事情、経過、あるいは今後の破棄に至るまでの具体的段取り、交渉や作戦などなど、

色々考慮して発言せぬと、「護憲論者はその程度・・・」、「だから平和ボケと言われるんだ」といわれたり、

“9条護持”の、目下のメインの主張さえ笑って聞いてもらえぬかもしれない、と思ったりします。

まあ今のところはそんなこともなく、2カ所ぐらいのこじんまりした市民の集まりで呼ばれて話をする機会があったのですが、

基本的には現政権に疑問を抱く市民が多い集まりであり、改憲是非がテーマですから、話はほぼ賛同して聞いてもらっております。

それにしても、この“周辺の問題”たるや、いろんなテーマが付きまとっており、ひこさんのメールを読み、

特に、象徴天皇制や戦争責任の問題などについては、天皇に対する感情的な思いも微妙に異なるでしょうし、

それらのテーマごとに見解は個人個人多様だろうと思われます。9条を大切に思うということで一致はしても、

ひこさんとはその意味では一致しない訳ですが、また一方、見解が違うからこそ

どうしてひこさんがその見解を抱いていらっしゃるのか、もっと聞いてみたいような気もしています。

僕自身はと言うと、非常に素朴なのですが、天皇に対し淡い親しみの感情のまま推移してきており、

それは例の「じぶんはどうなってもいいから・・」という発言があったとか言う話とか、いろんな伝聞も影響して

自分のなかに沈殿しているからなのでしょうが、一方でいずれは世代を経るうちにそんな思いも国民の中で薄れ、

ましてや英国の王室のようなスキャンダラスな事が頻発すれば制度は全く形骸化するかもしれないと思ったりしています。

白樺派の(いわば皇室に近いともいえる)、作家の長与善郎が「天皇論」を書いていて、

ずいぶん前に読んであやふやなのですが彼すらもいずれは天皇制も消失?してしまうかもしれぬと

いう事を書いていたと記憶しています。

ところで仄聞なのですが、フィリッピンでは広大な米軍基地が国土にあったものの、

全て米軍撤退、しかも安全保障条約保持という現実を作ったとか・・・。

情報に誤りがあるのかもしれないのですが、どなたかフィリッピン事情ご存じありませんか?

その他、敗戦国ドイツやイタリアの戦後の問題、日本と詳しく比較対象して調べてみたいなとか、

いろいろ興味を掻き立てています。何だか一人版の平和研究所といったところですが、たどたどしいものです。

                              池田 (8月5日)

ーーーーー

小林です
小倉様へ
「自衛隊も米軍も日本の安全保障のために役に立たないのですからね。
しかも、上記1と2の事実は、右翼・左翼などイデオロギーなどに関係ない
ことなのですから、右も左もお互いに協力して解決の努力ができるはずです。
以上、ご参考になれば幸いです。」

この意見は、僕の中では挙国一致的な対応が必要であるということになります。
とくに、原発廃止は、小泉元首相はじめ保守の方々も言うところですから右翼・左翼などイデオロギーなどに関係ない問題です。即原発をやめるという所から政治・経済に限らず日本の社会に、大きな変化が急激か、徐々にかわかりませんが起きざるを得ないと思います。
私は、日本は大きな変革が来るというか、大きな変化・改革をせざるを得ない所にゆくのではないかと思っています。今回は憲法、日米安保という政治的なテーマをとりあげましたが、ここからも挙国一致的取り組みが必要に思います。
しかし、格差分断がすすむ現状で、我々は、政治・社会の問題で、対話や協力した行動がとれると小倉様は思いますか。

小林(8月6日)

ーーーーー

ひこさんへ

小林です

「いまこのMLで提起されている問題とまともに対決するには、戦後象徴天皇制とはどういうものかを深く考えなければならないと、わたしは、ずうっと以前から考えています。

このエセーは、そうであるにもかかわらず、けっして象徴天皇制と対決しようとはしないひとたち、とりわけ、反戦・反原発、食の安全、地球環境の保全に熱心なひとたちににむけて書いたものです。

タイトルは「象徴天皇制こそ道議頽廃の根源」としました。

いま、わたしたちのこの「国家」に蔓延している倫理の頽廃は、

敗戦の「しかた」にある、具体的には「象徴天皇制」という制度をつくりだした

(アメリカ占領軍と旧大日本帝国支配者との合作によって)ことにある、ということを、

中心において書いたものです。

なるほど・・・・・・

お勧めになった武藤一羊氏の著作は読んでおきます。

はじめはそのつもりでなかったのに、結果的には生涯を賭けて、この国家がなぜ、このいま、このような、このわたしのけっしてのぞまなかった、いまなおぜったいにのぞんでいない、このていたらくにおちいっているのはなぜか、を根底的に解明するという課題に、身をささげてしまったわたしは、この生涯のさいごの時期に、こころから、うれしくおもっています。

このような文章に対して答えるために、やや力不足ですが、ひこさんとの思想的対話をしようと思います。

小林(8月6日)

ーーーーー

池田さんへ

小林です

今の議会制民主主義の日本では、このままいくと安倍さんか、石破さんのどちらかが日本のリーダーになるわけですから、しかも安倍首相の三選の可能性が高いということですから、下記のご意見

そもそもの、ボクの場合の事の発端は現政権による改憲発議が迫っており、しかも「国民各層に改憲支持が増えているのではないか?」という大きな危機感があったからでした・・・・。

上記の危機感はよくわかります。

(8月6日)

ーーーーー

小林です。ひこさんへ

添付された資料を読みました。

戦中から戦後を生きてきたひこさんの魂から出るようなことばですね。

73年前の戦争の終わりのあり方に問題があるという悲痛なまでの発言ですね

私にはひこさんの発言を充分受け止める力はありませんが、ひこさんの戦争終結のあり方への怒りとか、あなたの直向きな生き方からくる戦後の社会への批判と思います。

迫力を感じました。

(8月6日)

ーーーーー

小林さん、大塚さん、ひこさん、池田さん、小倉さん、みなさん

小林さんの問題提起に多くの皆さんの
それぞれの反応は多岐に亘りそれぞれ
に反応するのは大変ですので今回は一
先ず瞥見のみ試みます。
NHKBS1では米国の日本焼き尽くしや
市民被害最大化の原爆投下が空軍創設
の野望からであったとの特集がありま
した。我見・我欲の個人・国家の罪悪
が明らかです。
敗戦・占領・冷戦・安保・基地・隷従・
朝鮮戦争・特需・自衛隊・地位協定・
年次報告など政治・経済・社会・文化
の日米関係がいびつになって来ました。
核・戦争・壊憲もその中から出てきた
ものですね。
日米関係は特殊な隷従・叩頭関係で改
める必要がありますが、世界の流れの
潮目も情報化・民主化・地球化の流れ
の中で変わるべきですね。国家そのも
の、権力機構そのものの改変が急務の
時代だと思います。
トランプや安倍の極端な自己中・時代
錯誤・権力悪用に対して都市・大衆の
反対・自主・自立の動きがあり衆生・
環境など一切を視野に入れ、国境・種
境を超えた運動・改変が必須だと思い
ます。
明日早起きの為ここで失礼しますが平
和世界サイトに多くの投稿・転載をし
ましたので覗いて頂ければ幸いです:
など

 

魯参 (8月7日)
ーーーーー
小林さん、
ほんとうに怒っているのです、わたしは。
その怒りのほこさきは、
みずからの責任をとろうとしないばかりか、
わが身一身の安泰(裁判にかけられて死刑の判決を受けないように逃げること)をしか考えていなかったくせに、
「自分の身はどうなってもいいから」などといったオオウソを平然とたれながし、
傲然と身をそらしたマッカーサーのよこで卑屈なへつらいのすがたをさらしても恥じなかった、
裕仁という人物にだけでなく、
天皇を愛しても尊敬してもいないくせに、さもさも、天皇の忠実な「臣」であるかのように演出しつつ、
じつは自分の政治的・肉体的・経済的安泰を確保していった「大日本帝国」旧支配者たちへも、
天皇の「鶴の一声」で「一億」のいのちがすくわれたなどといったフェイクニュースを信じこんで、
イタリアの民衆がムッソリーニを自分たちの手で処刑したように、
ドイツの民衆が、ヒトラーが自殺してしまったため処刑することこそかなわなかったものの、
ナチの関係者とりわけその中枢にいた者たちの責任を、道義的にだけではなく法的にも執拗に追及して裁き、
彼らを一掃したあとに、まったくことなる原理に立脚した民主共和国を建設していったように、
みずからの手で天皇の責任を追及し裁くことができなかったすべての日本人民衆へもむけられています。
むろん、そのひとりであるこのわたし自身にも、です。
自分で自分のなした行為に関する責任をとる、という、人間としての最低限の倫理を、
いまこの日本国に安穏とくらしているひとびとの多くが、上から下まで、まったく失ってしまっている、
そのおおもとが、当時は現人神であるとすら言われていた裕仁という人物のふるまいにあった、
というおもいは、戦後日本の政治・経済・文化のすべてを考えるにつけ、いやがうえにも強まっていきました。
せめてそのことだけでも知っておいてほしい。そういうおもいであの文章を書いたのでした。
池田さんが、いみじくも表白されたように、天皇に対する大多数の「日本国民」のおもいは、
いま、「なんとなくにくめない」「なんとなくしたしみがもてる」なのかもしれません。
また、無関心なひともけっこういるとおもいます。
いずれにしても、しかし、天皇制をむりに廃止しなくてもいい、
もし不要なら自然に消えていくだろうっておもっているひとたちがけっこう多いとおもいます。
そういうひとたちに、天皇制は、とりわけ日米支配層のつくりだした象徴天皇制など、
百害あって一利なしという、このわたしのおもいをわかってもらうのは至難のわざでしょうし、
また、そのおもいをこういうひとたちにおしつける気は、わたしにはありません。
ただ、現天皇明仁や次期徳仁のことしか知らない世代のひとびとには、
明仁の父、徳仁の祖父である裕仁が、日本の民衆を、また、アジア太平洋地域の民衆を、
どれほどむごいめにあわせたかという事実が正確につたわっていないってことはたしかです。
アベシンゾーだのポルポトだのスターリンだのヒトラーだの、その他大勢の
ノートリアスなひとびとのだれよりも、幾層倍も、ひどいしうちをしているのであることを、
これほどみごとに隠蔽してしまっているこの日本国という名の国家のもとでは、
あたりまえといえばあたりまえなのでしょうが、
裕仁が生前なにをどのようにしたのかの、ほんの一端をでも知ったなら!
ひこ (8月7日)
ーーーーー

