キルギス・・カザフスタンの旅

みなさん
古川です

最近の中央アジア諸国を知ったのは2018年3月になってからです。

「中央アジア非核兵器地帯」を五カ国がなしていました。
みなソ連邦崩壊(1991年)と同時に建国していました。

どの国も乾燥気候帯で、遊牧民としての アイデンティティを共に持っている。

中国とロシアとに接している。かつてはシルクロードの歴史ある国国です。

ソ連邦時代にはカザフスタンには核実験場がありました。

8月29日は「セミパラチンスク核実験場閉鎖記念反核対話集会。

8月31日はキルギス独立記念日祝賀行事。

9月2日は第3回世界遊牧民族競技大会(遊牧民オリンピック)の開会式。

5日オリンピックを観戦。

「キルギス・カザフ平和と文化交流の旅」(8/28~9/7…日本ユーラシア協会主催)へ画帳を持って絵描きとして参加してまいります。

体調には十全の注意をはらってまいります。

世界は「平和へのプロセスがはじまっている」ことを感じてきます。

古川ひろすけ

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古川先生

元気にいってらしてください。

帰ってからのお話と絵を楽しみにしております。

琴 天音

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古川さん

貴重な体験となると思います。
お身体には気をつけて行ってきて下さい。
ボンボヤージュ(Bon voyage)

泉田守司

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古川さん
from小倉/2018-08-21夜

こんばんは。今月末からキルギス・・カザフスタンの旅に
お出かけとのことですが、その地域は過去の核実験や核施設事故
によってかなり放射能汚染をしています。ですから、
飲食物には注意してください。特に川魚とその卵(キャビアなど)
は避けた方が安全です。食物連鎖で放射能が濃縮されている可能性
があるからです。また、内部被ばくを防ぐために、風が吹いてチリ
が舞う天気の時は性能の良いマスクをかける方が安全です。もし、
事前にご相談があれば、私は自重されるよう申し上げたと思います。
とにかく、できるかぎりの内部被ばく防護の準備をして行かれる
ことをお勧めします。

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古川さん、

みなさんとおなじきもちのほかに、わたしには、独特の関心事があります。
原語に関することです。

キルギスもカザフスタンも、
両国とも、公用語はロシア語、キルギス語とカザフ語は「国家語」とされています。
「国家語」とはいささか苦しい。
しかし、国民の大半がすでにロシア語ははなせても「国家語」ははなせないという状況の
なかでの民族語普及の努力はあいへんでしょう。

関心があるのは、駅名や都市名、通りの名、看板などにつかわれている文字です。
言語としては民族語としても表記はキリル文字なのかどうか?
要するにどの文字で表記されているのかです。

たとえば、ジョージアというまるでアメリカの地名のような国名にしてしまっている旧グルジア。
グルジアというのは、ソ連時代の国名(呼び名)だから、もうつかいたくない。
けど、本来の民族名であるカルトヴェリとすると、まったく知名度がない。
苦心の策としてグルジアをジョージアと読みかえた。
個々でもカルトリ語をはなすのは21%ほどだそうです。
しかし、文字はちゃんとつかっています。
わたしたには読めない文字ですが。

なぜ、こんなところに関心をいだいているのか。
「大日本帝国」がアイヌ民族をヤマト民族に「同化」しようとした結果、
アイヌ語を話すひとの数が激減していった歴史、
琉球語を本土の「標準語」に統合する努力をしたこと、
各地の言語を「方言」として追放しようとしたこと、
ひいては、朝鮮語を撲滅して日本語を強制したこと、
こういった動きは、世界史的に見られてきたことだからです。

イギリスのインド植民地経営とフランスのインドシナ植民地経営、
スペインのフィリピン植民地経営など、原住民の言語を「本国」の言語に
意識的に同化させなかった例は、またべつに考えるとして、
キルギスやカザフスタンは、ソ連邦が成立する以前からすでに
ロシア帝国の版図にくみいれられていたため、
ロシア語の影響力は格段につよかった。
いくらソ連の記憶から脱却しようとしても、
言語に関してはそうそう単純ではない。

