教皇フランシスコを生んだ中南米の崇高な抵抗

みなさま

こんにちは。

11月に教皇フランシスコが来日されるのを記念して、絵本「パパ様と長崎」の

イラストにかかりっきりでしたが、やっと入稿できました~。10月完成予定

なので、上梓したら改めてお知らせいたします。

85日に長崎で開催した、ジャーナリスト伊藤千尋さんの講演会

「教皇フランシスコを生んだ中南米の崇高な抵抗」、7分だけyoutube

アップできたのですが、機器のトラブルで、この7分しかデータが

撮れなかったそうです・・雰囲気だけでも伝われば幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=FrAEQY15teg

映像には出てきませんが、私が感動したのはチリの青年とヨハネ・パウロ二世

の話でした。1987年、軍事政権下のチリをヨハネ・パウロ二世が訪問し、

将軍らの前で歓迎集会が開かれたとき、青年代表として教皇の前に進み出た

青年は、しばらくの沈黙のあと顔をあげて、こう語ったそうです。

「僕が読む原稿は政府が検閲したものです。僕はあなたに嘘をつくことは

できません」。

そうして、軍事政権下でいかに国民が虐待されているかをとうとうと述べました。

身を乗り出して聞いていたヨハネ・パウロ二世は立ち上がり、用意された

教皇挨拶にない言葉を何度も叫びました。「若者よ、あなた方の責任を果たし

なさい。社会を変革し、より人道的なチリ建設のために、若者よ、立て!」

このとき、記者席で聞いていた伊藤さんは、教皇が「社会正義」という言葉を

12回も連発したことに驚いたそうです。この一切はテレビで生中継されて

いました。その若者はあとで暴行を受けたそうですが、チリの国民投票で

軍事政権にNOの審判が下され、民主化が訪れたのはその2年後のことでした。

「社会が正義を無くしたとき、間違った社会に対して間違っていると言う勇気」。

チリの若者が示した、この崇高な勇気を私も道標にしたいと思うのです。

西岡由香

 

 

 

「核兵器禁止条約調印国」イラスト拡散を‼

みなさま

 

こんにちは。

藤野さん、登録ありがとうございました。

新しいアドレスに初メール!新作イラストをお送りさせていただきます。

被爆者の人生について語ることは「人は平和をつくる存在になれる」と語る

ことでもあります。核をつくるのも人間。核をなくすのも人間。それは夢物語

じゃない。だって、こんなにたくさんの国が現実に動いているのだから!

(転送歓迎です)

 

ひこさん、お体大丈夫ですか?

この猛暑です。暑さで体力がうばわれることもあると思うので、どうか

ご無理なさらないでくださいね。

 

西岡由香

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核兵器禁止条約参加国.jpg

「平和宣言」常時:人々が平和を創る‼

みなさん
古川です長崎平和宣言  2019.8.9では「世界の市民社会の皆さん」とよびかけています。
市民社会は政府と企業と並ぶ社会の構成要素としています。私どもが、日本国民・国民とはよばず、「ひとびと」と日本国憲法前文を読むことを提唱してきていますが、前文では「政府には戦争をさせない」のは「ひとびと」とかいてます。
この平和宣言ではまったく同じ波動をを感じます。
核兵器廃絶できるのは政府でも企業でもなく、世界の市民社会の「ひとびと」なのだと思います。

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………

 

古川さん、

日本語による前文と英語訳とを、こういうかたちで送っていただくと、保存しやすくて、たすかります。
ありがとう。
西岡由香さんの長崎便りを魯参さんがブログに転載してくれています。
このひと、ずうっと「宣言文」の作成にかかわってきてました。
いまは、離れていますが、そのかわり、
年々歳々この世を去っていく被爆者になりかわって「語り部」たらんと
志しています。

日本国憲法で「ピープル」を「国民」と表現したのは、当時まだ政府部内に残っていた 
旧「大日本帝国」支配者たちの陰湿な陰謀のゆえです。

旧侵略帝国の支配層が戦後あたらしくうまれかわった「はず」の日本国に、
支配者として居座っている、といった珍妙な現象は、世界中でこの国家だけです。
現支配者すら、旧支配者の二世ないし三世なのですからね、
唖然とするばかりです。

以前も言及したとおもうのですが、いまは亡き小田実は、
この「ピープル」を日本語でどう表現するかに悩んだあげく、ついに、
カタカナで「ピープル」と書くことにしていました。

わたし自身、さんざん悩み、試行錯誤を繰り返してきたのですが、
最近になって、ようやく、あなたの提唱している「ひとびと」という表現を
わたしもとろうとしています。

「ピープル」が単数のままつかわれても「パースン=ひと」の複数形であること、
たしかに「民族」「人種」を構成する、あるいは、「国民=ネーション」を構成するひとの複数と
PODにはのってますが、その筆頭に出ているのは「コミュニティ」を構成するひとびと、です。

これは小田実の受け売りですが、日本語の複数形構成のしかたには「味」がある。
かれがあげているのは「われわれ」です。
「われ」と「われ」とが対等で、「われ」は「われ」のまんまで、もうひとりの「われ」とともに
複数形をつくる、というのですね。
「ひとびと」についてもおなじことが言えます。
そういったところも気に入りました。

ひこ

……….

