政府が法律に従ったらどうなるか? What If Governments Obayed Laws?

政府が法律に従ったらどうなるか?

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「世界が戦争を違法とした時」
デーヴィッド・スワンソン
davidswanson.org
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新しい法律あるいは古い法律の遵守が必要なのでしょうか?

はい。

両方とも必要です。

米国には昔の憲法があります。それは奴隷制を処罰すべきものとして禁止していません。それはキャンペーン資金としての賄賂を禁止していません。それは自然界を守るものではありません。それは食糧、避難所、教育、医療に対する基本的人権を保証するものではありません。その “代議政府のシステムは公平ではありません。新しい法律が必要です。

 

一方、米国には、書籍について全然執行されていない多くの法律があります。独占禁止法はどちらかというと示唆として扱われています。拷問を繰り返し禁止することによって、拷問禁止が記憶からお決まり事として消去されています。権力者の偽証はセックス関連の場合は犯罪です(Clinton。そうでなければ、セックス関連の申し立ての議論に使用される仮事実とされます(Kavanaugh。権力者の犯罪は、処罰よりもむしろ「調査」の場であることが多いため、権力者だけが犯せる犯罪は犯罪でなくなり、「調査」の題材になってしまします(イエメンの破壊) 。

境界線上の場合があります。人の目に見えるような文書による法律は、企業に人権を与えるものではありません。ほとんどそれはそうするために奇妙に考え直されました。しかし、企業の人権を否定する新しい法律を制定することは非常に歓迎すべきことです。

数千の混在したケースがあります。例えば、人は裕福な人に既存の税法が適用され、雇用者が最低賃金法を遵守するのを見たいと思いますが、最高賃金法は偉大な新たな追加になるでしょう。

 

今週のトロントとオンラインの会議の主題である戦争と法律に関して、   私は、われわれは理解できる通り、新しい法律の構想、すなわち軍縮条約、世界議会に傾いていると思います。しかし、私は、既存の法律が遵守されれば、世界がどのように見えるかを理解することから始めなければならないと思います。一つの理由は、どのような法律が最も簡単に犯されるか、それとも最も犯しにくいかを知る必要があるということです。もう一つの理由は、既存の法律を強力に守らせることや既存の法律に基づいて新しい法律を作るのは、新しい法的基準をゼロから作成するよりはるかに容易であるということです。

明らかな例は次のとおりです。世界の大きな戦争国がすべての戦争を禁止する新たな条約を作ったと想像してみると、その作業は膨大なものになります。ケロッグ-ブリアン条約(パリ不戦条約:Kellogg-Briand Pact)についての強い意識と遵守による行政その他の方法を想像してみると、その作業は認知できるほど膨大でなくなります。

戦争を禁止する新たな条約を作成することは、戦争愛好政府が加わるのは極度に難しいでしょう。私は石油と肉とリアリティーTVを直ちに禁止するのに賛成であると同様に戦争禁止には賛成です。しかし、そこを出発点とすべきでしょうか?

既存の条約に基づいて構築することは、他の可能性を提供します。私たちは教材を作り出すことができるでしょう。非締約国に加わるようにロビー活動をすることができるでしょう。個々の違反者に罰を課すモデル国内法を作り出すことができるでしょう。私たちはICJ(国際司法裁判所)とICC(国際刑事裁判所)を民主化し、起訴、真実と和解の手続きを作るために働くことができましょう。違反政府に制裁を科すよう活動できます、国連の民主化で。非暴力紛争解決の手続きを詳細に決め他1907年のーグ条約と非暴力紛争解決を要求するケロッグ-ブリアン条約の両方を(現行のままで)既存法として取り扱うことが出来ー両方合わせて―手続概要を要求するものとしても。

ケロッグ・リアン条約を無視する理由は三つあります。

1.「聞いたことがない」

これは教育で直せます。

2. 「未だ戦争があるから、それが機能しなかったのだ。」

これは法律が実効性を有すとは何を意味するのかの問題を提起します。この基準では法的禁止は無効になります。私たちは殺人を禁止し、殺人があります。我々は公共不品行を禁じ、議会があります、等々。戦争を正当化するため、誤って使用されていたとしても、「防禦の(戦争)」議論があるので、効果を上げるには完全な成功を収めなければなりません。しかし、それを拒否し、違反を普通のこととするか、それとも、それを守りそれを取り巻く意思決定の仕組みを構築することによって、完全な成功を達成する禁止を得るのでしょうか?
3.「国連憲章はそれを置き換えた。」
ケロッグ・ブリアン条約には、国連憲章で見られる(こっそり不可視インクで書かれた)「防衛的な」戦争の認可が含まれていると主張する一部意見があります。しかし、より一般的には、国連憲章が「防衛的」と法的戦争のための「国連認可の」抜け穴開き、ケロッグ・ブリアン条約がそれについてできることは何もないという主張があります。その第二の抜け穴(「国連認可」)は、平和条約が想定される中核的失敗、すなわち「歯の欠如」、「強制」​​ー平易な言葉ではー戦争を廃絶するために戦争を使うと想定される修正を導入することになります。
その長い間失敗した方法の信者達の為に、私たちは新しい戦争禁止を必要としません;私たちは国連憲章をもう持っていますから。それを民主化するだけでよいのです。そして、ケロッグ・ブリアン条約と同じように、既存の禁止措置を遵守する方法を理解する必要があります。もちろん、ほとんどの戦争は国連憲章の抜け穴には当てはまりません。

すべての戦争を終わらせるために戦争を使用する説の不信者にとっては、戦争の不法性を創始した活動家が理解しているように、すなわち戦争一切禁止を現実の実践に変える必要があるのです。

もしそれが達成されたらとちょっと想像してみてください。1928年のパリ条約の遵守は、もはや戦争をしないということです。1907年のハーグ条約の遵守は、非暴力的な仲裁を意味するのです。

それを超えて、以下のように述べている核不拡散条約の遵守を想像してみてください。「条約の各締約国は、早期に核軍備競争の終止や核軍備廃止や有効な措置および厳格で効果的な国際管理の下での総括的かつ完全な軍備禁止を誠意を持って交渉するよう追求する仕事に取りかかるものとする。」 

核兵器保有国は核兵器不拡散条約に加盟しているが、それを順守するためには、核兵器のない国々が新たに作成した核兵器禁止条約に署名する義務がある。

それを超えて、ペンタゴンが法律で要求されているようにオープン監査を遵守していると想像してください。米国政府が不正行為をする企業とのビジネスをやめることを想像してみてください。米国政府がリーハイ法を遵守して、大量殺人犯行の際にあるいはそれとは関係なく人権を侵害している他国と一緒になって戦争を起こさないこと、を想像してみてください(サウジアラビア)

それを越えて、米国の大統領が弾劾の脅威に迫られ、法案に署名してその一部を無視するのは自由だとするのではなく、法案に署名するか拒否するかに戻ることを想像してみてください。弾劾の使用に否応なく、大統領が戦争犯罪をやめることさえ想像することができます。

議会に最初に相談しない限り、シリアで最高の国際犯罪を行うことはできないと伝えるためにトランプに手紙を書いた42人の民主党員は、何もしないよりましなことをしたと強く主張できます。しかし、彼らは害を及ぼさなかった、と主張することはできません。国会が犯罪を認可できると信じるように国民を条件付けることは、英国議会の議員が、首相ではなく、議会のみが戦争犯罪を犯すことを許可するという法律を提案しているのですから。

今、私は宇宙から兵器を禁止したい。私は人間が殺人ボタンを押す必要がない武装した無人機を禁止したい。私は基地を閉鎖したい。私は、平和で環境に優しい産業への強制的な転換のための全国的かつ地球的なプログラムを作りたい。私は地方レベルに多くの執行権を移したい。私はたくさんの新しい法律が欲しい。しかし、もし私たちが既に持っているものを守らなければ、新しくえるかも知れない如何なる法も価値を減じることになる。

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opednews.comデイヴィッド・スワンソンは、「世界が戦争を違法とした時」、「戦争は嘘だ」、「夜明け:帝国主義大統領を廃してより完全な合衆国を形成する」の著者です。彼は  http://davidswanson.org  と  http: /warisacrime.orgとオンラインで働いています(もっと…
 

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ここに記載された意見は、著者唯一の責任の下にあり、必ずしもこのウェブサイトまたはその編集者のものを反映するものではありません。

未来・平和な郷(くに)を創るのは一人ひとり

みなさん

 

こんにちは。

自民党総裁選もですが、沖縄県知事選も日本のゆくすえを問う

本当に大事な分かれ目だと思っています。

私は、沖縄県知事選候補の玉城デニーさんを応援します。

(ささかかな応援としてイラスト描いてみました)

下記はデニーさんのホームページのよきかわいいです。

感動しました〜

 

「いま沖縄は大きく変貌を遂げようとしています。

日本の最南端の一地方から、

世界中から人の集まる国際都市へ。

基地負担を一方的に押しつけた島から、

古来からの琉球文化が花開く、平和を希求する島へ。

時代が変わるのなら、沖縄の政治も変わらないければ。

これからの沖縄には、無限の可能性があります。

沖縄が沖縄らしく。

一人ひとりが自分で分けます。

誇りある豊かな沖縄を。

ウチナーンチュの伝統と文化を継承し、

多様な個性が輝く、新時代の沖縄へ。

玉城デニーは、県民一人ひとりの可能性を引き出すことで、

誇りある豊かな沖縄を実体します。

「わたしてまかせてくれ」とは言いません。

新時代の沖縄をつくるのはあなたです。」

 

ここに書かれている「沖縄」ということを「日本」や、それぞれのもの

町名に変えてみて読んでほしい、思います。

それがされた町を未来を、平和を希求する島をつくるは、候補

ではない、私たちはひとりひとり、なのですから。

(転送歓迎です)

 

西岡由香

 

デニーさん4.jpg

 

 

ーーーーーー

ゆかさん、みなさん

自民党総裁選などまったくどうでもいいのですが、

そのどうでもいいことに、わたしたちの運命が左右されるのです、

いくら業腹だとしても。

沖縄の知事選はそれ以上に、わたしたちひとりひとりの姿勢を問うている。

しかし、「本土」にくらすひとびとの大多数は、知事選があることすらしらないでしょう。

マザー・テレサが言いました、愛の反対語は憎しみではない、無関心なのです、と。

「本土」の「御用新聞」によると、沖縄に対するヤマトンチュのしうちを実感しない世代が

ふえてきたそうです。わかものだけじゃない、「生活」に「だけ」関心のある「住民」が

どこにでもいることを奇貨として、自民党政権は、いま、ここ沖縄でも、

札束でほっぺたをひっぱたくやりくちをとろうとしている。

瀬長さんが辺野古をこわすなといって「抵抗」したからたいって、政府は、

本来出さねばならなかったはずのオカネを出さなかった。

いま、かれらの推薦する候補が知事になったら、オカネをばらまくと公言している。

かつて岩国でやった手法です。

もうひとつ。

基地の問題、とりわけ辺野古の海のことについては口を閉ざす。

本来の、もっとも根本的な争点を隠す、そらす。

これほど卑劣な「作戦」がまたとあろうか?!

いま岐路に立っているのは沖縄だけじゃない。

「本土」にくらすわたしたちをふくめて、日本国にくらすすべてのひとびとの未来が、

ここでどの道をとるかにかかっている。

法的にこのわたしは沖縄知事選で投票する権利はもっていない、けど、

だからわたしにカンケイナイことではゼッタイニない。

できることは、すべて、やりましょう。

できないことだとおもっても、なにか工夫して、ほんとうに

沖縄の海と大地を、沖縄のくらしと文化をももりそだてるひとを

知事に選ぶよう、わたしたちはわたしたちとして、力をつくしましょう。

ゆかさんのむすびのことばは、そっくりそのまま、このわたしの、わたしたちの

ことばです。

《ここに書かれている「沖縄」ということばを「日本」や、それぞれの

町名に変えてみて読んでほしい、と思います。

それぞれの町を、未来を、平和を希求する島をつくるのは、候補者

ではなく、私たちひとりひとり、なのですから。》

ひこ

ーーーーー

みなさま

こんにちは。

魯参さん、ひこさん、いつも私のつたない発信にお返事くださって

本当にうれしいです。もったいない思いです。

このMLに参加しておられる沖縄の井出さんが、SNSで沖縄知事選の

様子を発信しているのを読んでいて、不思議な感覚を覚えています。

デニーさんがギターをかきならしてロックコンサートしながら

みんなで歌ったり、踊ったり、「デニーナイト」と銘打ってみんなで

語り合ったり、とってもノリノリで楽しそう~。

「選挙戦」には違いないのですが、「欲と権力と金と忖度にまみれた土俵」

とは違う土俵で、一人一人が命をほとばしらせている、何て言うんだろう、

デニーさんをきっかけに、「解放区」が生まれてる、そんな感じ。

ふと、石牟礼道子さんの言葉を思い出しました。

水俣病の補償をめぐるチッソとのたたかいで最前線にたち、逮捕もされた

男性が、苦悩の果てに「チッソも含む世界の全てが愛しくなった」という

境地にたったとき、石牟礼さんは彼にこう言ったそうです。

「いのちの世界に、よう戻ってこられましたね」。

沖縄の人々による「選挙戦」とは違う次元の何か――「いのちの世界の発露」

ともいうべきいう歴史的瞬間を、いま目にしている、そんな気がします。

西岡由香

ーーーーー

ゆかさん、

 

井出さんの発信しているSNSってなんでしょう?

わたしも見たいですね。

 

デニーさんってロックの世代だったのですか、なるほど。

わたしはずっと古い世代だけど、その世代からいまにつづくひとたちが

みんなでたのしそうにやってるとき、歌とおどりは完全に融合しているってことは

わかります。

そうですか、こういうやりかたができてるのか。

 

たしかに、そこに現出したのは文字通りの「解放区」だったでしょうね。

政治的な「解放区」ではなく、このことば本来の意味での「解放」区ですね。

こんなふうにたたかえるひとたちはすてきです。

 

もともと、歌とおどりとは、べつべつのものではなかったのですからね。

たのしいとき、かなしいとき、つらいとき、どんなときでも、

感情がたかまってことばが出て、それはいつのまにか歌になっていて、

自然にからだがうごいておどっている。

音楽の原点も文学の原点もそこにある。

 

「欲と権力と金忖度にまみれ」てしまったひとびとにはできないことです。

「いのちの世界」から遠く離れてしまっているからです。

 

ひとが自然のなかのひいきもののひとりとして生きている「いのちの世界」、

これこそが、すべてのひとの原初のすがたなのですね。

 

ひこ

 

ーーーーー

由香さん、みなさん,
この話題はmirokuMLにも大いに関係あること

ですので共有させてもらいます。

デニーさんも沖縄の人達も人生・社会の問題に

直面してこられて得られた人生観・世界観はあ

の中学生の「生きる」に描かれるような南国の

世界であり生命溢れる自然の生き方ではないで

しょうか?私も何度か沖縄を訪れ、たまたま寮

の同室の人が沖縄の人でその縁者・一般人から

歓待を受け、未だ開けていなかった奥の砂浜で

朝まで飲んだりしたことを憶い起こします。命

どう宝という信条は生活の中にあり、生命に溢

れた温かさ・繋がりを感じました。そこには一

体の分かちあう命があり、種族・伝統が違い奪

いあう金・物・力の世界では見られないもので

しょう。

競争・戦争などで引き裂かれた世界では個我が

孤立・疎外・差別・搾取・殺戮に満ちています

が、共生・平和で溶け合う社会(共に友である

共同体)では連帯・融和・平等・博愛・平和が

享受できるのでね。「いのち」が一切を含む大

海のようであればそこにある一切は活発に生き

ているが、一瞬にして消える泡沫では孤立・疎

外で大海の「いのち」の真善美聖(全体健全)

は無く偽悪醜罪(分離病患)が蔓延しています。

群盲撫象(偏見・短見)の喩の通り泡沫は大海

から離れては存続できない(葉は枝から落ちた

ら、いのちを失い、いのちに貢献できない)の

ですね。盲亀浮木の喩の通り折角人間に生まれ

ながら「いのち」の真理・倫理に目を開き本来

の面目を発揮できないのは自他共に情けなく苦

脳の生・命と言うしかないでしょう。

魯参

ーーーーー
ゆかさん、みなさん、こんばんは。沖縄から井出佳代子です。

ゆかさんが今日MLに投稿してくれましたが、いま沖縄では本当にワクワクするような選挙戦が展開されています。私が応援しているのは、8月に急逝された翁長知事の遺志を引き継ぎ、さらに沖縄を次のステージへと進めようとしている玉城(たまき)デニーさんです。デニーさんは衆議院議員(立候補と同時に失効となりました)でありながら、地元でロックバンドのボーカル、そしてラジオのDJとしても活躍され、ゆかさんのご報告にあるように選挙戦でもそんなデニーさんの魅力が伝わる企画が満載なのです。

日々の遊説の他にも今週の金曜日にはデニーさんを応援する若者たちがデニーさんととことん語り合うデニーナイトを企画、また県内各地ではデニーさんにひと目会おうというみなさんが集まって熱気あふれる集会が行われています。本当にデニーさんは人を引きつける魅力にあふれた人です。なんといっても笑顔が素晴らしく、デニーさんの笑顔を見ていると自然に元気と力が湧いてくるのです。

翁長知事の遺志を継ぐというのは言葉で言うほど簡単なことではありません。ある意味、日本政府に殺されたといっても過言でもないほど、沖縄を背負った翁長知事は徹底的にアベ政権に冷遇されました。沖縄県民もその民意を何度も踏みにじられてきました。辺野古新基地建設計画についても大浦湾の埋め立て承認撤回がなされたばかりで、これからの展開も知事の肩にかかってきます。沖縄県知事というのは他のどの自治体よりも過酷な任務を背負う仕事です。デニーさんの覚悟たるや、相当なものだと思います。

それなのに彼のあの軽やかさは何なんだろう?あのたくましさは何なんだろう?私もデニーさんを追いかけ、知れば知るほど、その魅力にとらわれていきます(笑)ゆかさんが「いのちの世界の発露」と書かれましたが、うちなーんちゅの持つ本来の姿がいまデニーさんという一人の人間を通して浮き彫りになってきている、爆発している、そんな瞬間に立ち会えている幸運に感謝せずにはいられません。

相手候補は日本政府が人もお金も丸抱えなのでやりたい放題の選挙ができます。実際選挙情勢は厳しいものです。それでもなお、沖縄県民は明るい方へ、自由な方へ、まっとうな方へと向かっていけるのです。それこそ翁長知事が信じていたうちなーんちゅの底力なのではないかと感じます。

そういえば沖縄戦が終わった時、小那覇舞天(おなはぶーてん)という方が「亡くしたものをいつまでも嘆いていてはいけないよ、死んだ人たちが浮かばれないよ、いま命のあることを感謝しよう」と、「命のお祝いをしよう(ヌチヌグスージサビラ」と三線を弾いて踊り、みんなを元気づけたことを思い出しました。やはり沖縄にはこういう精神があるんだとあらためて感じます。

もちろん結果は出るまでわかりません。でもきっと私たちは望む未来を手に入れられる。そう信じて最後までがんばります。

デニーさんのこと、よろしかったらこのインタビューを読んでみてください。

http://tamakidenny2018.com/interview/

出馬にあたっての動画メッセージ

http://tamakidenny2018.com/#etc-1

リアルタイムでデニーさんの情報を知りたいと思われる方はぜひこちらをフォローしてください。県外から応援コメントをつぶやいていただけるだけでデニーさんの力になります(*^^*)
https://twitter.com/tamakidenny

なお私のSNSというのはFacebookとTwitterです。怒涛のような記事の更新数ですが(^_^;)、沖縄に関心のある方はどうぞリクエストくださいませ。

長くなってすみません。県知事選は13日告示から始まり29日まで、30日は投票日です。もしみなさまの中に沖縄にお知り合いがいらっしゃいましたら、ぜひデニーさんのことを伝えてください。よろしくお願いします。

30日にはみなさんと喜びを分かち合えますように!

井出佳代子

ーーーーー

西岡由香さん、みなさん

 

西岡さんには初めておたよりします。

ひょっとして語らい場「くら」でお目にかかったこともあるのでしょうか?

時々拝見するメールがどこか“調和的”でいつもいい気づきをさせてもらっているような気がしています。

 

対立する相手方への、悪し様な口振での攻撃は、ついには口汚い非難の応酬に堕して互いの品位をおとしめかねませんし、

また互いの憎悪をあおるのみでしょうから、それこそ私たちが目指す「平和世界」とは無縁のモノなのでしょう。

相手への軽蔑感情、まして憎悪や怨念から決して平和は生まれないのだと思います。

 

対立や意見の違いは当然あってしかるべきですが、悪くすると争論が(相手に負けるもんか)、

という互いの虚栄心どうしの争いの様相を呈することは世に多く見受けられる悲しいことでもあります。

 

そんなことをふと思い出させてもらった、西岡さんのメール。

特に、水俣の闘いで激しい?運動で逮捕までされて、

苦悩の末に「チッソも含んで世界のすべてが愛おしくなった」

という男性の話は、何という話でしょう。

この男性、恐らく運動中はそれこそ「口汚く敵を罵り罵倒」されていたのかもしれませんね。

それに対して石牟礼さんの「いのちの世界にようこそ戻って来られましたね」はまた何という言葉でしょう。

そんな、深い深い世界があるのだということをしみじみと感じさせてくれる、そんなエピソードでありました。

 

最後に西岡さん、この話が出ている書籍、あるいは出典は分かりますか?

直接、手にし目に触れさせてみたいという欲求を強く持ちました。

分かりましたらお教えください。

池田

ーーーーー

井出さん、そして、みなさん、

 

井出さん、おひさしゅう。

沖縄のようすを生き生きとつたえてくだすってありがとう!

 

すべて観ました。

デニーさん自身が語っているおいたちは、まさに、米軍占領下、

「本土」と称する「日本国」へのイツワリの「復帰」を生きぬいてきた

ウチナーンチュの生活誌そのものでした。

 

それに、こう語っている玉城デニーさんの、なんと魅力的なことか!

まさん、翁長さんのあとつぎにぴったしです。

そのうえ、デニーさんには、いまを生きているわかい世代を惹きつける

潜在力が感じられます。

ロックシンガーであるからだけではない。

 

「ひとを笑顔にする仕事なら、政治がいちばん大切な役割を担っているはず」。

これは、デニーさんが政治家になろうと決意したときの心境を語ったことばですが、

このことば以上に、政治の本質を言いあてたことばはありません。

 

わたしは、はるかむかしから、政治とはもっとも人間的な行為なのだ、

と主張してきました。

ほとんどだれもがそうはおもっていません。

むりもない。非人間的な、人間を殺す政治ばかりにつきあわさせられてきてるのですから。

 

しかし、政治こそ、「ひとを笑顔にする」役割をになっている、

介護や福祉のしごととまったくおなじ、文字どおり人間が人間にむかいあってするしごと

ではないでしょうか?

デニーさんのステキなところは、おなじこのことを表現するにも「ひとを笑顔にする」といった

直截な、だれにでもすぐにわかって共感しうることばを、自然に口にできることです。

 

市議になって気づいたのは、

自分がもともともっていた「好奇心」や、

なんでも自分でやってみようっていう「独立心」と

ラジオ・パーソナリティ時代に「培った」(このコトバ、ステキ!)現場力、

このみっつが「とても役にたつってことだった、という、lこのことば、

全日本の市町村議会議員さんたちみんなに聞かせたい!

 

とりわけ、「現場力」ということばが活きている。

ながい引用になるとおことわりしたうえで、いまは亡き小田実の文章を紹介しておきます。

 

《南アフリカ共和国の黒人にとっては、ただ通勤すること、通学することが、さっきから私の言い方を

すれば、「現場」だ。(中略)たえず身分証明書の提示を求められ、さまざまな口実でどのような

迫害を受けることになるかも知れない彼らにとっては、白人たちにはただの通勤、通学の途上に

すぎない道路が、そのまま「迫害の現場」ともなれば、「たたかいの現場」ともなる。

道路は、彼、彼女という黒人がそこに出現するまでは、ただの「場」だろう。ただ、その「場」は

「アパルトヘイト」という人種差別を基本にした支配の問題を内在させている「場」だ。その問題は、

何十人、白人が歩こうとも表に出ることはないが、黒人がひとりそこを歩くことによってたちまち

噴出する。そのとき道路はただの「場」から「現場」に転化するのだが、道路は「現場」になることに

よって、その他のあまたの問題――たとえば、権力者による暴力、あるいは、その暴力に対する抵抗、

そうした問題も次から次に立ち現れて来るにちがいない。後者にかかわって言えば、

暴力に対して暴力で抵抗するのか、あくまで非暴力に徹してたたかうのか、という問題にまで、

「現場」が提起して来る問題のふり幅はひろがる。》

 

お断りしておきますが、この文章は、南アフリカ共和国に黒人の大統領が誕生する以前に

書かれたものです。しかし、ここで指摘されていることは、いまなお、世界中のどこであっても

ただちにおこりうる問題にかかわっています。

 

デニーさんの言う「現場力」とは、「現場」という「場」の性質上、いつなにがおこるか

まったく予測できない、どのような自体にも、即座に、その場で対応しうる力のことです。

辺野古の問題ひとつとってもても、こういった「現場力」こそが、

自治体の首長にもっとも必要とされるのだってことはすぐにわかるでしょう。

いちいち中央政府の顔色をうかがい、総理大臣の心情を忖度しているようでは、

予則のできない事態の出来には対応などできるわけがありません。

 

ウチナーンチュらしさとは、

伝統を守りながら、

あたらしいものをとりいれて、

と、ここまでは、まあ、言えないひともいないかもしれないけど、

それを、どういうしかたでやるのかについて、

「柔軟に」と「たくましく」とをぴたっと両立させて、

「変化していく」の副詞句とした、

これは、このひとでなければできないことだって感じました。

 

そして最後に、きめのひとこと。

「分断」を「強いられる」時代はもうおわりました。

「分断されている」ではなく「強いられる」と、ことの本質を正確に指示したうえで、

「県民みんな」が「誇りをもって」、未来へむけて、ともに進もうと呼びかける。

 

こんな政治家、はじめて出会った、といっては不正確だなって気づいたので、

「このところ」という副詞をつけておきますが、

ほんとうに、こういうひとを沖縄の知事に選ばないでどうするの?!

 

わたしは、SNSにはほとんど無能力です。

MLへの発信ならできますが。

わたしのこのおもいも、だから、どなたか適当なところへ転送してね。

ひこ

 

ーーーーー

 

池田さん、西岡由香さん、みなさん

春田と申します。

古川さんのお宅のくら七世代で開催されている

「憲法かたらいば」に毎月通っています。

2005年に、友人から「かたらいば」の前身の「憲法サークル」に

誘ってもらい、以降古川さんはじめメンバーの方たちと共に活動して

まいりました。

一昨年11月、やはりくら七世代で開催された「和田重正に学ぶ会」研修会に、

1日だけ参加しました。

そのご縁でこのmirokuのMLに加入させていただいています。

宜しくお願いいたします。

西岡さんがjumpのMLで紹介された以下のことですが…

ふと、石牟礼道子さんの言葉を思い出しました。

水俣病の補償をめぐるチッソとのたたかいで最前線にたち、逮捕もされた

男性が、苦悩の果てに「チッソも含む世界の全てが愛しくなった」という

境地にたったとき、石牟礼さんは彼にこう言ったそうです。

「いのちの世界に、よう戻ってこられましたね」。

違っていたらすみません。

私が5月8日にこのMLに投稿した内容が

お目に留まったのではないでしょうか?