みなさん

NHKBS1では下記のようなシリーズと特集を
していました:
1.8月2日0:50~原爆救護~被爆した兵士の歳月
2.8月3日0:50~戦慄の記録インパール完全版
3.8月4日0:50~731部隊~人体実験はこのよう
       にして拡大した/隊員達の素顔
4.   13:00~原爆投下~知られざる作戦を追う
5.8月5日0:50~なぜ日本は焼き尽くされたのか~
       米空軍が語った”真相”
予定:
6.8月12日(日)22:00~23:50
悪魔の兵器はこうして誕生した
上記4ではローズベルトが原爆計画責任者
レスリー・グローブズに開発から投下まで
任せきりで学者・兵士も細分化され全体的
具体的なことは知らされず、大統領突然死
で大統領になったトルーマンもグローブズ
が持参した24頁の報告書を「読む気がせず」
計画続行、原爆投下指令書もグローブズの
ものと学者は見ています。彼は京都には知
識人が多く恐ろしさを知るので投下候補に
選んだがスチムソンの反対で広島になった
が、初めから被害最大(市民標的)を意図
した彼は軍事都市と偽り報告したがトルー
マンも子供や女性を被害者にしてはならぬ
としながらも、無知で疑わず実行される事
になりました。当初17発を準備整い次第投
下の予定がヒロシマの惨状を知り、すぐ次
のナガサキ投下で皆殺しを後悔し「新たに
10万人特に子供達を殺すのは考えただけで
も恐ろしい」とトルーマンが以後の投下を
禁止しました。
上記5では陸軍付属の空軍を戦果(禍)を
もって独立させたい野望のヘンリー・アー
ノルドが彼の先輩ミッチェルの作戦(市民
攻撃で市民が政府に戦争を止めさせる)を
利用して短時間に戦禍を出したくB29開発
(直訴でルーズベルトは空軍予算100倍に)
日本都市(地方も含む)を焼夷弾無差別攻
撃を推進しました(短時間に40万人殺生)。
原爆投下を戦争終結前急いで実行したのも
戦禍をあげる為でした。しかし両方共市民
を故意に殺戮することは倫理違反どころか
戦争の約束違反でもある犯罪だったのです。
彼の白羽の矢を立てたカーチス・ルメイは
「日本人を皆殺しに」と率先して無差別焼
き払い作戦を実行しました(ベトナムでナ
パーム爆弾を実行したのも彼でした)。
個人の貪瞋痴の三毒は人・金・物の資源等
国家により増幅され三毒の惨禍は巨大なも
のになります。それがABC(核・生物・
化学)兵器の大量殺戮兵器・地球生命破滅
武器を生みだしました。人間の罪業・国家
の悪業が一切生命の敵になりました。万物
の霊長とは如何なるものか、どうするかが
喫緊の課題です。
魯参 (8月7日)
ーーーーー

彦坂さん

わたしが彦坂さんと最初に出会ったのはいつだったでしょうか?
少なくとも15年以上前ですね。
平和省プロジェクトJUMPの会合でした。
わたしより10歳以上も先輩であるという事だけでなく、その博識と
情熱的な生き方にすっかり魅了されました。
「彦坂さんがお元気なうちに聞いておきたいことがある。」
との思いから、平和省プロジェクトJUMPと「 和田重正に学ぶ会」
の共催で「彦さんを囲む会」が小田原で1泊2日の日程で開かれました。
その時も、最後の話で天皇制についての貴重な話を聞くことができました。
その時からその問題をわたしの内部で温め続けて来ました。
そして、今回彦坂さんが添付してくれた論稿を読んで、全くすっきり
納得しました。
特にその最後の部分ですが、

さいごに、わたしには、どう考えてもふしぎなことがある。天皇は

「日本国民統合の象徴」で「この地位」は「日本国民」の「総意に基

づく」となっている(憲法第一条)ことについてだ。まず、わたしも法的にはまぎれもなく日本国民のひとりだが、なににも、だれにも、絶対に統合などされたくない。天皇を支持してもいない。そういう国民がたとえわたしひとりでもいるのなら、「総意」になどなりようがないではないか。

わたしも憲法を読むたびにこのことに違和感を持っていました。

それをきちんと説明してくれている文章に出会えて嬉しく思いました。

 つぎに、「日本国民」とは日本国籍を取得している者のことだ。そのなかには民族的に日本人に属していないひとたちもいる。韓国人、中国人、台湾人、モンゴル人、インドネシア人、アメリカ人、ブラジル人、フランス人、フィンランド人、ロシア人、セネガル人、ナイジェリア人など多彩だ。日本国民イコール日本人であるとかってにきめつけて、いいのか。日本人のなかにもわたしのような者がいるというのに、日本人でないこれらのひとびとがこぞって天皇を支持しているのだと断定できるのか。そうできないかぎり、しかし、「日本国民の総意」とは言いえないではないか?

このことも当然のことです。

天皇制は、とりわけ日米支配層のつくりだした象徴天皇制など、
百害あって一利なしという、

この彦坂さんのおもいを少なくともわたし一人は引き継ぎました。

 
             大塚卿之 (8月8日)
ーーーーー

小林さん、みなさん

「話し合いや他に要求するのではなく、まず、ある一つの国が
一方的に国家エゴイズムの放棄を宣言し、実行する以外に、
国家エゴイズムの対立を解消する道は開けないと思います。」

このことは特別な世界観や人生観を持たなくても、
「言われてみればそうだな」と多くの人が納得することだと
思いますが、そうではないのでしょうか?

この前、世界中の注目を浴びながら開かれた米朝首脳会談ですが、
首脳同士が直接会って、敵対関係が少しは良好になったでしょうが、
本質的な解決は全くなされていませんね。

それは国家エゴイズムのぶつかり合いだから、当然です。
米中関係、米ロ関係、すべて同じ国家エゴイズムという
土俵上でのことです。

国連機関ですら、同じ国家エゴイズムという
舞台上でのことです。

国家エゴイズムの極みである戦争を一方的に放棄した、
日本国憲法第9条こそが国家エゴイズムの放棄を宣言している
のですから、その実行こそが、この日本のみならず
世界の平和を築くことができたはずなのに、実行して
こなかったことが悔やまれます。

今回、彦坂さんの投稿によって、その真の原因が
日本国憲法第1条にあることを知りました。

以前に古川さんの投稿にもあったように思いますが、
日本国憲法第1条に現行9条を持って行き、
象徴天皇制は廃止すべきです。

わたしは、その第1条には戦争放棄だけではなく、
自衛権や集団的自衛権も放棄した上で、
GDPの1%以上を世界の平和や福祉、環境のために
出費することを書き加えるべきだと思います。

防衛省を廃止し、宮内庁も廃止し、その予算を
新たに創る平和省にまわし、世界に貢献する
ことができます。

日本がそのように生まれ変わったならば、
どこの国が日本を攻めてくるでしょう。

これこそが積極的平和主義です。

大塚 卿之 (8月8日)

ーーーーー

大塚さん、みなさん

 今度の尊徳会館でこの問題等もまたみんなで話し合えるのでしょうが、
「象徴天皇制の破棄」ということを自分の描く、あるべき政治体制だとして意見表明するのは、
大いに良しとしても、一方で被災地を慰問する天皇に勇気づけられ感激する心情が存在するというのは
紛れもない事実であり、その現実に無配慮で理想を言いはなってしまうと、反発されこそすれ稔りある対話は
できないかもしれません。それを危惧します。ひょっとして「不合理かつ封建的な身分制は破棄すべきであり、
天皇制など前時代の残滓は速やかに打破すべきである!」と叫ぶかっての左派の人びとにあったかもしれぬ主張と
混同されてしまうんではないかと、何だかもったいなくも思います。余計な心配でしょうか?

また、“象徴”ということばの由来や、あるいは困難を極めた終戦に至る経過についても諸説あるようですが、
終戦(敗戦)を実現するために立った鈴木貫太郎と、竜沢寺の山本玄峰老師の対面のいきさつ。
その対面から鈴木貫太郎が難局の中で事を進めるに当たっての、大きな示唆を受けたとか言う話。
本土決戦を固辞する命知らずの一部過激将校相手の、鈴木が打ったという大芝居。
そういうことを経て持ち込んだ最後の御前会議での、天皇による裁可。
終戦の事なって、天皇の位置づけに関しての進駐軍側とのやり取りの過程での、
再度の玄峰老師からのサジェスチョンなどなど。ボクの調べた範囲でもいろんなことがあり、
何が事実で何が虚言なのか分からない部分もあるのですが、ともかくも僕自身はそんな中から象徴天皇制は
当時に於ける苦肉の策であり、また一連の過程に於ける天皇の挙措言動(これも事実・不事実を巡り
そうだ、そうでなかったと果てしない論争があるのでしょう)からヒロヒト天皇についても、
じつは悪い印象は持っていないのです。

そんな訳で、多分、ひこさんの歩いてこられた道程と痛烈な体験からの、
ひこさんののっぴきならないご文章だとは思うのですが、ボクの馴染んできた世界から見れば、
ひこさんの論考は正直過激に過ぎる印象なのです。しかし、一方では天皇制はいずれはいろんな意味で
先細りする・・・とも思い、元号もそれに従い使用頻度も落ちるのでは・・・と自然に任す気持ちでおります。
天皇の神聖や元号を声高に叫ぶ声などは、正面から相手にせず、「現憲法前文と9条堅持」これにこそ
エネルギーを集中していれば、それ自身の奇矯さと時代錯誤性により飽きられるのではないか、そんなことも思っています。
ひこさんに失礼があることを恐れていますが、こんな異見も書けるところがこの会だと思っております。
                                 池田 (8月8日)

ーーーーー

大塚さん、小林さん、池田さん、魯参さん、みなさん、

大塚さん、わたしのねがっている芯のところに共感してくれたこと、ありがたいというより、
しあわせなきもちです。
小林さんとともに力点をおいている「国家エゴイズム」解消への道に、わたしも共感します。
ただ、現実には、国家エゴイズムは、近代国民国家の成立基盤にかかわるまさに本質的な部分から
出てくるものですから、そうそうやすやすとなくしていくことはむつかしいでしょう。 

日本国がせっかくそのカギとなしうる憲法をもっているのですから、率先して国家エゴイズムを
すてされば、いいにきまってますし、わたしたちのなすべきことは、たんに憲法をまもれと言うだけでなく、
この憲法のもつ世界的な意義を現実化していくにはどうすればいいのかを、現実の問題として、
考え実践していくことでしょう。

具体的には、諸悪の根源であり、このいま日本国をのっとっているテロ集団=アベ政権を
なんとしてでも追放することができるよう、智慧をしぼり、みんなに働きかけることでしょう。

ところで、池田さんの発言には、ただただ悲しいきもちにさせられています。
なぜか? おつかいになることばが、あまりにもステレオタイプであると感じられたからです。

「諸説あるようですが」というきまり文句がそのひとつ。
これは、ある言説を相対化することによって、その言説の力をそぐばあいにもちいられる常套手段です。
十人十色なのだから、ひとがことなれば、必然的に、感じかたも考えかたもことなります。
そんなことは、しかし、言うまでもないことで、肝心なのは、このわたしが、だれのどのような言説に
共感するか、正しいとおもうか、を、自分のことばでのべることではないでしょうか。 

池田さんの紹介されている「説」などは、その諸説のなかでも信憑性の低いもののひとつであると、
すくなくともわたしは考えます。
裕仁氏は平和主義者であったという伝説をつくりあげるために、
そうしたい、そうするほうが自分のためになるひとびとが、ありとあらゆる神話をつくりあげています。
ほんとうにどれが真実であるかを見わけるのは至難の業と言ってもいいくらいになっています。

ここで、カンジンカナメなのは、いったい、だれの立場にたって、だれの視点で見るか、です。
民を支配するひとたち、そのひとたちに追随あるいは同調することのほうが気楽なひとたちがいます。
そのひとたちの立場で、そのひとたちの目から、ものごとを見るのか、あるいは、
支配され抑圧されてきている民の立場から、民の視点で見るのか。
それによって、見えてくる光景はそうとうにちがってくるはずです。
たとえば、セクシャルハラスメントという「現象」を男の視角から見るのか
女の視角からみるのか、それによって見えてくるものがちがうでしょう。

「ボクの調べた範囲でもいろんなことがあり」とおっしゃっていますが、どういう動機から、どういうきもちで、
だれのどのような言説をどの程度に検証されているのかしら?
もしも、自分自身が生きていくうえで、このことを知らなければ、これから先生きてはいけないという
切実さから、一連の、いまでは「歴史」でしかありえなくなっている諸事実のなかから、 

真実を見いだそうとする熱情をもっておられるのなら、
「ともかくも僕自身はそんな中から象徴天皇制は当時に於ける苦肉の策である」と
考えているというようなことを、また、
「また一連の過程に於ける天皇の挙措言動」から「ヒロヒト天皇についても、
じつは悪い印象は持っていないのです」といったことをかんたんに言いきれるとはおもえません。
また、この天皇の言動についても「これも事実・不事実を巡りそうだ、
そうでなかったと果てしない論争があるのでしょう」といったような、ひとごととしての評論は
できないのではないか?

