忘れない、1945年4月1日のことを:     海が戦争で埋められないように。

4月1日

 

みなさま

 

こんにちは。先月、沖縄に行ってきました。

 

1945年4月1日。

沖縄の読谷村の海岸に米軍が接近。エメラルドグリーンの海は、海面が見

えないほど多くの艦船で埋め尽くされました。さとうきび畑にふりそそぐ

銃弾の雨。米軍は10万発の砲弾を撃ち込んだあといっせいに上陸。

読谷村のチビチリガマで集団自決が起きたのはその翌日でした。

 

いま、読谷村のチビチリガマには、最近「肝試し」と称してガマを荒らした

少年たちが、沖縄の彫刻家といっしょに彫ったというお地蔵さまが並べられ

ていました。くろぐろとしたガマの中では今でも遺骨が眠っています。

犠牲者の多くが子どもだった。どんなにか、怖かっただろう。苦しかっただろう。

チビチリガマの300メートル先に「さとうきび畑の歌碑」がありました。

森山良子さんの歌の歌詞が刻まれ、10分以上のメロディが流れます。

この場所は、米軍が上陸後、民家を壊して飛行場にした所。長崎に原爆を

投下したB29は、帰りの燃料が切れたため、この飛行場に緊急着陸したと

記録が残っています。

今でも、まわりの海岸からは砲弾の破片が出てくるそうです。家を新築

する時には、不発弾がないか調べるために金属探知機が不可欠だとか。

戦争は、一度始まったら終わりません。「戦闘状態」は終わっても。

その土地で、人の記憶や人生の中でずっと終わることはない。被爆者の方

の話、沖縄の方の話から実感します。

新元号になっても、「新しい時代」とメディアが書いても、いつでも心の中は

「ざわわ」。

次に海が戦争で埋められないように。

忘れない。1945年4月1日のことを。

 

西岡由香

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