もしそうならうれしいです。

念のため、その時の投稿を添付しておきます。

その男性は緒方正人さんという水俣の漁師さんです。

緒方さんの著書『チッソは私であった』に詳しいことが書かれているのですが、

絶版らしくて、アマゾンでは古本がめちゃくちゃ高く売られています。

https://www.amazon.co.jp/チッソは私であった-緒方-正人/dp/4751208187

こちらのブログでも緒方さんのことを紹介されています。

http://hibihiko-ya.hatenadiary.jp/entry/2018/04/23/223859

この男性、恐らく運動中はそれこそ「口汚く敵を罵り罵倒」されていたのかもしれませんね。

そういうこともあったかもしれませんが、

訴訟で勝ったとしても、得るものは手切れ金のようなものだけ。

なんでもお金で片付けるシステムに加担することに耐えられなく

なったのではと思います。

そこで緒方さんがすごいのは、疑問の矛先を自分に向けたこと。

「被害者」という「名」を脱ぎ捨てて、混沌の中に飛び込むのは

大きな勇気が必要だったと思うのです。

その先の、「チッソを含む世界のすべてが愛おしくなった」なのです。

横からすみませんでした。

でも緒方さんのことを語る機会をいただけて、光栄でございます。

Attachments area

命の世界、緒方

春田さん

 

教えて頂きありがとうございます。

 

以前にも、メールで緒方さんの事を触れていられたとか、、、、。

 

うっかりしておりました、読み飛ばしてしまったようです。

 

詳しく教えて頂き良く分かりました。

 

一介の漁師の青年がこんな世界に到達した、ということに改めて驚き心動かされました。

 

頂いた情報を元に、今少し探求してみようと思っております。

 

本当にありがとうございました。

池田

 

 

 

 

共・友が生き残りの道理・秘訣

NHKBS1人類誕生・未来編第2集「そして人類は生き残った」で赤ちゃんに蓋を開けようとする人形の邪魔をする人形と助ける人形を選ばせると93%の赤ちゃんは助ける人形を選ぶとしていた。人類が生き残ったのは助け合い(平和・平等・共同・協働:共・友)であって、奪い合い(戦争・差別・支配・搾取:摘・敵)ではない。

大きな集団が情報・道具などの共有・協働を生みホモサピエンスが生き残ったが、ネアンデルタールは屈強な体に拘わらず獲物が得られず滅びたと言う。(自己中の個人・企業・国家・宗教は滅び、一切共なる生き方こそ生き残る鍵である:核・戦争・温暖化・自然災害・大量絶滅などを考えよ)。

案内役のドク(タ―)は「生き残ったサピエンスが戦い始めたことは全く莫迦げたこと」だという(それが大所高所を失った短見・短絡の自己中の餓鬼・修羅・地獄道である)。

種を超えて交わったネアンデルタールの遺伝子が我々サピエンスの中に2%残り、その生命・勢力を生かしているという。

我々は植物から酸素や衣食住を得て生きるのみならず、光センサーを得て視覚を発展させ、遠方・広大世界を見ることが出来ているのである。 

善い性質は生き残り栄えるのだ!

戦争は「国家」に名を借りた我・今・金だけの死の商人の我利我利亡者の為であり、一切衆生・永遠・生命の為ではない. 核・戦争・基地・軍拡等に使う資源ー命・金・物ーを命・平和・教育・福祉:被災者・困窮者等の為に使え!!!

 

 

 With/friend Is Principle/secret of Survival

The NHK (Nihon Hoso Kyokai: Japan Broadcasting Assoc.) BS1 program “Birth of Mankind: Future Version “And Mankind Survived” illustrated 93% of infants, shown the scene of a doll obstructing another doll trying to open a box and another doll helping it, preferred the doll helping another doll.  The reason humankind survived was helping each other (peace, equality, community, collaboration: with, friend) and not robbing each other (war, discrimination, domination, exploitation: grabbing, enemy).

It tells homo sapiens survived due to their large community sharing and collaboration such as information and tools, Neanderthal despite their the staut bodies ruined unable to obtain games (selfish individuals, companies, and state perish, and the key for survival is the way of life of all being with/friends. Consider the nuclear, war, global warming, natural disasters, and mass extinction).

The guiding doc (-tor) “Survived sapiens started fighting, which is completely stupid.” that’s (This is the fighting devils and hell beings way with short-sights and short-circuiting losing the sight and action from high and wide perspective.).

The cross-bred Neanderthal genes remain 2% in homo sapiens, which survived and contributed to homo sapiens with advantages.

We not only live on oxygen, food, clothing, and shelter endowed by plants, but also have developed visual senses shared by the light sensor of plants to be able to see far and wide of the world. 

Good nature survives and flourish!

War is because of “merchants of death,” selfish hungry ghosts for only “us, now, money” misusing the name of “nation”, not for all beings, eternity, and life. Utilize the resources – life, money, matter –  spent on nuke, war, base, militarization, etc. for life, peace, education, and welfare such victims and the needy.

キルギス・カザフの旅の報告

その一

カザフでもキルギスでも、日本を知らない人はありません。
「ヤポーニヤ」(日本人)とこちらから声をかけると、誰もが「トーキョー」と言って、握手してくるし、時には抱擁してきてスマホで自分を含む写真をとります。日本人は「幾多の災難を乗り越えてきている民族」と尊敬されているというのです。そればかりではありません、とくにキルギス人とはよく似ていて遠き兄弟のようです。

私たち一行21人は「VIP」扱いを受けて、反核対論集会でも、平和フォーラムでも共催者でした。民族音楽交流では日本から大由鬼山さんの尺八の演奏ただ一人、私は絵筆を走らせていた。

ひろすけ

ーーーーー

その二

「ユーラシア新時代~カザフとキルギス平和・友好・文化交流の旅~」
*8.29カザフスタンのセミパラチンスク核実験場閉鎖記念反核対話集会
*8/31キルギスタンでのフォーラム「グローバル化時代における平和と協力」
*9/2~5第3回世界遊牧民競技大会開会式参加と見学

アルマティとビシュケクとイシク・クル湖畔とキルチン渓谷とカラ・コルを移動した。

中央アジアはソ連邦崩壊の中で、核実験場を閉鎖、1991年に建国した国々である。カザフスタンはソ連解体後保有していた戦略核兵器を1996年に放棄した。
中央アジア5か国は2009年に非核兵器地帯条約を発効し、米ロ中など核保有大国がこの・条約を尊重する議定書に調印している。

いまや、ユーラシアは平和・経済・政治・文化の発展で沸き立っている。
カザフスタン民族農業大学が反核対話集会の会場となりましたが、カザフスタンのナザルバイエフ大統領の強い政策が反映されていることが証明されていることを感じました。

カザフスタンには130の民族があります。
大統領は「民族の平等・共同」を打ち出しています。
この大学には22種の
民族出身者が一定数いる。だから私たちの出迎えは入れ替わり立ち替わりの民族歌舞でした。共同の研究活動も見せてくれた。学内にはネバダ・セメイ反核運動博物館がある。
平和を正面から国家として取り組んでいる姿といえます。

2014年から2年毎にキルギスで開催してきた遊牧民オリンピックは次回(2020年)トルコ開催となります。五大陸60か国の参加でした。新聞報道を持ち帰りたかったのですがそれはかないませんでした。
英語でWORLD.NOMAD・GAMESと訳されていますが、不当に感じます。遊牧民文化は地球環境を守り、「いきもの」の誇りを感じます。
人間の競技のオリンピックにではできない未来地球を支えるように感じます。
ユーラシア新時代を報道から外しておくことは、いつまでもできやしない。
日本における民族の平等・共同を考えるのが「未来を準備する」といえないか?
第3回遊牧民オリンピックでは、日本のアイヌの参加を確認しました。計らいで文化交流で大由さんの尺八演奏があり会場を圧巻しました。

ひろすけ

ーーーー―

その三

アバイについては、カザフでは、顕彰もされ、なにかグッズとか本が入手できるものと期待していたが、そうはいかなかった。アバイの名については知られているようだった。

年輩者はソ連邦を生きてきたのでロシア語で話すという。カザフ語もキルギス語の場合もむしろ教育を受けた若い年令層層のようだと言う。
地名がラテン文字化するのはあまりすすんではいない。ALMATYはラテン文字化していましたがキリル文字からでは発音が変わってくる。観光地の出版物には、キリル-ラテンが並べてあり、英文解説が付いていた。

看板にはラテン文字といえば英語という感じでカザフ語キルギス語のラテン文字化は進んでいないように思いました。映像を見て検証して貰うことになるでしょう。私は写真記録を残していないので印象的感想でした。

ーーーーー

その四

第三回遊牧民オリンピックの開会式は9月2日の20時に始まった。席次はVIPカードに既に刻印されていた。イシク・クル湖畔に、ユルタ(遊牧民の家)・山並み・太陽のかたちをした巨大なスクリーンが夕闇に飲まれて行ってからの開会だった。スクリーンの前に舞台があり広大な演舞場かひろがりさらに馬の競技場が広がっていた。
壮大な遊牧民の歴史が展開されて、そのあとの選手団の入場です。
心底から感動いたしました。発表されていく国名をメモしていたのですがついていけなかった。五大陸にまたがる60カ国であった。翌日の新聞を求めたけれどキルギスは週刊紙のようで、確実な参加国はついては確かめることができなかった。
カザフのフテレビでは60局近く見れるけれどその内二局ほどでニュースとなっていた。
私たちの映像記録は貴重なものとなると思います。選手団「日本」の中にアイヌを確認しました。
9月3日のキルキン渓谷の民俗村には1000のユルタがあつまってるといわれていた。ここでオリンピックのマーク入りキーホルダーをたくさんみやげに買ってきた。この渓谷での会場も壮大なもので、日中世界の民俗文化が披露されていった。馬による歴史上の戦闘や、砲丸投げ、棒柱投げ等もあった。
9月4日の会場は夜の会場で8時から11時前まで観た。10分の演奏でしたが10:30になってから、大由鬼山の尺八、続くアイヌのムックリ・トンコリの演奏が会場を飲み込んだ感動がありました。
9月5日には、開会式の同じ会場で正午「蒼き狼」を観た。12騎が4騎馬ずつ20分を争い、地上の羊を自分のゴールに投げ入れる競技です。
蒼き狼とは、狼のリーダーです。そのリーダー性を人間が学んだことに由来します。
日本では全く報道されてはいませんでしが、「WORLD・NOMAD・GAMES」’で検索すればインターネットでみることができたと言ってくれた人がありました。

ひろすけ

 

ーーーーー

古川さん、

報告が完結するのを待っていました。
いくつか感想があります。

その1.
キルギス、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタンのうち、 

わたしがじっさいに訪れたことのあるのはタジキスタンだけですが(1960)、
これら諸国はソ連邦が解体して独立することができたのですが、独立国家共同体
(Comoonwealth of Independent States, ロシア語ではラテン文字転写でSNG)に
加盟しています。
バルト3国ははじめから加盟せず、ウクライナとジョージアは正式に脱退したかは
不明ですが、実質上脱退しています。
中央アジアの前記諸国とロシアとの関係が事実上どうなっているかが知りたかったので、 
その指標のひとつとして、看板の文字表記がどうなっているかを質問したのでした。
その2.
独立してよかった最大の点は、核実験場でなくなったことですよね。これはカザフスタン
だけの問題ではないとおおいます。
その3.
一方、いま世界のひとびとが、たぶんこの当事国のひとびとも、ソ連邦が崩壊して
独立してよかったことは理解していても、ソ連邦に加盟する以前、この地域の
ひとびとがどういうくらしをしていたか、とりわけ女性たちがどのような境遇にあったのかは、
完全に忘れているか、そのもそも知っていないかでしょう。
ひとことでいうと、女性の人格はまったく認められていなかった。
夫は、妻が夫以外の男と口をきいたというだけで「斬り殺す」ことができた。
殺しても罪には問われなかった。
「革命」の最大の貢献は女性の解放だった。
「革命」後の文学作品にそのさまががえがかれているし、
タジキスタンを訪れたポール・ニザンがその事実を報告してもいます。
このような歴史を現地のひtびとはどの程度知っているのかしら?
その4.
NOMADとは遊牧民のことですが、このWORLD NOMAD GAMESにアイヌ民族の
代表が参加しているってことは、この祭典が実質上、ヨーロッパ民族だの漢民族
だのといったマジョリティから疎外されてきた少数民族の祭典であったのでは
ないでしょうか?
だとすれば、オリンピック以上に価値ある祭典だったのですね。

ひこ

ーーーーー

その五

カザフのMAP「Silk Road in Kazakhstan」(BRITISH AIRWAYS)が手元ににある。ここではカザフスタンの地名はすべてラテン文字となっている。キルギスの生徒用の8クラス、9クラス、10クラス用のアトラスを買ってきたがこれを見るとすべてキリーク文字だ。キルギスの国名はラテン文字で書かれてこそいるがキリーク文字と併記されていた。観光地のパンフレットには併記され、英文解説も付くという感じだった。
中央アジア5か国の地図は無かった。しかし、中央アジア非核兵器地帯をなして、平和のシステムを歩いていることだけは十分つたわってきた。
ユーラシア経済共同体をロシア、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キリギスが加盟して2010年以来ユーラシア新時代に入っているといえそうだ。

2014年にキルギスを舞台に始まっている遊牧民オリンピックは、特記すへきこととおもう。2018年は伝え聞くところによれば、82カ国から選手があつまっていたという(第2回は60カ国)。2020年はトルコが主催国といいます。ワシントンルートの情報からこのオリンピックを外すことはもはややってはいけない。地球環境を守る英知は遊牧民文化の中にあるのではないかと思えてならない。

ひろすけ

ーーーーー

その六

キルギスの書店で、キルギス共和国の大きな地形図と行政図を買ってきていた。改めて見てみると、地形図の方はキリーク文字でしたが、行政図の方は全てラテン文字でかかれありました。
中央アジア5カ国はどの国も地名のラテン文字化がすすめられていることが考えられます。

 

ひろすけ
ーーーーー

その七

核実験場閉鎖記念日(カザフ)、独立記念日(キルギス)、遊牧民オリンピック(キルギス)への参加でした。
中央アジアでは、「すでに平和のシステムを歩んでいる」というのが実感でした。
共に独立(1991年)、共に非核化(2009年)、共にに済復興(鉄道・高速道路・石油ガスパイプライン)(2010年)、共に文化交流。優しさと沸き立つ活気を感じてまいりました。
民族の平等・共同、宗教の平等・共同が今日テーマとなっている。
2014年から2年毎に重ねてきている遊牧民オリンピックの偉大な事業に満身の感動をおぼ
えます。

これが日本では一切報道されてはいないことは、未だに日本は「朝鮮戦争」の戦時下にある異常さに国民まること覚醒できていないところにあるとおもいます。真の独立と非核兵器化を実現していくことが課題であると感じます。朝鮮半島の完全非核化に関して共に「平和‘のシステム」を構築していく日本のあり方の論議を始めたいとおもいます。

ひろすけ

 

最後に第3回遊牧民オリンピックのオリジナルマークをを贈ります。
nomad games.jpg
ーーーーー

ひろすけさん、

やはり、つづきがあったのですね。
「その5」でおわるはずがないとおもってました。

《中央アジアでは、「すでに平和のシステムを歩んでいる」というのが実感でした。》 

このことをあなたが体験したこと、それをわたしたちにそのままつたえてくれたこと、 

これがこの旅の、わたしたちにいとっての、最大の恩恵でした。

たしかに、これらの国々は「ソ連邦」という、どう考えてもマジョリティのロシア民族中心の国家の
「周辺」にしか位置づけられてこなかった、
それだけでなく、アジアではながいあいだ漢民族や満州民族の「帝国」によって
辺境の野蛮な連中としかみなされたこなかった、
しかし、紀元前からの古い歴史と伝統をもっている諸民族が、
いまや、「ソ連邦」崩壊を奇貨として、文字どおり生気をとりもどし、
あたらしい未来をつくる先がけとなっている、
この事実をつたえてもらっただけで、
もう、感慨無量です。

あなたに要望したのを機会に、わたしも、カザフ語やキルギス語についてしらべてみました。
そのさいカギになるのは「公用語」ですね。
キルギスでは、公用語はロシア語で、キルギス語は「国家語」といういささか苦しいあつかいに
なっていて、目下キルギス語の普及に力を入れているようですね。
言語表記についても、キリル文字から脱却できるのはまだ先のことでしょうが、
おなじキリル文字でも、ロシア語表記ではつかわれないHとYとθとがつかわれているようです。

カザフスタンでは公用語にカザフ語とロシア語とを指定しているけど、じっさいにはロシア語をはなす
ひとびとの割合が圧倒的に多く、カザフ語化を政策として進めているようです。
同時に、キリル文字からラテン文字への切り替えにも努力しているとのこと。

表記に関する問題はじっさいにはかなり複雑ですね。
日本でも、ことばはあっても文字がなかった時代がながく、ようやく漢字で日本語を表記する
ことをおもいつき、いまおもえば、かなりムリなつかいかたさえされていたけれど、
そのうち「仮名」が仮の文字ではなくなって、「ひらがな」とカタカナと漢字という
ほかの世界のひとの意表をつく混淆をやってのけ、おまけにいまではラテン文字も
おおっぴらにつかわれています。
しかし、旧植民地や、大国の版図にふくまれてしまっていた地域では、
言語はあってもどの文字で表記するのかが思想的な問題になっています。

キリル文字は、ロシア語表記だけのものではなくスラブ語族に属する諸言語で
ひろくつかわれていますし、世界には、わたしたちのとってはなじみはうすかもしれないけど、
アラブの世界で広くつかわれている文字や、タイなど東南アジアの諸地域でつかわれている
文字、梵語の表記にもちいる文字などいくつもの有力な文字があります。
ハングルなんていう人工的につくりだされたためにすぐれた特性をもつ文字もあります。 

ラテン文字だけがすぐれているわけではない。

けど、カザフスタンやキルギスでラテン文字への切り替えが進められていることには、 

やはり、旧ソ連の影響を払拭したいというきもちがはたらいているのでしょうね。

ジョージアという国名はアメリカの州の名とまぎらわしいのですが、しかし、
国内で自国名としてつかわれる「サカルトヴェロ(Sakartvelo)」では、
国際的に認知されにくいので、といってロシア訓みの「グルジア」はもうつかいたくないから、
苦肉の策として「ジョージア」にしたらしいです。

そうそう、カザフ語はその国内だけでなく、あの一帯、つまり、
アフガニスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウクライナ、ウズベキスタン、
トルコ、中国、モンゴル、イラン、ロシアにわたってつかわれ、話者数は800万人
であるそうですし、
キルギス語も、キルギス以外に中国のウイグル自治区、カザフスタン、ウズベキスタン、 

タジキスタン、アフガニスタン、トルコで話され、話者数は300万から500万といいます。
いずれも有力言語であるでしょう。

というより、国名はちがっても、文化的にはひろくつながりのあるひとつの地域と言っていいのでは
ないかとおもいます。「スタン」という語尾はペルシア語由来で「なになにの多いところ」という
意味だそうですが、キルギスにしてもキルギスタンと言っていたときもあり、あの一帯は、
そこから見ても文化的に密接な関係のあるところなんでしょうね。

ーーーーー
ひこさん、みなさん

帝国主義・金儲けの為に地方文化・命重視が失われ
る為に言語がどんどん無くなっています。言語はそ
の土地・生命・生産・生活・文化と深く関係してい
て言語を失うことはそれらを失うことでもあります。
日本の四季と俳句、食料と出世魚、イヌイットの雪
の表現などは理解・輸出が難しいですね。
単語・類語・関連語など語根・語源・語族などを辿
ることは生活・観念・思想などと深く関連していて
面白いですね。スターンの語根はstaaだそうですが、
サンスクリット語のsthaana (場所)と直接関係して、
英語のstand (立つ所・物), state, status, stage,
stance, statue, station, steed (家畜生産地:「沢山」
の意味発生の可能性)などが派生語で、constant,
cost, stanza, extant, exist, consist, assist, resist,
restore, store, steer, stake, metastasis, prostate,
epistemology, system, sthavira (Skt.: thera: Pali:
長老, cf. Sthavira-vaada, Thera-vaada:上座仏教)
など皆この語根から派生したものだそうです。
インドをHindu-staanと言いますがHinduはSindhu
(仏典では身毒・天竺と音訳)(Indus Valley)からの
もので、印欧語ではhを発音せずIndus, Indiaなどが
派生しました。Pakistaanはpaak (pure)からで普通
その地の住人(民族)と結合する-staanとは違うと
いうことです(その周辺の人々の自然発生的な呼び
名ではなく、インドからの分離独立運動の自国に命
名したものですね)。
魯参
ーーーーー
魯参さん、
ありがとう!
おかげで、老生の古びた脳が新鮮さをとりもどしたようです。
《帝国主義・金儲けの為に地方文化・命重視が失われ
る為に言語がどんどん無くなっています。言語はそ
の土地・生命・生産・生活・文化と深く関係してい
て言語を失うことはそれらを失うことでもあります。》
このために、これまで、どれほど多くの言語が「消滅させられて」きたかを憶います。
みじかなところでは、アイヌ語への抑圧。「方言」と名づけての「地方語」の撲滅。
琉球語をつかったらスパイとみなされ殺された過去は遠くない。
方言をつかったため重たいバケツを両手にさげて立たされたり
(そういえば、「立たす」っていう体罰をわたしもしょっちゅううけてたなあ。
罪が重いと「校長室前」に立たされる。それを、弟妹の同級生らが
見物に来る。弟妹から恥をかいたって苦情をうけたなあ。)
一方、これに抗するうごきも、近代以降は世界中に根づきつつありますね。
また、これまでみずからの言語を「土語」として卑しめられつづけてきたひとびとが、
自分たちの言語で自分たちの歴史を語るといううごきもあらわれています。
クレオール語という概念が20世紀後半あたりからうまれました。
それまでは「ピジン・イングリッシュ」などといって蔑視されていた、
英語やフランス語やオランダ語の現地民使用言語を、
言語としてみとめようといううごきから形成された概念です。
1970年代に入って、わたしは、ソロモンアイランズの首都ホニアラ(ガダルカナル島にある)
の図書館につとめていた友人から、ガダルカナルの現地語(クレオール)で書かれた
第二次大戦下のガダルカナル戦の歴史を贈ってもらいました。
クレオールで書かれた部分は読めなかったけど、英語の対訳がついていたのでわかった。
あの日米の「死闘」とは、現地民にとっては、まったくかかわりのないことだった。
平和にくらしていた島に、「大日本帝国海軍」の将兵が、いきなり、ことわりもなしに
やってきて、飛行場をつくた。それを奪いに大軍を送りこんだUSと日本軍とのあいだで、
猛烈な死闘がはじまった。
この戦闘を、現地民は、英語に訳すと「Big Death」と呼んでいたという。
つまり、こういうことです。
彼らにとっての戦争とは、たとえば、部落の青年がひとりよその部落民に殺されたら、
その部落の青年を一人殺す。これでおしまい。
ところが、日米の軍人たちの戦闘を見ているとどうにも理解できないことばかりだった。
だいいち、彼らはたがいに相手に「憎しみ」をいだいているとはおもえないのに殺しあっていた。
戦闘を、まるで日常の勤務のようにやっていた。
これは主としてアメリカ軍に関してのことですが、
兵たちは朝、戦場に出勤して、殺す仕事をして、夕刻には家に、といっても、ほんとの家じゃなく、
キャンプではあるけれど、そこに帰って、音楽を聴いたり、歌ったり、踊ったり、映画を観たりしている。
なんともふしぎだった。だって、彼らは憎しみをもたずには戦わなかったから。
憎しみの相手を、ちょうどこちらが殺された数の人数だけ、殺したら、
そこで戦闘は終結するのだったから。
現代戦の本質をみごとに言いあてているなって、わたしは感嘆したおぼえがあります。
しかし、いま問題にしたいのはこの内容ではない。
ガタルカナル戦の当時、彼らはまだ、自分のことばで記録することができなかった。
ところが、戦後、アメリカで大学教育を受けた原住民の歴史家が、60年代後半になって、
故郷にかえり、古老たちから、ガダルカナル戦の記憶を聴きだして歴史書にまとめたのです。
そのさい彼は、意識的にクレオール語を使用した。
自分たちのことばで自分たちの歴史を書きのこすのだという気概からだ。
フランツ・ファノンはフランスの植民地アンティル諸島でうまれそだった。
そこでつかっていたのはフランス語だった。フランス語でしかなかった。
長じてのち、マルセイユの大学で医学をまなんでいたとき、
あるフランス人ら、あなたはじょうずにフランス語をはなしますねとほめられた。
そのときはじめて、かれは、自分がフランス人ではないこと、
自分の皮膚は黒いのだということを自覚した。
しかし、自分が感じたこと考えたことを書きしるす言語として、
彼はフランス語以外にはもちえないでいた。
アルジェリア戦争にみずから従軍し、精神科医として、民族解放戦線の闘士たちですら
PTSDに苦しまずにはいられないという深刻な事実を体験し、
やがて『地に呪われたる者(les damnés de la terre)」ほかの作品をうみだしたときも、
つかったのはフランス語だった。
この書を、わたしは翻訳者浦野衣子の傍らで、志願して翻訳をてつだった(フランス語に
熟達しているわけでもないにに、無謀にも!)、その体験を通して、わかったことがある。
ファノンは、世界一美しいと言われているフランス語をわざとこわして、独特の文体を
つくりあげている。しかし、それは、たしかに、すばらしいフランス語になっているのです。
この体験から、わたしは、在日の朝鮮人作家たちの「日本語」とのかかわりに
深く惹かれることになり、彼らにとっての日本語とはなにかについて考えることになるのです。
そこには、ひとつの深刻な体験がひそんでいます。
1947~48年のころ、わたしは中国人による大連市政府のもとで、日本人教師による
日本語での民族教育をほどこす学校に通っていたのですが、そこでの科学教育に不満をもった
父が、旅順工大時代の同僚の教授ふたりをまきこんで、私塾をひらきました。
たまたま、わたしの父が物理学、わたしの親友の父が化学、もうひとりの友人の父が冶金学の
教授だったので、わたしら3人は、物理と化学と鉱物学の専門的な講義を受けていました。
そこへ、どこからどう知ったのか、あるとき、金韓民(キム・ハンミン)という朝鮮人の青年が、父に直談判しに
やってきた。わたしも講座に参加させてほしいという。
ことわるわけなどないから、即座に承諾されて、以後、4人での受講がはじまって。
同席してみると、この青年の学力は目を見張らせるものだった。
わたしと彼とはじきになかよしになった。
あるとき、彼が自宅に招待してくれた。
通された部屋の壁に、古びた写真が飾ってあった。
彼のおじいさんの写真だった。その祖父について、彼がおもむろにはなしてくれたことによって、
はじめて、わたしは、いわゆる「万歳事件」と呼ばれる「三・一」蜂起のことを知った。
おじいさんはその民族蜂起に参加し、憲兵にとらえられて処刑されていた。
彼は、むろん、わたしを信頼したからこそ、こんなうちあけばなしをしてくれたのだった。
わたしは、なんにも知らなかったのだとうことをおもいしらされた。
「大日本帝国」という夜郎自大な名称を名乗っていた国家が
朝鮮でなにをしていたのか。完璧に無知だった、このことに関しては。
無知をはげしく恥じた。
このとき彼がわたしにかたってくれたこの物語に彼が使用していたのは
朝鮮語ではなく日本語だった!
そのことを、わたしが自覚するのに、それから十年あまりの年月を要した。
むろん、その時点でのわたしに朝鮮語で語ったとしても、わたしは理解しえなかった。
金くんはそのことを承知していたから、日本語で語ったのだ。
それも、完璧な発音と抑揚で。
在日の作家たち、とりわけ金時鐘(キム・シジョン)と金石範(キム・ソッポム)の二人の
作家に傾倒するようになったのには、このような恥の記憶があったからです。
ついでに、わたし自身の恥のを、痛恨のおもいで、もうひとつ、紹介しておきます。
「国民学校初等科」の教科書に徳坤少年の「美談」が掲載されていました。
台湾を大地震がおそったとき、徳坤少年は重傷を負い、病院にjかつぎこまれましたが、
あらゆる手当もむなしく、息をひきとります。
その臨終のときまで、彼は、「国語」(この尊大な表現は「日本語」を意味します)だけを
口にして、台湾語はつかわず、最期に「テンノウヘイカ、バンザイ!」と言って息をひきとった。
こういう「美談」が、「美しい文章」で物語られていた。
わたしは、感動して、涙までながした。
このときのわたしには、「大日本帝国」が台湾で「国語=日本語」を「普及」するという「大事業」を
おこなった結果、こどもたちは、表では日本語で、家のなかでは、台湾のそれぞれの民族語ではなすという
二重生活を余儀なくされていたことなど、まったく知らなかった。
わたしは、いまなお、この教科書のこの文章を書いた作家(たぶん、日本浪漫派の)を
ゆるせない。わたしをあのように感動させ、日本語を、そうであってはならないしかたで愛さしめて
その元兇を。
じつはアルフォンス・ドーデの「最期の授業(La dernière Classe)」についても、
わたしの恥の記憶にかかわることを語ろうとおもっていたのですが、
いまは、やめておきます。
それほど単純なはなしではないとわかったからです。
戦時中にわたしを感動させた歌についても、それを作曲した音楽家について
くわしくしらべて糾弾したこともありましたが、そのことについてもまたいつか。
ひこ