じつは、こういう言いかた、つまり「果てしない論争がある」といった状況に、
南京大虐殺という事実をめぐって、また、「慰安婦」問題をめぐって、
これらの歴史的事実はなかった、虚妄であったと力説するひとびとが
意図的にもちこんだことによって、
歴史における真実の探求を、こつこつと、地道にやってきたひとたちの努力が
いっぺんに相対化された、いや、無化されてしまったという
苦い経験が、この国の戦後史にはあったのです。

ある言説を否定しようとおもったら、それとまっこうから対立する言説を提示すればいい。
そうすると、その言説の信憑性は、すくなくとも完全ではなくなります。
日本民族の「伝統的」釣りあいの感覚がはたらいて、
真実は両者の中間にあるってことになるからです。

悲しかったのは、「過激」ということばを、なんのためらいもなくつかっておられたことです。
釈迦に説法でしょうが、このことばのもとの「ラデイカル」は、「根源的」という意味ですよね。
それが、この列島では「過激」という意味にしかつかわれなくなっています。
そして、このことばは黄門様の印籠です。
どんな言説であれ、いったん「過激」という烙印をおされたらもうおしましです。
池田さんがそうするつもりでないことは百も承知でもうしあげているのですが、
このことばも、安易につかうと容易にステレオタイプに堕してしまいます。

わたしだって、必要があれば過激な表現をとります。
しかし、あの文章のなかでは、そういった表現はおさえていたつもりです。
なのに、池田さんがそう感じたのは、たぶん、
「この一連の猿芝居」とか、
「象徴天皇制という民衆瞞着装置」とか
「天皇本人は怯懦にして陋劣であった」とかいった部分なのかもしれませんが、
これらは、その文脈においてなかば必然的にみちびきだされてきたものであって、
とりわけ攻撃性をになわせられていたのではありません。

なにより悲しかったのは、戦後73年もたつと、ひとびとの感覚それ自体が
過去から断絶してしまうのであることを、あらためて、おもいしらされたことでした。 

このわたしにとっては、一回限りの、文字どおり生身の体験から発することばであっても、
しかし、まったくちがってしまった時代・環境の空気を吸っているひとには、
とうてい共感しえない、どころか、おぞましくさえ感じられるのであることを、
痛感しました。

もうひとつ、これはゆゆしいことであるとわたしは感じているのですが、
この73年のあいだに、このわたしからすれば、ゆるすことのできない、ニセの情報や、 

それを駆使したエセ言説が、さもさも中立であるかのようなよそいで
蔓延しているという事実です。
こういったいかにも公正な感じの言説をいやてほどつきつけられるたびに、
わたしは、いやな、つらい気分にさせられてきました。
そういう言説が「力をもつ」ことを知悉しているからです。

ひこ (8月9日)
ーーーーー

ひこさん

やっぱりひこさんを失望させてしまったようです。
できる限り失望させないよう気を使った?言葉使いがかえって逆効果だったのかもしれません。
「諸説あるようですが」という言葉もそうでした、
「いろんなものの中からその時点の自分に納得できるものを採用したに過ぎませんが・・・」という、
まさに自分の採用したものが唯一絶対のものではないですがと「相対化」し、
その意味ではいわば謙虚な?気持ちを込めたに過ぎなかったのですが、そんな言葉使いがひこさんには、
ある種の不純さを感じさせてしまったのでしょうか?
またひこさんが不快に思われた「過激に過ぎる」という言葉も、実はお怒りにならないで頂ければいいのですが、
最初「奇嬌」という言葉が思い浮かんだのですが、僕なりに抑えた表現ではあったのです。
要は、ひこさんがおっしゃられているように、「この一連の猿芝居」、『象徴天皇制という民衆瞞着装置」、
というような表現が、十分すぎるほどボクを驚かせたのでした。
僕に取りこれらの表現は、少々の事では揺るがせられない“決めつけ”言葉に過ぎぬと感じさせられましたし、
さらに「天皇本人は怯懦にして陋劣であった」という断定も、ボクにとってはひこさんのような影響力の大きい方が
使われる言葉としては、やはりあまりに大胆であり意外かつ驚きではあったのです。
ひこさんほどの方がこのような言葉や表現をされるおそらく強烈な体験や事情がおありになると想像もされ、
ひょっとしたら僕自身の73年の教養生活に偏頗なところがあったのかもしれない、というようなことも考えますが、
やむを得ません、自分の現在考えられうる見解をありのまま提示し、試行錯誤しつつ人は皆歩むしかない訳ですから・・・。

ところでひこさん、三島竜沢寺の玄峰老師を巡る終戦当時の挿話は、本当に「信ぴょう性の低い神話」にすぎないのですか?
ボクは、青春時代以降、仏教特に禅宗の坊さんの著作になじみ、不完全ながら坐禅もし、
ある意味人生の危機を乗り越えることもしてきました。そんなボクの人生彷徨の過程で、
尊敬する多くの諸師方の一人としての玄峰師にまつわる出来事として遭遇した終戦秘話であり、
どうにも虚言や神話、まして作り話とは思えないのです。
尊敬するあまりの思いこみや歴史的事実の事実誤認がもしあれば、訂正せねばなりません。
とり急ぎ、ひこさんのメールに接し、、、、。
                              池田 (8月9日)

ーーーーー

池田さん、彦坂さん、みなさん

池田さんが突っ込んで質問してくれたおかげで、彦坂さんの
命がけで取り組んできたことを聞き出すことができました。

だいぶ前に彦坂さんから送ってもらった文章を探すのに時間が
掛かってしまいました。

やっと見つけた文章が以下の添付文章です。
それほど長い文章ではないので、ぜひお読み下さい。

わたしは、この文章の最後に書かれている以下のことを読んで、
特に納得しました。

天皇は、この国の汚れに汚れきった為政者たちのなかで、ただひとり、
汚れのない存在 であると思われているからです。
天皇がそういった存在でありうるのは、かの名言を借用 すれば、
天皇が空虚な中心であるからです。

天皇をそのような存在としてしつらえ、その効力を存分に利用してきた、
いまもこれか らも利用しようとしているのは、たしかに、この国の支配層です。
けれども、天皇をそう いった存在たらしめているのは、
民衆なのではないでしょうか? 
民衆は、だれかにたよ りたがっています。
自由であることは、こわい。自由で自立した個人である重みには耐え られない。

存在そのものにおいて浄化されてある聖なる存在を民衆が必要としているかぎり、
天皇 制を廃絶することはかなりむつかしいのではないでしょうか?

この奇っ怪な作用に関するかぎり、戦前戦中の硬直した天皇制も、
戦後のソフトな天皇 制もおなじ力を持っています。

ということは、つまり、天皇制を廃絶するってことは、
たんに政治的なこの制度に政治 的に反対していくだけではなしとげることが
できないってことではないか?
 わたしたち の内なる天皇制をこのわたしが個人として廃絶しなければ、
わたしたちの外に君臨してい る天皇制を廃絶することはできないのだと、
これまでわたしはいくども強調してきました が、その、わたしたちの内なる
天皇制とは、じつは、こういった、外なる天皇制がまさに そうしようとして
いる方向へと無意識に心が動いてしまうといった精神構造のうちにも、 
深く巣くっているのではないでしょうか?

大塚 卿之 (8月10日)

ーーーーー

大塚さん、池田さん、小林さん、古川さん、魯参さん、みなさん、

大塚さん、ありがとう、わすれてました。
いま、どこにこの文章があるのかもわかりません。
読んでみてびっくり。
このとき、あそこにあつまっていたひとたちには、どちらかというと、それこそ「過激な」
天皇制廃止論者が多かったようにおもいます。
ですから、そのひとびとに、おなじように考えたり感じたりしていないひとにどのように語りかけるのかを
考えてもらいたくて、このようなはなしかたをしたように、うっすら記憶しています。 

とまれ、尊徳会館では語ったことのレジュメまで紹介していただいて、恐縮しています。 

さて、池田さん、
「失望」はしていないのですよ。
わたしの言いたいことにすんなり共感してくれるひとのほうが、いまでは、むしろ、圧倒的多(小?〉数であることは、
あらかじめ予感していましたから、そんなことはもともと期待していないのですから。 

ただ「悲しい」と感じた理由は、あそこで告白したように、あなたが自分自身のことばで
語っていないと感じたところにあったのです。

あなたのこのメールに接して、あなたが「気を使っ」ていらしたのに、むしろわたしのほうが
「気を使」わなかったことで、逆に、あなたにいやなおもいをさせてしまったかもしれないなって
反省しています。
これからは、しかし、気遣いは無用にしましょうよ。
わたしたちは、年齢も経歴もいっさいかかわりなく、対等ではなしあうところにこそ
意味をみいだしているんですから。

山本玄峰老師にまつわる「挿話」について、まず、わたしの考えをおはなししておきましょう。
あなたの文章のつぎのの部分に、ことは、かかわるのですが、
このさい、「印象」や「感覚」にはなるべく触れずに、
事実にのみ関心を集中させることにします。

《終戦の事なって、天皇の位置づけに関しての進駐軍側とのやり取りの過程での、
再度の玄峰老師からのサジェスチョンなどなど。ボクの調べた範囲でもいろんなことがあり、
何が事実で何が虚言なのか分からない部分もあるのですが、ともかくも僕自身はそんな中から象徴天皇制は
当時に於ける苦肉の策であり、また一連の過程に於ける天皇の挙措言動(これも事実・不事実を巡り
そうだ、そうでなかったと果てしない論争があるのでしょう)からヒロヒト天皇についても悪い印象は持っていないのです。》

玄峰老師は、鈴木貫太郎首相の相談役となっていました。
ですから、とうぜん、あの御前会議への影響力を行使しえて、
ポツダム宣言受諾のほ方向へ会議の舵をきらせることに
貢献していたでしょう。

「信憑性の低い神話」とわたしが言ったのは、このような「挿話」が天皇平和主義者という神話を
つくりあげる有力な資料のひとつとしてひとりあるきしているこのへの示唆であって、 