それに、これらの諸国家は地理的に近接しているだけでなく、
隣邦の諸民族が入り乱れて居住しているため、
おそらく、日常につかわれる言語もひとつではないでしょう。

世界中に近代まで文字をもたないできたけど、れっきとした民族語をはなしている地域は
すくなからずありまして。
その言語をどの文字で表記するかで、どの民族も苦慮してきています。

日本民族は、古代漢国の漢字をつかっているうちに
それからひらがなとカタカナをうみだし、近代以降ではラテン文字までつかいだしています。
こういう民族は例外です。

中国という圧倒的な文化のおとにあった諸地域はいずれも、
ついこのまえまでどの文字で表記するかに苦悩してきました。

キルギスやカザフスタンとロシアのとの関係は、ベトナムと中国とのそれと
よく似ています。
だからこそ、いま、キリル文字をつかっているか、たとえばラテン文字を導入しているのか、
あるいは、もともとの文字をひろめているのかを知りたいのですね。
もし余裕があったら心にとめて観察してきてください。

なお、セミパラチンスクという地名をわたしが記憶にとどめたのは
核実験場にされる遙か以前の19世紀に、ドストエフスキーが
ここで抑留生活を送っていたからです。
ここは、ヨーロッパのおわり、アジアのはじめりだ、と彼は書いています。
よけいなことですが。

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ひこさん
古川です。

セミパラチンスクは
日本の四国ほどの広さがあります。市の130キロ離れた西半分が核実験場=「ポリゴン」(ロシア語で演習場の意)となっています。ほど近くのカラウル村、サルジャル村がある地域は、昔のカザフ人にとっては「聖地』のようなところであったといいます。

「核実験地に住む」(アケルケ・スルタノヴァ著)には次のようにかかれています。

ーロシアのプーシキン(A.S.Pushkin)やドストエフスキー(F.M.Dostoevski)の作品をカザフ語にやくしカザフの大地に広げた国民的詩人であり、かつ作曲家、作詞家、カザフ文学の創設者、哲学者でもある。アバイ・クナンバエフ(Abay・Kunanbaev)
がここに生まれ育ったのである(1845~1904)

アバイと言えばカザフ、カザフと言えばアバイであるほど、カザフ文学、カザフ国民における彼の貢献は計り知れない。彼以外にも、シャカリム・クダイベルディエフ(Shakarim
Kudaiberdiev)、アウエゾフ(M.Auezov)など、カザフ文学の最初の柱とも言える人物たちがこの地域で生まれた。
アバイの寝まくらであったこの地にソ連の核実験場が、繰り広げられ、40年間という長きにわたって、空中・地上・地下核爆発によって散々いためつけられてきたのである。また、ここで生まれ、才能に恵まれた人々の遺伝子は、何世代も先まで壊されてしまった。

とありました。
古川ひろすけ

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魯参さん
古川です。
いつも手早い対応ありがとうございます。

私の方もスマホにようやくなれてきました。

8月3日に、義姉が逝去し、4日には荼毘にふしました。交通事故にあった弟の方は、右耳がきこえなくなりましたが命がたすかりました。弟のところへいつ何時かけつけなければと思って今回の旅の実現に不安がありましたが、お義姉さんもお送りできました。弟も無事、本当に奇遇でした。

2005年のイロコイ連邦訪問も導きでしたが、今回のカザフスタン・キルギスも、導きかもしれない。カザフもキルギスもノウビザです。カザフにはソ連邦時代にセミパラチンスクが1949・8・26~1989までの間に456回核実験場とされてきて、現在でも120万人以上の被曝者がいます。ヒロシマ・ナガサキ・フクシマも他人事ではありません。中央アジアはすでに非核兵器地帯をなしています。彼らは協力共同を進めて、政治・経済・文化のめざましい発展をとげています。彼らには遊牧民文化のアイデンティティがあります。2014年から遊牧民オリンピックが始まっていますが、今年はその第三回目に招待されます(キルギス)。
日本におけるアメリカの核兵器は「正義」、平和への「抑止力」という考え方は戦争にむかわせることになる。中央アジアからまなんで核を廃絶してく道を選んでくためもこれからはカザフスタン、キルギス-、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスン-が話題となってくことでしょう。朝鮮戦争のために、言われなく北朝鮮と中国を敵とする国民に仕立て上げられて来ました。隣国とはどんなことがあっても仲良くし、私達も、個人の尊厳を守り抜く社会をつくるのが憲法の誓いであったことに人々は目覚めてくことでしょう。