 

ーーーーー

註1:下記に世界遊牧民ゲームのフェースブックの公式サイトがあり写真・動画など見れます:

https://www.facebook.com/WorldNomadGamesIII/

註2:

中央アジアのマップMaps of Central Asia

マップ編で,スケッチマップとグーグルマップの2種載せました.それぞれ中央アジア5カ国カザフスタン,トルクメニスタン,キルギス,タジキスタン,ウズベキスタンの中の訪問地を記しました.下のスケッチマップでは,PCまたは大きなタブレット使用の場合,丸をクリックしますとそのページにジャンプします

CentralAsiaMap
アルマトイ/Almaty ビシケク/Bishkek イシククル湖/Issykkul タラス川/Talas ウルゲンチ/Urganch ヒワ/Khiva クフナウルゲンチ/KunyaUrgench アシハバード/Ashgabat マリィ/Mary メルブ遺跡/Merv トルクメンアバード/Turkmenabad ブハラ/Bukhara シャフリサブス/Shahrisabz サマルカンド/Samarkand ペンジケント/Penjikent タシケント/Tashkent

空色は空路,紺色はバスのルート


中央アジアのグーグルマップ

グーグルマップ上に訪問した土地を示すと下のようになります.風船の中の地名クリックで該当ページにジャンプします.(地図と写真がみれます):

 

Map data ©2018 Google, ORION-ME, SK telecom, ZENRIN

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Map
Satellite

↑ マウスのコロコロで拡大/縮小,ドラッグで移動,マウスオンで写真. 元に戻る(全体表示)

 

 

 

 

テロは症状:帝国主義が原因:Terrorism:Symptom; Imperialism:Cause

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opednews.com H1 9/11/18にヘッドライン
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テロリズムは症状で帝国主義こそが原因です

flickr.comから:閉じる。 仏像、髪の毛、唇、アーモンド形の目、パキスタンまたはアフガニスタン、ガンダラン地域、4/6世紀、痕跡を残したスタッコ、アメリカイリノイ州シカゴ美術館{MID-312765}
近接写真、釈尊の顔、巻き毛の頭、唇、アーモンド形の眼、パキスタンまたはアフガニスタン、ガンダラン地域、4/6世紀、顔料の痕跡を残したスタッコ、アメリカ、イリノイ州シカゴ美術館
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テロとの戦いは、テロリストと戦うために9/11以降に始められたと、我々は言われましたが、アメリカ帝国主義が最初に大部分のテロリズムを引き起こしたことが判明しました。ハーバード大学の研究者・学者であるガーリカイ・チェング(Garikai Chengu)の「アメリカがアルカイダとISISテログループを生んだ」(2014年)の記事によると、

「真実は、米国が「テロとの戦い」に勝つ唯一の方法は、もしテロリストにアメリカ攻撃の動機と資源を与えることを止めれば、だということだ。テロリズムは症状であり、中東のアメリカ帝国主義は癌なのである。 簡単に言えば「テロとの戦い」はテロであり、ジェット機やミサイルを持つ人々がはるかに大きな規模で行っているものである。」

今、米国はバシャール・アル・アサド大統領のシリア政府を転覆させるためにテロリストに資金を提供している。諸帝国は核心まで邪悪な存在である。それらは殺し、かたわにし、分断し征服する – 究極の統御と完全な権力を得るために必要なことは何でも行う。

独立し自己決定するシリアは、米帝国の眼中に存在することは許されない。シリア政府はアルカイダを倒すためにロシアに依頼したのでロシアは合法的にシリアにいるが、米国がシリアにいるのはシリアに招かれたのではない。今度も、我が政府は主権国家を侵害して、国際法に違反しているのである。ロシアと中国は、征服されるまでは常に米帝国に対する脅威になるだろう。それが帝国の思想家が考えるやり方だ。

2018年9月6日のBlack Agenda Reportのエグゼクティブ・エディタであるグレン・フォード(Glen Ford)の「トランプはあアルカイダを保護し、「抵抗者達」は拍手喝采し、Russians”を罵倒する」という記事は、 トランプがオバマとブッシュの帝国主義的伝統を継続し、リベラルもまたロシアを敵と見なしている、としている。

政府、主流メディア、教会、学校などによって多くのことについて多くのやり方で我々が嘘をつかれていることがわかったのは哀しく、非常に悲しく、不幸なことである。我々は、マトリックス(基盤:胎盤)の中に生きている、社会的マトリックスの中に。ブッダはまた、私たちは錯覚(無明)、即ち知覚的・概念的なマトリックス(縁起世界)の中に生きていると言った。

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真実アウトリーチ広告

今では「1984年」の本もあまりにも控えめだったようだ。より多くの人々が目を覚ます時だ。

「悪魔の偽旗帝国:Diabolic False Flag Empire:デービッド・レイ・グリフィン(David Ray Griffin)の「アメリカの軌跡:神的か魔的か(The American Trajectory:Divine or Demonic)の書評」の記事(2018年9月6日)で、「 エドワード・カーティン(Edward Curtin)は、真実に対する大きな抑圧があり何百万もの人々が悲劇的に殺されたことを我々に思い起こさせる。私の問題は、どのようにして平和的で愛情豊かで幸せな世界を創り出すかということだ。

“過去は死んでいない、眠っているのは人々である。我々が持っている現状の闇夜と白昼悪夢は、現在まで続く我々の過去に深く宿っている諸殺人に起因している。どれ程健忘症の振りをしようと、我々に安直な恩寵を与えるアメリカの歴史の血塗られた真実を消す事はなかろう。ハロルド・ピンター(Harold Pinter)氏がノーベル賞受賞の言葉で言ったように、我々は 悲観論者の指導者達とそのメディアのマウスピース(吹き口)が非常に長い間ついていた嘘に取り囲まれて「巨大な嘘の壁掛け(タペストリー)」を食べて生きていたのだ。真実と国内外の何百万人もの邪悪な殺人の事実を抑圧することに我々が積極的なあるいは沈黙の共犯者であったことを認めていないことに我々は悪い良心を持っている、あるいは(良心が悪い自覚:両親の呵責を)持つべきである。」

もっと多くの人々が目を覚ます時である。

仏教哲学と専心(マインドフルネス)瞑想の実践は、世界のテロリズムに対する解毒剤を提供することができる。ロザンヌ・A・ボストニアン(Rosanne A. Bostonian)は、「菩薩の道」と題した記事で、「菩薩とは、可能な限り他者に利益をもたらす者であり、特に無知や自意識の束縛から解放することを目的としている。」

社会参加仏教について仏教者は何であるか」と題した記事で、デヴィッド・R.・ロイ(David R. Loy)は述べている:

「伝統的な仏教は社会的な関心についてはほとんど言及していない。アジアの仏教は決して社会改革の希望を提供してこなかったという結論を避けるは難しい。社会的(世俗)世界は輪廻の一部であり、苦悩と貪欲の領域であり、仏教の道は社会的病弊に対する政治的解決策ではなく、それに対する個々人への代替(平安と無欲:涅槃)を与えることである。」と言っている。言い換えれば、仏教は明確な社会的プログラムを提供していないが、地球的平和と正義の運動に霊的次元を加えることができるのである。

ティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh、2017年4月12日)の「(社会政治)参加仏教の14の教え(戒)」(クリックで原文)は地球的平和と正義の運動への智恵を提供する。

婚約仏教の14戒:

1.教義、理論、イデオロギーには、例え仏教的なものでも、偶像崇拝せず縛られるな。仏教の思想体系は案内の手段であり、絶対的な真実ではない。

2.現在持っている知識が不変、絶対的な真実であるとは思うな。偏狭にならず現在の見解に縛られるな。他人の視点を受け入れることに開放的であるように諸見解への執着から自由になることを学び実践せよ。真実は概念的な知識だけでなく、生の中にも見出される。一生を通して学び、自身と世界の現実を常に観察する用意をせよ。

3.権威、脅迫、金銭、宣伝、あるいは例え教育でも、いかなる手段によっても、自分の見解を採用するように子供を含む他の人に強制するな。しかし、慈悲ある対話によって他の人々が狂信と偏狭を放棄のを助けよ。

4.苦を見たら苦との接触を避けたり目を閉じるな。世界の生における苦の存在の覚知を失うな。個人的接触、訪問、想像、音声を含め、苦しむ者達と共にある方法を見い出せ。そのような手段によって自身や他人を世界の苦の現実に目覚めさせよ。

5.何百万人もの人々が飢えているのに富を蓄積するな。名声、利益、富、または官能的な喜びをを人生の目的にするな。質素に生きて、必要としている者達と時間、エネルギー、物質的資源を共有せよ。

6.怒りや憎しみ持ち続けるな。それらが意識の中でまだ種子であるうちに貫通し転換することを学べ。それらが起きたら、憎しみの本性を見て理解するように呼吸に注意をむけよ。

7.気まぐれや周りの為に自分を失うな。現在の瞬間に起こっていることに戻って呼吸に専念する実践をせよ。自分の内外の驚異、爽快、癒しに触れておれ。自らの意識の深みでの転換の仕事を容易にする為に自分自身に喜び、平和、理解の種を植えよ。

8.不和を生じ、共同体が壊れるような言葉を発するな。どれ程小さくてもすべての紛争を和解し解決するためにあらゆる努力をせよ。

9.自己の利益や人を感銘させる為に真実でないことを言うな。分裂と憎しみを生む言葉を発するな。確かだと知っていないニュースを広めるな。確信していないことを批判し非難するな。常に誠実かつ建設的に話せ。例え自らの安全を脅かす可能性がある場合でも、不正義の状況について公に言明する勇気を出せ。

10.個人的な利得や利益のために仏教団体を使用したり、自分の団体を政党に変えたりするな。しかし、宗教共同体は、抑圧と不公正に対して明確な立場を取るべきであり、党派争いを起こさずに状況を変えるよう努力せよ。

11.人間や自然に有害な職業で生きるな。他者の生きる機会を奪う企業に投資するな。慈悲の理想を実現するための職業を選べ。

12.殺すな。他人に殺させるな。命を守り、戦争を防ぐために可能な如何なる手段をも探せ。

13.他人に属するべきものは何も所有するな。他の人の財産を尊重はするが、他人が人間の苦しみや地球上の他の種の苦しみから利益を得ないようにせよ。

14. 自分の身体を誤り使うな。それを大事に扱うことを学べ。自分の身体を単なる道具と見るな。(覚:仏)道の実現のために重要なエネルギー(性、呼吸、精神)を保存せよ。(僧侶や尼僧ではない:在家の兄弟姉妹は)愛と献身がなけれ性的表現をすべきではない。性的関係では起こりうる将来の苦しみに気付いていなければならない。他者の幸福を守るために、他者の権利と献身を尊重せよ。新しい生命を世界にもたらす責任を十分認識しておけ。新しい存在をもたらす世界を熟慮せよ。

∸「相依存在:参加仏教の為の14のガイドライン(Interbeing:Enged Buddhism)」改訂版:1993年10月Thich Nhat Hanh著、Parallax Press、Berkeley、California発行

今日は2018年9月11日である。我々は17年前に大規模なテロリストの隠蔽があったことと我々がその為に何をしているのかを常に意識して忘れず我々の意識からそれを除去してはならない。誰か気にする者はいるか?これらすべての霧の中に陥るのは簡単だが、我々は目を覚まさなければならない。哲学と神学の教授David Ray Griffinの9/11に関する本は常に私の好きな英雄だ。彼は賢明な人だ。私は彼がもっと長年生きていけることを願っている。

ウィキペディアから:9月11日の攻撃(も9.11とも呼ばれる)[A] は2001年9月11日火曜日の朝イスラムテロリストグループアルカイダ [2] [3] [4]gが米国に対して4回の連携した一連のテロ攻撃である。攻撃は2,996人を殺し、6,000人以上が負傷し、少なくとも100億ドルのインフラと財産の被害をもたらした。[5] [6] 攻撃の数ヶ月および数年後に追加の人々は9/11関連の癌および呼吸器疾患死亡した。https://en.wikipedia.org/wiki/September_11_attacks

筆者Roger Coppleは、ほとんどwww.OpEdNews.com (70の記事)のために書いています。彼はwww.NowSaveTheWorld.comというウェブサイトを持っています 。

(本記事は2018年9月11日14:45に変更されました)

(本記事は2018年9月11日14:53に変更されました)

 

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Terrorism is the Symptom; Imperialism is the Cause

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Close up. Face of Lord Buddha, head of curly hair, lips, almond shaped eyes, Pakistan or Afghanistan, Gandharan region, 4th/6th century, stucco with traces of pigment, Art Institute of Chicago, Illinois, USA
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Terrorism is the Symptom; Imperialism is the Cause

The War on Terror started we were told after 9/11 to fight the terrorists, but it turns out American imperialism is what has largely caused terrorism in the first place. According to this (2014) article by research scholar Garikai Chengu from Harvard University “America Created al-Qaeda and the ISIS Terror Group“:

“Truth is, the only way America can win the “War On Terror” is if it stops giving terrorists the motivation and the resources to attack America. Terrorism is the symptom; American imperialism in the Middle East is the cancer. Put simply, the War on Terror is terrorism; only, it is conducted on a much larger scale by people with jets and missiles.”

Now the U.S. is funding terrorists to topple the Syrian government of President Bashar al Assad. Empires are evil to the core. They kill, maim, divide and conquer–they do whatever it takes to get ultimate control and total power.

An independent, self-determined Syria cannot be allowed to exist in the eyes of the U.S. Empire. Russia was asked by the Syrian government to help defeat Al Qaeda, so they are there in Syria legally, but the United States is in Syria uninvited. Once again, interfering with a sovereign state, our government is in violation of international law. Russia and China will always be threats to the U.S. Empire until they are conquered. That’s how empire thinkers think.

This article–Trump Protects Al Qaeda, “The Resistance” Applauds, Cursing “Russians” by Glen Ford, Black Agenda Report executive editor on September 6, 2018–says that Trump is carrying on the imperialistic tradition of Obama and Bush, and that liberals too perceive Russia as the enemy.

it is sad, very sad, and it’s unfortunate when we find out we have been lied to in so many ways about so many things by the government, the mainstream media, the church and school. We are living in a matrix–a social matrix. The Buddha also said we live in an illusion, a perceptual and conceptual matrix.

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Truth Outreach Ad

It now seems like the book 1984 is an understatement. It’s time for more people to wake up.

In the article ” A Diabolic False Flag Empire: A Review of David Ray Griffin’s ‘The American Trajectory: Divine or Demonic?’ (September 6, 2018),” Edward Curtin reminds us that there is a great suppression of truth and millions have been tragically killed. My question is how do we create a peaceful, loving, and happy world?:

“The past is not dead; it is people who are sleeping. The current night and daymares that we are having arise out of murders lodged deep in our past that have continued into the present. No amount of feigned amnesia will erase the bloody truth of American history, the cheap grace we bestow upon ourselves. We have, as Harold Pinter said in his Nobel address, been feeding on “a vast tapestry of lies” that surrounds us, lies uttered by nihilistic leaders and their media mouthpieces for a very long time. We have, or should have, bad consciences for not acknowledging being active or silent accomplices in the suppression of truth and the vicious murdering of millions at home and abroad.”

It’s time for more people to wake up.

Buddhist philosophy and the practice of mindfulness meditation can provide an antidote to the terrorism in the world. In an article entitled ” The Path of the Bodhisattva,” Rosanne A. Bostonian says “a Bodhisattva is someone whose purpose is to benefit others in every possible way, especially to free them from ignorance and from bondage to a sense of self.”

In an article entitled “What’s Buddhist about Socially Engaged Buddhism,” David R. Loy states:

“Traditional Buddhism has little to say about social concerns. It is difficult to avoid the conclusion that Asian Buddhism has never offered much hope of reforming society. The social world is part of samsara, the realm of suffering and craving, and the Buddhist path offers an individual alternatives to that, not a political solution to the social ills.” In other words, Buddhism does not provide a distinct social program, but it can add a spiritual dimension to the Global Peace and Justice movement.

“The Fourteen Precepts of Engaged Buddhism” click here by Thich Nhat Hanh (April 12, 2017) can also provide wisdom for the Global Peace and Justice movement.

The Fourteen Precepts of Engaged Buddhism:

1. Do not be idolatrous about or bound to any doctrine, theory, or ideology, even Buddhist ones. Buddhist systems of thought are guiding means; they are not absolute truth.

2. Do not think the knowledge you presently possess is changeless, absolute truth. Avoid being narrow-minded and bound to present views. Learn and practice nonattachment from views in order to be open to receive others’ viewpoints. Truth is found in life and not merely in conceptual knowledge. Be ready to learn throughout your entire life and to observe reality in yourself and in the world at all times.

3. Do not force others, including children, by any means whatsoever, to adopt your views, whether by authority, threat, money, propaganda, or even education. However, through compassionate dialogue, help others renounce fanaticism and narrowness.

4. Do not avoid contact with suffering or close your eyes before suffering. Do not lose awareness of the existence of suffering in the life of the world. Find ways to be with those who are suffering, including personal contact, visits, images, and sounds. By such means, awaken yourself and others to the reality of suffering in the world.

5. Do not accumulate wealth while millions are hungry. Do not take as the aim of your life Fame, profit, wealth, or sensual pleasure. Live simply and share time, energy, and material resources with those who are in need.

6. Do not maintain anger or hatred. Learn to penetrate and transform them when they are still seeds in your consciousness. As soon as they arise, turn your attention to your breath in order to see and understand the nature of your hatred.

7. Do not lose yourself in dispersion and in your surroundings. Practice mindful breathing to come back to what is happening in the present moment. Be in touch with what is wondrous, refreshing, and healing both inside and around you. Plant seeds of joy, peace, and understanding in yourself in order to facilitate the work of transformation in the depths of your consciousness.

8. Do not utter words that can create discord and cause the community to break. Make every effort to reconcile and resolve all conflicts, however small.

9. Do not say untruthful things for the sake of personal interest or to impress people. Do not utter words that cause division and hatred. Do not spread news that you do not know to be certain. Do not criticize or condemn things of which you are not sure. Always speak truthfully and constructively. Have the courage to speak out about situations of injustice, even when doing so may threaten your own safety.

10. Do not use the Buddhist community for personal gain or profit, or transform your community into a political party. A religious community, however, should take a clear stand against oppression and injustice and should strive to change the situation without engaging in partisan conflicts.

11. Do not live with a vocation that is harmful to humans and nature. Do not invest in companies that deprive others of their chance to live. Select a vocation that helps realize your ideal of compassion.

12. Do not kill. Do not let others kill. Find whatever means possible to protect life and prevent war.

13. Possess nothing that should belong to others. Respect the property of others, but prevent others from profiting from human suffering or the suffering of other species on Earth.

14. Do not mistreat your body. Learn to handle it with respect. Do not look on your body as only an instrument. Preserve vital energies (sexual, breath, spirit) for the realization of the Way. (For brothers and sisters who are not monks and nuns:) Sexual expression should not take place without love and commitment. In sexual relationships, be aware of future suffering that may be caused. To preserve the happiness of others, respect the rights and commitments of others. Be fully aware of the responsibility of bringing new lives into the world. Meditate on the world into which you are bringing new beings.

From “Interbeing: Fourteen Guidelines for Engaged Buddhism,” Revised edition: Oct. 1993 by Thich Nhat Hanh, published by Parallax Press, Berkeley, California.

Today is September 11, 2018. We should constantly remind ourselves and not block it out of our consciousness that there was a massive terrorist cover-up 17 years ago, and what are we doing about it? Does anyone care? It is easy to fall into the fog of all of this, but we have to wake up. Philosophy and Theology Professor David Ray Griffin’s books about 9/11 make him my all time favorite hero. He is a wise man, and I hope he can live for many more years. 

From wikipedia: The September 11 attacks (also referred to as 9/11)[a] were a series of four coordinated terrorist attacksby the Islamic terrorist group al-Qaeda [2][3][4] against the United States on the morning of Tuesday, September 11, 2001. The attacks killed 2,996 people, injured over 6,000 others, and caused at least $10 billion in infrastructure and property damage. [5][6] Additional people died of 9/11-related cancer and respiratory diseases in the months and years following the attacks. https://en.wikipedia.org/wiki/September_11_attacks

Roger Copple has written mostly for www.OpEdNews.com (70 articles). He has a website calledwww.NowSaveTheWorld.com .

(Article changed on September 11, 2018 at 14:45)

(Article changed on September 11, 2018 at 14:53)

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opednews.comI retired in 2010 from teaching general elementary and high school special education in Indianapolis. I am interested in studying political theory, world history, and foreign policy. Integrating the teachings of the Bhagavad Gita, Buddhism, (more…)

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Occasionally

戦後73年(対話続行1)

 

富士宮の小林です。

異常な暑さが続きます。皆様、如何お過ごしでしょうか。

また、終戦の日が近づいています。

戦後73年の時が過ぎ去ったわけですが、あの玉音放送の日から我々日本人の現実はどのように変化したのでしょうか。

今日取り上げるのは、まず政治の問題です。

最近、マスコミなどに出てくる意見の中で日本はあいかわらず米国に支配されたままで対米従属であるという発言が出てきています。

護憲、改憲の立場を問わず、対米従属を問題とする論調がもともとありますがここにきて目立ちます。

日米安保ないし地位協定がある以上,日本は独立した国とは言えないのではないかという意見です。とくに、トランプ政権の成立はその議論に拍車をかけているように思います。

大雑把に言うと、対米自立のために9条の改正が必要で普通の国となって軍隊を持つことにより日本は自立できるという立場と、73年前の敗戦そして未曾有の惨害から9条の平和主義が生まれたのだから、この平和主義を錦の御旗として世界に平和を訴える国としてここに依拠して独立するという二つの立場があります。

どちらも日米安保、日米地位協定は見直しが必要かと思います。

おそらく安倍政権は対米従属と言われても、アメリカへのすり寄りの中から機を見て対米自立していく考えであるように思います。

彼らは、国際情勢のなかでは、日本の安全保障を考えるとそれがよいと考えているのでしょう。

ミロクの皆様は、護憲の意見が圧倒的かと思いますが、対米従属、日本外交の自立、日米安保について、または日本の安全保障についてどのようなお考えでしょうか。お聞かせください。

なぜこの問題をあえて取り上げたかと言うとこの政治的意見の違いは、根本的に人生観や世界観の違いがあると思うからです。根の深い政治的見解の違いでしょう。

しかし、沖縄の現実があり政治的立場のちがいは緊迫していると思います。

対米国との関係をどのようにしてゆけばよいと皆様はお考えでしょうか。

具体的には、日米安保はどのようにすればよいと皆様は思いますか。

  8月4日

ーーーーー

小林さん

大きな宿題を戴いたような気持ちでいます。

正直,ノンポリの僕は、憲法や安保はともかく「日米地位協定」なるもの、

否、そもそもその地位協定という“言葉”さえも、恥ずかしながらずいぶん後年まで、

自分の脳裏に存在しなかったもので、

そんなものが我々を大変にしばっているという事を認識していなかったものでした。

結構そんな人がいるのではないでしょうか?日本人の現実認識のうかつさ、教養の仕組みの不備、

マスコミの怠慢を恨めしく思うぐらいですが、こんなことは自らの現実認識の甘さを恥ずべきであって、

ひょっとしたら愚痴に過ぎないかもしれませんね。

ともあれ、小林さんの指摘についてしばらく考えてみたいと思います。

9条問題や護憲についていえば、(安保条約や地位協定の問題は二国間のことに過ぎないことであるに比して)

現憲法の徹底した平和主義というものが人類史上の斬新かつ前衛的な出来事であり、

二国間の問題の難しさに左右されたり制約されないで、堂々と主唱して可だとボクの中では決着していますが、

それにしても、目の前にぶら下がっている難しい現実問題であり、大きな宿題と思っています。

皆さんからも学ばせてもらえることを期待していますが、こんな問題も含めてみんなで考えを深め合える、

例の重正先生の「研究所」構想を思いだしています。

                         池田 8月4日

ーーーーー

富士宮の小林です。

池田さん、早速の返信ありがとう御座いました。

私は40年近く、高校で政経・世界史・倫理の教員として過ごしてきました。

政経の授業では、教員ですので自分の考はあまり言わずに、異なる政治的見解を紹介して生徒に考えるように促しています。生徒に政治への関心を向けさせていくというのが教員としては、まずやらなければならないことだと思うからです。

それで、下記の書籍の論評に異なる立場の意見がありますので紹介します。

白井聡氏の「国体論」と「永久敗戦論」についてです。

この書籍への論評としてジャーナリストの高瀨 毅の意見をお読みください。

「永久敗戦論」への論評として池田信夫氏の意見も読まれてはと思います。

ネットの記事から下記に引用します。

白井聡『国体論』を読む

『永続敗戦論』で戦後日本の政治的特異性を摘出した白井聡の『国体論』(集英社新書)が売れている。ジャーナリスト高瀨 毅はどう読んだか?