むしろ、ここでは、もっとはっきり、過大評価であると言ったほうがより正確でしょう。 

おことわりしておきますが、玄峰老師のことばのひとつひとつは真実のことばであって、 

そこに、なにか「ためにする」意図などまったくなかった、と、わたしはおもっています。
であるからこそ、しかし、そうしたことばのいくつかが、あの時代にどういう意味をもったかを
考えると、けっして、てばなしで、このひとは平和をねがっていたとは言いきれないのです。

禅宗であれその他の仏教であれ、キリスト教であれ、あの戦時中、わずかの例外をのぞいては、
おしなべて、天皇の神格化と「正義の戦争」に、こころからであれ、こころならずもであれ、
協力していたことは、まぎれもない事実です。

玄峰老師は、たしかに、日米開戦には反対していたようです(中国
への侵略戦に対してどうであったかは、わたしは知りません)。
しかし、行為として反対をつらぬきとおしたとは言えないとおもいます。
そのような他の大勢のひとびととおなじように。
もし、行為として反対をつらぬいていたら、殺されるか、監獄に監禁されるか、していたはずです。

1939年、まだ日米開戦にいたっていない時期に投獄され、敗戦にいたるまで獄中にあった、
「灯台社」の明石順三をおもえば、ことはあきらかです。

そんなことは、しかし、じつは、どうでもいいのです。
わたしが深い違和を感じないではいられないのは、この老師に関するもうひとつの挿話です。
天皇の「終戦」の詔勅のなかにある「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え」という文言は、 

玄峰老師の「進言」によるものであるという、あの挿話。

天皇のこの詔勅は開戦の詔勅、教育勅語とともに、たんに内容だけでなく、
その文体そのものに、わたしは、いまでは嫌悪しか感じないのですが(当時は
感涙にむせぶほどでした)、この「美文」こそはおぞましい。

これだけで、この老師が、心底、あたらしい、戦争をしない「日本国」をつくりたいと 

ほんとうにねがっていたとは、すくなくともわたしにはおもえない。
日清戦後の三国干渉にさいしていくどもひきあいにだされた臥薪嘗胆の思想を
ここからくみとらないわけにはいかない。
このひとの弟子にかの田中清玄がいたのもゆえなしとしないでしょう。

いえいえ、そんなことより、もっともっと重大なことがあるのです。
玄峰老師であれ鈴木貫太郎であれ、そのほかかの御前会議に出席できていたひとたちは、 

いずれも、わたしたち民草とは縁もゆかりもないひとたちばかりです。
このひとたちは、たとえ生粋の軍人で、陸軍大臣・総理大臣・参謀総長であったとしても、
軍令部部長・海軍大臣であったとしても、だれひとり戦場におもおむいて、
前線でたたかっていのちをおとしてはいません。

ガダルカナルの密林やルソン島の山岳地帯で、餓死したり、行き倒れて、からだじゅうに
蛆がわき、蛆からかえったハエが鼻から出たり入ったりしている状景を、
熱帯の照りつける太陽のもとで「強烈な腐臭を」はなち、「つやつやしたソーセージの様に
膨張し、ぬるぬる光って」(トレガルキス)いる兵たちの死体を、
このひとたちは、だれひとり、じかにその目で見てはいなかったのです。
このようなひとたちのことばを、わたしは信じません。

いつもふしぎにおもうのですが、総理大臣でも外務大臣でもないくせに、ふたことめには、
「日本は」「わが国は」といった言いかたを平気でしてしまい、そのことのおかしさに 

まったく気づいていない民草がけっこういるのですね。

戦国時代を語るさいにも、登場するのは、信長であったり秀吉であったり、家康であったり、
すこしものしりになると、明智光秀やら上杉謙信、武田信玄などなどといった名があげられる。
この時代の歴史は、すべて「戦国大名」がどう行動したかによって綴られている。
しかし、桶狭間であれ関ヶ原であれ、じっさいにそこでたたかっていのちをおとした
圧倒的多数の者たちは「足軽」だった。そして「足軽」とはいくさにかりだされた民の謂だった。

わたしの心友藤木久志は、一貫して、この足軽たちが、そのもともとのすがたである農民が
あの時代をどう生きたかに目をむけ、戦国時代の民衆の歴史を語ってきました。
じっさい、歴史を書く=つくるのは、つねに、それを書きしるすことのできるひとたちです。

いまの明仁天皇はわたしより数ヶ月遅くうまれているだけで、同世代といっていい。
敗戦後、裕仁天皇はいやがっていても反対はできなかたようですが、アメリカ人の
敬虔なクリスチャンである女性から、民主主義の根本精神を徹底的にしこまれた、
いわば、民主主義を純粋培養されたひとです。
ですから、このひとの口から出る憲法遵守のことばも、あらゆる行為に一貫している
平等主義的なかたちも、けっして、うそいつわりとは言えません。
わたしは、個人的には、明仁氏にも美智子妃にも、
そのむすこの徳仁氏とそのつれあい雅子にも
したしみを感じています。
ですから、明仁氏が徳仁氏へと天皇の位を譲って、象徴天皇制を盤石ならしめようとしている
その行為への批判は、その父・祖父裕仁天皇への嫌悪とはまったくちがった次元のことです。

裕仁天皇に関して謂えば、ひとつの国家の最高責任者・最高権力者であったという事実は
消し去ることはできません。
ヒトラーがドイツを愛しドイツ国民のために多くの善をなしたとおもっているひとは、 

いまのドイツ人のなかではごく少数なようです。
イタリアでは、ムッソリーニの名など知らない世代が育っているようです。
裕仁天皇だけは、どうやら、べつなようです。

しかし、事実として、裕仁天皇が、最高権力者として、最高責任者として、
じっさいにおこなったかずかずのことがらは、ヒトラーやムッソリーニのなしたことと 

まったくちがうことではなかったし、それらすべてのことがらに対して
裕仁天皇が、最高権力者・最高責任者として負っている政治的・道義的責任は、
ヒトラーやムッソリーニのそれとなんらことなるものではないはずです。

わたしなどは、若年のために兵となることができなかったとはいえ、ひとりの「少国民」として、
自分のいのちは自分のものでも親のものでもなく天皇陛下のものである、という「教説」を 

たたきこまれてそだち、そのことを、つゆ、うたがったことはありませんでした。

旅順中学一年生のとき、わたしは、毎日のように、上級生から「軍事科学研究室」に
よびだされ鉄拳制裁をうけていました。
そんときわたしを殴った上級生は、天皇陛下の御名のもとにその鉄拳制裁を実行していたのです。

結核の既往症があり病弱なため丙種と認定され教育召集すらされたことのなかった父が 

40歳をこえ、物理学研究者として本来は召集免除となっていたのに、敗戦間際の
臨時召集で、一兵卒として入営したのも、天皇陛下の御命令によるものでした。
赤紙=天皇陛下の御命令というのはたんなる比喩ではなかったのです。
すべての兵は天皇陛下の御為に戦場におもむき、
「国民」は天皇陛下の御為にバケツで焼夷弾にたちむかって死んでいったのです。

渡辺清さん(故人)は、天応陛下の御為に弱冠15歳にして海軍特別年少兵となり、
戦艦武蔵に乗り組んでいましたが、武蔵がシブヤン海で撃沈されたとき、
重油をいやってほど飲まされたあげく駆逐艦にひろわれて一命をとりとめました。
敗戦後、このひとは、裕仁天皇が自決したという報せを、満を持してまちうけていました。
そのとき追い腹を切るつもりでいたのです。
なのに、待てどくらせど、天皇自決の報は彼のもとにとどかなかった。
それのみか、天皇はマッカーサーのかたわらにがに股で醜態をさらしていた。
「人間宣言」などというわけのわからないものがれいれいしく新聞にのった。
憤慨する彼に、こう言ったひとがいました。
そういうきみはなんなんだ、天皇を崇拝し天皇にいのちをささげたのは、きみではなかったか。

ハッと気づいた渡辺さんは、以来、自分自身の責任を棚あげすることなく、
真の責任追及をなすことによって二度とそのあやまちをくりかえすまいとする
真のいみでの反戦運動(「わだつみ会」いまは奥さんがあとをついでいる)に
献身していくのです。

この裕仁天皇が、とうぜん、戦犯として訴追されるはずであったのに、
連合国の総意でではなくアメリカ一国の政治的利益のために
一部の臣下に責任を負わせ、みずからはのがれえたということは事実です。
訴追もされず、だから処刑もされず、
民草が飢えに苦しんでいるときも栄養失調にならず、
ひとめのとどかない宮居の奥で、
生涯をまっとうしえたのです。
これをしも、人間としてゆるしうるとは、わたしはおもいません。

このわたしにとっても、「大日本帝国」という名の国家が、
わたしも祖国として愛した国民のひとりであったその国家が、
朝鮮を侵略して民族の言語も文化も、くらしそのものを、いのちをすらうばい、
中国大陸を侵略して、殺しつくし、うばいつくし、犯しつくし、焼きつくした、
フィリピンやインドネシアをはじめアジア太平洋の諸地域で
暴虐のかぎりをつくしたのである以上、
その責任は、たれあろうこのわたくし自身にあるのであると痛感しています。
そう感じることと、そういうわたしをつくりだした天皇裕仁の責任を追及することとは、 

このわたしにとっては、おなじひとつのことなのです。

あなたにとっては「あまりに大胆であり意外かつ驚き」であったことも、
「奇矯」としか感じられなかったことも、
このわたしにとっては、ごくごく自然な、それを口からだすのにいささかの「大胆」さもひつようとしない、
そういう表現でした。
たしかに、政治的には、いろいろと表現を工夫したり、考慮すべきことは多いでしょう。 

わたしだって、たとえば、憲法「改正」(という名の「改悪」ですらない「廃絶」)の賛否を問う
国民投票に、反対票を投じてもらうひとのかずをひとりでもふやしたいときには、
もっとちがうことばづかいをします。

ただ、象徴天皇制にまつわるあまたのことどもは、けっして、政治的にうんぬんすべきことではなく、
むしろ、日本人という名の民族のかかえる根源的な生きかたにかかわる、
あえていうなら哲学的・文学的なことがらであると、わたしは考えていますので、
こういう言いかたをしたら相手はひいてしまうのではないか、といったことは考えません。

ひこ (8月11日)
ーーーーー

小林さん、皆さん、今日は。

偶然でしたが「永続敗戦論」を読んでいる最中でした。

その切っ掛けとなったのは、今月1日(水)に次の映画を観たからです。

「国家主義の誘惑」

http://kiroku-bito.com/nationalism/

外国(フランス)から見た日本の国家主義を渡辺健一監督が描いたものです。

監督のことば | ドキュメンタリー映画『国家主義の誘惑』

http://kiroku-bito.com/nationalism/directors_comments.html

近代化の文脈と俯瞰した視座から問う日本の“今”――フランス在住の渡辺謙一監督最新作「国家主義の誘惑」 | 朝日ファミリーデジタル

http://www.asahi-family.com/news/14413

ご覧になれる人はぜひ映画館に足を運んで下さい。

この映画のパンフレットの一部を添付します。

パンフレット全体にも関心がある人には別途お送りします。

ファイルサイズが大きいので何枚かになります。

泉田 (8月11日)

 

国家主義の誘惑 p22

ーーーーー

泉田さん、小林さん、池田さん、大塚さん、魯参さん、古川さん、みなさん、

「国家主義の誘惑」は「沖縄スパイ戦史」とともに「ポレポレ東中野」で上映中だと

おもいます。わたしは耳のせいで映画は苦手なので、「沖縄スパイ戦史」のほうは、いま、

これを見たひとから資料をコピーしてもらって読んでいるところです。

沖縄戦を考えるうえでだけでなく、およそ「護郷」とはを考えるうえで深刻な問題提起

であるとおもいます。

「国家主義の秘密」にも大いに関心がありますので、どなたか、観られたかた、

資料をお送りいただけないでしょうか?