ガラ携からスマホにきりかえたのもこの7月31日のことです。そのうちパソコンへ昇格しますね。

現在は協力者をえてかなりの仕事もこなしてます。
仕事は「共同」ということをこれほど体験している「自分」があることに気づいています。多謝!

旅の報告は帰国者(9/7)以降となります。

古川ひろすけ

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隠されたトラウマ

みなさま

こんにちは。

昨夜、NHKETV特集で放映された「精神障害兵士8000人の記録

隠されたトラウマ」を観ました。衝撃でした・・

日本陸軍が開設した精神障害兵士の病院8002人の記録が戦後も焼却

されずのこっていたのです。

戦地で虐殺行為をおこなった兵士たちは心を病み、けいれん発作を

おこしたり、悪夢や幻想を見、銃剣を振り回したりしたそうです。

番組は何名かを丁寧に追っていました。出征前は大工や和菓子職人や

農民、あるいは本来なら徴兵されないはずの知的障がいのある方・・

彼らは上官からの「私的制裁」や、いつ敵が襲ってくるかわからない

極限状態の中で心をむしばまれていったのでした。

戦後、今でいうPTSDで近所の人を叩いたり夜中に出歩いたりする

彼らを受け入れるところは精神病棟しかありませんでした。

89歳で亡くなるまで、戦後60年間を病院で暮らした人もいました。

今も!病院に入っている方が3人いるそうです。

入院した兵士は、どこに出征した兵士が多かったか?一番は中国、

次は日本国内でした。南方の島々に派兵された兵士たちの数は

少なかった。でも私は、それは「心を病んだ兵士がいなかった」の

ではなく、「いたけれど内地の病院に戻る手段がなかった」、

あるいは現地でマラリアや飢餓にたおれていったからだと思いました。

かつての大本営発表は、「日本兵の精神病なし」と新聞で発表して

いました。でも考えてみれば、今でも企業や学校でのいじめで心を

病む人々が多いなか、かつて、徴兵され、殺し殺される場にたたき

こまれた人々が心に傷を負わないはずはなかったのです。

「戦争に勝者はいない」といいますが、殺された側も、殺す側も悲惨です。

そして命じた者達は安全な場所で空論をかざしている。

いま、すでに派兵されている人たちのトラウマも巧妙にかくされて

いるのではないでしょうか。

これから起こるかもしれない戦争。これから派兵されるかもしれない人々。

彼らのトラウマが隠されないと言い切れない。そのとき社会は、彼らを

どうやって受け入れるのでしょうか。

NHK、最近の特集は、ノモンハン事件とか治安維持法とか、すごいです。

こちらで25秒の予告編が見られます。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259620/index.html

830(午前0時から再放送だそうです。皆様、ぜひごらんください。

西岡由香

 

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由香さん、みなさん

八月は敗戦記念の多くの悲惨な戦争番組が放送
され、どれも戦争の残酷さ・愚かさ・その被害
を抉り出していましたが、これらを安倍以下の
政権にある者達・与党の者達はどう見ているの
か、一体見ているのかと思わされました。
これもその一連の特集の一つですが、戦争・そ
の犯人国家の非人間性を露呈していましたね。
善良な農民達を徴兵し、私的制裁を課し、精神
異常ならしめ、精神薄弱者さえ徴兵し、精神異
常になった者達の帰国を未復員者として精神病
棟に死ぬまで、そして今も閉じ込めている国家
とは一体何でしょうか?国家に名を借りて狼藉
を働く権力者をどうすべきでしょうか?人々は
血税を徴収されて生活を蹂躙されて唯々諾々と
しているのでしょうか?人類は核・戦争・基地
などを何故廃絶出来ないのでしょうか?・・・
由香さん、この投稿を平和世界に転載させても
らいたいのですが、宜しいでしょうか?
魯参
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西岡さん、みなさん