終戦後も日本を縛りつづける「国体」に斬り込んだ話題作。『国体論 菊と星条旗』 ¥1,015 (集英社新書)

米国との戦争で、日本への原爆投下を避けられたかもしれない重要な局面があったのを知っているだろうか。

日本の敗色が濃厚となった1945年4月、米大統領、フランクリン・ルーズベルトが病死する。後を継いだのは第33代のハリー・S・トルーマンだが、原爆開発・製造計画=「マンハッタン計画」について何一つ知らされていなかった。彼を補佐した老練な国務長官、バーンズは、日本との交渉で、無条件降伏を突きつけるよう助言しつづけた。無条件降伏とは、天皇制が担保されないという意味を含む。日本の軍部は呑まないと読んだ上での要求だった。軍部が守りたかった天皇制。それは天皇を中心とした国家体制=「国体」だった。軍は「国体の護持」に固執するあまり、原爆完成までの時間と投下の根拠を与えてしまったのである。

戦後、天皇は国家元首から象徴天皇となり、「国体」という言葉もほぼ死語と化した。だが国体は死んだわけではない。「国体」は構造を変え、日本を閉塞状況へと追い込んでいると主張する書籍が4月に出版された。政治学者、白井聡氏の『国体論~菊と星条旗』である。

白井氏は、『永続敗戦論』(2013年)で日米関係の本質を、「敗戦の否認」という切り口で分析して注目された。GHQによって復活した「戦争指導者たち」が、責任を逃れるため、対米従属を続けることで敗戦を「否認」し続けるいびつな構造を、「永続敗戦レジーム」と定義づけた論考だ。

最新作では、「国体」を俎上に乗せている。敗戦によって「死んだ」はずの「国体」は、戦後、天皇に代わって米国を頂点とした体制として生き続けている。そうなったのは、戦後、共産主義の台頭を恐れた昭和天皇が米国の軍事プレゼンスを積極的に受け入れたことが影響しているという。その結果、天皇の上に米国が鎮座する戦後の新たな「国体」が生まれたと白井氏は読み解く。

「国体」を最も強く規定しているのが「日米安保条約(日米地位協定も)」である。ただ軍事的、経済的に米国に従属している国は他にもある。「問題は対米従属の仕方であり、自己目的化した国は日本しかない」。

ドナルド・トランプが大統領選に勝利した直後、世界の首脳に先駆けてトランプの元へと、安倍首相が馳せ参じた光景は、本質を表していた。安保に係わる「思いやり予算」「トモダチ作戦」という用語ほど「日本を愛し、理解している米国」への強い「想い」を象徴する表現はない。日米関係について、「『天皇陛下がその赤子たる臣民を愛してくれている』という命題に支えられ、その愛に応えることとしてきた戦前の天皇と国民の関係と相似形だ」との指摘は鋭い。

「戦前の国体」を背骨とした大日本帝国は崩壊したように、米国を頂点として構築された「戦後の国体」も同じように「崩壊せざるを得ない」。米国を頂点とする戦後民主主義社会があらゆる点で破綻し、「永続敗戦レジーム」が土台を喪っているからだ。「国体」に寄りかかり、独立国としての思考を放棄し続けてきたツケが回ってきたのだ。「戦前の国体」は明治になってから77年で崩壊した。「戦後の国体」も、あと4年で同じ時間に達する。心穏やかでいられるだろうか。

北朝鮮の核・ミサイル開発を巡る一触即発の事態は、平昌五輪を機に、板門店で両首脳が手を握り、軍事境界線をまたぐ劇的パフォーマンスの南北会談へと急展開した。北朝鮮は、体制の保証という条件付きで非核化を明言している。米朝会談の行方によっては、東アジアに大きな政治的変化をもたらす転換点になる可能性がある。そんな中、日本は存在感を示しえないままだ。「戦後の国体」の限界が露呈していると言えるだろう。

執筆のきっかけは天皇の退位に絡み、国民統合の象徴としての役割を強調した今上天皇の「お言葉」だった。白井氏には、それが「戦後の国体」による国家と社会の崩壊を止めようとする意思に感じられたという。

天皇か米国か。「国体」の構造は違っても、その本質は変わらない。再びの「敗戦」を繰り返さないために、何をしなければならないのか。白井氏は私たちに問うているのだ。

次に紹介するのは

白井 聡の永続敗戦論 (戦後日本の核心)という書籍

これについて色々な立場からの論評があります。

まず、池田信夫氏の論評です。アゴラからの引用です。

2014年10月23日09:04

カテゴリ

「永続敗戦論」という平和ボケ

本書は去年買って読んだが、あまりにも下らないので資源ゴミに出してしまった。最近、賞をもらったりして話題になっているので、記憶に頼ってコメントしておく。

最大の欠陥は、事実関係の誤りが多すぎることだ。最初に出てくる「政府はSPEEDIのデータを被災者に隠蔽して米軍に流していた」という話は、3年ぐらい前に流れたデマである。そのデータは隠蔽したのではなく、津波で電源が落ちて放射性物質の計測ができなくなり、架空の予測データを出していたから発表しなかったのだ。この他にも、原発事故で「政府は国民の生命を守る気がなかった」などと根拠のない恐怖をあおっている。

全体の論旨は、そう目新しいものではない。『戦後史の正体』と同じく「戦後の日本は対米従属の奴隷だった」という被害妄想史観である。実質的な占領統治が続いているというのは多くの人の歴史認識であり、他ならぬ安倍首相がそれをもっとも強く意識している。彼のいう「戦後レジーム」は、本書のいう「永続敗戦状態」とほぼ同じだ。

それは著者や孫崎氏には屈辱だろうが、多くの日本人はアメリカの核の傘にただ乗りして平和と繁栄を享受してきた。むしろ問題は、この平和がいつまで維持できるのかということだ。本書は安倍首相を初めとする右派が憲法を改正しようとしてアメリカとの対立が深まるというが、これは逆だ。アメリカは極東の軍事的負担を軽減するために、集団的自衛権や軍事力強化で日本に自立を求めているのだ。

ただ日米同盟が終わるリスクが大きいという本書の予想は正しい。そのとき著者は日本が憲法を改正して、また対米戦争をやるという妄想を抱いているようだが、これも逆だ。いま最大のリスクは北朝鮮の政権崩壊であり、そのとき起こりうる「第2次朝鮮戦争」に対して、日本はほとんど準備ができていない。著者はこういう「有事」のリスクにまったく関心をもたないで「アジアへの侵略責任」を語っている。

潮匡人氏も指摘するように、日本は第1次大戦に参戦しながら、ほとんど派兵しなかった。このときも野党や新聞は「戦争に巻き込まれるな」と反対したが、その結果、同盟国の不信をまねいて日英同盟は破棄され、日本は孤立化の道を歩んだ。日米同盟を守るには、その軍備にふさわしい憲法をもつ「普通の国」として自立し、応分の負担をせざるをえない。その体制を整備する上でまず必要なのは、著者や朝日新聞のような平和ボケを駆逐することである。

小林 (8月4日)

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小林さん、池田さん、みなさん

* はなはだしい対米従属に陥っていると思います。

* 日米安保は解消すべきです。

以上が私の結論ですが、世界の現状を根本的に変えるには

世界の現状の根本的原因を調べなくてはならないと思います。

その原因は「国家エゴイズム」にあると思います。

これは50年も前に和田重正先生が言い出したことです。

その和田重正先生の言葉を上手にアレンジして野村さんが

書いておられますので、それを引用します。

https://kuninoriso.jimdo.com/%E6%8F%90%E5%94%B1-%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%A7%E5%9B%BD%E3%81%AB%E7%90%86%E6%83%B3%E3%82%92%E6%8E%B2%E3%81%92%E3%82%88%E3%81%86/

行き詰まりの根本原因は国家エゴイズム

諸問題の根本的な解決を図るためには、その根本原因を究明し、それを取り除かなければなりません。世界や日本の深刻な問題を生み出してきたものは、煎じ詰めれば、人間のエゴィスティックな欲望と言っていいでしょう。しかし、今日、個人個人のエゴイズムを組織化し、その総計の何百倍、何千倍もの巨大な力に増幅しているものは「国家のエゴイズム」です。

国家エゴイズムとは、現在、多くの国家の基本政策となっているもので、「自分の国さえよければいい」という行き方です。それは、国際社会の中で、他国との対立姿勢を生み出しているだけでなく、産業や経済、教育や福祉などすべての制度や仕組みから人々の生活意識までを、根本のところで形作っているのです。この影響は非常に大きく、物心ついた時から当たり前のことだとされてきているので、気づかないうちに深く心に浸透しています。

環境問題や南北問題などにしても、その根本の原因は、多くの人々の物質的豊かさや便利さ・快適さを追い求める欲望にあるのです。それが経済成長至上主義を促し、大量生産―大量消費―大量廃棄のための科学技術を発展させ、競争をあおる社会の制度を作り上げました。そして、諸問題を生み出し、あるいは増幅させ、その解決を妨げているもっとも大きな力が国家エゴイズムなのです。したがって、国家エゴイズムの解消を図ることこそ、世界と日本の行き詰まりを乗り越える唯一の道だと思います。 

これまでも、国家エゴイズムが世界平和を妨げる元凶であることを認識し、それを解消しようと唱えた人々は少なからずいました。しかし、いずれも抽象的に「国家エゴイズムを捨てて、世界中は仲よくすべきだ」と説くことが多く、有効な具体策は説かれませんでした。国家エゴイズムの対立は、国家間の話し合いで解消できるものではありません。話し合いや他に要求するのではなく、まず、ある一つの国が一方的に国家エゴイズムの放棄を宣言し、実行する以外に、国家エゴイズムの対立を解消する道は開けないと思います。

             大塚卿之 (8月4日)

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小林さま(富士宮)
みなさま
from小倉(横浜)/2018-08-05昼

こんにちは。いつもあまり投稿しない私ですが、
小林さんが昨日投稿されたメールによる質問
>対米国との関係をどのようにしてゆけばよいと皆様はお考えでしょうか。
>具体的には、日米安保はどのようにすればよいと皆様は思いますか。
はとても重要なことがらであり、既に何十年間も、いろいろな識者が
多様な意見を表明してきたにもかかわらず、実現可能な現実的解決方法が
提示されていません。で、恥ずかしながら私の意見を申し上げることにしました。

先ず、この難しい問題を検討し、議論する前提について、お互いに
共通認識を持つ必要があると思います。例えば、
1.日本にとっての脅威とは何であるか。
2.その脅威を取り除くために、軍事力がほんとうに役に立つのか。

1について言えば、私は「脅威」とは膨大な放射能(放射性物質)を溜め込んだ
原発が攻撃されて、大量の放射能が環境を汚染し、私たちが安心して生活できる
国土を永久に失くことだと考えています。それは、チェルノブイリ原発事故や
フクシマ原発事故の結果によって、既に実証されている事実だと思います。

2.について言えば、原発を軍事力で守ることは不可能なことです。
原発は非常に複雑なシステムで、いたるところにアキレス腱のような
弱点があり、ほんの数人(極端な場合たった一人)のゲリラ(民間人と見分けが
つかない)によってフクシマ事故のような重大事故を起こさせることが
可能です。つまり、自衛隊であれ、米軍であれ、その存在は原発を
守ることには役に立たないのです。この理由については、ブログ「地球座」
http://chikyuza.net/archives/8887
に掲載の拙文「原発を並べて自衛戦争はできない」をぜひ一読してみて
ください。

以上の共通認識が得られれば、どうすれば良いかの結論は自明だと思います。
自衛隊も米軍も日本の安全保障のために役に立たないのですからね。
しかも、上記1と2の事実は、右翼・左翼などイデオロギーなどに関係ない
ことなのですから、右も左もお互いに協力して解決の努力ができるはずです。
以上、ご参考になれば幸いです。

小倉志郎 (8月5日)

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小林さん、池田さん、大塚さん、小倉さん、みなさん、

 

戦後73年になって、じつは、1945にほろびた「はず」だと日本国民の多くがおもっていた「国体」の概念が、

公然と復活するきざしを見せているとき、

と同時に、「日米安全保障条約」にもとづく政治体制(通称「安保体制」)が、

とりわけ、この条約の正式なの条文ですらない、たんにこの条約に付随する諸「協定」が、

実質的に、条約正文以上に日本国政府のあらゆる政策決定を金縛りにしていることが、

ようやく、日本国民のかなりの部分の目に見えるようなってきているこのとき、

この問題に対してまともにとりくんでいこうとする姿勢を、このMLにくわわっているかたがたが見せてくれたことを、

はじめはそのつもりでなかったのに、結果的には生涯を賭けて、この国家がなぜ、このいま、このような、

このわたしのけっしてのぞまなかった、いまなおぜったいにのぞんでいない、このていたらくにおちいっているのはなぜか、を、

根底的に解明するという課題に、身をささげてしまったわたしは、この生涯のさいごの時期に、

こころから、うれしくおもっています。

 

小倉さんの御指摘のとおり、なにが「脅威」であるのかをはっきりと見きわめたうえで、

それに対処するにはなにをどうすべきかを考えるのが基本ですね。

 

小倉さんのおっしゃるとおり、たとえ原発というかたちでであれ、核開発をこのまま許容していけば、

日本国のみならず地球全体が破滅してしまうでしょう。

日本国にかぎってみても、これだけの数の原発を海岸線にちりばめている島国を

世界有数の武装勢力自衛隊であれ、世界一強力なUSの軍事力でであれ、

まもりきることなど不可能であることは、だれの目にもあきらかなこと。

 

ここで、たいせつなことは、なにをまもるのか、です。

日本国という名の国家をまもるのか?

それとも、この列島に現にくらしている人間をまもるのか?

 

国家がなければ「国民」はありえない、と、アベ自民党のかたがたは

確信的に言明し、その考えをわたしたちにおしつけていますが、

どっこい、そうはいかない。

国家がほろびれば、たしかにその国家の「国民」はなくなる。

けど、その土地にくらしている人間たちが消滅するわけではない、

軍事力によってみなごろしにされないかぎり。

そして、「みなごろし」は技術的に不可能です。

 

国家などは所詮借り着にすぎない。

たいせつなのは、この地球のあちこちで生きて(くらして)いる人間です。

 

さて、白井総氏の諸著作は、わたしも全部目をとおしました。

この時期に、これだけ訴求力のある論攷を、しかも、インテリではないひとびとにわかりやすい筆致で、

世に送りだしたことについては、その意義を、わたしは、高く評価します。

ただし、このひとの見解をそのまままるのみすることは、むろん、だれの見解についても言えることですが、

とりわけ危険であることもつけくわえておきます。

この諸著作から、このいま、この日本国という名の国家が直面している危険な状況と、

そこから脱して、ほんとうに「日本国民のための日本国」につくりなおすにはどうしたらいいのか、

という問題を、読むひとが、自分自身のちからで、考えぬいていくなら、

これはたいへんに有益な書となるでしょう。

 

この問題にとりくむにあたって、白井氏の著作だけでなく、ぜひとも読んで考えていただきたい著作を

紹介しておきたいとおもいます。

じつは、白石の諸著作とは比較にならないほど根底的に「戦後日本国」のかかえる問題点を

浮刻しえているのが、これらの著作に収録されている諸論攷であると、わたしは考えているのです。

 

1.武藤一羊『〈戦後日本国家〉という問題』(1991、れんが書房新社)

2.武藤一羊『潜在的核保有と戦後国家』(2011、社会評論社)

3.武藤一羊『アメリカ帝国と戦後日本国家の解体』(2011、社会評論社)

4.武藤一羊『戦後レジームと憲法平和主義――〈帝国継承〉の柱に斧を――』(2016、れんが書房新社)

 

戦後日本国家とはいったいどのような政治体制の国家であったのかを根底的に理解するカギとなるのは、

とりわけ、上記の「1」と「4」であるとおもいます。

 

「4」の『戦後レジームと憲法平和主義――〈帝国継承〉の柱に斧を――』のなかでも、

「『日米〈安保〉同盟』と象徴天皇制の再編」は、

「戦中派」武藤のよき理解者であり、自身は「無党派」による市民運動の開拓者で、

「反天皇制運動連絡会(通称「反天連」)を立ちあげた中心人物でもある天野恵一との

対談によってことの核心にせまっていくかたちをとっているので、理解のとっかかりとしては最適です。

 

ここであきらかにされている「冷戦構造と55年体制に支えられた戦後日本国家」を解明するための

三本の柱、つまり3原理とは、

1.平和(憲法)主義原理

2.対米依存原理

3.「大日本帝国」継承原理

です。ここでの、すくなくともわたしにとってはじつにおもしろいやりとりを、ぬきがきして紹介しておきましょう。

 

天野 この問題については、ぼくと武藤さんとの間に、かなり長い討論の過程があったわけですが、最初から、そうかなと、ひっかかっていた問題があった。一つは天皇制を戦前(中)からの連続・延命の原理としてのみおさえる点でした。

この問題は後にして、まずこの三つの原理が同位で相互反発・対立的に抱きあわさって、どれ一つも原理が原理として貫徹できない曖昧な国家であるという武藤さん立論全体に感ずる疑問からいきます。

 三つの原則、とりあえずこれは前提にします。今の時間から考えると、かなりハッキリしてきていると思うんですが、この三つは同位対立ではないのではないかという問題です。実は対米依存という原理が他の二つに比較して、基軸的な原理と考えるべきではないかと思うんです。

 この問題については、すこし弁明的な説明が必要だと思います。ぼくは、政治思想的にもの心がついて以来、戦後日本があらたに経済侵略国になっている帝国主義的な性格を隠してしまう、対米依存論のナショナリズムの論理、日本共産党の理論的伝統から生まれてきたものに、強く反発してきました。それは、今でも根拠があるものだと思っていますが、でも不勉強ということもあったのでしょうが、日米関係の重さにかなり無自覚でした。

 ところがガイドライン安保・80年代中曽根軍拡の問題をめぐって、武藤さんは、中曽根の二枚舌政治、アメリカにうけおった強軍拡政策を日本国民に正直にいえない、というそれですね。それとの幅広い統一戦線での対決を主張しましたね。日米同盟からの離脱を大衆的な動きが実現できるチャンスだと。この安易な統一戦線論をぼくも、他のいろいろな人も、批判しましたよね。その時、おそらくストレートには明示的に語っていないと思いますが、ぼくのほうにはですね、「日米同盟からの離脱」というのは戦後国家にとって決定的に困難な選択であるという認識があったんです。それが戦後日本国家を国家たらしめている根本原理なんだから。ぼくは7年代にやっと気づきだしていたんですね。

 

武藤 おもしろいね。順序が逆だね。

 

天野 ええ、逆転しちゃたんですね。で、三原理の問題にもどりますと、対米依存が軸の中の軸で、他の二つの原理を呪縛しているとすると、平和主義原理には「安保」ですね、実態的には米軍基地の存在とアメリカの要請でつくられた自衛隊ですね。こうした存在なしの平和主義ではなかったわけですね。それでは天皇制とってはなんだったのか、ですね。戦前(中)の天皇制の延命という点だけで考えると、アメリカ依存とは大きく対立しているように見えるのですが、実は象徴天皇制、戦後の天皇制は、深く断絶している。連続していないんですね。だって、それは徹頭徹アメリカがつくりかえたアメリカ製なのだから、この点への着目もぼくはかなり遅れました。支配者・マスコミもこぞってその歴史的事実には、あまりふれないようにしてきたし、右翼にはタブーでしょう。だから親米天皇主義右翼が戦後右翼の本流という、よく考えれば奇妙な現象も、根拠はそこにある。日本に原爆投下したのはアメリカですからね。その責任をまともに問うことさえ天皇主義右翼にはできなかった。もちろん、その点は左翼もだらしがなかったわけですが。

 だから、戦後天皇制というやつは継承と連続の原理というより、事実としては、そうではないのにそうであるように仮装する装置として存在している。その「伝統」自体もインチキですけど、対米依存原理に対応するかたちで天皇制もつくりかえられてるんですね。伝統の継承を仮装するために、古くさいイデオロギーも裏にそのままかかえ続けた。表は平和天皇原理のベールで対応しながら。ぼくは、この二重構造にこそ注目しつづけてきたわけですけどね。

 

武藤 戦後天皇制と継承性原理はべつにべったり重なるわけではないですよ。天野さんはなぜかいつもぼくの議論を単純化した上で批判なさる癖があるので言っておきますが、継承性というのは明治以来の近代日本、日本帝国の軌跡を根本的に肯定的に継承するという立場のことで、それは歴史認識、戦争認識という形で絶えず表面化してきた立場のことなんですよ。ぼくは戦後天皇制をそれとの関連の中で見る必要は言ってきたけれど。戦後天皇制がそのまま継承性を体現しているとは言っていないし、考えてもいない。継承性原理との関連で見る必要があるというのは、日本の支配階級が、降伏に当たって「国体護持」を主観的条件に据えた、そして国体護持とはどんなものであれともかく天皇制が存続することで自分を納得させようとした、そこに戦後天皇制の原点を見るからなんですよ。その戦後天皇制はアメリカに強力に庇護されて成立したものですから、それ自身がねじれた存在ですし、その意味では戦前天皇制からの断絶という性格を持っています。戦後国家全体が矛盾した原理のねじれ棒みたいになっているので、天皇制それ自身もねじれているんですよ。

 

このくらいで長い引用はおわりにしておきます。

できれば、この一冊だけでも通読してみたください。

 

添付したのは、「反天連」の雑誌「Alert」25号に寄稿したわたしの文章です。

いまこのMLで提起されている問題とまともに対決するには、戦後象徴天皇制とはどういうものかを

深く考えなければならないと、わたしは、ずうっと以前から考えています。

このエセーは、そうであるにもかかわらず、けっして象徴天皇制と対決しようとはしないひとたち、

とりわけ、反戦・反原発、食の安全、地球環境の保全に熱心なひとたちににむけて書いたものです。

タイトルは「象徴天皇制こそ道議頽廃の根源」としました。

いま、わたしたちのこの「国家」に蔓延している倫理の頽廃は、

敗戦の「しかた」にある、具体的には「象徴天皇制」という制度をつくりだした

(アメリカ占領軍と旧大日本帝国支配者との合作によって)ことにある、ということを、

中心において書いたものです。

 

掲載された文章をスキャンしてお目にかければよかったのですが、いま、それをなしうる技術を

わたしはまだ獲得していませんので、入稿原稿をそのまま添付しました。

 

ひこ  (8月5日)

 

「象徴天皇制こそ道義退廃の根源だ」決最終稿

ーーーーー

小林です、

大塚さんへ

「話し合いや他に要求するのではなく、まず、ある一つの国が一方的に国家エゴイズムの放棄を宣言し、実行する以外に、国家エゴイズムの対立を解消する道は開けないと思います。」

この考え方は世界観・人生観が、「不生不滅」とか「死んでも死なない命」とか永遠性の中の今といったものが、体験的にその人の人生観の中で腑に落ちていないと理想主義とか偽善に終わると思います。和田先生には起死回生の「桃の一見」があり、大塚さんには参禅からくる体験的なものがあり、上記の考えは現実的なものといえますが、

「他と分断された私」という個人主義をもとに「リバイアサン」を書いたトーマス・ホッブズの、アトム的な我という世界観に立つ人には、上記のことばは理解不能ではありませんか。

キリスト教でもイエスの復活やアガペーのようなことばが、人生体験として腑におちている信仰者はよいですが、そうでなければ上記のことばは、頭で理解できたとしても体がついていかないと思います。世間的物の見方にドッポリはまっている人たちも和田の提案は届きません。

和田は、「母の時代」という著作の中で、我が子の問題で苦しんだあげくの果てに、絶望のはてに精神的目覚めのような気づきがおきて、今までとはちがうもの見方、生き方がでてくる母性に対して世の中の変革がありうると書いています。

「国家エゴイズム」を超えては「母の時代」と並行して読むと、和田の言わんとする所が見えてくるように私には思えます。

人間は妄想のかたまりですから事実と考え方をごっちゃまぜにして現実を理解しませんか。まー、我々は妄想のかたまりのようなものですから、政治で意見が分かれるような問題はその人の主観、ものの見方に大きく左右されるのではないでしょうか。

このミロクという場は、魯参老師というエゴから離れたものの見方ができる人生観がベースになっています。我々の意見交換の場には、普遍的なものがありますが・・・・・

戦後の日本人の思想には普遍的なベースはなく混沌としたものでしょう。

オーム的カルトから何々主義まで何でもありかな。煎じ詰めるとニヒリズムかな。

つまり、死んだら終わりという人生観、私あっての世界というものの見方です。

具体的に言うと、今だけ、金だけ、自分だけという物の見方からは戦争という妄想が現実として出てくるわけです。(この見方、価値観こそ日本の危機を生み出すと私は思います)

ですから、私は政治のお話をする時は、話されている方の人生観を理解した上でお話を聞こうと思います。

主義主張をぶつけあっても、そこからは何も出ない不毛な議論となりかねませんからね。

小林(8月5日)

ーーーーー

ひこさん、みなさん

そもそもの、ボクの場合の事の発端は現政権による改憲発議が迫っており、しかも「国民各層に改憲支持が増えているのではないか?」という大きな危機感があったからでした。自分なりの態度を確立する必要を感じての、たどたどしい思索をしてきたのでした。日常の生活場面でこの件を巡って、議論を闘わせるある程度の準備はできました。時々、自分が書いたあの論考が縁で

話し合いに招かれたりし、それなりに9条護持の見解を伝えたりしておりますが、

この問題の周辺にはいくらも難しい問題が付きまとっており、それらのいちいちについては、

考え方は多様だろうと思いますし、自分の中に十分なシッカリした見解が構築もされていないと改めて感じています。

安保の問題、地位協定の問題、米国に卑屈な政治家を見るにつけ、

そんなものは破棄しちゃえばいいんだとボクなどはつい単純に乱暴に?考えてしまいますが、

そんなものが現在も続いて来ている事情、経過、あるいは今後の破棄に至るまでの具体的段取り、交渉や作戦などなど、

色々考慮して発言せぬと、「護憲論者はその程度・・・」、「だから平和ボケと言われるんだ」といわれたり、

“9条護持”の、目下のメインの主張さえ笑って聞いてもらえぬかもしれない、と思ったりします。

まあ今のところはそんなこともなく、2カ所ぐらいのこじんまりした市民の集まりで呼ばれて話をする機会があったのですが、

基本的には現政権に疑問を抱く市民が多い集まりであり、改憲是非がテーマですから、話はほぼ賛同して聞いてもらっております。

それにしても、この“周辺の問題”たるや、いろんなテーマが付きまとっており、ひこさんのメールを読み、

特に、象徴天皇制や戦争責任の問題などについては、天皇に対する感情的な思いも微妙に異なるでしょうし、

それらのテーマごとに見解は個人個人多様だろうと思われます。9条を大切に思うということで一致はしても、

ひこさんとはその意味では一致しない訳ですが、また一方、見解が違うからこそ

どうしてひこさんがその見解を抱いていらっしゃるのか、もっと聞いてみたいような気もしています。

僕自身はと言うと、非常に素朴なのですが、天皇に対し淡い親しみの感情のまま推移してきており、

それは例の「じぶんはどうなってもいいから・・」という発言があったとか言う話とか、いろんな伝聞も影響して

自分のなかに沈殿しているからなのでしょうが、一方でいずれは世代を経るうちにそんな思いも国民の中で薄れ、

ましてや英国の王室のようなスキャンダラスな事が頻発すれば制度は全く形骸化するかもしれないと思ったりしています。

白樺派の(いわば皇室に近いともいえる)、作家の長与善郎が「天皇論」を書いていて、

ずいぶん前に読んであやふやなのですが彼すらもいずれは天皇制も消失?してしまうかもしれぬと

いう事を書いていたと記憶しています。

ところで仄聞なのですが、フィリッピンでは広大な米軍基地が国土にあったものの、

全て米軍撤退、しかも安全保障条約保持という現実を作ったとか・・・。

情報に誤りがあるのかもしれないのですが、どなたかフィリッピン事情ご存じありませんか?