ひこさん

長崎平和宣言は日本国憲法の前文そのものをかたっています。

1945年7月16日のアメリカによる核兵器開発と
1949年8月29日のソビエト連邦による核兵器開発が「恐怖」の根源です。

日本政府はアメリカの核に忖度し、1950年の朝鮮戦争から隷従がはじまります。
自衛隊しかり、日米安保しかり。政府主人公の政治に切り替わり、裁判所も国会も従属させました。
内閣が年号(平成・令和)を決めるにいたっては、違憲立法の数々。
消費税を導入して、「応能税負担の原理」をくずし、輸出大企業に還付金をふるまい、正規労働者の賃金はおさえられ労働強化が進みます。非正規労働者と外国人労働者をふやし、格差社会を創り出しました。「日米同盟」ということばがおどります。
しかし2018年2019年、ひとびとの間で憲法13条が覚醒されてきています。
政府の方は「恐怖と欠乏」を創り出すことにやっきになっている。そのため、ひとびとの幸福追求の人権を侵害していることをしりました。

小選挙区制は自公の命取りになるかもしれない。

核兵器廃絶は世界の市民社会(ひとびと)が「使命」と自覚しようとしています。
ひとびとがそれぞれの自国の国会を最高の決議機関とする使命を感じたとき、政府と企業は「公僕」となります。

アメリカとロシアの完全非核化こそ全世界のひとびとの当面する課題です。

「前文あっての9条」が世界の指針となるでしょう。

古川ひろすけ

……………

 

「前文あっての9条 」リーフレット

2007年12月、「憲法サークル」時代に作成したリーフレットのげんこうを贈ります。

 2019.8.13
  憲法語らい場
  古川ひろすけ

添付:

前文あっての9条 リーフレット

・・・・・

 

ナガサキから8月の報告です

 

みなさま

 

お久しぶりです!

6月からずっとバタバタしていてごぶさたしてしまいました。ゆ

 

8月4日と5日は、長崎でジャーナリスト、伊藤千尋さんの講演会を

2日連続で開催しました。

4日は、「九条を活かす日本」というテーマで、94名が参加。世界に広がる9条の碑、

小学生でも違憲訴訟するコスタリカ、ドイツの平和教育・・迫力あるお話に2時間が

あっという間でした。嬉しかったのは、男子高校生が2人参加していたので、核兵器

廃絶署名活動やってる学生かな?と声をかけたら違って、

「偶然バス停で講演会のポスター見て来ました」とのこと。日焼けした顔に白い歯を

のぞかせながら彼らは「法学部に行きたいので・・」「世界の事を知りたくて」と、

ここに来た理由を話してくれました。くー!汗だくでポスター貼ったかいがあったー!

 

5日の講演会「教皇フランシスコを生んだ中南米の崇高な抵抗」には、80人の方が参加。

軍事政権下のチリで、弾圧されながらもデモに参加した人々。「歓喜の歌」を口ずさむ

タクシーの運転手。抵抗の意味の「ナベたたき」を行なう主婦たち。獄中にタイプ

ライターを差し入れさせて、軍政に反対する記事を書き続けた記者。ローマ教皇

ヨハネ・パウロ二世の前で、用意された原稿を捨ててチリの真実を語った少年。

アルゼンチン、ニカラグア、エルサルバドル・・それぞれの場所で、いまの社会はおかしい、

もっと良い社会にしたいと、自分たちの場所で、自分たちにできることをやった人々がいた。

その勇気と行動の積み重ねが軍事政権をひっくりかえし、南米を変えた。伊藤さんの口から

ほとばしる、南米の熱風がうねりになって会場を巻き込んでいきました。すごい!!

 

私は7月末に由布院で講演したとき、大雨と温度差で風邪ひいてしまい、

ノドが腫れて咳が止まらない―。伊藤さん講演会はなんとか薬で乗り切ったけど、

8日は自分の講演会が朝昼晩の3回!薬飲んでも開演5分前まで咳と声枯れが

治らないー!今年最大のピーンチ!と思っていたら、講演3回やってる間に突然

治ってしまいました。

 

あれだけひどかった咳が一日で治った奇跡に感謝しつつ迎えた、8月9日。

爆心地公園の原爆投下中心碑に手を合わせたあと、長崎港に向かいました。

原爆忌にあわせて入港したピースボート。

入港が遅かったので、各ツアーの港出発は11時頃になりました。どのバスも

出発することなく、「その時」を待ちます。

11時2分。

原爆投下時刻を告げる長崎市のサイレンに、ピースボートが鳴らした汽笛が

重なりました。

ウウウウウ・・。ブオオオ・・ン。

死者たちの言葉と生者たちの言葉が重なり合う、厳粛な一瞬。

39人のツアーで、外海の遠藤周作文学館や出津教会、ド・ロ神父記念館などを

巡りました。大切な人たちといっしょに、大切な場所を回れること。

それもきっと「平和」のかたち。

死者たちのサイレンは8月9日だけじゃない。耳をすませばいつでも鳴っている。

だから、私も鳴らし続けたい。平和の愛おしさを伝える汽笛を。

 

拙文ご覧いただきありがとうございました。

 

西岡由香

……………………

 

ゆかさん、

まってました、9日をめぐる長崎からのたより!