わたしも「精神障害兵士8000人の記録隠されたトラウマ」を観ました。

本当に衝撃的でした。

わたしが特に驚かされたのは、戦争末期の徴兵には
知的障がい者もかり出されていたと言うことと、
その人達が精神疾患を患って、傷痍軍人となっても
元もと知的障がいがあったのだから恩給は支給せず、
という印が押されてあったことです。

なんと言うことでしょう。
この書類の焼却命令が出たのは、こんな滅茶苦茶な
ことが行われていた為なのでしょう。

「戦争という非常時だから仕方がなかった。」
このようにうそぶく人がいたとしたら(実際にいます)、
どのように対処したらよいのでしょう。

大塚 卿之

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ゆかさん、みなさん、
ゆかさん、つたえてくれて、ありがとう。
みなさん、
PTSDという「医学的」に「定義」されえている症状は、
「戦争」と、いうより、より具体的に、「戦場」とされた土地で
(じつは、その兵が所属する国家がかってにそこを「戦場」にしているのですがね)、
その「戦場」での「戦闘」に従事させられた兵たち、
「戦闘」だけではない、だれが敵か見わけのつかない見しらぬ土地で、
あやしいひとかげには即時発砲したり、
嫌疑をかけた民家に押し入って拷問したり、
みなごろしにしたり、といった行為を、「戦闘行為」として
日常不断にやらされていた兵たちの
こころの奥に深くのこされた傷である、といった知識は
もっておいででしょう。
しかし、そのこころの傷がどのようなもので、どのようなかたちで外にあらあれるのかについては、
ほとんどのひとから秘匿されているので、知るひとはすくない。
そこに特化した番組があったとは、ザンネンながら、わたしは知らなかった。
それに、昨夜は早く床についていたから、観ることはできなかった。
再放送も深夜ですから、観るのはむりかもしれません。
ですから、ゆかさんがその内実をくわしくつたえてくれたことに感謝します。
じつは、野田正彰の『戦争と罪責』を読んで、日本軍の元将兵にはPTSDが
見られないという結論に愕然としたおぼえがあります。
野田の論述は実証的でしたから、説得力がありました。
彼が対象としてのは「中国帰還者の会」にいて反戦平和活動を精力的に実践している
元将兵でした。そのなかのひとり、元かけだしの軍医で、生体解剖をやらされた体験をもつひとには、じっさいにお会いしたこともあります。
野田の指摘には、たしかな根拠がありますから、この番組が報じている事例によって
くつがえされることはないとおもいます。
しかし、野田の本では対象とされていなかった兵たちのなかに、
この番組が報じたようなPTSDがたしかに存在していたことも、また、まぎれもない事実であろうとおもいます。
じつは、たしか1960年のことであったとおもいますが、わたしは、旧陸軍の精神病院(そのときは国立の精神病院)に「慰問」におとずれたことがあります。
当時、わたしは、ひじょうに特殊な「バッハ研究会」にかよってブロックフレーテをならっていて、そのグループで「組曲2番」を演奏することになったのでした。
そのとき実見した「患者」たちのふるまいは、わたしを震撼させた。
けっして粗暴な、あるいは奇矯なふるまいではなかった。
礼儀正しく、おとなしいひとたちばかりだった。
ただ、そのうちのひとりが、診察室に入るときの光景が脳裏に焼きついています。
帽子をぬぎ、姿勢を正し(「直立不動」の姿勢です)、
「〇〇上等兵、ハイリマス!」と、声をかけてからドアをあける。
これは、わたし自身がそのむかしやらされていたこととまったくおなじでした。
中学生のとき、職員室に入るには、同じように不動の姿勢をとって、
「一年三組ヒコサカタイ、ハイリマスッ!」と言わなければならなかった。
この元兵にとっては、いまだに、軍隊生活が生きていたのだ、と、そのときおもった。
精神病院に収容された時期はたいてい戦時中だったでしょう。
だから、あらゆる意味で、そのひとたちには「戦後」はない。
そういうひとたちのなかに、この番組で紹介されたようなひとたちがいたということ、
つまり日本の元将兵にはPTSDがないと概括することはできないのだということを、
ゆかさんのこの紹介から、あらためて、わたしは知りました。
なにごとに関しても、ひとつの不動の結論がみちびきださえうるものではないのだ、
ということを、あらためて、感じました。
 