その他、敗戦国ドイツやイタリアの戦後の問題、日本と詳しく比較対象して調べてみたいなとか、

いろいろ興味を掻き立てています。何だか一人版の平和研究所といったところですが、たどたどしいものです。

                              池田 (8月5日)

ーーーーー

小林です
小倉様へ
「自衛隊も米軍も日本の安全保障のために役に立たないのですからね。
しかも、上記1と2の事実は、右翼・左翼などイデオロギーなどに関係ない
ことなのですから、右も左もお互いに協力して解決の努力ができるはずです。
以上、ご参考になれば幸いです。」

この意見は、僕の中では挙国一致的な対応が必要であるということになります。
とくに、原発廃止は、小泉元首相はじめ保守の方々も言うところですから右翼・左翼などイデオロギーなどに関係ない問題です。即原発をやめるという所から政治・経済に限らず日本の社会に、大きな変化が急激か、徐々にかわかりませんが起きざるを得ないと思います。
私は、日本は大きな変革が来るというか、大きな変化・改革をせざるを得ない所にゆくのではないかと思っています。今回は憲法、日米安保という政治的なテーマをとりあげましたが、ここからも挙国一致的取り組みが必要に思います。
しかし、格差分断がすすむ現状で、我々は、政治・社会の問題で、対話や協力した行動がとれると小倉様は思いますか。

小林(8月6日)

ーーーーー

ひこさんへ

小林です

「いまこのMLで提起されている問題とまともに対決するには、戦後象徴天皇制とはどういうものかを深く考えなければならないと、わたしは、ずうっと以前から考えています。

このエセーは、そうであるにもかかわらず、けっして象徴天皇制と対決しようとはしないひとたち、とりわけ、反戦・反原発、食の安全、地球環境の保全に熱心なひとたちににむけて書いたものです。

タイトルは「象徴天皇制こそ道議頽廃の根源」としました。

いま、わたしたちのこの「国家」に蔓延している倫理の頽廃は、

敗戦の「しかた」にある、具体的には「象徴天皇制」という制度をつくりだした

(アメリカ占領軍と旧大日本帝国支配者との合作によって)ことにある、ということを、

中心において書いたものです。

なるほど・・・・・・

お勧めになった武藤一羊氏の著作は読んでおきます。

はじめはそのつもりでなかったのに、結果的には生涯を賭けて、この国家がなぜ、このいま、このような、このわたしのけっしてのぞまなかった、いまなおぜったいにのぞんでいない、このていたらくにおちいっているのはなぜか、を根底的に解明するという課題に、身をささげてしまったわたしは、この生涯のさいごの時期に、こころから、うれしくおもっています。

このような文章に対して答えるために、やや力不足ですが、ひこさんとの思想的対話をしようと思います。

小林(8月6日)

ーーーーー

池田さんへ

小林です

今の議会制民主主義の日本では、このままいくと安倍さんか、石破さんのどちらかが日本のリーダーになるわけですから、しかも安倍首相の三選の可能性が高いということですから、下記のご意見

そもそもの、ボクの場合の事の発端は現政権による改憲発議が迫っており、しかも「国民各層に改憲支持が増えているのではないか?」という大きな危機感があったからでした・・・・。

上記の危機感はよくわかります。

(8月6日)

ーーーーー

小林です。ひこさんへ

添付された資料を読みました。

戦中から戦後を生きてきたひこさんの魂から出るようなことばですね。

73年前の戦争の終わりのあり方に問題があるという悲痛なまでの発言ですね

私にはひこさんの発言を充分受け止める力はありませんが、ひこさんの戦争終結のあり方への怒りとか、あなたの直向きな生き方からくる戦後の社会への批判と思います。

迫力を感じました。

(8月6日)

ーーーーー

小林さん、大塚さん、ひこさん、池田さん、小倉さん、みなさん

小林さんの問題提起に多くの皆さんの
それぞれの反応は多岐に亘りそれぞれ
に反応するのは大変ですので今回は一
先ず瞥見のみ試みます。
NHKBS1では米国の日本焼き尽くしや
市民被害最大化の原爆投下が空軍創設
の野望からであったとの特集がありま
した。我見・我欲の個人・国家の罪悪
が明らかです。
敗戦・占領・冷戦・安保・基地・隷従・
朝鮮戦争・特需・自衛隊・地位協定・
年次報告など政治・経済・社会・文化
の日米関係がいびつになって来ました。
核・戦争・壊憲もその中から出てきた
ものですね。
日米関係は特殊な隷従・叩頭関係で改
める必要がありますが、世界の流れの
潮目も情報化・民主化・地球化の流れ
の中で変わるべきですね。国家そのも
の、権力機構そのものの改変が急務の
時代だと思います。
トランプや安倍の極端な自己中・時代
錯誤・権力悪用に対して都市・大衆の
反対・自主・自立の動きがあり衆生・
環境など一切を視野に入れ、国境・種
境を超えた運動・改変が必須だと思い
ます。
明日早起きの為ここで失礼しますが平
和世界サイトに多くの投稿・転載をし
ましたので覗いて頂ければ幸いです:
など

 

魯参 (8月7日)
ーーーーー
小林さん、
ほんとうに怒っているのです、わたしは。
その怒りのほこさきは、
みずからの責任をとろうとしないばかりか、
わが身一身の安泰(裁判にかけられて死刑の判決を受けないように逃げること)をしか考えていなかったくせに、
「自分の身はどうなってもいいから」などといったオオウソを平然とたれながし、
傲然と身をそらしたマッカーサーのよこで卑屈なへつらいのすがたをさらしても恥じなかった、
裕仁という人物にだけでなく、
天皇を愛しても尊敬してもいないくせに、さもさも、天皇の忠実な「臣」であるかのように演出しつつ、
じつは自分の政治的・肉体的・経済的安泰を確保していった「大日本帝国」旧支配者たちへも、
天皇の「鶴の一声」で「一億」のいのちがすくわれたなどといったフェイクニュースを信じこんで、
イタリアの民衆がムッソリーニを自分たちの手で処刑したように、
ドイツの民衆が、ヒトラーが自殺してしまったため処刑することこそかなわなかったものの、
ナチの関係者とりわけその中枢にいた者たちの責任を、道義的にだけではなく法的にも執拗に追及して裁き、
彼らを一掃したあとに、まったくことなる原理に立脚した民主共和国を建設していったように、
みずからの手で天皇の責任を追及し裁くことができなかったすべての日本人民衆へもむけられています。
むろん、そのひとりであるこのわたし自身にも、です。
自分で自分のなした行為に関する責任をとる、という、人間としての最低限の倫理を、
いまこの日本国に安穏とくらしているひとびとの多くが、上から下まで、まったく失ってしまっている、
そのおおもとが、当時は現人神であるとすら言われていた裕仁という人物のふるまいにあった、
というおもいは、戦後日本の政治・経済・文化のすべてを考えるにつけ、いやがうえにも強まっていきました。
せめてそのことだけでも知っておいてほしい。そういうおもいであの文章を書いたのでした。
池田さんが、いみじくも表白されたように、天皇に対する大多数の「日本国民」のおもいは、
いま、「なんとなくにくめない」「なんとなくしたしみがもてる」なのかもしれません。
また、無関心なひともけっこういるとおもいます。
いずれにしても、しかし、天皇制をむりに廃止しなくてもいい、
もし不要なら自然に消えていくだろうっておもっているひとたちがけっこう多いとおもいます。
そういうひとたちに、天皇制は、とりわけ日米支配層のつくりだした象徴天皇制など、
百害あって一利なしという、このわたしのおもいをわかってもらうのは至難のわざでしょうし、
また、そのおもいをこういうひとたちにおしつける気は、わたしにはありません。
ただ、現天皇明仁や次期徳仁のことしか知らない世代のひとびとには、
明仁の父、徳仁の祖父である裕仁が、日本の民衆を、また、アジア太平洋地域の民衆を、
どれほどむごいめにあわせたかという事実が正確につたわっていないってことはたしかです。
アベシンゾーだのポルポトだのスターリンだのヒトラーだの、その他大勢の
ノートリアスなひとびとのだれよりも、幾層倍も、ひどいしうちをしているのであることを、
これほどみごとに隠蔽してしまっているこの日本国という名の国家のもとでは、
あたりまえといえばあたりまえなのでしょうが、
裕仁が生前なにをどのようにしたのかの、ほんの一端をでも知ったなら!
ひこ (8月7日)
ーーーーー

みなさん

NHKBS1では下記のようなシリーズと特集を
していました:
1.8月2日0:50~原爆救護~被爆した兵士の歳月
2.8月3日0:50~戦慄の記録インパール完全版
3.8月4日0:50~731部隊~人体実験はこのよう
       にして拡大した/隊員達の素顔
4.   13:00~原爆投下~知られざる作戦を追う
5.8月5日0:50~なぜ日本は焼き尽くされたのか~
       米空軍が語った”真相”
予定:
6.8月12日(日)22:00~23:50
悪魔の兵器はこうして誕生した
上記4ではローズベルトが原爆計画責任者
レスリー・グローブズに開発から投下まで
任せきりで学者・兵士も細分化され全体的
具体的なことは知らされず、大統領突然死
で大統領になったトルーマンもグローブズ
が持参した24頁の報告書を「読む気がせず」
計画続行、原爆投下指令書もグローブズの
ものと学者は見ています。彼は京都には知
識人が多く恐ろしさを知るので投下候補に
選んだがスチムソンの反対で広島になった
が、初めから被害最大(市民標的)を意図
した彼は軍事都市と偽り報告したがトルー
マンも子供や女性を被害者にしてはならぬ
としながらも、無知で疑わず実行される事
になりました。当初17発を準備整い次第投
下の予定がヒロシマの惨状を知り、すぐ次
のナガサキ投下で皆殺しを後悔し「新たに
10万人特に子供達を殺すのは考えただけで
も恐ろしい」とトルーマンが以後の投下を
禁止しました。
上記5では陸軍付属の空軍を戦果(禍)を
もって独立させたい野望のヘンリー・アー
ノルドが彼の先輩ミッチェルの作戦(市民
攻撃で市民が政府に戦争を止めさせる)を
利用して短時間に戦禍を出したくB29開発
(直訴でルーズベルトは空軍予算100倍に)
日本都市(地方も含む)を焼夷弾無差別攻
撃を推進しました(短時間に40万人殺生)。
原爆投下を戦争終結前急いで実行したのも
戦禍をあげる為でした。しかし両方共市民
を故意に殺戮することは倫理違反どころか
戦争の約束違反でもある犯罪だったのです。
彼の白羽の矢を立てたカーチス・ルメイは
「日本人を皆殺しに」と率先して無差別焼
き払い作戦を実行しました(ベトナムでナ
パーム爆弾を実行したのも彼でした)。
個人の貪瞋痴の三毒は人・金・物の資源等
国家により増幅され三毒の惨禍は巨大なも
のになります。それがABC(核・生物・
化学)兵器の大量殺戮兵器・地球生命破滅
武器を生みだしました。人間の罪業・国家
の悪業が一切生命の敵になりました。万物
の霊長とは如何なるものか、どうするかが
喫緊の課題です。
魯参 (8月7日)
ーーーーー

彦坂さん

わたしが彦坂さんと最初に出会ったのはいつだったでしょうか?
少なくとも15年以上前ですね。
平和省プロジェクトJUMPの会合でした。
わたしより10歳以上も先輩であるという事だけでなく、その博識と
情熱的な生き方にすっかり魅了されました。
「彦坂さんがお元気なうちに聞いておきたいことがある。」
との思いから、平和省プロジェクトJUMPと「 和田重正に学ぶ会」
の共催で「彦さんを囲む会」が小田原で1泊2日の日程で開かれました。
その時も、最後の話で天皇制についての貴重な話を聞くことができました。
その時からその問題をわたしの内部で温め続けて来ました。
そして、今回彦坂さんが添付してくれた論稿を読んで、全くすっきり
納得しました。
特にその最後の部分ですが、

さいごに、わたしには、どう考えてもふしぎなことがある。天皇は

「日本国民統合の象徴」で「この地位」は「日本国民」の「総意に基

づく」となっている(憲法第一条)ことについてだ。まず、わたしも法的にはまぎれもなく日本国民のひとりだが、なににも、だれにも、絶対に統合などされたくない。天皇を支持してもいない。そういう国民がたとえわたしひとりでもいるのなら、「総意」になどなりようがないではないか。

わたしも憲法を読むたびにこのことに違和感を持っていました。

それをきちんと説明してくれている文章に出会えて嬉しく思いました。

 つぎに、「日本国民」とは日本国籍を取得している者のことだ。そのなかには民族的に日本人に属していないひとたちもいる。韓国人、中国人、台湾人、モンゴル人、インドネシア人、アメリカ人、ブラジル人、フランス人、フィンランド人、ロシア人、セネガル人、ナイジェリア人など多彩だ。日本国民イコール日本人であるとかってにきめつけて、いいのか。日本人のなかにもわたしのような者がいるというのに、日本人でないこれらのひとびとがこぞって天皇を支持しているのだと断定できるのか。そうできないかぎり、しかし、「日本国民の総意」とは言いえないではないか?

このことも当然のことです。

天皇制は、とりわけ日米支配層のつくりだした象徴天皇制など、
百害あって一利なしという、

この彦坂さんのおもいを少なくともわたし一人は引き継ぎました。

 
             大塚卿之 (8月8日)
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小林さん、みなさん

「話し合いや他に要求するのではなく、まず、ある一つの国が
一方的に国家エゴイズムの放棄を宣言し、実行する以外に、
国家エゴイズムの対立を解消する道は開けないと思います。」

このことは特別な世界観や人生観を持たなくても、
「言われてみればそうだな」と多くの人が納得することだと
思いますが、そうではないのでしょうか?

この前、世界中の注目を浴びながら開かれた米朝首脳会談ですが、
首脳同士が直接会って、敵対関係が少しは良好になったでしょうが、
本質的な解決は全くなされていませんね。

それは国家エゴイズムのぶつかり合いだから、当然です。
米中関係、米ロ関係、すべて同じ国家エゴイズムという
土俵上でのことです。

国連機関ですら、同じ国家エゴイズムという
舞台上でのことです。

国家エゴイズムの極みである戦争を一方的に放棄した、
日本国憲法第9条こそが国家エゴイズムの放棄を宣言している
のですから、その実行こそが、この日本のみならず
世界の平和を築くことができたはずなのに、実行して
こなかったことが悔やまれます。

今回、彦坂さんの投稿によって、その真の原因が
日本国憲法第1条にあることを知りました。

以前に古川さんの投稿にもあったように思いますが、
日本国憲法第1条に現行9条を持って行き、
象徴天皇制は廃止すべきです。

わたしは、その第1条には戦争放棄だけではなく、
自衛権や集団的自衛権も放棄した上で、
GDPの1%以上を世界の平和や福祉、環境のために
出費することを書き加えるべきだと思います。

防衛省を廃止し、宮内庁も廃止し、その予算を
新たに創る平和省にまわし、世界に貢献する
ことができます。

日本がそのように生まれ変わったならば、
どこの国が日本を攻めてくるでしょう。

これこそが積極的平和主義です。

大塚 卿之 (8月8日)

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大塚さん、みなさん

 今度の尊徳会館でこの問題等もまたみんなで話し合えるのでしょうが、
「象徴天皇制の破棄」ということを自分の描く、あるべき政治体制だとして意見表明するのは、
大いに良しとしても、一方で被災地を慰問する天皇に勇気づけられ感激する心情が存在するというのは
紛れもない事実であり、その現実に無配慮で理想を言いはなってしまうと、反発されこそすれ稔りある対話は
できないかもしれません。それを危惧します。ひょっとして「不合理かつ封建的な身分制は破棄すべきであり、
天皇制など前時代の残滓は速やかに打破すべきである!」と叫ぶかっての左派の人びとにあったかもしれぬ主張と
混同されてしまうんではないかと、何だかもったいなくも思います。余計な心配でしょうか?

また、“象徴”ということばの由来や、あるいは困難を極めた終戦に至る経過についても諸説あるようですが、
終戦(敗戦)を実現するために立った鈴木貫太郎と、竜沢寺の山本玄峰老師の対面のいきさつ。
その対面から鈴木貫太郎が難局の中で事を進めるに当たっての、大きな示唆を受けたとか言う話。
本土決戦を固辞する命知らずの一部過激将校相手の、鈴木が打ったという大芝居。
そういうことを経て持ち込んだ最後の御前会議での、天皇による裁可。
終戦の事なって、天皇の位置づけに関しての進駐軍側とのやり取りの過程での、
再度の玄峰老師からのサジェスチョンなどなど。ボクの調べた範囲でもいろんなことがあり、
何が事実で何が虚言なのか分からない部分もあるのですが、ともかくも僕自身はそんな中から象徴天皇制は
当時に於ける苦肉の策であり、また一連の過程に於ける天皇の挙措言動(これも事実・不事実を巡り
そうだ、そうでなかったと果てしない論争があるのでしょう)からヒロヒト天皇についても、
じつは悪い印象は持っていないのです。

そんな訳で、多分、ひこさんの歩いてこられた道程と痛烈な体験からの、
ひこさんののっぴきならないご文章だとは思うのですが、ボクの馴染んできた世界から見れば、
ひこさんの論考は正直過激に過ぎる印象なのです。しかし、一方では天皇制はいずれはいろんな意味で
先細りする・・・とも思い、元号もそれに従い使用頻度も落ちるのでは・・・と自然に任す気持ちでおります。
天皇の神聖や元号を声高に叫ぶ声などは、正面から相手にせず、「現憲法前文と9条堅持」これにこそ
エネルギーを集中していれば、それ自身の奇矯さと時代錯誤性により飽きられるのではないか、そんなことも思っています。
ひこさんに失礼があることを恐れていますが、こんな異見も書けるところがこの会だと思っております。
                                 池田 (8月8日)

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大塚さん、小林さん、池田さん、魯参さん、みなさん、

大塚さん、わたしのねがっている芯のところに共感してくれたこと、ありがたいというより、
しあわせなきもちです。
小林さんとともに力点をおいている「国家エゴイズム」解消への道に、わたしも共感します。
ただ、現実には、国家エゴイズムは、近代国民国家の成立基盤にかかわるまさに本質的な部分から
出てくるものですから、そうそうやすやすとなくしていくことはむつかしいでしょう。 

日本国がせっかくそのカギとなしうる憲法をもっているのですから、率先して国家エゴイズムを
すてされば、いいにきまってますし、わたしたちのなすべきことは、たんに憲法をまもれと言うだけでなく、
この憲法のもつ世界的な意義を現実化していくにはどうすればいいのかを、現実の問題として、
考え実践していくことでしょう。

具体的には、諸悪の根源であり、このいま日本国をのっとっているテロ集団=アベ政権を
なんとしてでも追放することができるよう、智慧をしぼり、みんなに働きかけることでしょう。

ところで、池田さんの発言には、ただただ悲しいきもちにさせられています。
なぜか? おつかいになることばが、あまりにもステレオタイプであると感じられたからです。

「諸説あるようですが」というきまり文句がそのひとつ。
これは、ある言説を相対化することによって、その言説の力をそぐばあいにもちいられる常套手段です。
十人十色なのだから、ひとがことなれば、必然的に、感じかたも考えかたもことなります。
そんなことは、しかし、言うまでもないことで、肝心なのは、このわたしが、だれのどのような言説に
共感するか、正しいとおもうか、を、自分のことばでのべることではないでしょうか。 

池田さんの紹介されている「説」などは、その諸説のなかでも信憑性の低いもののひとつであると、
すくなくともわたしは考えます。
裕仁氏は平和主義者であったという伝説をつくりあげるために、
そうしたい、そうするほうが自分のためになるひとびとが、ありとあらゆる神話をつくりあげています。
ほんとうにどれが真実であるかを見わけるのは至難の業と言ってもいいくらいになっています。

ここで、カンジンカナメなのは、いったい、だれの立場にたって、だれの視点で見るか、です。
民を支配するひとたち、そのひとたちに追随あるいは同調することのほうが気楽なひとたちがいます。
そのひとたちの立場で、そのひとたちの目から、ものごとを見るのか、あるいは、
支配され抑圧されてきている民の立場から、民の視点で見るのか。
それによって、見えてくる光景はそうとうにちがってくるはずです。
たとえば、セクシャルハラスメントという「現象」を男の視角から見るのか
女の視角からみるのか、それによって見えてくるものがちがうでしょう。

「ボクの調べた範囲でもいろんなことがあり」とおっしゃっていますが、どういう動機から、どういうきもちで、
だれのどのような言説をどの程度に検証されているのかしら?
もしも、自分自身が生きていくうえで、このことを知らなければ、これから先生きてはいけないという
切実さから、一連の、いまでは「歴史」でしかありえなくなっている諸事実のなかから、 

真実を見いだそうとする熱情をもっておられるのなら、
「ともかくも僕自身はそんな中から象徴天皇制は当時に於ける苦肉の策である」と
考えているというようなことを、また、
「また一連の過程に於ける天皇の挙措言動」から「ヒロヒト天皇についても、
じつは悪い印象は持っていないのです」といったことをかんたんに言いきれるとはおもえません。
また、この天皇の言動についても「これも事実・不事実を巡りそうだ、
そうでなかったと果てしない論争があるのでしょう」といったような、ひとごととしての評論は
できないのではないか?

じつは、こういう言いかた、つまり「果てしない論争がある」といった状況に、
南京大虐殺という事実をめぐって、また、「慰安婦」問題をめぐって、
これらの歴史的事実はなかった、虚妄であったと力説するひとびとが
意図的にもちこんだことによって、
歴史における真実の探求を、こつこつと、地道にやってきたひとたちの努力が
いっぺんに相対化された、いや、無化されてしまったという
苦い経験が、この国の戦後史にはあったのです。

ある言説を否定しようとおもったら、それとまっこうから対立する言説を提示すればいい。
そうすると、その言説の信憑性は、すくなくとも完全ではなくなります。
日本民族の「伝統的」釣りあいの感覚がはたらいて、
真実は両者の中間にあるってことになるからです。

悲しかったのは、「過激」ということばを、なんのためらいもなくつかっておられたことです。
釈迦に説法でしょうが、このことばのもとの「ラデイカル」は、「根源的」という意味ですよね。
それが、この列島では「過激」という意味にしかつかわれなくなっています。
そして、このことばは黄門様の印籠です。
どんな言説であれ、いったん「過激」という烙印をおされたらもうおしましです。
池田さんがそうするつもりでないことは百も承知でもうしあげているのですが、
このことばも、安易につかうと容易にステレオタイプに堕してしまいます。

わたしだって、必要があれば過激な表現をとります。
しかし、あの文章のなかでは、そういった表現はおさえていたつもりです。
なのに、池田さんがそう感じたのは、たぶん、
「この一連の猿芝居」とか、
「象徴天皇制という民衆瞞着装置」とか
「天皇本人は怯懦にして陋劣であった」とかいった部分なのかもしれませんが、
これらは、その文脈においてなかば必然的にみちびきだされてきたものであって、
とりわけ攻撃性をになわせられていたのではありません。

なにより悲しかったのは、戦後73年もたつと、ひとびとの感覚それ自体が
過去から断絶してしまうのであることを、あらためて、おもいしらされたことでした。 

このわたしにとっては、一回限りの、文字どおり生身の体験から発することばであっても、
しかし、まったくちがってしまった時代・環境の空気を吸っているひとには、
とうてい共感しえない、どころか、おぞましくさえ感じられるのであることを、
痛感しました。

もうひとつ、これはゆゆしいことであるとわたしは感じているのですが、
この73年のあいだに、このわたしからすれば、ゆるすことのできない、ニセの情報や、 

それを駆使したエセ言説が、さもさも中立であるかのようなよそいで
蔓延しているという事実です。
こういったいかにも公正な感じの言説をいやてほどつきつけられるたびに、
わたしは、いやな、つらい気分にさせられてきました。
そういう言説が「力をもつ」ことを知悉しているからです。

ひこ (8月9日)
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ひこさん

やっぱりひこさんを失望させてしまったようです。
できる限り失望させないよう気を使った?言葉使いがかえって逆効果だったのかもしれません。
「諸説あるようですが」という言葉もそうでした、
「いろんなものの中からその時点の自分に納得できるものを採用したに過ぎませんが・・・」という、
まさに自分の採用したものが唯一絶対のものではないですがと「相対化」し、
その意味ではいわば謙虚な?気持ちを込めたに過ぎなかったのですが、そんな言葉使いがひこさんには、
ある種の不純さを感じさせてしまったのでしょうか?
またひこさんが不快に思われた「過激に過ぎる」という言葉も、実はお怒りにならないで頂ければいいのですが、
最初「奇嬌」という言葉が思い浮かんだのですが、僕なりに抑えた表現ではあったのです。
要は、ひこさんがおっしゃられているように、「この一連の猿芝居」、『象徴天皇制という民衆瞞着装置」、
というような表現が、十分すぎるほどボクを驚かせたのでした。
僕に取りこれらの表現は、少々の事では揺るがせられない“決めつけ”言葉に過ぎぬと感じさせられましたし、
さらに「天皇本人は怯懦にして陋劣であった」という断定も、ボクにとってはひこさんのような影響力の大きい方が
使われる言葉としては、やはりあまりに大胆であり意外かつ驚きではあったのです。
ひこさんほどの方がこのような言葉や表現をされるおそらく強烈な体験や事情がおありになると想像もされ、
ひょっとしたら僕自身の73年の教養生活に偏頗なところがあったのかもしれない、というようなことも考えますが、
やむを得ません、自分の現在考えられうる見解をありのまま提示し、試行錯誤しつつ人は皆歩むしかない訳ですから・・・。

ところでひこさん、三島竜沢寺の玄峰老師を巡る終戦当時の挿話は、本当に「信ぴょう性の低い神話」にすぎないのですか?
ボクは、青春時代以降、仏教特に禅宗の坊さんの著作になじみ、不完全ながら坐禅もし、
ある意味人生の危機を乗り越えることもしてきました。そんなボクの人生彷徨の過程で、
尊敬する多くの諸師方の一人としての玄峰師にまつわる出来事として遭遇した終戦秘話であり、
どうにも虚言や神話、まして作り話とは思えないのです。
尊敬するあまりの思いこみや歴史的事実の事実誤認がもしあれば、訂正せねばなりません。
とり急ぎ、ひこさんのメールに接し、、、、。
                              池田 (8月9日)

ーーーーー

池田さん、彦坂さん、みなさん

池田さんが突っ込んで質問してくれたおかげで、彦坂さんの
命がけで取り組んできたことを聞き出すことができました。

だいぶ前に彦坂さんから送ってもらった文章を探すのに時間が
掛かってしまいました。

やっと見つけた文章が以下の添付文章です。
それほど長い文章ではないので、ぜひお読み下さい。

わたしは、この文章の最後に書かれている以下のことを読んで、
特に納得しました。

天皇は、この国の汚れに汚れきった為政者たちのなかで、ただひとり、
汚れのない存在 であると思われているからです。
天皇がそういった存在でありうるのは、かの名言を借用 すれば、
天皇が空虚な中心であるからです。

天皇をそのような存在としてしつらえ、その効力を存分に利用してきた、
いまもこれか らも利用しようとしているのは、たしかに、この国の支配層です。
けれども、天皇をそう いった存在たらしめているのは、
民衆なのではないでしょうか? 
民衆は、だれかにたよ りたがっています。
自由であることは、こわい。自由で自立した個人である重みには耐え られない。

存在そのものにおいて浄化されてある聖なる存在を民衆が必要としているかぎり、
天皇 制を廃絶することはかなりむつかしいのではないでしょうか?

この奇っ怪な作用に関するかぎり、戦前戦中の硬直した天皇制も、
戦後のソフトな天皇 制もおなじ力を持っています。

ということは、つまり、天皇制を廃絶するってことは、
たんに政治的なこの制度に政治 的に反対していくだけではなしとげることが
できないってことではないか?
 わたしたち の内なる天皇制をこのわたしが個人として廃絶しなければ、
わたしたちの外に君臨してい る天皇制を廃絶することはできないのだと、
これまでわたしはいくども強調してきました が、その、わたしたちの内なる
天皇制とは、じつは、こういった、外なる天皇制がまさに そうしようとして
いる方向へと無意識に心が動いてしまうといった精神構造のうちにも、 
深く巣くっているのではないでしょうか?

大塚 卿之 (8月10日)

ーーーーー

大塚さん、池田さん、小林さん、古川さん、魯参さん、みなさん、

大塚さん、ありがとう、わすれてました。
いま、どこにこの文章があるのかもわかりません。
読んでみてびっくり。
このとき、あそこにあつまっていたひとたちには、どちらかというと、それこそ「過激な」
天皇制廃止論者が多かったようにおもいます。
ですから、そのひとびとに、おなじように考えたり感じたりしていないひとにどのように語りかけるのかを
考えてもらいたくて、このようなはなしかたをしたように、うっすら記憶しています。 

とまれ、尊徳会館では語ったことのレジュメまで紹介していただいて、恐縮しています。 

さて、池田さん、
「失望」はしていないのですよ。
わたしの言いたいことにすんなり共感してくれるひとのほうが、いまでは、むしろ、圧倒的多(小?〉数であることは、
あらかじめ予感していましたから、そんなことはもともと期待していないのですから。 

ただ「悲しい」と感じた理由は、あそこで告白したように、あなたが自分自身のことばで
語っていないと感じたところにあったのです。

あなたのこのメールに接して、あなたが「気を使っ」ていらしたのに、むしろわたしのほうが
「気を使」わなかったことで、逆に、あなたにいやなおもいをさせてしまったかもしれないなって
反省しています。
これからは、しかし、気遣いは無用にしましょうよ。
わたしたちは、年齢も経歴もいっさいかかわりなく、対等ではなしあうところにこそ
意味をみいだしているんですから。

山本玄峰老師にまつわる「挿話」について、まず、わたしの考えをおはなししておきましょう。
あなたの文章のつぎのの部分に、ことは、かかわるのですが、
このさい、「印象」や「感覚」にはなるべく触れずに、
事実にのみ関心を集中させることにします。

《終戦の事なって、天皇の位置づけに関しての進駐軍側とのやり取りの過程での、
再度の玄峰老師からのサジェスチョンなどなど。ボクの調べた範囲でもいろんなことがあり、
何が事実で何が虚言なのか分からない部分もあるのですが、ともかくも僕自身はそんな中から象徴天皇制は
当時に於ける苦肉の策であり、また一連の過程に於ける天皇の挙措言動(これも事実・不事実を巡り
そうだ、そうでなかったと果てしない論争があるのでしょう)からヒロヒト天皇についても悪い印象は持っていないのです。》

玄峰老師は、鈴木貫太郎首相の相談役となっていました。
ですから、とうぜん、あの御前会議への影響力を行使しえて、
ポツダム宣言受諾のほ方向へ会議の舵をきらせることに
貢献していたでしょう。

「信憑性の低い神話」とわたしが言ったのは、このような「挿話」が天皇平和主義者という神話を
つくりあげる有力な資料のひとつとしてひとりあるきしているこのへの示唆であって、 

むしろ、ここでは、もっとはっきり、過大評価であると言ったほうがより正確でしょう。 

おことわりしておきますが、玄峰老師のことばのひとつひとつは真実のことばであって、 

そこに、なにか「ためにする」意図などまったくなかった、と、わたしはおもっています。
であるからこそ、しかし、そうしたことばのいくつかが、あの時代にどういう意味をもったかを
考えると、けっして、てばなしで、このひとは平和をねがっていたとは言いきれないのです。

禅宗であれその他の仏教であれ、キリスト教であれ、あの戦時中、わずかの例外をのぞいては、
おしなべて、天皇の神格化と「正義の戦争」に、こころからであれ、こころならずもであれ、
協力していたことは、まぎれもない事実です。

玄峰老師は、たしかに、日米開戦には反対していたようです(中国
への侵略戦に対してどうであったかは、わたしは知りません)。
しかし、行為として反対をつらぬきとおしたとは言えないとおもいます。
そのような他の大勢のひとびととおなじように。
もし、行為として反対をつらぬいていたら、殺されるか、監獄に監禁されるか、していたはずです。

1939年、まだ日米開戦にいたっていない時期に投獄され、敗戦にいたるまで獄中にあった、
「灯台社」の明石順三をおもえば、ことはあきらかです。

そんなことは、しかし、じつは、どうでもいいのです。
わたしが深い違和を感じないではいられないのは、この老師に関するもうひとつの挿話です。
天皇の「終戦」の詔勅のなかにある「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え」という文言は、 