ヒロシマもナガサキも、

今年は、NHKTVだけがかろうじて報道し、

民放は沈黙していました。

新聞各紙の報道もぐっとちいさくなっています。

 

そのなかで、長崎の平和宣言はすてきでした。

もっとも、核兵器禁止条約への批准を政府に要求する文言は広島でも入っていましたね。

安倍総理はこの問題に触れなかったのがこれで三回目。

小池都知事が関東大震災で虐殺された韓国・朝鮮人の慰霊祭を黙殺したのもこれで三回目。

 

いまこそ、核廃絶(核兵器も原発も!)の世論を世界中に

ひろげなければならないときです。

年に一回の申し訳イベントにおわらせてはならない!

 

長崎のことは、とりわけ、したしく感じています。

反核運動、語り部、ピースボートなどのキーワードで、かならず、ゆかさんがうかびあがる。

ことしは伊藤千尋さんのたすけも得られてよかったですね。

あなたの声が講演直前に出るようになったのも奇蹟のおかげでしょう。

 

わたしは、きょう、また転倒しました。

きょうは、しばらく乗らないでいた自転車にのってみて、

走っているあいだは安定していたのですが、

坂道の手前で下りようとしたらバランスをくずして、

みごとに転倒。空荷だったのに。

すぐに自力ではおきあがれなかった。

でも、このあいだよりはいい。

そのあとは乗らずに押して帰った。

 

先月末は、レッスンのかえり、「イオン」で買い物して

帰る途中、急に歩行困難になって、休み休みやっとのおもいで

歩いていたのに、家のすぐまえまでたたどりついたところで、

転倒して、自力ではおきあがれず、

とおおりかかった80歳の男のひとにたすけおこされ、

6号棟のエレベーターまで介助してもらっちゃった。

さいわい、リュックを背負ったまま、あおむけに、

ゆっくりとくずれおちたので、頭は打たずにすんだ。

腰には広範囲の内出血。2週間後のいまなお。

腕に擦り傷。

ま、被害は最小限でした。

 

やっぱし、体力はいちじるしく落ちてきてるみたいです。

でも、気力だけはおとろえてない。

読むこと、書くこと、楽器を演奏すること、炊事や洗濯は

まだ自力でやってます。

掃除だけは月に一度来てもらって、たすかっている。

 

いま、「想像レポート:徳仁ラストエンペラーとなる」という

タイトルの原稿をたのまれて書いていますが、

想像力貧困なわたしには、とても、明るい未来など想像できないので、

四苦八苦、一度完成したとおもった原稿を破棄することふたたび、

いま三度目の原稿にとりくんでいます。

 

ゆかさん、

あなたはどちらかというと、げんきで生きていること自体、奇跡的と言っても

いいくらいなのに、そこをおして活動をつづけているのですから、

くれぐれも、からだの発する声=サインには気をつけてください。

 

ひこ

Everything they ever wanted to learn about nuclear weapons

Everything they ever wanted to learn about nuclear weapons

Dear Osamu,

ICAN and Hiroshima Prefecture are proud to announce the launch of the Hiroshima-ICAN Academy. On July 31st,14 students and young professionals from all over the world began an intensive 8-day program in Hiroshima designed to teach them everything they need to know to become the next generation of advocates for an end to nuclear weapons.

Follow their progress here

Of course, the timing of the Academy is no coincidence: August 6th marks the 74th anniversary of the first ever nuclear attack, the bombing of Hiroshima. The Hiroshima-ICAN Academy participants and lecturers, as well as representatives of ICAN and Japanese partner organisation Peace Boat will be attending the Memorial Ceremony to mark the date. Throughout the Academy, they will engage with Hibakusha, survivors of the use of nuclear weapons, as well as their Japanese peers, and learn more about the human cost of nuclear weapons.

We’d like to help inspire and empower everyone to fight for a world without nuclear weapons, and if we could, we’d bring everyone along for such an eye-opening experience. But getting this academy off the ground would truly have been impossible without the generous support of the Hiroshima Prefecture and the support of Peace Boat. So for now, we hope these resources – accessible  from the comfort of your home – will help:

Get inspired: Hear Hiroshima survivor Setsuko Thurlow talk about the beginning of the end of nuclear weapons →
Learn more: 7 things you should know about the bombings of Hiroshima and Nagasaki →
Get involved: Check out ICAN’s campaigner guide to signature and ratification of the Nuclear Ban Treaty
Help support ICAN’s work →

Thank you for all that you do!

Daniel Högsta and Lucero Oyarzun
Campaign Coordinator and Digital Campaign Coordinator
International Campaign to Abolish Nuclear Weapons (ICAN