ところで、本題は白井氏の著書についの論評に関して、です。

このまえもちょっと触れたように、白石の諸著作を、わたしはかなり高く評価してはいますが、

しかし、武藤さんをひきあいにだしてのべたように、まるごと信じこむのはあやういと考えています。

しかし、小林さんが紹介しておられる池田信夫氏の「論評」などは、「異なる立場の意見」と言うには

あたいしない、と、わたしにはおもわれるので、ひとこと。

わたし自身、サルトルじゃないけど「自己にさからって考える」を実践してきているし、また、

いわゆる反体制活動家のひとびとには、不快であってもそれをおさえて精読しなければならない

文献があるのだってことを力説してきています。

レーニンの読んだ本を見ると(断片的な、コピーによるものでしかないですがね)、

いたるところに、「そうだろうか?」とか「ちがう!」とかいった書きこみがあります。

それだけでなく、なぜ、どこがちがうと考えるのかをモチーフ風に簡単に書いてもいます。

それがもとになって、いろいろと有名な論攷ができあがっていますので、興味深い。

じつは、わたしも、むかしはポレミストの気概にあふれていたので、「論敵」の言には

精読し、書きこみをしていました。

わるいくうせで、すぐよこみちにそれてしまいます。本筋にもどそう。

池田氏の論評はたんなるイチャモンにすぎず、とてもまともな批評にはなってないけど、

しかし、こういうものでも、読む意味はありますね。

イチャモンにすぎないとおもうのは、たとえば、アメリカに従属している日本国という

白井氏のとらえかたに対して、「それは著者や孫崎氏には屈辱だろうが」としたうえで、

なにを対比させるのかとおもったら、「多くの日本人は」(ついでに、こういう言いかたに

接したら眉に唾をつけたほうがいい、「みんながそうしてる・言ってる」という言いかたが、

じつは、自分だけだったりするのと相似的だから)「アメリカの核の傘」に

「ただ乗りして」(これもきまりもんく)「平和と繁栄を享受してきた」(ああ、またか!)

といった「常識」(あるひとびとの、だが)を提示するにとどまっている。

これでは批判にもならない。

《潮匡人氏も指摘するように、日本は第1次大戦に参戦しながら、ほとんど派兵しなかった。このときも野党や新聞は「戦争に巻き込まれるな」と反対したが、その結果、同盟国の不信をまねいて日英同盟は破棄され、日本は孤立化の道を歩んだ。》

この一節は、たんに潮という元防衛省の中核にいたひとの独断にすぎない。

わたしはそれほど信頼してはいないけれど、昭和史家として定評のある半藤一利氏だって、

「日本は日英同盟を結んでいますから、すぐにでもイギリスが日本の参戦を望んでくる」と

踏んでいたのに「イギリスは日本に参戦を求めようとはしなかった」のだって書いてます。

「大日本帝国政府」と「大日本帝国軍隊」とりわけ帝国海軍は、イギリスからもとめられもしないのに

かってに参戦して、どさくさまぎれに山東半島や南洋群島のドイツ基地を占領し、戦後も、

うまくたちまわって国際連盟から南洋群島の「委任統治」を獲得したってところが実状であったようで、

潮氏が指摘しているような理由から日英同盟が破綻したのではなかった。

だから日米同盟をまもるには、「軍備にふさわしい憲法をもつ」「普通の国」として「自立して」

(「自立」ってことばをちゃんとしってるのかね、このひとは)「応分の負担」を「せざるをえない」

(「せざるをえない」と「すべきである」とは大いに姿勢がちがうのですけどね)そのためには

「著者や朝日新聞のような平和ボケ」を「駆逐する」(あなおそろしや、「駆逐する」のか)ことである、

といった、こういう言いかたは、もう、聞きあきた。

「不思議の国のアリス」は言う、「いつもおんななじことしか言わないひととは、どうやっておはなししたら

いいんでしょう?」

潮匡人というひとには『常識としての軍事学』という、たいへんわかりやすいことばで「軍事」ということに

ついての「基本常識」を、軍人としての立場から(このひとは元航空自衛官で防衛庁時代その

中核にいたひとです)解説してくれています。

必読文献であろかとわたしは考えています。

この本の第11章「戦略的思考とは何か」のなかにはっきりと書いてあることを

わたしたちは銘記すべきでしょう。

軍隊は「国民の生命・財産」をまもるものだという「世間の常識」について、それはちがう、

「それらを守るのは警察や消防の仕事であって、軍隊の『本来任務』ではないのです。」と。

「ならば、軍隊が守るものとは何なのか。それは『国家目標』の上位にあるもの、国家目的と

いう言葉がしっくりこなければ、国家にとって『至上の価値』と言い換えてもいでしょう。

『我々だけの自衛隊』(松原正、展転社)は『国家にとっての至上価値とは何か』と

提起した上で、『それは國体(体は旧字ーーひこ)である。国体といふと眉を顰める向きも

あらうから文化であると言ひ直してもよい』と解き明かしてしています。『伝統文化』と

言い直してもよいでしょう。」(同書、188ページ)

この潮氏やら八木氏などをさかんにひきあいにだす池田信夫氏自身は

「反原発はすべてバカ」だと広言するようなひとです。

地球温暖化についても、そんなことがあるわけはないと言っています。

本来は、だれが書いて(発言して)いるかによってその文章(発言)の当否を判断すべきではない。

いっさいの先入観なしに、そのテクスト(言説)の内容そのものを検討すべきなのだ、というのが、

このわたしの姿勢なのですが、しかし、この池田氏や潮氏、八木氏のようなひとびとの、

あるいは、安倍氏、菅氏、日本会議の諸子などの言説に接するばあいには、

よほど用心してかかったほうがいい、とも、しょうじき、おもいますね。

ひこ (8月11日)

ーーーーー

彦坂さん、皆さん、

仰る通り、次の二つの映画は「ポレポレ東中野」で上映中です。

「沖縄スパイ戦史」

http://www.spy-senshi.com/

「国家主義の誘惑」

http://kiroku-bito.com/nationalism/

私は2つの映画を今月の1日(水)に観てきました。

次は私の個人的な感想です。

「沖縄スパイ戦史」は内容が良かったことと、とても芸術的な

作品になっていたと感じました。女性の監督ということも影響が

あったと思います。沖縄戦の終盤で秘密に作られた「護郷隊」の

話でした。

http://historyjapan.org/child-soldiers-gokyotai-in-okinawa

内容はとても良かったです。

私は沖縄へは10回以上行っていますが、ここまで掘り下げて

考えたことはありませんでした。

「国家主義の誘惑」

こちらの映画はフランス在住の渡辺謙一監督の作品でした。

http://kiroku-bito.com/nationalism/directors_comments.html

多くの日本人が感じている理不尽な政治、社会状況を的確に

映像化していると思いました。

書籍5選

〇それでも日本人は「戦争」を選んだ 朝日出版社、2009年 加藤陽子著

https://www.asahipress.com/soredemo/

〇昭和天皇 岩波新書、2008年 原武史著

https://www.iwanami.co.jp/book/b225899.html

〇アメリカ・暴力の世紀―第二次大戦以降の戦争とテロ 岩波書店、2017年 ジョン・ダワー著

https://www.iwanami.co.jp/book/b325093.html

〇永続敗戦論―戦後日本の核心 太田出版、2013年 白井聡著

http://www.ohtabooks.com/publish/2013/03/08173037.html

〇国家神道と日本人 岩波新書 2010年 島薗進著

https://www.iwanami.co.jp/book/b226046.html

これらの本は図書館で借りて読んでいる途中です。

「国家主義の秘密」

こちらはファイルサイズが大きいので3つのメールでお送りします。

国家主義の誘惑 1新

国家主義の誘惑 2新

国家主義の誘惑 3新

長くなりましたので、まずはこの辺で。

泉田守司 (8月11日)

ーーーーー

泉田さん、みなさん、
「沖縄スパイ戦史」について、ほかのMLのひとから「解説パンフレット」を送ってもらった御礼に
感想を書いたのですが、書いているうちに、みなさんに読んでいただきたくなったので、
添付します。
ひこ (8月12日)
ーーーーー

彦坂さん、みなさん

添付されていた「沖縄スパイ戦史」についての文章を
拝読しました。
「沖縄スパイ戦史」についての資料がどのようなものなのかは知りえ
ませんが、大変参考になりました。
特に以下のことには全く同感です。
たとえ今の安倍政権が悪用しなくても、もっとあくどい政府が出現し
た時には、これらの法律によって我々自身がどれほど苦しめられるこ
とになるのか、今考えなくてはなりません。

わたしがなぜ「共謀罪」や「特定秘密保護法」の成立に反対したかと

いうと、これらが、戦時中の「軍機保護法」とおなじく、このような住民同士の疑心暗鬼・密告を積極的にうながす根拠とされる法制だか

らです。

この「沖縄スパイ戦史」についての彦坂さんの文章も、追って魯参
さんが、ブログに転載してくださり、多くの人の目に止まることを期
待しております。

 

             大塚卿之 (8月12日)
ーーーーー

皆さん、今晩は。

泉田守司です。

以前NHKで放送された番組も参考になると思います。

【NHKスペシャル】あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白~ – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=G9LKiZ34dvc

74分ですが、ベースになる番組と考えて良いと思います。

話題が変わりますが、NHKの次の番組はご覧になられましたか?