玄峰老師の「進言」によるものであるという、あの挿話。

天皇のこの詔勅は開戦の詔勅、教育勅語とともに、たんに内容だけでなく、
その文体そのものに、わたしは、いまでは嫌悪しか感じないのですが(当時は
感涙にむせぶほどでした)、この「美文」こそはおぞましい。

これだけで、この老師が、心底、あたらしい、戦争をしない「日本国」をつくりたいと 

ほんとうにねがっていたとは、すくなくともわたしにはおもえない。
日清戦後の三国干渉にさいしていくどもひきあいにだされた臥薪嘗胆の思想を
ここからくみとらないわけにはいかない。
このひとの弟子にかの田中清玄がいたのもゆえなしとしないでしょう。

いえいえ、そんなことより、もっともっと重大なことがあるのです。
玄峰老師であれ鈴木貫太郎であれ、そのほかかの御前会議に出席できていたひとたちは、 

いずれも、わたしたち民草とは縁もゆかりもないひとたちばかりです。
このひとたちは、たとえ生粋の軍人で、陸軍大臣・総理大臣・参謀総長であったとしても、
軍令部部長・海軍大臣であったとしても、だれひとり戦場におもおむいて、
前線でたたかっていのちをおとしてはいません。

ガダルカナルの密林やルソン島の山岳地帯で、餓死したり、行き倒れて、からだじゅうに
蛆がわき、蛆からかえったハエが鼻から出たり入ったりしている状景を、
熱帯の照りつける太陽のもとで「強烈な腐臭を」はなち、「つやつやしたソーセージの様に
膨張し、ぬるぬる光って」(トレガルキス)いる兵たちの死体を、
このひとたちは、だれひとり、じかにその目で見てはいなかったのです。
このようなひとたちのことばを、わたしは信じません。

いつもふしぎにおもうのですが、総理大臣でも外務大臣でもないくせに、ふたことめには、
「日本は」「わが国は」といった言いかたを平気でしてしまい、そのことのおかしさに 

まったく気づいていない民草がけっこういるのですね。

戦国時代を語るさいにも、登場するのは、信長であったり秀吉であったり、家康であったり、
すこしものしりになると、明智光秀やら上杉謙信、武田信玄などなどといった名があげられる。
この時代の歴史は、すべて「戦国大名」がどう行動したかによって綴られている。
しかし、桶狭間であれ関ヶ原であれ、じっさいにそこでたたかっていのちをおとした
圧倒的多数の者たちは「足軽」だった。そして「足軽」とはいくさにかりだされた民の謂だった。

わたしの心友藤木久志は、一貫して、この足軽たちが、そのもともとのすがたである農民が
あの時代をどう生きたかに目をむけ、戦国時代の民衆の歴史を語ってきました。
じっさい、歴史を書く=つくるのは、つねに、それを書きしるすことのできるひとたちです。

いまの明仁天皇はわたしより数ヶ月遅くうまれているだけで、同世代といっていい。
敗戦後、裕仁天皇はいやがっていても反対はできなかたようですが、アメリカ人の
敬虔なクリスチャンである女性から、民主主義の根本精神を徹底的にしこまれた、
いわば、民主主義を純粋培養されたひとです。
ですから、このひとの口から出る憲法遵守のことばも、あらゆる行為に一貫している
平等主義的なかたちも、けっして、うそいつわりとは言えません。
わたしは、個人的には、明仁氏にも美智子妃にも、
そのむすこの徳仁氏とそのつれあい雅子にも
したしみを感じています。
ですから、明仁氏が徳仁氏へと天皇の位を譲って、象徴天皇制を盤石ならしめようとしている
その行為への批判は、その父・祖父裕仁天皇への嫌悪とはまったくちがった次元のことです。

裕仁天皇に関して謂えば、ひとつの国家の最高責任者・最高権力者であったという事実は
消し去ることはできません。
ヒトラーがドイツを愛しドイツ国民のために多くの善をなしたとおもっているひとは、 

いまのドイツ人のなかではごく少数なようです。
イタリアでは、ムッソリーニの名など知らない世代が育っているようです。
裕仁天皇だけは、どうやら、べつなようです。

しかし、事実として、裕仁天皇が、最高権力者として、最高責任者として、
じっさいにおこなったかずかずのことがらは、ヒトラーやムッソリーニのなしたことと 

まったくちがうことではなかったし、それらすべてのことがらに対して
裕仁天皇が、最高権力者・最高責任者として負っている政治的・道義的責任は、
ヒトラーやムッソリーニのそれとなんらことなるものではないはずです。

わたしなどは、若年のために兵となることができなかったとはいえ、ひとりの「少国民」として、
自分のいのちは自分のものでも親のものでもなく天皇陛下のものである、という「教説」を 

たたきこまれてそだち、そのことを、つゆ、うたがったことはありませんでした。

旅順中学一年生のとき、わたしは、毎日のように、上級生から「軍事科学研究室」に
よびだされ鉄拳制裁をうけていました。
そんときわたしを殴った上級生は、天皇陛下の御名のもとにその鉄拳制裁を実行していたのです。

結核の既往症があり病弱なため丙種と認定され教育召集すらされたことのなかった父が 

40歳をこえ、物理学研究者として本来は召集免除となっていたのに、敗戦間際の
臨時召集で、一兵卒として入営したのも、天皇陛下の御命令によるものでした。
赤紙=天皇陛下の御命令というのはたんなる比喩ではなかったのです。
すべての兵は天皇陛下の御為に戦場におもむき、
「国民」は天皇陛下の御為にバケツで焼夷弾にたちむかって死んでいったのです。

渡辺清さん(故人)は、天応陛下の御為に弱冠15歳にして海軍特別年少兵となり、
戦艦武蔵に乗り組んでいましたが、武蔵がシブヤン海で撃沈されたとき、
重油をいやってほど飲まされたあげく駆逐艦にひろわれて一命をとりとめました。
敗戦後、このひとは、裕仁天皇が自決したという報せを、満を持してまちうけていました。
そのとき追い腹を切るつもりでいたのです。
なのに、待てどくらせど、天皇自決の報は彼のもとにとどかなかった。
それのみか、天皇はマッカーサーのかたわらにがに股で醜態をさらしていた。
「人間宣言」などというわけのわからないものがれいれいしく新聞にのった。
憤慨する彼に、こう言ったひとがいました。
そういうきみはなんなんだ、天皇を崇拝し天皇にいのちをささげたのは、きみではなかったか。

ハッと気づいた渡辺さんは、以来、自分自身の責任を棚あげすることなく、
真の責任追及をなすことによって二度とそのあやまちをくりかえすまいとする
真のいみでの反戦運動(「わだつみ会」いまは奥さんがあとをついでいる)に
献身していくのです。

この裕仁天皇が、とうぜん、戦犯として訴追されるはずであったのに、
連合国の総意でではなくアメリカ一国の政治的利益のために
一部の臣下に責任を負わせ、みずからはのがれえたということは事実です。
訴追もされず、だから処刑もされず、
民草が飢えに苦しんでいるときも栄養失調にならず、
ひとめのとどかない宮居の奥で、
生涯をまっとうしえたのです。
これをしも、人間としてゆるしうるとは、わたしはおもいません。

このわたしにとっても、「大日本帝国」という名の国家が、
わたしも祖国として愛した国民のひとりであったその国家が、
朝鮮を侵略して民族の言語も文化も、くらしそのものを、いのちをすらうばい、
中国大陸を侵略して、殺しつくし、うばいつくし、犯しつくし、焼きつくした、
フィリピンやインドネシアをはじめアジア太平洋の諸地域で
暴虐のかぎりをつくしたのである以上、
その責任は、たれあろうこのわたくし自身にあるのであると痛感しています。
そう感じることと、そういうわたしをつくりだした天皇裕仁の責任を追及することとは、 

このわたしにとっては、おなじひとつのことなのです。

あなたにとっては「あまりに大胆であり意外かつ驚き」であったことも、
「奇矯」としか感じられなかったことも、
このわたしにとっては、ごくごく自然な、それを口からだすのにいささかの「大胆」さもひつようとしない、
そういう表現でした。
たしかに、政治的には、いろいろと表現を工夫したり、考慮すべきことは多いでしょう。 

わたしだって、たとえば、憲法「改正」(という名の「改悪」ですらない「廃絶」)の賛否を問う
国民投票に、反対票を投じてもらうひとのかずをひとりでもふやしたいときには、
もっとちがうことばづかいをします。

ただ、象徴天皇制にまつわるあまたのことどもは、けっして、政治的にうんぬんすべきことではなく、
むしろ、日本人という名の民族のかかえる根源的な生きかたにかかわる、
あえていうなら哲学的・文学的なことがらであると、わたしは考えていますので、
こういう言いかたをしたら相手はひいてしまうのではないか、といったことは考えません。

ひこ (8月11日)
ーーーーー

小林さん、皆さん、今日は。

偶然でしたが「永続敗戦論」を読んでいる最中でした。

その切っ掛けとなったのは、今月1日(水)に次の映画を観たからです。

「国家主義の誘惑」

http://kiroku-bito.com/nationalism/

外国(フランス)から見た日本の国家主義を渡辺健一監督が描いたものです。

監督のことば | ドキュメンタリー映画『国家主義の誘惑』

http://kiroku-bito.com/nationalism/directors_comments.html

近代化の文脈と俯瞰した視座から問う日本の“今”――フランス在住の渡辺謙一監督最新作「国家主義の誘惑」 | 朝日ファミリーデジタル

http://www.asahi-family.com/news/14413

ご覧になれる人はぜひ映画館に足を運んで下さい。

この映画のパンフレットの一部を添付します。

パンフレット全体にも関心がある人には別途お送りします。

ファイルサイズが大きいので何枚かになります。

泉田 (8月11日)

 

国家主義の誘惑 p22

ーーーーー

泉田さん、小林さん、池田さん、大塚さん、魯参さん、古川さん、みなさん、

「国家主義の誘惑」は「沖縄スパイ戦史」とともに「ポレポレ東中野」で上映中だと

おもいます。わたしは耳のせいで映画は苦手なので、「沖縄スパイ戦史」のほうは、いま、

これを見たひとから資料をコピーしてもらって読んでいるところです。

沖縄戦を考えるうえでだけでなく、およそ「護郷」とはを考えるうえで深刻な問題提起

であるとおもいます。

「国家主義の秘密」にも大いに関心がありますので、どなたか、観られたかた、

資料をお送りいただけないでしょうか?

ところで、本題は白井氏の著書についの論評に関して、です。

このまえもちょっと触れたように、白石の諸著作を、わたしはかなり高く評価してはいますが、

しかし、武藤さんをひきあいにだしてのべたように、まるごと信じこむのはあやういと考えています。

しかし、小林さんが紹介しておられる池田信夫氏の「論評」などは、「異なる立場の意見」と言うには

あたいしない、と、わたしにはおもわれるので、ひとこと。

わたし自身、サルトルじゃないけど「自己にさからって考える」を実践してきているし、また、

いわゆる反体制活動家のひとびとには、不快であってもそれをおさえて精読しなければならない

文献があるのだってことを力説してきています。

レーニンの読んだ本を見ると(断片的な、コピーによるものでしかないですがね)、

いたるところに、「そうだろうか?」とか「ちがう!」とかいった書きこみがあります。

それだけでなく、なぜ、どこがちがうと考えるのかをモチーフ風に簡単に書いてもいます。

それがもとになって、いろいろと有名な論攷ができあがっていますので、興味深い。

じつは、わたしも、むかしはポレミストの気概にあふれていたので、「論敵」の言には

精読し、書きこみをしていました。

わるいくうせで、すぐよこみちにそれてしまいます。本筋にもどそう。

池田氏の論評はたんなるイチャモンにすぎず、とてもまともな批評にはなってないけど、

しかし、こういうものでも、読む意味はありますね。

イチャモンにすぎないとおもうのは、たとえば、アメリカに従属している日本国という

白井氏のとらえかたに対して、「それは著者や孫崎氏には屈辱だろうが」としたうえで、

なにを対比させるのかとおもったら、「多くの日本人は」(ついでに、こういう言いかたに

接したら眉に唾をつけたほうがいい、「みんながそうしてる・言ってる」という言いかたが、

じつは、自分だけだったりするのと相似的だから)「アメリカの核の傘」に

「ただ乗りして」(これもきまりもんく)「平和と繁栄を享受してきた」(ああ、またか!)

といった「常識」(あるひとびとの、だが)を提示するにとどまっている。

これでは批判にもならない。

《潮匡人氏も指摘するように、日本は第1次大戦に参戦しながら、ほとんど派兵しなかった。このときも野党や新聞は「戦争に巻き込まれるな」と反対したが、その結果、同盟国の不信をまねいて日英同盟は破棄され、日本は孤立化の道を歩んだ。》

この一節は、たんに潮という元防衛省の中核にいたひとの独断にすぎない。

わたしはそれほど信頼してはいないけれど、昭和史家として定評のある半藤一利氏だって、

「日本は日英同盟を結んでいますから、すぐにでもイギリスが日本の参戦を望んでくる」と

踏んでいたのに「イギリスは日本に参戦を求めようとはしなかった」のだって書いてます。

「大日本帝国政府」と「大日本帝国軍隊」とりわけ帝国海軍は、イギリスからもとめられもしないのに

かってに参戦して、どさくさまぎれに山東半島や南洋群島のドイツ基地を占領し、戦後も、

うまくたちまわって国際連盟から南洋群島の「委任統治」を獲得したってところが実状であったようで、

潮氏が指摘しているような理由から日英同盟が破綻したのではなかった。

だから日米同盟をまもるには、「軍備にふさわしい憲法をもつ」「普通の国」として「自立して」

(「自立」ってことばをちゃんとしってるのかね、このひとは)「応分の負担」を「せざるをえない」

(「せざるをえない」と「すべきである」とは大いに姿勢がちがうのですけどね)そのためには

「著者や朝日新聞のような平和ボケ」を「駆逐する」(あなおそろしや、「駆逐する」のか)ことである、

といった、こういう言いかたは、もう、聞きあきた。

「不思議の国のアリス」は言う、「いつもおんななじことしか言わないひととは、どうやっておはなししたら

いいんでしょう?」

潮匡人というひとには『常識としての軍事学』という、たいへんわかりやすいことばで「軍事」ということに

ついての「基本常識」を、軍人としての立場から(このひとは元航空自衛官で防衛庁時代その

中核にいたひとです)解説してくれています。

必読文献であろかとわたしは考えています。

この本の第11章「戦略的思考とは何か」のなかにはっきりと書いてあることを

わたしたちは銘記すべきでしょう。

軍隊は「国民の生命・財産」をまもるものだという「世間の常識」について、それはちがう、

「それらを守るのは警察や消防の仕事であって、軍隊の『本来任務』ではないのです。」と。

「ならば、軍隊が守るものとは何なのか。それは『国家目標』の上位にあるもの、国家目的と

いう言葉がしっくりこなければ、国家にとって『至上の価値』と言い換えてもいでしょう。

『我々だけの自衛隊』(松原正、展転社)は『国家にとっての至上価値とは何か』と

提起した上で、『それは國体(体は旧字ーーひこ)である。国体といふと眉を顰める向きも

あらうから文化であると言ひ直してもよい』と解き明かしてしています。『伝統文化』と

言い直してもよいでしょう。」(同書、188ページ)

この潮氏やら八木氏などをさかんにひきあいにだす池田信夫氏自身は

「反原発はすべてバカ」だと広言するようなひとです。

地球温暖化についても、そんなことがあるわけはないと言っています。

本来は、だれが書いて(発言して)いるかによってその文章(発言)の当否を判断すべきではない。

いっさいの先入観なしに、そのテクスト(言説)の内容そのものを検討すべきなのだ、というのが、

このわたしの姿勢なのですが、しかし、この池田氏や潮氏、八木氏のようなひとびとの、

あるいは、安倍氏、菅氏、日本会議の諸子などの言説に接するばあいには、

よほど用心してかかったほうがいい、とも、しょうじき、おもいますね。

ひこ (8月11日)

ーーーーー

彦坂さん、皆さん、

仰る通り、次の二つの映画は「ポレポレ東中野」で上映中です。

「沖縄スパイ戦史」

http://www.spy-senshi.com/

「国家主義の誘惑」

http://kiroku-bito.com/nationalism/

私は2つの映画を今月の1日(水)に観てきました。

次は私の個人的な感想です。

「沖縄スパイ戦史」は内容が良かったことと、とても芸術的な

作品になっていたと感じました。女性の監督ということも影響が

あったと思います。沖縄戦の終盤で秘密に作られた「護郷隊」の

話でした。

http://historyjapan.org/child-soldiers-gokyotai-in-okinawa

内容はとても良かったです。

私は沖縄へは10回以上行っていますが、ここまで掘り下げて

考えたことはありませんでした。

「国家主義の誘惑」

こちらの映画はフランス在住の渡辺謙一監督の作品でした。

http://kiroku-bito.com/nationalism/directors_comments.html

多くの日本人が感じている理不尽な政治、社会状況を的確に

映像化していると思いました。

書籍5選

〇それでも日本人は「戦争」を選んだ 朝日出版社、2009年 加藤陽子著

https://www.asahipress.com/soredemo/

〇昭和天皇 岩波新書、2008年 原武史著

https://www.iwanami.co.jp/book/b225899.html

〇アメリカ・暴力の世紀―第二次大戦以降の戦争とテロ 岩波書店、2017年 ジョン・ダワー著

https://www.iwanami.co.jp/book/b325093.html

〇永続敗戦論―戦後日本の核心 太田出版、2013年 白井聡著

http://www.ohtabooks.com/publish/2013/03/08173037.html

〇国家神道と日本人 岩波新書 2010年 島薗進著

https://www.iwanami.co.jp/book/b226046.html

これらの本は図書館で借りて読んでいる途中です。

「国家主義の秘密」

こちらはファイルサイズが大きいので3つのメールでお送りします。

国家主義の誘惑 1新

国家主義の誘惑 2新

国家主義の誘惑 3新

長くなりましたので、まずはこの辺で。

泉田守司 (8月11日)

ーーーーー

泉田さん、みなさん、
「沖縄スパイ戦史」について、ほかのMLのひとから「解説パンフレット」を送ってもらった御礼に
感想を書いたのですが、書いているうちに、みなさんに読んでいただきたくなったので、
添付します。
ひこ (8月12日)
ーーーーー

彦坂さん、みなさん

添付されていた「沖縄スパイ戦史」についての文章を
拝読しました。
「沖縄スパイ戦史」についての資料がどのようなものなのかは知りえ
ませんが、大変参考になりました。
特に以下のことには全く同感です。
たとえ今の安倍政権が悪用しなくても、もっとあくどい政府が出現し
た時には、これらの法律によって我々自身がどれほど苦しめられるこ
とになるのか、今考えなくてはなりません。

わたしがなぜ「共謀罪」や「特定秘密保護法」の成立に反対したかと

いうと、これらが、戦時中の「軍機保護法」とおなじく、このような住民同士の疑心暗鬼・密告を積極的にうながす根拠とされる法制だか

らです。

この「沖縄スパイ戦史」についての彦坂さんの文章も、追って魯参
さんが、ブログに転載してくださり、多くの人の目に止まることを期
待しております。

 

             大塚卿之 (8月12日)
ーーーーー

皆さん、今晩は。

泉田守司です。

以前NHKで放送された番組も参考になると思います。

【NHKスペシャル】あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白~ – YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=G9LKiZ34dvc

74分ですが、ベースになる番組と考えて良いと思います。

話題が変わりますが、NHKの次の番組はご覧になられましたか?

NHK ETV特集

シリーズ アメリカと被爆者 第1回「シュモーさんを探して」

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259631/index.html

シリーズ アメリカと被爆者 第2回「“赤い背中”が残したもの」

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259637/index.html

私は図書館で次の上映会をみました。

ヒロシマナガサキ ~白い光黒い雨 あの夏の記憶~ | 過去の主な放送 | NHK 国際共同制作

http://www.nhk.or.jp/co-pro/recent/20080731.html

こちらもお勧めの映画でした。

泉田 (8月12日)

ーーーーー

ひこさん、みなさん

ボクは、ひこさんが言われる明石順三も藤木久志という方も、
初めて目にする名前で寡聞にして知りません。渡辺清さんは武蔵乗組員ということで
確か子供向けにも著書ありと思いますが読んでいませんし僕の記憶違いかもしれません。

 多分僕とひこさんでは圧倒的にそのへんの情報量?が全く違うのでしょう。レベル違いと言うべきかもしれません。
ボクも不完全ながらもあの戦争を経験した方の幾つかのドキュメントに本人や資料を通して接してはきたものです。
ひょっとしたらひこさんの知らないケースもあるかもしれません。当然のことですがあの戦争に参加した人それぞれの
膨大なドキュメントがあるのでしょう。つまらぬものもあるでしょうが、多くは僕らのような戦後派には想像を絶し、
思わず絶句といったことごとです。しかし、今現在、それらの一つ一つをたどって歩くことは当然無理なことですし、今の僕には必要な事でもないと今現在の僕は思っています。

 ひこさんは「ほんとうに怒っているのですよ」と小林さんへのメールででしたか書いておられました。
でも、僕の今の気持ちはひこさん流に言い直すならば「ほんとうに心配しているのですよ、息子や息子の子どもたちの時代が」と言うべきかもしれません。ボクは今その気持ちで動いています(こんな事を書くのは少々大仰なのかもしれませんが、少なくもそう思う事で自分の日々の行動をプッシュしてくれるのであります)。

 さて、このことを言葉を変えてもっとハッキリ言えば、ミロク会のテーマは戦争・平和ETCであり、
象徴天皇制の是非や天皇の戦争責任追及ではないのではないか?ということです。
ボクはそう思って参加していますので、現状を何となく迷路に入りこんだ印象を持っています)
あるいはひこさんも「そうだ俺もその気持ちだ」といわれるかもしれません。
しかし、今象徴天皇制を問題にし、天皇の戦争責任を訴え・・というその時でしょうか?
ボクは喫緊の問題もあることですし、これらの問題にこだわりかかずらうことは、
ハッキリ言えば迂遠なことであり、悪くすると相手?を利することになりはしないかとも思っています。
こんな事を書くとひこさんには見放されてしまうかもしれないと思いながら書いています。
気づかい無用とひこさんは仰ってくださいましたから・・・。

ともあれ、そんな僕の現在の心情を表明しましたが、
今回のひこさんのメールで少し気づいたことが有りますので、
一つだけ正にかかずらわることになってしまいますが書かせて頂きます。
玄峰老師や、あるいは御前会議に出席できていた重臣たちが、誰一人戦場に赴き戦場の現実を知らないではないか、
彼らは民草とは縁もゆかりもない人たちではないか、というような趣旨の文章のあとでひこさんは
「このような人たちのことばを私は信じません」と、何ともバッサリという感じでかいておられます。
ボクはこの部分を読み感じてしまったのですが、ひこさんの「過激さ」というよりも、
むしろひこさんも時によればステレオタイプ的な思考にとらわれることもあるのだなということでありました。
言うまでもなく重臣たちに酷悪なる戦場体験を求めるのは土台無理な注文であります。だからと言って彼らの言葉は
全て信じるに足らないものなのでしょうか?
そんな彼らがあの時点でありうべき最上の決断=敗戦を導き出したのではないですか?
とても信じるに足りない連中(そいうれんちゅも中に含まれていたかもしれませんが)が
辿りつける決断ではなかったとボクは思うのですが・・・・。
                              いけだ (8月12日)

ーーーーー

池田さん、大塚さん、小林さん、古川さん、魯参さん、泉田さん、みなさん、

池田さん、
「見放す」ことなどありえません。
わたしは、あなたを見込んだり見放したりする立場に身をおいてはいないのですから。 

重大なともわれる点だけをいくつか指摘しておきます。

ひとつは、このいまを正確に知るためには、過去を正確に知る必要があるのではないか、ということです。
現在を正確にとらえ、よりよい未来を拓くには、過去と断絶してはならない、 ということです。
いまさらワイツゼッカーをひきあいにだすまでもなく、このことを、わたしは肝に銘じています。
わたしの発言はすべて、このいま、この場にかかわるものばかりです。

戦争をおこしたくない、平和を築きたい、これらがこのMLのテーマであるというのなら、
なおさら、そのためにこそ、遠いと思えば遠い、遠くないと思えば遠くない過去に、
わたしたちの兄弟姉妹や父母・祖父母・曾祖父母たちが、
なにを考え、なにをなし、どのような結果をひきおこしたのかを「正確に」知る。
過去のではなく、現在の「わたしたち」(「民族的に日本人に属する者、日本国の「国民」
である者)自身が、朝鮮人、中国人、フィリピン人、インドネシア人、ミクロネシア人、 

その他ものろもろのアジア太平洋のひとびと、だけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカなどをも
ふくめ、地球上のすべてのひとびとに対して負っている責任を自覚すする。
このことが必要なのではないでしょうか?

裕仁天皇の戦争責任を追及するとは、まさに、この「いま」の「このわたし」の責任を追及することであって、
遠い過去にだけかかわることでは、けっして、ないのだと、すくなくともわたしは考えています。

ふたつめ。
「こだわる」ということばに関するおもいです。
あることに「こだわる」ことを忌みきらう習性が、日本人にはしみついているようです。 

なにごとも「水に流す」のをよしとするこの習性では、
ひとつのことを執拗に追及していく姿勢は「こだわっている」としか感じられないのでしょう。

「かけもり」にしても、すでに「過去」になってしまっています。
いまだにそのことを追及するのは「こだわって」いるとしか感じられなくなっています。 

わたし自身は、あの敗戦を「大日本帝国」の植民地都市でむかえさせられ、
おなじとしごろの中国人少年たちからの「いわれなき」迫害を受け、
それが民族的報復であったことを、しだいに知っていくといった体験から、
このわたしが、なぜ、あのころ、あのように熱烈な愛国少年になっていたのか、
なぜ、天皇陛下の御仁慈を全身で感じとり、
「聖戦」である「大東亜戦争」での勝利を確信する少年になっていたのか、
その「わけ」を知りたいがために、
物理学研究者になるはずであった「将来の道」をすて、
その一点に「こだわり」つづける道を選び、
そのことに生涯をささげつくしていまにいたっています。

しかし、なにごともすぐに「わすれ」てしまわなければ、
その、過去になってしまったことに「こだわり」つづけないようにしなければ、
はたして、未来は拓けないのでしょうか?

みっつめ。
説得してはいけない、説明に徹するべきだ。
このことを、わたしは、フランツ・ファノンから学びました。
それに、もともと、わたしは「訴えること」が不得手です。
わたしは「訴え」てはいない。訴えることなどとうのむかしに断念しています。

わたしも、むろん、子や孫やその子や孫たちの時代のことを
考え、想像しないではいられません。
考えれば考えるほど、想像すればするほど、しかし、ろくな未来は見えてこない。
わたしは絶望しているのです。
しかし、徹底して絶望すれば、その先には希望しかない。

よっつめ。
なにごとについてであれ、すべてを知ることなど有限な人間にはとうていかなわぬことです。
問題は「情報量」などではない。
あえて「情報」ということばをつかうとすれば、その「量」ではなく」「質」こそが肝心なのです。

すべて「智」にかかわることを「情報」であると考え「情報」として「処理」してしまうという風潮に
わたしは、どうしてもなじむことができないでいます。
「智」とは、とりわけ「智慧」とは、けっして「情報の多さ」とイコールではないはずでしょう。
人間の生きることそれ自体に深くかかわっていることではないでしょうか?

いつつめ。
あなたとのちがいが鮮明にあらわれているのがこの部分です。
「重臣」ということばをわたしはもちいなかったが、
あなたが、この歴史的に限定されていることばをもちいたので、
わたしも、このことばの指示するひとたちのことをも、問題にします。

「醜悪なる戦場体験」というふうにその体験を「総括」してしまうことなど、
わたしにはとてもできませんが、ひとまずこれはおいて、
その「体験を求める」のは「土台無理な注文」であり、
そのようなことは「言うまでもないこと」だと、
本気で考えておられるのでしょうか?