ひこ
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高里鈴代さん講演会

みなさま

 

こんにちは。

私のつたないメールから、ひこさんや魯参さん、大塚さんたちが

テーマを深く広くほりさげ、過去と現在、そして未来をもその文章で

照射してくださることに、心がふるえるほどの感動を覚えています。

魯参さん、転載歓迎です。

 

今日、長崎で高里鈴代さんの講演会を開催しました。

沖縄市議を4期つとめた高里さんは現在「基地・軍隊を許さない行動を

する女たちの会」「強姦救援センター・沖縄」代表です。

「沖縄は理不尽に屈しない」というタイトルの講演会は、8月8日に

亡くなられた翁長知事への黙とうから始まりました。

 

NHKの番組「隠されたトラウマ」では描かれていなかったことを

高里さんは指摘されました。

「戦争が終わると同時に、新たな戦争が女性達に向かって起こっていた」と。

すなわち、帰還した兵士たちの暴力は性暴力となって女性達に向けられたの

です。

高里さんが話されたのは朝鮮戦争、ベトナム戦争から帰った米兵による

性暴力でしたが、犠牲になったのは生後9か月の赤ちゃん、6歳、9歳・・

1年に4人の女性達が殺害され、強姦を止めようとした家族や警官さえ

殺害されたこともあったそうです。

「彼女は、私だったかもしれない」。

そう感じた沖縄の女性たちは、現在まで何度も何度も行動を続けています。

最後に高里さんが力強く語った言葉が胸にささりました。

「面積で基地を小さくすることではなく、誰も兵士にしない状況を

つくることが、性暴力を防ぐことになるのです」。

「日本政府は、〝基地があるから日本の平和は保たれている〟と言うが

全体の平和を求めるならば、まず一人一人に平和をもたらさなければ。

そのために、沖縄はNOと言い続ける」。

 

日本軍の帰還兵がトラウマに苦しんでいる、そのまた背後で

どれたけの女性達が沈黙を強いられたのだろう。考えるだけで胸が痛みます。

改めて、かみしめます。沖縄のたたかいは、いち地域の問題でない。

人間としての尊厳を守るためのたたかいなのだ、と。

 

西岡由香

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ゆかさん、ありがとう。

みなさん、

 

ふたつ、カンジンカナメの点についてだけ記しておきます。

 

そのひとつは、軍隊がそこにいる、つまり将兵がそこにいるということは、

その存在のしかたが、占領であると駐留であるとを問わず、

かならず、女たちへの強姦がなされる、ということです。

これは「古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラ」(教育勅語)ない

真実です。

 

軍隊を、将兵をそこに存在せしめて「婦女暴行」を防止するなど、

原理的に不可能です。

 

なぜ、わざわざ「将兵」と言うのか?

強姦をするのは兵だけではないからです。

将校(士官)も強姦はする。

 

もうひとつ。

基地があるから平和がまもられているなどというのは、

なにがなんでも基地をおかなければならない、

そうすることによっておのれの地位と権益を保持しようとする者が、

民草をだますための見えすいたウソ、詐欺師の手口でしかない。

 

基地がそこにあるからこそ、攻撃される危険がある。

カンタンなことです、平和をまもりたいのなら、基地をおかないこと、

そこに軍隊をおかず、軍の将兵をそこでくらさせないことじゃないですか?

 

ひこ