NHK ETV特集

シリーズ アメリカと被爆者 第1回「シュモーさんを探して」

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259631/index.html

シリーズ アメリカと被爆者 第2回「“赤い背中”が残したもの」

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259637/index.html

私は図書館で次の上映会をみました。

ヒロシマナガサキ ~白い光黒い雨 あの夏の記憶~ | 過去の主な放送 | NHK 国際共同制作

http://www.nhk.or.jp/co-pro/recent/20080731.html

こちらもお勧めの映画でした。

泉田 (8月12日)

ーーーーー

ひこさん、みなさん

ボクは、ひこさんが言われる明石順三も藤木久志という方も、
初めて目にする名前で寡聞にして知りません。渡辺清さんは武蔵乗組員ということで
確か子供向けにも著書ありと思いますが読んでいませんし僕の記憶違いかもしれません。

 多分僕とひこさんでは圧倒的にそのへんの情報量?が全く違うのでしょう。レベル違いと言うべきかもしれません。
ボクも不完全ながらもあの戦争を経験した方の幾つかのドキュメントに本人や資料を通して接してはきたものです。
ひょっとしたらひこさんの知らないケースもあるかもしれません。当然のことですがあの戦争に参加した人それぞれの
膨大なドキュメントがあるのでしょう。つまらぬものもあるでしょうが、多くは僕らのような戦後派には想像を絶し、
思わず絶句といったことごとです。しかし、今現在、それらの一つ一つをたどって歩くことは当然無理なことですし、今の僕には必要な事でもないと今現在の僕は思っています。

 ひこさんは「ほんとうに怒っているのですよ」と小林さんへのメールででしたか書いておられました。
でも、僕の今の気持ちはひこさん流に言い直すならば「ほんとうに心配しているのですよ、息子や息子の子どもたちの時代が」と言うべきかもしれません。ボクは今その気持ちで動いています(こんな事を書くのは少々大仰なのかもしれませんが、少なくもそう思う事で自分の日々の行動をプッシュしてくれるのであります)。

 さて、このことを言葉を変えてもっとハッキリ言えば、ミロク会のテーマは戦争・平和ETCであり、
象徴天皇制の是非や天皇の戦争責任追及ではないのではないか?ということです。
ボクはそう思って参加していますので、現状を何となく迷路に入りこんだ印象を持っています)
あるいはひこさんも「そうだ俺もその気持ちだ」といわれるかもしれません。
しかし、今象徴天皇制を問題にし、天皇の戦争責任を訴え・・というその時でしょうか?
ボクは喫緊の問題もあることですし、これらの問題にこだわりかかずらうことは、
ハッキリ言えば迂遠なことであり、悪くすると相手?を利することになりはしないかとも思っています。
こんな事を書くとひこさんには見放されてしまうかもしれないと思いながら書いています。
気づかい無用とひこさんは仰ってくださいましたから・・・。

ともあれ、そんな僕の現在の心情を表明しましたが、
今回のひこさんのメールで少し気づいたことが有りますので、
一つだけ正にかかずらわることになってしまいますが書かせて頂きます。
玄峰老師や、あるいは御前会議に出席できていた重臣たちが、誰一人戦場に赴き戦場の現実を知らないではないか、
彼らは民草とは縁もゆかりもない人たちではないか、というような趣旨の文章のあとでひこさんは
「このような人たちのことばを私は信じません」と、何ともバッサリという感じでかいておられます。
ボクはこの部分を読み感じてしまったのですが、ひこさんの「過激さ」というよりも、
むしろひこさんも時によればステレオタイプ的な思考にとらわれることもあるのだなということでありました。
言うまでもなく重臣たちに酷悪なる戦場体験を求めるのは土台無理な注文であります。だからと言って彼らの言葉は
全て信じるに足らないものなのでしょうか?
そんな彼らがあの時点でありうべき最上の決断=敗戦を導き出したのではないですか?
とても信じるに足りない連中(そいうれんちゅも中に含まれていたかもしれませんが)が
辿りつける決断ではなかったとボクは思うのですが・・・・。
                              いけだ (8月12日)

ーーーーー

池田さん、大塚さん、小林さん、古川さん、魯参さん、泉田さん、みなさん、

池田さん、
「見放す」ことなどありえません。
わたしは、あなたを見込んだり見放したりする立場に身をおいてはいないのですから。 

重大なともわれる点だけをいくつか指摘しておきます。

ひとつは、このいまを正確に知るためには、過去を正確に知る必要があるのではないか、ということです。
現在を正確にとらえ、よりよい未来を拓くには、過去と断絶してはならない、 ということです。
いまさらワイツゼッカーをひきあいにだすまでもなく、このことを、わたしは肝に銘じています。
わたしの発言はすべて、このいま、この場にかかわるものばかりです。

戦争をおこしたくない、平和を築きたい、これらがこのMLのテーマであるというのなら、
なおさら、そのためにこそ、遠いと思えば遠い、遠くないと思えば遠くない過去に、
わたしたちの兄弟姉妹や父母・祖父母・曾祖父母たちが、
なにを考え、なにをなし、どのような結果をひきおこしたのかを「正確に」知る。
過去のではなく、現在の「わたしたち」(「民族的に日本人に属する者、日本国の「国民」
である者)自身が、朝鮮人、中国人、フィリピン人、インドネシア人、ミクロネシア人、 

その他ものろもろのアジア太平洋のひとびと、だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカなどをも
ふくめ、地球上のすべてのひとびとに対して負っている責任を自覚すする。
このことが必要なのではないでしょうか?

裕仁天皇の戦争責任を追及するとは、まさに、この「いま」の「このわたし」の責任を追及することであって、
遠い過去にだけかかわることでは、けっして、ないのだと、すくなくともわたしは考えています。

ふたつめ。
「こだわる」ということばに関するおもいです。
あることに「こだわる」ことを忌みきらう習性が、日本人にはしみついているようです。 

なにごとも「水に流す」のをよしとするこの習性では、
ひとつのことを執拗に追及していく姿勢は「こだわっている」としか感じられないのでしょう。

「かけもり」にしても、すでに「過去」になってしまっています。
いまだにそのことを追及するのは「こだわって」いるとしか感じられなくなっています。 

わたし自身は、あの敗戦を「大日本帝国」の植民地都市でむかえさせられ、
おなじとしごろの中国人少年たちからの「いわれなき」迫害を受け、
それが民族的報復であったことを、しだいに知っていくといった体験から、
このわたしが、なぜ、あのころ、あのように熱烈な愛国少年になっていたのか、
なぜ、天皇陛下の御仁慈を全身で感じとり、
「聖戦」である「大東亜戦争」での勝利を確信する少年になっていたのか、
その「わけ」を知りたいがために、
物理学研究者になるはずであった「将来の道」をすて、
その一点に「こだわり」つづける道を選び、
そのことに生涯をささげつくしていまにいたっています。

しかし、なにごともすぐに「わすれ」てしまわなければ、
その、過去になってしまったことに「こだわり」つづけないようにしなければ、
はたして、未来は拓けないのでしょうか?

みっつめ。
説得してはいけない、説明に徹するべきだ。
このことを、わたしは、フランツ・ファノンから学びました。
それに、もともと、わたしは「訴えること」が不得手です。
わたしは「訴え」てはいない。訴えることなどとうのむかしに断念しています。

わたしも、むろん、子や孫やその子や孫たちの時代のことを
考え、想像しないではいられません。
考えれば考えるほど、想像すればするほど、しかし、ろくな未来は見えてこない。
わたしは絶望しているのです。
しかし、徹底して絶望すれば、その先には希望しかない。

よっつめ。
なにごとについてであれ、すべてを知ることなど有限な人間にはとうていかなわぬことです。
問題は「情報量」などではない。
あえて「情報」ということばをつかうとすれば、その「量」ではなく」「質」こそが肝心なのです。

すべて「智」にかかわることを「情報」であると考え「情報」として「処理」してしまうという風潮に
わたしは、どうしてもなじむことができないでいます。
「智」とは、とりわけ「智慧」とは、けっして「情報の多さ」とイコールではないはずでしょう。
人間の生きることそれ自体に深くかかわっていることではないでしょうか?

いつつめ。
あなたとのちがいが鮮明にあらわれているのがこの部分です。
「重臣」ということばをわたしはもちいなかったが、
あなたが、この歴史的に限定されていることばをもちいたので、
わたしも、このことばの指示するひとたちのことをも、問題にします。

「醜悪なる戦場体験」というふうにその体験を「総括」してしまうことなど、
わたしにはとてもできませんが、ひとまずこれはおいて、
その「体験を求める」のは「土台無理な注文」であり、
そのようなことは「言うまでもないこと」だと、
本気で考えておられるのでしょうか?

現実に「無理」であるというより、そんな「つもり」など毛頭ないひとたちであった、 

と、すくなくともわたしは見なしているのですが、そのこともさておいて、
いつの時代にも、戦場にわかものを送りだすのは、自分の身はぜったいに安全なところにおいている
老人たちでした。
そのわかものたちを戦場に送りだしいのちをうしなわせたことについて自分に責任があると
感得しえていたひとたちはごくごく一部だけで、大部分のひとたちは、
戦争が「終わった」あとも安らかな余生をおくるのがつねでした。

むかし、わたしは、こんなことを考えて表明したことがありました。
戦争がおこったら、天皇・重臣・総理・閣僚・大審院判事などなど
国家の枢要な地位についているかたがたが、まっさきに戦場におもむくという制度が
確立してさえいたら、たぶん、だれも戦争をおこそうとはしなかっただろうってね。

集団的安全保障によって自衛隊の海外派遣を是認する法制度が成立しそうなときも、
わたしは、安部総理が率先戦場におもむくべきだと主張しました。

人間ってやつは、自分自身の体験の範囲にはいらないものとことを理解することはできない、
まして、感じることなどできやしない。
電気をとめられたために熱中症で死亡したひとのきもちが、
安部総理にはわかるはずもないのです。

わたしは、電気まではとめられなかったけれど、電話をとめられたことはあります。
貧乏してて、料金未納だったからです。そのころわたしは電話一本で注文を受けるという
生活をしていたから、電話をとめられるというのは、まさに、しごとができなくなる、 

したがって収入の道を断たれるという事態でした。
わたしは、電話局とおおげんかして、とにもかくにも電話はつかえるようにしましたが、 

それはまがありなりにも民主国ニッポンになっていたからのこと。

飢えたことのないひとには、飢えとはなにかがわかるはずはない。
だから、戦場にいない、いかない、陸海大臣や参謀長・軍令部長や、
まして、「重臣」や天皇陛下には、戦争とは「情報」でしかなかったのではないか?

そういうひとたちのことばをしも信じなさいとおっしゃるのでしょうか?
借問します、安部総理のことばも信じうる、信じるべきだとおっしゃいますか?
安部総理も人間であるかぎりは、その発言のすべてが完全に・絶対にあやまっているとは言いきれません。
しかし、じっさいに、このひとがなにを言い、なにをしているかを知れば知るほど、
その言に信をおきうるか、と、考えざるをえないでしょう。

まして、あの「大東亜戦争」の時代の「重臣」や枢要な地位にある陸海軍人・政治家たちの
語ることばを、戦後、そのひとたちとさほど立場のちがわない、あるいは、そのひとたちの言動を、
さまざまな理由からではあるけれど、擁護する立場にたっているひとたちの語ることを、 

すくなくとも、わたしは、眉に唾をつけないで受けとることはできない。

「信じない」という言いかたは、たしかに強烈にひびくかもしれない。
しかし、そのくらいにつよく言わなければ、わたしのこの心情をつたえることはできない。
これをしも「ステレオタイプ」の思考(「的」というのは不正確ではないか?)であるというのは、
人間の「感情」とは、「感情」の激発とは、どのようなものであるかについて、
あまりよく知らないか、そういう体験がなかったかではないかしら?

まちがっていたらごめんあさい。
戦時中のはなしになるからわかりづらいのですが、このあなたの姿勢からすると、
このいまの安部総理、菅官房長官をはじめ、「生産性」の低い人間には
生きる価値はないといわんばかりの発言や、「主権」とは「国家」のもので
「国民」のものではないといった発言をする政治家たちの言動も
「信じない」とは言えないことになるのではないでしょうか?

どんなにひどいひとでも、人間である以上は、全面的に、絶対に、まちがっているとは言えない。
安部総理の言動にしてもおなじです。
肝心なのは、そのときその場の具体的な状況に即して、その言動の正否を
個々具体的に判断し、批判し、その判断と批判に対しては、このわたしが
責任をとることではないでしょうか?