現実に「無理」であるというより、そんな「つもり」など毛頭ないひとたちであった、 

と、すくなくともわたしは見なしているのですが、そのこともさておいて、
いつの時代にも、戦場にわかものを送りだすのは、自分の身はぜったいに安全なところにおいている
老人たちでした。
そのわかものたちを戦場に送りだしいのちをうしなわせたことについて自分に責任があると
感得しえていたひとたちはごくごく一部だけで、大部分のひとたちは、
戦争が「終わった」あとも安らかな余生をおくるのがつねでした。

むかし、わたしは、こんなことを考えて表明したことがありました。
戦争がおこったら、天皇・重臣・総理・閣僚・大審院判事などなど
国家の枢要な地位についているかたがたが、まっさきに戦場におもむくという制度が
確立してさえいたら、たぶん、だれも戦争をおこそうとはしなかっただろうってね。

集団的安全保障によって自衛隊の海外派遣を是認する法制度が成立しそうなときも、
わたしは、安部総理が率先戦場におもむくべきだと主張しました。

人間ってやつは、自分自身の体験の範囲にはいらないものとことを理解することはできない、
まして、感じることなどできやしない。
電気をとめられたために熱中症で死亡したひとのきもちが、
安部総理にはわかるはずもないのです。

わたしは、電気まではとめられなかったけれど、電話をとめられたことはあります。
貧乏してて、料金未納だったからです。そのころわたしは電話一本で注文を受けるという
生活をしていたから、電話をとめられるというのは、まさに、しごとができなくなる、 

したがって収入の道を断たれるという事態でした。
わたしは、電話局とおおげんかして、とにもかくにも電話はつかえるようにしましたが、 

それはまがありなりにも民主国ニッポンになっていたからのこと。

飢えたことのないひとには、飢えとはなにかがわかるはずはない。
だから、戦場にいない、いかない、陸海大臣や参謀長・軍令部長や、
まして、「重臣」や天皇陛下には、戦争とは「情報」でしかなかったのではないか?

そういうひとたちのことばをしも信じなさいとおっしゃるのでしょうか?
借問します、安部総理のことばも信じうる、信じるべきだとおっしゃいますか?
安部総理も人間であるかぎりは、その発言のすべてが完全に・絶対にあやまっているとは言いきれません。
しかし、じっさいに、このひとがなにを言い、なにをしているかを知れば知るほど、
その言に信をおきうるか、と、考えざるをえないでしょう。

まして、あの「大東亜戦争」の時代の「重臣」や枢要な地位にある陸海軍人・政治家たちの
語ることばを、戦後、そのひとたちとさほど立場のちがわない、あるいは、そのひとたちの言動を、
さまざまな理由からではあるけれど、擁護する立場にたっているひとたちの語ることを、 

すくなくとも、わたしは、眉に唾をつけないで受けとることはできない。

「信じない」という言いかたは、たしかに強烈にひびくかもしれない。
しかし、そのくらいにつよく言わなければ、わたしのこの心情をつたえることはできない。
これをしも「ステレオタイプ」の思考(「的」というのは不正確ではないか?)であるというのは、
人間の「感情」とは、「感情」の激発とは、どのようなものであるかについて、
あまりよく知らないか、そういう体験がなかったかではないかしら?

まちがっていたらごめんあさい。
戦時中のはなしになるからわかりづらいのですが、このあなたの姿勢からすると、
このいまの安部総理、菅官房長官をはじめ、「生産性」の低い人間には
生きる価値はないといわんばかりの発言や、「主権」とは「国家」のもので
「国民」のものではないといった発言をする政治家たちの言動も
「信じない」とは言えないことになるのではないでしょうか?

どんなにひどいひとでも、人間である以上は、全面的に、絶対に、まちがっているとは言えない。
安部総理の言動にしてもおなじです。
肝心なのは、そのときその場の具体的な状況に即して、その言動の正否を
個々具体的に判断し、批判し、その判断と批判に対しては、このわたしが
責任をとることではないでしょうか?

ひこ (8月12日)

ーーーーー

池田さん、大塚さん、小林さん、古川さん、泉田さん、魯参さん、みなさん、

ごめんなさい、またおもいだしたことがるので。
長広舌に退屈なさるかもしれないのですが。

ゲッベルス(だと記憶しているのですが)の卓抜な発言があります。
10年たてばまた戦争をおこすことができる。
前の戦争の記憶がうすれるからだ。
「十年ひとむかし」とこの国のことわざでは言います。

わたしは、かつて、40年という歳月について語ったことがあります。
日露戦争がおわったのは1905(明治38)年です。
アジア太平洋戦争がおわったのは1945(昭和20)年です。
このあいだ40年「しか」たってないとも言えるし、40年「も」の歳月がすぎたとも言えます。

1933年うまれのわたしにとっては、「日露戦争」はとおいとおいむかしの歴史上のできごと、
歴史の授業でおしえられるできごとでした。

ところで、フィリピンがアメリカの植民地にされたのは、1902年のことです。
もうすこし正確に言うと、フィリピンでは19世紀の末に、スペインの支配からの独立を求める
運動が澎湃としておこり、日本国憲法よりもっと徹底して民主的・人権尊重の憲法を制定する
ところまでいき、まさに独立寸前といったときに、アメリカはマッカーサー(日本にきた将軍の父)
を長とする「フィリピン独立支援部隊」を派遣して独立軍を支援する、というタテマエだったのに、
いざ対スペイン独立戦争にフィリピンの部隊が勝利する寸前、くるりとむきをかえて、フィリピン独立軍に
銃をむけなおした、といういきさつがありました。これが1899年。
アメリカは「米西戦争」のあいだにスペインととりひきしてフィリピンの領有権を「譲渡」されていたのです。
フィリピンの独立勢力はこれに反対して執拗に反撃戦を展開しアメリカ植民地政府を悩ましていたのですが、
アメリカ植民地政府は、巧妙きわまりない手をつかって、彼らのゲリラ闘争を、
「非合法化」し、彼らを「匪賊」「ならずもの」と呼ぶようになり(日本国の「破壊活動防止法」は
このときの法的措置そっくりです)、
1902年にいたり、ついに、反植民地闘争を壊滅させ、アメリカ植民地統治は完成したのでした。

それから40年たち、1942年に「大日本帝国軍隊」がマニラを占領したころには、
フィリピン人はすっかりアメリカナイズされており、英語をはなせない日本人をばかにし、
京都大学の日本兵に、おまえは二次方程式が解けるかなどとこばかにして、
文化系のその兵隊ですらそんなものすらすらと解けるのに驚歎した、とか、
日本に飛行機なんかないだろうとバカにして、いま空を飛んでいるのは日本の飛行機だよといっても
信用しなかったとか、
兵隊が立派なスーツケースを持っていたのを見て、これはアメリカ製だと言ってきかなかった、とか、
日本の兵隊の文化程度が「低い」とおもいこんでいた事例がいくらでも、報告されています。

じっさい、マニラでは映画「Gone With the Wind」がテクニカラーで上映されていたし 

(日本では戦後かなりたったからようやく「天然色」といった呼びかたではじまってます)、
日本では氷を入れた冷蔵庫すら上流・中流階層の一部でしかもってなかったのに、
マニラの中流家庭には「電気冷蔵庫」があったし、上流家庭には「マイカー」まであった。
植民地文化というのはそういうものなのですね。

ついでながら、1899年というのは、自由のシンボルであったアメリカという国家が
ヨーロッパ列強と肩を並べて植民地領有國・帝国主義國となっていく時期です。
この年、アメリカはグアムを領土にくわえ、ハワイを併合しています。

言いたいのは、しかし、そのことではない。
40年という歳月は、日本では日露戦争から日米開戦までの年月であるし、
フィリピンではアメリカによる植民地化から日本軍の侵攻までの年月であるという事実を
指摘しておきたいのです。

まして、敗戦後72年です。
かつての「大戦」の記憶などとうにかすんでしまっているのはあたりまえ。

ひこ (8月12日)

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池田さん、小林さん、古川さん、大塚さん、泉田さん、魯参さん、みなさん、
体験しないことはわからない、と書きましたが、補足が必要だとおもいあたりました。
体験とは文字どおりからだであじわったことですから、その当人でないひとにはつたえようがありません。
しかし、ひとには、それをつたえたいという欲求があるし、
つたえてほしいという欲求もある。
そこで、なんとかその体験をつたえようとして、体験をことば化したものを、わたしは経験と呼んでいます。
ことばにするというのは、ある程度抽象化することです。
そうされたものは、ですから、なまの体験そのものではない。
しかし、そうしなければ、自分以外のひとにはつたわらない。
このようにして経験としてつたえうるようになったものは、
それぞれの程度に応じて「共感」されえます。
なぜか?
人間には、想像する力(想像力)がそなわっているからです。
自分自身がからだであじわったことではなくても、
自分ではないひとがからだであじわったことでも、
それを、まるで自分自身がからだであじわったかのように感じとることができる。
これが「共感」ということです。
ただし、そこにはひとつの条件が介在する。
自分の体験をつたえたいというおもいと、
自分ではないひとの体験をつたえてほしいとねがうおもいと、
このふたつがつながったときにだけ、継承は可能となる。
「戦艦大和の最期」というすばらしい作品を残してくれた吉田満さんが、
こんなふうに述懐しておられます。
「日本人はあの戦争と敗北と犠牲の中をただ通り過ぎただけで、
決して体験することはなかったのだ。」(『散華の世代から』、講談社1981、p.54)
体験がつたえうるものとなったときそれを経験と呼ぶと言いましたね。
経験は、ですから、その程度に応じて普遍性をもちます。
それが民族のレベルに達したとき、わたしたちは、それを民族的経験と呼ぶ。
日本人、すなわち、民族的に大和民族に属するひとたちは、
かつてのあの「戦争と敗北と犠牲」を民族的経験となしえなかった。
だから、それを民族的経験としている朝鮮民族や漢民族・満州民族とのありだに、
深い溝ができたままになっているのだと、すくなくともわたしは考えています。
わたしはつぎのように書いたことがあります。(正確な引用ではない。)
「わたしたちは、自分が体験したいことを、体験したいように、体験するだけだ」
たとえ、おなじとき、おなじところにいて、おなじように空爆を受けたとしても、
その体験は、けっして同一ではないのです。
わたし自身は、自分より18年も年長の赤松清和に永年にわたり密着取材して
シリーズ「ある無能兵士の軌跡」を書きあげる過程で、いくども、
このひとの体験を追体験するという体験をしました。
「追体験」とは「共感」するよりもっと深くじっさいに自分自身の体験としてあじわうことです。
これが可能であったのも、わたしのがわに、赤松さんの体験を知りたいという
熾烈な欲求があったからです。
東条であれ、近衛であれ、木戸であれ、裕仁であれ、
ガダルカナルの密林のなかで蛆にたかられながら死体になっていった兵たちのすがたを、
たんに自分の目で見なかっただけでなく、それを見ようとする意欲すらなかった、
としか、わたしにはおもえない。
じっさいに「現場」で苦悩しているひとたちのきもちを、ほんとうにわかろうとしたとは、おもえない。
だから、そういうひとたちのことばなど信じない、と、わたしは言ったのでした。
たんに、体験していないからだめだなんて言ったのではありません。
ひこ (8月12日)
ーーーーー
池田さん、古川さん、小林さん、大塚さん、泉田さん、魯参さん、みなさん、
以下のメールを転送します。
このひとに、象徴天皇制に関してのこのMLでの先日からのやりとりをそっくり知らせたいと
わたしはおもうのですが、ゆるしていただけるでしょうか?
だめなら、わたし自身の書いたものだけでも(相手の固有名詞は秘匿して)つたえたちのですが。
このひとは、東京都の中学の社会科の教師をやっているときに、
日本と韓国との真の友好を回復しようというテーマでの授業が「偏向」しているとして
都教委から解雇されたので、
このひとの歴史の授業とはいったいどのようなものであるのかを
この目でたしかめるために、あるとき、このひとが地域のひとたちにおこなっている授業を
のぞきにいって、感嘆したおぼえがあります。どこにか?
生徒たちに(このばあいは講座をききにきたひとたちにですが)、
自分で考えて判断できるように、じつに正確かつ精細な資料をさがしてきて
プリントしてわたしながら、その内容を説明します。
自分がどう判断するか、どのように考えるかを、はっきりと表明しはするけれど、
けっして、おしつけない、つまり「教える」ことはしない。
こんな先生がいたら生徒たちはどんなにしあわせだろうとおもいました。
こういうひとを教職から追放する都教委って、いったい、なにものなんだ、
とももいました。
以来、私的につきあっています。
といっても、じっさいに会える機会はほとんどないので、
もっぱら、メールのやりとりをしているのですがね。
ひこ 
ーーーーー
Subject: 昨夜のNHK「戦争孤児の闘い」と昭和天皇

皆さま

 こんにちは。増田です。これはBCCでお知らせしています。重複ご容赦を!

 

 件名ですが、昨夜のNHKスペシャル「戦争孤児の闘い」は涙無しには見られませんでした…戦争孤児たち空しく餓死していた時、最高戦争責任者の昭和天皇は責任を免れることに血道をあげる一方、一家でレジャーを楽しんでいました。添付朝日写真はその証拠物件です。「遊山気分」を国民の目から隠すための偽装工作までして。

 詳細は『昭和天皇は戦争を選んだ」(社会批評社)参照??

Attachments area
IMG_0494 (2).JPG
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ひこさん

お申し出の件、ボクの分はもちろんお気遣いなく為されて構いません。

固有名詞もそのままで大丈夫です。とりいそぎ・・・。

                     池田 (8月12日)

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彦坂さん、みなさん

大変活発な投稿が続いていて、すごいと思います。

投稿メールの転送や公開についてですが、
もし「この投稿は非公開にしたい」と希望するときのみ、
その旨を投稿文に書いて投稿してもらうようにしたらいかがでしょうか?

つまり、原則的には転送や公開を可としておき、
転送や公開を非とすることも可能ということです。

それからこのMLはメンバーの方の紹介があればどなたでも参加できますので、
どしどし紹介して下さい。

彦坂さん、この東京都の中学の社会科の教師をやっていた方を
どうぞこのMLに招待して下さい。
わたしか魯参さんにメルアドを連絡してくれれば直接登録します。

大塚 卿之 (8月13日)

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みなさん

本スレッドの最初の頃に要点のみ投稿して
すぐ敷衍するつもりが様々な事情・多忙で
遅れてしまいました。日米関係とその世界
での意味、今後の枠組転換への展望を書く
積りでしたがフェイスブックへのコメント
をここに引用して、更に本スレッドに関し
ての不足分を補いたいと思います:

人類は社会形成により生類を征服するに至

りましたが、生類を絶滅する危険も生み出

しました。それを避けるには社会を一極化

の人工的な金字塔文明(金・物・力の奪い

合いの都市化)の五過(錯誤・束縛・差別・

搾取・殺戮)を循環化の自然的な命帝網

(命・心・和の分かち合いの修養)の五

福(覚醒・自由・平等・博愛・平和)へ枠

組転換する必要があります。国家・宗教・

企業・教育・メディア(現代文明の五つの

主要団

体:活動主体)ほかのあらゆる組織

を金字塔の五過から命帝網の五福へ転換す

ることです。時代の趨勢である情報化・民

主化・地球化を協働・拡大・共有・享受し

ましょう。詳細はこちらを:

            日本文pdf: 枠組転換f 英文pdf: paradigm…
以下追加分:
人類の脳・手:知能・技能:科学・技術が協働・
社会を生み生類の中で覇権を握り生命の上に危険
を齎しています。これは人類の善業と悪業のなせ
るワザ(技・業)で個人・社会単位で根本的に変
える必要があります。それが枠組転換ですが、本
スレッドでは特に社会、中でも国家の問題が中心
ですね。
都市国家(文明地位)以来、国内・国外関係には
差別・搾取・殺戮(階級・奴隷・戦争・植民など)
を生み出し民族国家(誕生地位・権力)は更に民
族を超えた連合国家(合衆国・欧州連合など)を
を生み、運営上様々な制度(民主・独裁・徴税・
徴兵など)を生み五過(錯誤・束縛・差別・搾取・
殺戮)を強め危機を増しています。それを五福(
覚醒・自由・平等・博愛(共有)・平和)に転換
しなければならないのは誰にも明らかでしょう。
国家間の覇権の争いは世界戦争を通じて金・物・
力を持った米国に渡り、米ソ冷戦(代理戦争)に
より現代の状況を生み出しましたが米欧・米日の
同盟は米国覇権に有利に働いています。中ソは政
治経済で台頭しつつありますが戦争か平和かには
欧日(特に米国隷従の日)の動向が重要でしょう。
日本の米国隷従は敗戦後の占領・貧困と米ソ冷戦
による講和条約・日米安保により左右され戦争・
特需・エコノミックアニマル精神による親米・隷
米は強化され今に至っています。日米安保条約や
地位協定などは不平等条約であり日本の政策・生
活(政治・経済・軍事・基地・核など)は歪んで
います。米欧関係と比較して劣る部分を改める事
は当然ですが、日本・人類・生類の為には廃止す
べきでしょう。
敗戦の状況下で出来た日本国憲法にはその根本に
「国家と戦争の世紀」を転換して「生命と平和の
世紀」への転換に向かう大決断である前文と第二
章九条のような生類の未来を照らす灯火がありま
すが、その裏には第一章の天皇についての国家の
過去を曇らせた陰影が憲法成立の経緯にあります。
「国家の神話」は事実ですが、その神話の中核を
をなす神王・天皇は過去にも権力に利用されたし
現在未来にもされる危険があります。クニ(郷土)
を国家(家父長制の家長に例えた天皇や大臣の権
力)として利用する者がいることは世界の現状で
明かなことで金字塔が金で買われ、金が世界を滅
ぼす可能性が濃厚です。国家やその神話を強化す
る象徴も生類・人類・人間(象徴とされる本人や
家族・縁者の不自由・不平等・不平和を強制しな
いことも人権の重大問題である点からも)の真善
美聖和福壽には消滅・廃止が必要・当然のことで
しょう(五過は宿業によってできたもので、本来
また本質的には五福が生命の在り方でしょう)。
国家・宗教・企業・教育・情報その他諸団体・集
団にある五過を無くし五福に変えることは人類・
生類の五福の生命・生活・一生にとって根源的に
大切なことであり、その為に各自が努力し協働し
享受するのは義務であり権利でしょう。真善美聖
の文化・修養・教養・養育は生命・一生の課題・
解決ではないでしょうか?その為に情報化・民主
化・地球化(生命・生態・生体の全体健全)の為
の機会・機械・機能・機関を大いに拡充・拡大し
利用・活用すべきでしょう。
魯参  (8/21)
ーーーーー

2018.8.31
残暑が続きます。皆様如何お過ごしでしょうか。
小林です。
「ひこさん,武藤一羊の作品読みました。」
おかげで,戦後73年の日本についての議論の整理は頭の中ではできました。
1.アメリカの支配、アメリカの覇権主義、アメリカの帝国主義
2.戦前から継続する支配勢力、旧日本の支配勢力、日本の帝国主義
3.憲法の普遍主義(たとえば絶対的平和主義として9条と前文)
この三つの原理の混同、からみあいが戦後の政治的問題において理解をややこしくしているという作者の意見にはそうだと思います。
ただ、戦後生まれの私にとって大事なのは、憲法の普遍主義に対応する世界観・思想が形成されて来なかったということです。マルクス主義も自由主義も日本の戦後の民主主義を支えるものとはならなかった。勿論、戦前の日本回帰もダメです。
敗戦により戦前の狭い臣民的価値観から解放されて、アメリカのよい意味での普遍主義、民主主義や自由主義が流入されたのはよかったとしても、三年ほどするとアメリカの覇権主義そして冷戦構造の中でいわゆる逆コースなる現象が出てきて、戦前の指導層が許されて巣鴨プリズンから出てきて政治活動を始めた。
日本人が敗戦ではなく[終戦]として戦後の世界をスタートしたため、敗戦の重い現実を日本人自らが受け止めて新しい社会を構築できなかった。
ために憲法9条のような平和主義も空洞化してゆく。
自由の恩恵を受けたのはよいが、人がそのために生き、死んでいくという普遍的公共的な生き方・あり方が日本人の心に出てこない。
「死んだら終わり」のやりたい放題の無責任な個人主義では、戦後民主主義は空洞化していく。この精神の空洞化の中からオーム真理教に限らず、多くの宗教的カルト出てきました。戦後の世界で生きる日本人の精神的虚妄を表現しているのが村上春樹の文学だと僕は思います。最近の自殺率の高さなども精神的虚妄とかかわるかと思います。
私は「雁がね堤」という小説を地元の富士ニュースという新聞に連載小説として書きました。10年まえぐらいになるかな。戦後の日本人の精神的虚妄を高度成長期が終了してゆく70年代の自分の青春期に焦点をあわせて書いた作品です。
できれば、戦後の日本人の精神的問題をもう一度小説化して考えていきたいと思います。以下の理由からです。
 憲法の普遍主義(たとえば絶対的平和主義として9条と前文)が日本で根を張るには、このミロクがそうであるように魯参老師の仏教とか古川さんの縄文主義などの普遍的生き方・あり方の世界観・思想・宗教が必要と思うのです。
そういう大がかりの舞台装置が必要かと思うのです。
もっと、踏み込んで言うと憲法9条の平和主義を絶対平和主義ととらえる人の思想は、
僕に言わせると「無我主義」であるということです。
無我主義とは西洋の個人主義を超えるものです。
西洋の立場からは、この無我主義に該当するのは、キリスト教のアガペーでしょう。
仏教的に言うと慈悲の立場です。
とにかく、狭いエゴ的立場から脱却した普遍的・公共的・人類的立場、それがないと憲法9条は空洞化するか、9条が現実的でないという改憲主義の意見に圧倒されるのではないかと思います。
誤解のないように書きますが、無我主義と僕が言うのは私の意見がないという意味ではありません。このミロクの何人かは、かなりの個性の強い自分の意見を表明する人で成り立っています。主体性の強い人たちですね。
ミロクの個人の意見は時に異なります。
でも、憲法の普遍主義を大事にするという立場は、おおむね同じかな?
この憲法の普遍主義を支えるには個々人の深い人生観が必要かと思います。
それは寛容な許容度のある物の見方かと思います。
また、人の生死を乗り越えていける力強い生き方のものであるように思います。

 ーーーーー

 

 

小林さん、みなさん

日本は九月に入りましたが残暑も朝夕は涼しく

なって来たでしょうか?

 

先日は戦争特集に関して「群盲撫象」の法話を

紹介しましたが、自分の触れた(経験した)所

をもって全体と思うのが自己中ですね。自己中

を絶対視して群盲は喧嘩を始めたというのがこ

の話の提示する問題で鏡面王(鏡面ならありの

ままを写しますね)はそれに対する解答です。

 

8月30日10:15からNHK番組「自律神経セル

フケア術第五回「イライラが変わる」でイライ

ラは自己中から来るが、それは交感神経を活性

して血圧上昇・呼吸急浅などストレスになると

言い、ゆっくり呼吸すると良いと言うことです。

自己中という痴が貪瞋を生むのは仏教の三毒の

教えですが、自己中が戦争・核・暖化・大量絶

滅に繋がり、身の毒世界の毒になり死滅に至り

ます。

 

西洋の個人主義は植民主義を生みAAAAを席

捲Aで唯一日本は洋才として取り入れて敗戦と

なりました(「和を以て尊しと為す」和魂なら

殺し殺され今に至るも利己主義に隷従し普遍主

義に徹しません)。自己中が国家主義になり、

権力・覇権の餌食になることを可能にしていま

す(権力による被支配者が国家の名に胡麻化さ

れて権力・覇権構造を温存するのに一役買って

いるー自国は自己中の群盲によるーのです)。

歴史的客観からは村・町・郷・国から地球に進

む事が判るでしょうが、全体観(鳥瞰)からは

世界の現状は(国家に名を借りた)権力者の独

裁と化し国民はその餌食となっています。大衆

がこれに覚醒すれば人類・生類としての観点か

ら国家を超えた法制・社会・交流・文化を生む

でしょう。

 

国家という仮構により日本は米国に占領されそ

のまま冷戦構造の枠組にはめ込まれ(講和・安

保・地位協定など)今に至っているというのが

現状でしょう(植民地の買弁政権と同じで、権

力は宗主国に隷従し国民を餌食にして甘い汁を

吸おうとしている、その為に危機をあおり軍備

戦争・安保隷従を必然としています)。大衆の

覚醒・連帯・活動・不動(国家・戦争等の覚醒

による)が必要・必須でしょう。

 

魯参 (9月1日)

ーーーーー

小林さん、ひこさん、みなさん

ひこさん紹介の文献を読まれて、それに触発されたのでしょう、
この小林さんの一文がすごく分かりやすく、
20年生まれの僕にとっては(ほぼ小林さんと同時期ですね)、
我々の時代を大まかに捉えるのに大きなヒントをもらうような気がしました。
『戦後の世界で生きる日本人の精神的虚妄・・・』という箇所がありますが、
まさにそのただ中で僕らは呼吸していきてきたんだった・・・の感しきりですが、
村上春樹の作品がその文学的表現だとは、食わず嫌いで今まで読みもしなかった作者なので
(ボクはアナクロニススティック?なのか、今もって志賀文学的なものの愛好癖あり、
現代文学にほぼ親しんでいません)、あらためて「へー!そういう位置づけができるんだー!」と思ったものです。
ちょっと彼の作品に食指が動きましたが、果たして手にするかどうですか?

 それと『憲法の普遍主義が根を張るためには、・・・・などの普遍的生き方、あり方の世界観・思想・哲学という
大掛かりな舞台装置が必要・・・』とも述べてられますが、まさにそこは急所じゃないでしょうか?
そういった根本の舞台装置が構築されていないから、こんなに絶壁に面しているどん詰まりの現代に至ってなお、
我々はグランドデザインを描けない、そんなことを思わされます。

 ただこの精神的虚妄、もしくは現代日本の道義的退廃の原因・由来を尋ねて
象徴天皇制あるいは責任を取らないまま?のヒロヒト天皇に帰するということがもし有るとするならば
(ボクの捉え間違いかも知れないのですが、ひこさんの文章にどうしてか、そんなことを感じるのです。
捉え方に間違いがあればごめんなさい)、それはちょっと違うだろうとも思っていて、
もっと広い文化・文明的な視野の元に捉え直すんだろなあと
漠然と考えています。
                    池田 (8月31日)

 

ーーーーー

池田様

 ひこさんのご紹介で、このMLに入れていただいた増田です。今までの経緯を知らないので申し訳ないのですけど、以下の点、

>この精神的虚妄、もしくは現代日本の道義的退廃の原因・由来を尋ねて
象徴天皇制あるいは責任を取らないまま?のヒロヒト天皇に帰するということがもし有るとするならば
…それはちょっと違うだろうとも思っていて、

 ここ、私は気になります。池田さんはヒロヒト天皇が何をしたか、基本的な事実をご存じではないのではないか、という気がするのです。ぜひ、拙著『昭和天皇は戦争を選んだ! 裸の王様を賛美する育鵬社教科書を子どもたちに与えていいのか』(社会批評社)をお読みいただけないでしょうか。

 私は「現代日本の道義的退廃の原因・由来」において、「象徴天皇制あるいは責任を取らないまま?のヒロヒト天皇」の猛毒は決定的であると考えています。

(9月1日)

ーーーーー

増田様

ボクのMLメールへのコメント、有難うございました。

増田様とは初めてのやりとりになりますが、よろしくお願いいたします。

夏休みが終わり、業務が始まりますのでメールも間遠になってしまうかもしれませんが今後ともよろしくお願いいたします。

メールをお読みして一番に思いました事は、「現代日本の道義的退廃の原因・由来」を考える時、

「象徴天皇制あるいは責任を取らないままの?ヒロヒト天皇の猛毒が決定的」だとおっしゃっていますが、

やはりそんな現実の捉え方というか、思考の方向性、

あるいはある種の傾向性というと言いすぎかもしれませんが、

その辺がボクとはだいぶ違うということです。

天皇ヒロヒトが何をしたか、増田さんが言われるようにその“基本的事実”を僕が知らないということはあるかもしれませんが

(お勧めのご著書を読んでみようと思っております)、僕にとってはそれはまた別の問題なのです。

「自分はどうなってもいい」と自己を投げ出す人間と、「助けてくれ」と命乞いをする人間とでは大変な違いですからね。

どっちが一体ほんとうなのか、その時から70年以上経って今もってそんなことすら帰着していないで、

世の論争を見ると何だか自分が信じたい方を掲げて戦いあっているようですし、考えると何とも愚かしいことです。

事実は一つですから、早く事実をつきとめたらいい。この問題に関しては僕は単純に事実が明らかになればいいという立場です。

ところが「現代日本の精神的虚妄や道義的退廃の原因・理由」ということになれば、

僕はこれは今日もう日本だけの問題ではなくて、全世界的に共有すべき問題と感じています。

「精神的虚妄や道義的退廃」が日本固有の問題ではなくて、先進国をはじめ全世界的に見受けられるのであれば、

現代文明に通底する何らかの要因がある訳で、天皇制という地域的問題だけにその罪を帰するのは少々無理ではないでしょうか?