ひこ (8月12日)

ーーーーー

池田さん、大塚さん、小林さん、古川さん、泉田さん、魯参さん、みなさん、

ごめんなさい、またおもいだしたことがるので。
長広舌に退屈なさるかもしれないのですが。

ゲッベルス(だと記憶しているのですが)の卓抜な発言があります。
10年たてばまた戦争をおこすことができる。
前の戦争の記憶がうすれるからだ。
「十年ひとむかし」とこの国のことわざでは言います。

わたしは、かつて、40年という歳月について語ったことがあります。
日露戦争がおわったのは1905(明治38)年です。
アジア太平洋戦争がおわったのは1945(昭和20)年です。
このあいだ40年「しか」たってないとも言えるし、40年「も」の歳月がすぎたとも言えます。

1933年うまれのわたしにとっては、「日露戦争」はとおいとおいむかしの歴史上のできごと、
歴史の授業でおしえられるできごとでした。

ところで、フィリピンがアメリカの植民地にされたのは、1902年のことです。
もうすこし正確に言うと、フィリピンでは19世紀の末に、スペインの支配からの独立を求める
運動が澎湃としておこり、日本国憲法よりもっと徹底して民主的・人権尊重の憲法を制定する
ところまでいき、まさに独立寸前といったときに、アメリカはマッカーサー(日本にきた将軍の父)
を長とする「フィリピン独立支援部隊」を派遣して独立軍を支援する、というタテマエだったのに、
いざ対スペイン独立戦争にフィリピンの部隊が勝利する寸前、くるりとむきをかえて、フィリピン独立軍に
銃をむけなおした、といういきさつがありました。これが1899年。
アメリカは「米西戦争」のあいだにスペインととりひきしてフィリピンの領有権を「譲渡」されていたのです。
フィリピンの独立勢力はこれに反対して執拗に反撃戦を展開しアメリカ植民地政府を悩ましていたのですが、
アメリカ植民地政府は、巧妙きわまりない手をつかって、彼らのゲリラ闘争を、
「非合法化」し、彼らを「匪賊」「ならずもの」と呼ぶようになり(日本国の「破壊活動防止法」は
このときの法的措置そっくりです)、
1902年にいたり、ついに、反植民地闘争を壊滅させ、アメリカ植民地統治は完成したのでした。

それから40年たち、1942年に「大日本帝国軍隊」がマニラを占領したころには、
フィリピン人はすっかりアメリカナイズされており、英語をはなせない日本人をばかにし、
京都大学の日本兵に、おまえは二次方程式が解けるかなどとこばかにして、
文化系のその兵隊ですらそんなものすらすらと解けるのに驚歎した、とか、
日本に飛行機なんかないだろうとバカにして、いま空を飛んでいるのは日本の飛行機だよといっても
信用しなかったとか、
兵隊が立派なスーツケースを持っていたのを見て、これはアメリカ製だと言ってきかなかった、とか、
日本の兵隊の文化程度が「低い」とおもいこんでいた事例がいくらでも、報告されています。

じっさい、マニラでは映画「Gone With the Wind」がテクニカラーで上映されていたし 

(日本では戦後かなりたったからようやく「天然色」といった呼びかたではじまってます)、
日本では氷を入れた冷蔵庫すら上流・中流階層の一部でしかもってなかったのに、
マニラの中流家庭には「電気冷蔵庫」があったし、上流家庭には「マイカー」まであった。
植民地文化というのはそういうものなのですね。

ついでながら、1899年というのは、自由のシンボルであったアメリカという国家が
ヨーロッパ列強と肩を並べて植民地領有國・帝国主義國となっていく時期です。
この年、アメリカはグアムを領土にくわえ、ハワイを併合しています。

言いたいのは、しかし、そのことではない。
40年という歳月は、日本では日露戦争から日米開戦までの年月であるし、
フィリピンではアメリカによる植民地化から日本軍の侵攻までの年月であるという事実を
指摘しておきたいのです。

まして、敗戦後72年です。
かつての「大戦」の記憶などとうにかすんでしまっているのはあたりまえ。

ひこ (8月12日)

ーーーーー

池田さん、小林さん、古川さん、大塚さん、泉田さん、魯参さん、みなさん、
体験しないことはわからない、と書きましたが、補足が必要だとおもいあたりました。
体験とは文字どおりからだであじわったことですから、その当人でないひとにはつたえようがありません。
しかし、ひとには、それをつたえたいという欲求があるし、
つたえてほしいという欲求もある。
そこで、なんとかその体験をつたえようとして、体験をことば化したものを、わたしは経験と呼んでいます。
ことばにするというのは、ある程度抽象化することです。
そうされたものは、ですから、なまの体験そのものではない。
しかし、そうしなければ、自分以外のひとにはつたわらない。
このようにして経験としてつたえうるようになったものは、
それぞれの程度に応じて「共感」されえます。
なぜか?
人間には、想像する力(想像力)がそなわっているからです。
自分自身がからだであじわったことではなくても、
自分ではないひとがからだであじわったことでも、
それを、まるで自分自身がからだであじわったかのように感じとることができる。
これが「共感」ということです。
ただし、そこにはひとつの条件が介在する。
自分の体験をつたえたいというおもいと、
自分ではないひとの体験をつたえてほしいとねがうおもいと、
このふたつがつながったときにだけ、継承は可能となる。
「戦艦大和の最期」というすばらしい作品を残してくれた吉田満さんが、
こんなふうに述懐しておられます。
「日本人はあの戦争と敗北と犠牲の中をただ通り過ぎただけで、
決して体験することはなかったのだ。」(『散華の世代から』、講談社1981、p.54)
体験がつたえうるものとなったときそれを経験と呼ぶと言いましたね。
経験は、ですから、その程度に応じて普遍性をもちます。
それが民族のレベルに達したとき、わたしたちは、それを民族的経験と呼ぶ。
日本人、すなわち、民族的に大和民族に属するひとたちは、
かつてのあの「戦争と敗北と犠牲」を民族的経験となしえなかった。
だから、それを民族的経験としている朝鮮民族や漢民族・満州民族とのありだに、
深い溝ができたままになっているのだと、すくなくともわたしは考えています。
わたしはつぎのように書いたことがあります。(正確な引用ではない。)
「わたしたちは、自分が体験したいことを、体験したいように、体験するだけだ」
たとえ、おなじとき、おなじところにいて、おなじように空爆を受けたとしても、
その体験は、けっして同一ではないのです。
わたし自身は、自分より18年も年長の赤松清和に永年にわたり密着取材して
シリーズ「ある無能兵士の軌跡」を書きあげる過程で、いくども、
このひとの体験を追体験するという体験をしました。
「追体験」とは「共感」するよりもっと深くじっさいに自分自身の体験としてあじわうことです。
これが可能であったのも、わたしのがわに、赤松さんの体験を知りたいという
熾烈な欲求があったからです。
東条であれ、近衛であれ、木戸であれ、裕仁であれ、
ガダルカナルの密林のなかで蛆にたかられながら死体になっていった兵たちのすがたを、
たんに自分の目で見なかっただけでなく、それを見ようとする意欲すらなかった、
としか、わたしにはおもえない。
じっさいに「現場」で苦悩しているひとたちのきもちを、ほんとうにわかろうとしたとは、おもえない。
だから、そういうひとたちのことばなど信じない、と、わたしは言ったのでした。
たんに、体験していないからだめだなんて言ったのではありません。
ひこ (8月12日)
ーーーーー
池田さん、古川さん、小林さん、大塚さん、泉田さん、魯参さん、みなさん、
以下のメールを転送します。
このひとに、象徴天皇制に関してのこのMLでの先日からのやりとりをそっくり知らせたいと
わたしはおもうのですが、ゆるしていただけるでしょうか?
だめなら、わたし自身の書いたものだけでも(相手の固有名詞は秘匿して)つたえたちのですが。
このひとは、東京都の中学の社会科の教師をやっているときに、
日本と韓国との真の友好を回復しようというテーマでの授業が「偏向」しているとして
都教委から解雇されたので、
このひとの歴史の授業とはいったいどのようなものであるのかを
この目でたしかめるために、あるとき、このひとが地域のひとたちにおこなっている授業を
のぞきにいって、感嘆したおぼえがあります。どこにか?
生徒たちに(このばあいは講座をききにきたひとたちにですが)、
自分で考えて判断できるように、じつに正確かつ精細な資料をさがしてきて
プリントしてわたしながら、その内容を説明します。
自分がどう判断するか、どのように考えるかを、はっきりと表明しはするけれど、
けっして、おしつけない、つまり「教える」ことはしない。
こんな先生がいたら生徒たちはどんなにしあわせだろうとおもいました。
こういうひとを教職から追放する都教委って、いったい、なにものなんだ、
とももいました。
以来、私的につきあっています。
といっても、じっさいに会える機会はほとんどないので、
もっぱら、メールのやりとりをしているのですがね。
ひこ 
ーーーーー
Subject: 昨夜のNHK「戦争孤児の闘い」と昭和天皇

皆さま

 こんにちは。増田です。これはBCCでお知らせしています。重複ご容赦を!

 

 件名ですが、昨夜のNHKスペシャル「戦争孤児の闘い」は涙無しには見られませんでした…戦争孤児たち空しく餓死していた時、最高戦争責任者の昭和天皇は責任を免れることに血道をあげる一方、一家でレジャーを楽しんでいました。添付朝日写真はその証拠物件です。「遊山気分」を国民の目から隠すための偽装工作までして。

 詳細は『昭和天皇は戦争を選んだ」(社会批評社)参照??

Attachments area
IMG_0494 (2).JPG
ーーーーー

ひこさん

お申し出の件、ボクの分はもちろんお気遣いなく為されて構いません。

固有名詞もそのままで大丈夫です。とりいそぎ・・・。

                     池田 (8月12日)

ーーーーー

彦坂さん、みなさん

大変活発な投稿が続いていて、すごいと思います。

投稿メールの転送や公開についてですが、
もし「この投稿は非公開にしたい」と希望するときのみ、
その旨を投稿文に書いて投稿してもらうようにしたらいかがでしょうか?

つまり、原則的には転送や公開を可としておき、
転送や公開を非とすることも可能ということです。

それからこのMLはメンバーの方の紹介があればどなたでも参加できますので、
どしどし紹介して下さい。

彦坂さん、この東京都の中学の社会科の教師をやっていた方を
どうぞこのMLに招待して下さい。
わたしか魯参さんにメルアドを連絡してくれれば直接登録します。

大塚 卿之 (8月13日)

ーーーーー

みなさん

本スレッドの最初の頃に要点のみ投稿して
すぐ敷衍するつもりが様々な事情・多忙で
遅れてしまいました。日米関係とその世界
での意味、今後の枠組転換への展望を書く
積りでしたがフェイスブックへのコメント
をここに引用して、更に本スレッドに関し
ての不足分を補いたいと思います:

人類は社会形成により生類を征服するに至

りましたが、生類を絶滅する危険も生み出

しました。それを避けるには社会を一極化

の人工的な金字塔文明(金・物・力の奪い

合いの都市化)の五過(錯誤・束縛・差別・

搾取・殺戮)を循環化の自然的な命帝網

(命・心・和の分かち合いの修養)の五

福(覚醒・自由・平等・博愛・平和)へ枠

組転換する必要があります。国家・宗教・

企業・教育・メディア(現代文明の五つの

主要団

体:活動主体)ほかのあらゆる組織

を金字塔の五過から命帝網の五福へ転換す

ることです。時代の趨勢である情報化・民

主化・地球化を協働・拡大・共有・享受し

ましょう。詳細はこちらを:

            日本文pdf: 枠組転換f 英文pdf: paradigm…
以下追加分:
人類の脳・手:知能・技能:科学・技術が協働・
社会を生み生類の中で覇権を握り生命の上に危険
を齎しています。これは人類の善業と悪業のなせ
るワザ(技・業)で個人・社会単位で根本的に変
える必要があります。それが枠組転換ですが、本
スレッドでは特に社会、中でも国家の問題が中心
ですね。
都市国家(文明地位)以来、国内・国外関係には
差別・搾取・殺戮(階級・奴隷・戦争・植民など)
を生み出し民族国家(誕生地位・権力)は更に民
族を超えた連合国家(合衆国・欧州連合など)を
を生み、運営上様々な制度(民主・独裁・徴税・
徴兵など)を生み五過(錯誤・束縛・差別・搾取・
殺戮)を強め危機を増しています。それを五福(
覚醒・自由・平等・博愛(共有)・平和)に転換
しなければならないのは誰にも明らかでしょう。
国家間の覇権の争いは世界戦争を通じて金・物・
力を持った米国に渡り、米ソ冷戦(代理戦争)に
より現代の状況を生み出しましたが米欧・米日の
同盟は米国覇権に有利に働いています。中ソは政
治経済で台頭しつつありますが戦争か平和かには
欧日(特に米国隷従の日)の動向が重要でしょう。
日本の米国隷従は敗戦後の占領・貧困と米ソ冷戦
による講和条約・日米安保により左右され戦争・
特需・エコノミックアニマル精神による親米・隷
米は強化され今に至っています。日米安保条約や
地位協定などは不平等条約であり日本の政策・生
活(政治・経済・軍事・基地・核など)は歪んで
います。米欧関係と比較して劣る部分を改める事
は当然ですが、日本・人類・生類の為には廃止す
べきでしょう。
敗戦の状況下で出来た日本国憲法にはその根本に
「国家と戦争の世紀」を転換して「生命と平和の
世紀」への転換に向かう大決断である前文と第二
章九条のような生類の未来を照らす灯火がありま
すが、その裏には第一章の天皇についての国家の
過去を曇らせた陰影が憲法成立の経緯にあります。
「国家の神話」は事実ですが、その神話の中核を
をなす神王・天皇は過去にも権力に利用されたし
現在未来にもされる危険があります。クニ(郷土)
を国家(家父長制の家長に例えた天皇や大臣の権
力)として利用する者がいることは世界の現状で
明かなことで金字塔が金で買われ、金が世界を滅
ぼす可能性が濃厚です。国家やその神話を強化す
る象徴も生類・人類・人間(象徴とされる本人や
家族・縁者の不自由・不平等・不平和を強制しな
いことも人権の重大問題である点からも)の真善
美聖和福壽には消滅・廃止が必要・当然のことで
しょう(五過は宿業によってできたもので、本来
また本質的には五福が生命の在り方でしょう)。
国家・宗教・企業・教育・情報その他諸団体・集
団にある五過を無くし五福に変えることは人類・
生類の五福の生命・生活・一生にとって根源的に
大切なことであり、その為に各自が努力し協働し
享受するのは義務であり権利でしょう。真善美聖
の文化・修養・教養・養育は生命・一生の課題・
解決ではないでしょうか?その為に情報化・民主
化・地球化(生命・生態・生体の全体健全)の為
の機会・機械・機能・機関を大いに拡充・拡大し
利用・活用すべきでしょう。
魯参  (8/21)
ーーーーー

2018.8.31
残暑が続きます。皆様如何お過ごしでしょうか。
小林です。
「ひこさん,武藤一羊の作品読みました。」
おかげで,戦後73年の日本についての議論の整理は頭の中ではできました。
1.アメリカの支配、アメリカの覇権主義、アメリカの帝国主義
2.戦前から継続する支配勢力、旧日本の支配勢力、日本の帝国主義
3.憲法の普遍主義(たとえば絶対的平和主義として9条と前文)
この三つの原理の混同、からみあいが戦後の政治的問題において理解をややこしくしているという作者の意見にはそうだと思います。
ただ、戦後生まれの私にとって大事なのは、憲法の普遍主義に対応する世界観・思想が形成されて来なかったということです。マルクス主義も自由主義も日本の戦後の民主主義を支えるものとはならなかった。勿論、戦前の日本回帰もダメです。
敗戦により戦前の狭い臣民的価値観から解放されて、アメリカのよい意味での普遍主義、民主主義や自由主義が流入されたのはよかったとしても、三年ほどするとアメリカの覇権主義そして冷戦構造の中でいわゆる逆コースなる現象が出てきて、戦前の指導層が許されて巣鴨プリズンから出てきて政治活動を始めた。
日本人が敗戦ではなく[終戦]として戦後の世界をスタートしたため、敗戦の重い現実を日本人自らが受け止めて新しい社会を構築できなかった。
ために憲法9条のような平和主義も空洞化してゆく。
自由の恩恵を受けたのはよいが、人がそのために生き、死んでいくという普遍的公共的な生き方・あり方が日本人の心に出てこない。
「死んだら終わり」のやりたい放題の無責任な個人主義では、戦後民主主義は空洞化していく。この精神の空洞化の中からオーム真理教に限らず、多くの宗教的カルト出てきました。戦後の世界で生きる日本人の精神的虚妄を表現しているのが村上春樹の文学だと僕は思います。最近の自殺率の高さなども精神的虚妄とかかわるかと思います。
私は「雁がね堤」という小説を地元の富士ニュースという新聞に連載小説として書きました。10年まえぐらいになるかな。戦後の日本人の精神的虚妄を高度成長期が終了してゆく70年代の自分の青春期に焦点をあわせて書いた作品です。
できれば、戦後の日本人の精神的問題をもう一度小説化して考えていきたいと思います。以下の理由からです。
憲法の普遍主義(たとえば絶対的平和主義として9条と前文)が日本で根を張るには、このミロクがそうであるように魯参老師の仏教とか古川さんの縄文主義などの普遍的生き方・あり方の世界観・思想・宗教が必要と思うのです。
そういう大がかりの舞台装置が必要かと思うのです。
もっと、踏み込んで言うと憲法9条の平和主義を絶対平和主義ととらえる人の思想は、
僕に言わせると「無我主義」であるということです。
無我主義とは西洋の個人主義を超えるものです。
西洋の立場からは、この無我主義に該当するのは、キリスト教のアガペーでしょう。
仏教的に言うと慈悲の立場です。
とにかく、狭いエゴ的立場から脱却した普遍的・公共的・人類的立場、それがないと憲法9条は空洞化するか、9条が現実的でないという改憲主義の意見に圧倒されるのではないかと思います。
誤解のないように書きますが、無我主義と僕が言うのは私の意見がないという意味ではありません。このミロクの何人かは、かなりの個性の強い自分の意見を表明する人で成り立っています。主体性の強い人たちですね。
ミロクの個人の意見は時に異なります。
でも、憲法の普遍主義を大事にするという立場は、おおむね同じかな?
この憲法の普遍主義を支えるには個々人の深い人生観が必要かと思います。
それは寛容な許容度のある物の見方かと思います。
また、人の生死を乗り越えていける力強い生き方のものであるように思います。

ーーーーー

 

 

小林さん、みなさん

日本は九月に入りましたが残暑も朝夕は涼しく

なって来たでしょうか?

 

先日は戦争特集に関して「群盲撫象」の法話を

紹介しましたが、自分の触れた(経験した)所

をもって全体と思うのが自己中ですね。自己中

を絶対視して群盲は喧嘩を始めたというのがこ

の話の提示する問題で鏡面王(鏡面ならありの

ままを写しますね)はそれに対する解答です。

 

8月30日10:15からNHK番組「自律神経セル

フケア術第五回「イライラが変わる」でイライ

ラは自己中から来るが、それは交感神経を活性

して血圧上昇・呼吸急浅などストレスになると

言い、ゆっくり呼吸すると良いと言うことです。

自己中という痴が貪瞋を生むのは仏教の三毒の

教えですが、自己中が戦争・核・暖化・大量絶

滅に繋がり、身の毒世界の毒になり死滅に至り

ます。

 

西洋の個人主義は植民主義を生みAAAAを席

捲Aで唯一日本は洋才として取り入れて敗戦と

なりました(「和を以て尊しと為す」和魂なら

殺し殺され今に至るも利己主義に隷従し普遍主

義に徹しません)。自己中が国家主義になり、

権力・覇権の餌食になることを可能にしていま

す(権力による被支配者が国家の名に胡麻化さ

れて権力・覇権構造を温存するのに一役買って

いるー自国は自己中の群盲によるーのです)。

歴史的客観からは村・町・郷・国から地球に進

む事が判るでしょうが、全体観(鳥瞰)からは

世界の現状は(国家に名を借りた)権力者の独

裁と化し国民はその餌食となっています。大衆

がこれに覚醒すれば人類・生類としての観点か

ら国家を超えた法制・社会・交流・文化を生む

でしょう。

 

国家という仮構により日本は米国に占領されそ

のまま冷戦構造の枠組にはめ込まれ(講和・安

保・地位協定など)今に至っているというのが

現状でしょう(植民地の買弁政権と同じで、権

力は宗主国に隷従し国民を餌食にして甘い汁を

吸おうとしている、その為に危機をあおり軍備

戦争・安保隷従を必然としています)。大衆の

覚醒・連帯・活動・不動(国家・戦争等の覚醒

による)が必要・必須でしょう。

 

魯参 (9月1日)

ーーーーー

小林さん、ひこさん、みなさん

ひこさん紹介の文献を読まれて、それに触発されたのでしょう、
この小林さんの一文がすごく分かりやすく、
20年生まれの僕にとっては(ほぼ小林さんと同時期ですね)、
我々の時代を大まかに捉えるのに大きなヒントをもらうような気がしました。
『戦後の世界で生きる日本人の精神的虚妄・・・』という箇所がありますが、
まさにそのただ中で僕らは呼吸していきてきたんだった・・・の感しきりですが、
村上春樹の作品がその文学的表現だとは、食わず嫌いで今まで読みもしなかった作者なので
(ボクはアナクロニススティック?なのか、今もって志賀文学的なものの愛好癖あり、
現代文学にほぼ親しんでいません)、あらためて「へー!そういう位置づけができるんだー!」と思ったものです。
ちょっと彼の作品に食指が動きましたが、果たして手にするかどうですか?

それと『憲法の普遍主義が根を張るためには、・・・・などの普遍的生き方、あり方の世界観・思想・哲学という
大掛かりな舞台装置が必要・・・』とも述べてられますが、まさにそこは急所じゃないでしょうか?
そういった根本の舞台装置が構築されていないから、こんなに絶壁に面しているどん詰まりの現代に至ってなお、
我々はグランドデザインを描けない、そんなことを思わされます。

ただこの精神的虚妄、もしくは現代日本の道義的退廃の原因・由来を尋ねて
象徴天皇制あるいは責任を取らないまま?のヒロヒト天皇に帰するということがもし有るとするならば
(ボクの捉え間違いかも知れないのですが、ひこさんの文章にどうしてか、そんなことを感じるのです。
捉え方に間違いがあればごめんなさい)、それはちょっと違うだろうとも思っていて、
もっと広い文化・文明的な視野の元に捉え直すんだろなあと
漠然と考えています。
池田

 

 

 

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