70年前に天皇制が廃され、ヒロヒト氏が責任を取ったということが明瞭な形で示されていたとしても、

我々日本人は、果たして今日の精神的虚妄や道義的退廃を逃れ得て立派な民になっていたでしょうか?

僕はそうは思わないのです。あの世界戦のあと70数年、やはりこの長い?短い?歳月を、

程度の差はあれ世界中の多くの人びとと同じように、我々日本人も時代に巻き込まれてきてしまった。

迂闊であった。巻き込まれたのは、権利・人権・個我尊重?あるいは豊かさ?物量?消費?便利・快適さ?

左と右の過ぎてしまえば空虚な政治論争?などなど、色んなものが考えられるでしょう。

そしてとどのつまりが古川さんが端的に表現している「今だけ、自分だけ、お金だけ」の現状です。

いみじくも小林さんが言っていたように無我主義とでもいったものが、これからの大きなヒントなのかもしれませんが、

いずれにしても、これも小林さんが言う大掛かりな舞台装置の構築が必要だと思うのですが、

その装置の中に、僕の場合は天皇制やヒロヒト天皇に関わる要素はあまり大きくはありません。

(以前にも言ったんですが、増田さんは多分お読みになっていないでしょう、天皇制に関する僕の見解は、

今後世代を重ねるうちに天皇家に対する国民感情も変容するだろうし、

将来世代に委ねる気持ちです。盛衰はあったにしても千年という単位で続いてきたものならば、

急激な変化を求めないで、今しばらく自然の変容に任せておいたらいいという、

ある意味いい加減と言われるかもしれませんね、そんな程度の立場です)

                                池田 (9月1日)

 

ーーーーー

池田さん、みなさん、
全世界に共通な、つまり地球規模の人類全体の問題であるのだとしても、
そんなふうに問題を、論証ぬきで、感覚的に「普遍化」してしまう姿勢は危険だと、
すくなくともわたしはおもいますよ。
このわたしが純粋にわたしひとりとして生きていくことができないこと、
このわたしのうちには、過去から現在の日本民族のひとりとしてのあらゆる資質が
とけこんでいること、ということはすなわち、一挙にひろげれば、世界人類の過去から
現在が体現されていること、それくらいはわかります。
だからといって、しかし、このわたしに関係する問題のひとつひとつには
世界人類共通の問題があるといっただけでは、このわたしの問題を
真に解決していくてがかりは得られないでしょう。
かんじんなのは、わたしたちひとりひとりが、まず、自分のまわりにある問題を
自分自身の問題であるととらえて、自分自身で解決しようとしていく姿勢では
ないでしょうか?
その、あえて強調しますが、ひとつひとつの特殊具体的な問題を
特殊具体的に解決していこうとする姿勢をしっかともつことがカンジンなのだとおもいます。
その姿勢をきちんともたないでいるなら、「大がかりな舞台装置」をもとめる意味がない、
というよりその精神的基盤ができていないのではないか?
東大法学部在学中に「学徒出陣」に遭遇し、戦艦大和の乗組員として、あの無謀な
沖縄突入作戦に参加し、奇跡的に生命を救助され、戦後は日銀に勤めて「復興」と
「高度成長」をになうと同時に、「戦中派」としての戦争体験を文学的に記してもきた吉田満が、
1975年に「週刊読書人」に発表した「戦争文学者、この三十年の心情」のむすびのなかで、
つぎのような心情を吐露しています。
《日本人はあの戦争と敗北の中をただ通り過ぎただけで、決して体験することは
なかったのだ。》
この「日本人」のまさに象徴が裕仁天皇であったのですね。
なにが言いたいのか?
要するに、日本人は、民族として、どのようなできごとであれ、
それを、体験としてみずからのうちにとりこむことができないままできた、ということ。
だから、そのとうぜんの帰結として、アジアで2000万人もの他民族の人間を殺し、
みずからの民族にも300万にのぼる死者をうみだしたあの戦争における
自分自身の責任を、みずから明らかにすることができないまま、
戦後の高度成長に浮かれ、他民族からすこしでも批判をうけると、
不当ないいがかりをつけられたとばかり逆ギレするような状態のまま
こんにちにいたっているのではないか?
こういう「日本人」の「象徴」が天皇なのであるのですから、
天皇の戦争責任を追及するということなは、とりもなおさず、
自分自身の責任を追及するということになるのです。
また、そうでない追及など意味をもたないのです。
逆にいうなら、天皇裕仁にはなんら責任がないと言うことは、
あの侵略戦争に対する自分の責任はないと言うことにひとしいのだと、
すくなくともわたしは考えているのです。
たとえ、その時代にはまだ12歳にもいたらないこどもであってわたしに、
たとえ、戦後にうまれて、あの戦争はとおいむかしの歴史の教科書のなかにしかない
というひとたちにとっても。
このような姿勢を、つまり、
このわたしが、このわたしの属する民族が、
他民族に属するひとたちに、どんなにひどいことをしたのかを、
自分自身の問題としてとらえることができないままで、
いまの自分の幸福な生活を無邪気に享受しえているその姿勢を、
わたしは道義的頽廃と呼んだのです。そして、
あの敗戦のとき、日本人=日本民族の最高責任者であった
裕仁天皇が、いっさいの責任を東条以下臣下の一部に押しつけて、
自分自身は、「平和な」生活を享受しながら「天寿を全う」しえたという、
この事実は、だれも否定することはできないでしょう。
だから、この道義的頽廃の「根源」をこのことにもとめたのです。
もういちどいいますが、天皇裕仁「個人」がどうたらこうたらいうのでは
けっしてありません。
たとえば、「自分はどうなってもいい」と身を投げだす天皇像と
「いのちごい」する天皇像と、どっちが事実なのか、
めいめいが自分の信ずるところを主張しているだけではないかといった、
戦後うまれのひとりとしては正直な反応ひとつとってみても、
わたしは、すぐに、あの「南京大虐殺幻」事件を想起しますね。
「日本人」のなかにはある「釣りあい」の感覚が根強く存在しています。
この感覚そのものはけっしてわるいものではないのですが、しかし、
それを利用して、ある意図的な意識操作がなされるとなると、
この感覚がきわめて危険な方向へとはたらきます。
ある事実を、全否定しようとする意図をもったとします。
具体的には、南京大虐殺(Nanking Atrocitiesとして世界的に知られている)は「なかった」と
ひとびとに感じさせるには、その事実をまっこうから否定するといい。
いいかえれば、そんなことはなかった、幻にすぎない、という、もうひとつの「事実」を提示する。
すると、日本人の釣りあいの感覚がはたらいて、
真理はその中間にあるのだと、おおかたのひとがおもうようになる。
じつは、南京を日本軍が占領した直後からそこで、なにが、だれによって、
どのようにおこなわれていたか、という事実の掘りおこしは、
ほかでもない、加害者側の民族に属する日本人の研究者たちによって、
長年月にわたって、地道に、「発掘」されてきていたのです。
その努力の成果が、そんなものは幻だったという主張があらわれたために、
一挙に無にされてしまった、というのが実状です。
学問的に地道な努力が、ある政治的意図をもった無責任な言説によって、
みごとに否定されてしまう、すくなくとも「相対化」されてしまうのだということを、
わたしは、この「論争」なんて言えないのだけど、しかし、表面的には
たしかに「論争」のかたちをとった、この一連の経過を体験して、痛感しました。
裕仁が戦後どんな心情を吐露していたかといった「記録」が、このところ
新聞紙上に散見されます。記録者は、元「侍従」です。
侍従という立場のひとからすれば、ごくごく自然に感じたことを記しているだけですから、
これが「事実に反する」といった言いかたをするつもりは、ありません。
しかし、元侍従の発言であるという事実はしっかとこころにとめておきます。
ひとりの人間のこころのうちにまでたちいってあれこれ言うつもりは、
わたしにはありません。
ただ、責任を負う立場にある人間の言動には、
当人が意識しているかいないかにかかわらず、
社会的責任がともなうでしょう。
どのような「つもり」でああいう表現をとったのか、あとからいくら弁明しても、
そのとき現に口にして、ほかの人間たちの耳にはいったことばは、
それを口にした当人が、公的な立場にあればとうぜん、責任をもたなければならない。
「ことばのあや」という裕仁氏の発言についてもおなじことが言えるでしょう。
ひこ (9月2日)
ーーーーー

池田さん、みなさん

この投稿文への意見ではなく、小さい文字で
読みにくい方もおられると思いますので、
大きな文字にして途中に改行も入れて送ってみます。

天皇制の問題、非常に関心があります。
池田さんの言うように、真実を知りたいところです。

マッカーサーの前で「「自分はどうなってもいい」と
言ったとされることについても、
本当かどうかは分かりませんからね。

そのためには白紙の状態で、何かにとらわれないで
知りたいものです。

つい最近の新聞に昭和天皇が侍従の方に漏らしていた
言葉が載っていましたね。
「長生きしても、まだ責任追及をされる・・・」
というようなことが。

みなさんの活発な意見を聞きたいものです。

大塚 (9月2日)

ーーーーー

 

大塚さん、みなさん、

この感想は、元侍従の記録したものだということに、注意を喚起しておきましたが、
しかし、裕仁氏本人のいつわらぬ感想だとすれば、なおさら、イヤな感じを受けてしまいます。
なぜか?

「まだ」「責任」を「追及」されるというのは、
被害者としての感慨です。
つまり、「ほんとうは」自分には責任なんかないのに、
こんなに時間がたっても「まだ」ないはずの責任を追及されなきゃいけないのか、
と、嘆いているのですね。

ほんとうに自分に「も」責任があるのだと感じているひとの口からは、
こういう感慨はわいてこないはずです。

このひとは、東条英機をはじめとする「A級戦犯」が愛国者・愛国的殉難者として
靖国神社に合祀されるのをいやがていて、合祀されたのちには参拝をとりやめたとのこと。
なぜか? 東条たちを愛国者として認めると、そもそも戦後をこのような「天皇制民主主義」
の国家にした自分の立場がうしなわれてしまうからだそうです。
だれが書いていたのか、いま、おもいだせないのですが、左翼ではないひとですよ。

「自分はどうなってもいい」と言ったというエピソードの根源はほかならぬ
マッカーサーの回想にあるのですが、この回想の内容そのものがそれほど
その当時の現実を忠実に再現しているかは眉唾ものです。
このおはなしにはつづきもあって、裕仁天皇が責任をとって退位したほうがいいという 

意見を、余人ならぬ、天皇の側近であった木戸などさえ、天皇に進言していたし、
裕仁氏にも「その気がなかったとは言えないが」、ほかならぬマッカーサーが
退位をみとめなかった、という落ちまでついています。

ひこ (9月2日)
ーーーーー

 

大塚様、池田様

 増田です。

>マッカーサーの前で「「自分はどうなってもいい」と
言ったとされることについても、
本当かどうかは分かりませんからね。

 これは『天皇は戦争を選んだ!』にも書いておきましたが、2002年10月1日付朝日新聞夕刊に朝日記者の情報開示請求によって1945年9月27日のヒロヒト・マッカーサー会談の記録が開示され「当該発言は無かった」と決着がついています。

 しかし、この真っ赤なウソ話を、たぶん99%の日本人は信じ込んでいるだろうと思います。「世界史上、最も成功したプロパガンダ!」と言ってもいいのではないかと…

 ただ、常識的判断力を持つ人なら

「じゃ、なんで、1941年の何回もやった御前会議で『自分はどうなってもいいから国民を救うために開戦は止めてくれ』と言わなかったんですか?」

「じゃ、なんで、1945年2月14日に近衛が『共産革命を防ぐために降伏を』と言った時に、軍部に対して『自分はどうなってもいいから国民を救うために降伏しよう』と言わなかったんですか?」

「じゃ、なんで、1945年3月10日の東京大空襲跡地を視察したときに、軍部に対して『自分はどうなってもいいから国民を救うために降伏しよう』と言わなかったんですか?」

「じゃ、なんで、1945年 3月26日 ~6月23日の沖縄戦のときに、軍部に対して『自分はどうなってもいいから国民を救うために降伏しよう』と言わなかったんですか?」

「じゃ、なんで、1945年8月6日に原爆が投下された時に、軍部に対して『自分はどうなってもいいから国民を救うために降伏しよう』と言わなかったんですか?」

と次々にヒロヒト天皇に言いたくなると思うんですけど、なぜか、普通の場合は十分に常識的判断力を持つ人でも、天皇に関する場合、思考がバッタと(笑)停止してしまうようなのが私にはとっても不思議です。

(9月2日)

ーーーーー

大塚さん、池田さん、みなさん、
たいせつなことが、この増田さんの文章にはふくまれているので、あえてひとこと。
マッカーサーの発言について、「眉唾」だと言って、まっこうから否定しなかったのは、
この、いかにもマッカーサーが誇らしげに言うでもあろうということへの注意を喚起したかったからです。
一般に、「回想」のたぐいはその内容をそのまま信じるとあやうい。
伝説の起原はたいていあやふやな伝聞です。
かんじんかなめなのは、増田さんがそのあとに列挙している事実なのです。
これらは、いずれも、裕仁という人物がいかにあやふやでいいかげんであたかを
雄弁にものがたっている事例ばかりです。
裕仁氏は、自分は「立憲君主」であって「専政君主」ではなかったと、いくども
強調しています。
現実には、しかし、そのときのつごうで、というより、自分一身の利害によって、
このふたつをつかいわけています、おそらくは意識しないで。
2.26で蹶起した青年将校たちは、裕仁天皇が自分たちの真意を理解してくれると
確信していたのに、その「恋情」を裕仁という名の君主は、弊履のごとく棄却した。
このとき、彼は、まぎれもなく専政君主であった。
なのに、あの戦争を終結させるか否かに関しては、一方では、専政君主として
元老たちの忠言をさえしりぞけて我意を通し、
できもしない「もう一勝」にこだわりつづけ、
そのために日本「国民」の多くを、とりわけヒロシマとナガサキの市民を、東京を
はじめ多くの諸都市にくらしていた「国民」を、死においやることも辞さなかったし、
裕仁天皇のために「満州」に「開拓民」としてでかけた多くの「国民」を見殺しにする
こともいとわなかった。
その一方で、ポツダム宣言を受諾するか否かの「御前会議」では
立憲君主としてふるまった。
いえ、じっさいには、立憲君主を演じていた(ふりをしていた)のですがね。
このあいだも指摘したと記憶しているけれど、
裕仁というひとは、「大日本帝国」のすべての支配者のだれよりも、ひどく、
日本「国民」が「ピープル」としての自覚をもつようになることをおそれていたのですね。
彼にとって、それは「赤色革命」に直接つながる事態としてしか理解できず、
したがって、これを防止するためなら、「敵の軍門に降る」ことにも躊躇はなかった。
占領軍にかわいがられるためなら、沖縄を売りわたすことも平然とできた。
《なぜか、普通の場合は十分に常識的判断力を持つ人でも、天皇に関する場合、
思考がバッタと(笑)停止してしまうようなのが私にはとっても不思議です。》
わたしもおなじ感情をいだいているのですが、このわたしにとって、
増田さんがふしぎに感じる以上にふしぎでしかたがないことがあります。
大正デモクラシーの時代を生きてけっこう民主的な心情をもっている
うちのおやじの年代の知識人たちが、こと天皇に関すると一般庶民の天皇崇拝と
かわりない親近感をすてきれないでいた。これならまだ理解できる。
しかし、戦後にうまれて、戦後民主主義のなかでそだったはずのひとたちまでが、
こと天皇にはなしがおよぶと、とたんに、なんともあやふやな親近感のかげに
かくれてしまって、論理的な考察をしたがらないという現象。
これは、どう考えても理解できないのですね。
ひこ (9月2日)

 

 

 

 

原爆紙芝居完成・見せます!平和は明るい

みなさま
 
こんにちは。
魯参さん、「長崎キリシタン史ツアー」のお知らせを転送して
くださってありがとうございます。
 
5月から取り組んでいた原爆紙芝居がやっと今日完成しました。
毎年1作ずつ描いて、今度で5作目になります。被爆者の方から、
屋根瓦の色や服装など細部まで色々教えていただきながら
「直接聞くことの大切さ」を痛感しています。爆心地を通った
「時間」によって川の水位が違ったり、地面の色が違ったり。
白黒写真からはわからない「色」も、未来へつなげるたいせつな記憶。
 
多くの方が口をそろえるのは、「平和は明るい」ということです。
戦時中は空襲をさけるための灯火管制で、電球には覆いをかけて
暗くしなければならなかった。戦争が終わって、家々の窓に明かりが
灯ったのを見たとき、「平和ってこんなに明るいんだ」と多くの方が
感じたそうです。もう「暗い」時代を繰り返さないために・・
高齢化する被爆者の方の分まで記憶を伝えたい。紙芝居を持って
かけつけますので、皆様、いつでも声をかけてください。
西岡由香
 
Attachments area
原爆紙芝居.jpg
ーーーーー

由香さん、みなさん

原爆紙芝居五巻の完成おめでとうございます。
添付の一枚も命が払しょくされた世界の三途
の河を累々たる死体を踏みながら魂を失って
彷徨する世の末が迫真的に描かれていますね。
それを実体験した人達の証言を取り込めた作
者の幸運の傑作です。しかもその五巻を持っ
て伺います」と言うのですから拡散・確証を
してもらうように共に努力しましょう!!!
もう一時を回っており五時には起きないとい
けないので返信のみにしますがブログ・ML
の拡散をさせてもらいます。みなさんにも宜
しくお願します。
ーーーーー

 

魯参

「平和は明るい」についてコメントをした

かったのですが時間がありませんでした。

私は新潟の片田舎に住んでいましたが、
空襲警報のサイレンが鳴れば電球には覆い、
窓にはカーテンを引いて爆撃機が通り過ぎ
警報解除まで息を殺して待ちます。世の中
一切が殺し合いへの総動員ですから心の中
が真っ暗になるのは当然です。
「華開世界起」:桜が咲けば春ですが、花
一輪が部屋を新世界にします。核は世界を
暗くします。平和の俳句に次の一句があり
ました:
同じ句集には次の句があり、人間を非人間
(人非人)にするのが戦争です:
その異常を正常にするのが一切人間・生類
の真理・倫理でしょう。そしてそれは可能
なだけでなく生き物としての真実・道徳で
しょう:
核の傘ではなく九条の傘を世界に広げ一切
生類の絆を早く強化しましょう:

 

ーーーーー

ゆかさん、魯参さん、みなさん、
ゆかさん、
「キリシタン史ツアー」の案内人にはまさにうってつけですね、あなたは。
わたし自身は、おかねと体調とのふたつの原因から、参加はあきらめますが、
さぞかしたのしくみのりの多い旅になることでしょう。
いえ、そうなることを切望します。
「平和は明るい」に、いまさらながら、感無量でした。
灯火管制がなくなった、もう黒い傘などつけないですむ、暗幕みたいなカーテンも
はずしていい、防空壕のくらやみのなかで耐えなくていい、といった、
きわめて即物的な(sachlich)感情は、端的に戦争がおわったという「感覚」を
なによりも雄弁にものがたっているからです。
さらにいえば、「戦争がおわった」という感覚は、「平和になった」という感覚と、
じかにむすびついてはいなかったようにおもいます。
「戦争がおわった」のほうは直接的に体得しうることですが、
「平和」という概念は、そのころの日本人にとっては、無縁なものでしたから、
戦争のない状態を平和と呼ぶという感覚はなかったとおもいます。
「平和は明るい」というのは、戦争がおわってそうとうの年月を経ている
このいまになって、むかしをおもいだして、そこではじめて出てくることばなのだ、と、
わたしにはおもえてなりません。
ところで、みなさん、
戦時下、つまり戦争中のひとびとのくらしを感覚的にとらえることのできない
戦後の世代のひとたちは、ともすれば、あの時代を、ひとしなみに暗黒時代だったと
おもいがちでしょうが、どっこい、どんな状況のもとでも、人間のくらしってものは
そうそうことなるものではない。
そしてまた、本州・四国・九州とそのまわりの島々でのくらしは、一様でなかったどころか、
ところによっては、天と地ほどのちがいがあったってことも、ついつい、見のがしてしまいがちです。
あの時代を生きた者ですら、あとからふりかえり、おもいだしてとらえる時代相と、
じっさいにそのときそこにいて体験したそれとの懸隔はそうとうに大きいものです。
ごくごく概念的に、たったひとつのことだけとりあげても、
たとえば、灯火管制はほぼ全国的に敷かれていたと見ていいけれど、
じっさいに空爆を受けたのは、東京・大阪などの大都市だけでなく、
地方の県庁所在地くらいの中小都市もではあるけれど、
都市から離れた山村では、事実上、なんにもなかった。
「明るい」「暗い」ということにじかにかかわるおはなしをすれば、
じっさいに、1945年の5月、つまり東京が3月大空襲の被害を被り、
阪神・中京地帯も熾烈な空爆にさらされ、わたしのいた仙台でも、
空爆によって市の中心部は壊滅したその時期ですが(もっとも、
この空爆はわたしたち一家が出発してまもなくのことなので、
わたしたちは体験していないのですが)、この時期に
「満州」の先端「遼東半島」の軍都旅順に着いて、なによりも
おどろいたことは、戦争など遠い遠いかなたのできごとで、
旅順市内でのくらしは、またく「平和」そのものであったことでした。
灯火管制はたぶんここでも実施されてはいたのでしょうが、しかし、
じっさいに市内が暗かったという記憶はない。
いちおう配給制は「内地」とおなじく実施されてはいたけれど、
そのじつ、なんでも好きなものは好きなだけ買えたし、
飢えにくるしむひとなどまったくいなかった。
仙台にいたころは、わたし自身、飢えていたというのに。
旅順にいて空襲警報のサイレンを耳にしたことは一度もなかった。
国民服や巻き脚絆、戦闘帽といった服装の強制、
軍事教練が熾烈であったこと、
学校の校庭が農地と塹壕とに変ってしまったこと、
ふつうの授業がなく、農作業と軍事教練だけだったこと、
そんなことで、たしかに、戦時下であることは意識させられていたけれど、
しかし、じっさいに空襲を受けなかったので、
戦争がピンときてなかった。
天皇の「玉音放送」も聴いたのは先生がただけで、
わたしら生徒は、校庭に整列して待っていただけでした。
ですから、校長先生が「耐え難きを耐え忍び難きを忍び」と訓示しても、
なんのことやらわからなかった。
敗戦という現実が、感覚的にピンときてなかったのです。
敗けたのだということは、そのうち、ひしと感じることになっていくのですが、
以上のべたような諸点で、敗戦の体験は、「内地」のそれも都市にくらしていたひとたちとは、
天と地ほどことなっています。
ひこ
ーーーーー

皆様

 

こんにちは。

今日、被爆者で構成される「紙しばい会」が開かれ、私が描かせて

いただいた紙芝居も発表されました。

先日、ご遺骨を集めた東本願寺の「非核非戦の碑」を紹介しましたが

被爆者の方から「紙芝居にご遺骨を描いてほしい」と依頼されました。

「こういう碑があることを多くの方に知ってほしい」と。

正直、うろたえました・・私が目にしたご遺骨を・・どうやって

描いたら良いのだろうって。

その時、思い出しました。8月6日、大分県臼杵市で講演したとき

「臼杵の石仏」の近くへ連れて行っていただいたことを。

石仏は山の中腹に彫られているので、そこまでは登れなかったの

ですが、山のふもとに広い蓮池があり、うつくしいピンクの蓮の

花が、まるで手のひらをあわせるように咲いていました。

それで、描いたのがこの絵です。

ひこさんが以前書かれていたことばを思い出しています。

「死者を供養するやり方は人それぞれで良いのだ」と。

ある人は音楽。ある人は行動で。

この絵も、彼らへの供養になれたかなあ・・

毎月9日にはお寺で法要が行われているとか。来週、行ってきます。

 

西岡由香

 

       

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非核非戦.jpg

ーーーーー

ゆかさん、

 

よくぞ、でかした!

このまえ、沖縄の遺骨の写真を紹介しましたね。

あの写真だって「ありのまま」をただ写しとったものではありません。

 

まして、絵は、「きもち」をつたえるものでしょう?

あなの絵には、あなたのこのいまの心情がうつしだされています。

あなた自身の「私的な」きもちがこめられた絵は、そのまま、普遍性をもつ、

つまり、見るひとのきもちにひびくはずです。

 

わたしは、ゆかさんがおぼえていてくれたように、

わたしにはわたし「だけ」の「とむらい」かたがあるのだとおもっています。

「とむらう」という動詞には「かなしむ」きもちと「いたむ(悼む)」きもちの両方が

ふくまれています。

 

かなしむこともいたむことも、本来、私的な行為です。

みなでよりあつまってするものではありません。

 

そういうと、一般におこなわれている式典を否定しているように受けとられるかもしれない

ので、ひとことつけくわえておくと、わたし自身は、みんなでとむらう行事には、

長崎の原爆被害者の「慰霊祭」のような特別のばあいをのぞいて、

出席はしません。

けれども、そういうやりかたを否定もしなければ、わたしのやりかたを、わたしではないひと

に押しつけるつもりも毛頭ありません。

 

たとえ、みんなでよりあつまってとむらいの儀式をやったとしても、

たいせつなのは、そこに出ているひとりひとりのおもいです。

だから、こうしなければとむらったことにならない、

それでは死者の魂を慰霊したことにならない、

などというひととは、ぜったいにおなじきもちにはなれません。

 

国家の慰霊が、どんなに「厳粛に」おこなわれようと、

ぜったいに、死者の霊をほんとうになぐさめることにならないのは、

むろん、本来純粋に私的な好意であることを、

国家が代行することなど不可能なだけでなく、

みんなでよりあつまって(集団的に)おこなうからだ、

と、わたしは考えています。

 

「紙しばい」という、映画もろくに見られないしテレビなどなかったわたしの時代の

こどもたちの唯一のたのしみが、あらゆる映像が氾濫しているこの時代に

復活していることには、深い意味がくされているように感じています。

芝居は舞台を必要としますが、紙芝居は、絵を順番に送りだして見せる

カンタンナ道具があればすぐにでも「上演」できます。

いいおもいつきですね。

 

ひこ

ーーーーー

由香さん、みなさん

早速、原爆被爆者たちの会の「紙しばい会」で

発表のニュースを有難うございました。

「遺骨を描いてほしい」の要望に「どう供養す

るか」を思い、広い蓮池の「合掌するような蓮

を想い」描かれた発想も作品も素晴らしいもの

ですね。遺骨も薄緑に彩られて鎮魂され「共に

生きよ」の言葉を発し、蓮池全体が、泥田に染

まらず、蓮の葉の水滴に描かれるように、清ら

かに咲くように古来のメッセージを伝えて画面

全体が明るく希望に満ちているようです。地獄

の絵図の原爆の惨禍を伝える紙芝居の中にこの

ような明るい絵を加えられたことは未来への希

望を与えてくれるものです。蓮の花は俗世界を

超えた涅槃悟りの世界・極楽浄土(原語sukha-

vatiは幸せに満ちたという意味で空間的場所を

表すのではなく涅槃の状態)を表し一切への供

養(可能性・実際)を表すものですから大成功

ですのでご安心下さい。

 

早速、平和世界のサイトの「非核非戦」と「紙
芝居」の両方記事に追加させてもらいますので

ご了承ください。

魯参

 

ーーーーー

ひこさん、魯参さん、みなさま

 

おはようございます。(日本は朝です)

昨夜「投稿してよかったのだろうか・・」と思いつつ眠りについた

ので、今朝、ひこさんと魯参さんのあたたかいメールに救われる

思いでした。ありがとうございました!

魯参さん

「蓮の花は俗世界を超えた涅槃悟りの世界・極楽浄土(原語sukha-vati

は幸せに満ちたという意味で空間的場所を表すのではなく涅槃の状態)

を表し一切への供養(可能性・実際)を表すもの」

 

そうなんですね!知りませんでした・・

無意識に蓮の花を選んだつもりでしたが、実は死者たちが「描かせて」

くれたのかもしれません。

 

ひこさん

「とむらう」という言葉で、アイヌことばの「トムラウシ」という

ことばを思い出しました。(同じ名前の山があるので)

意味は色々あるようですが「花が多いところ」もひとつの意味だそうです。

――ただ滅亡の世せまるを待つのみか ここにおいて われらなお

地上にひらく 一輪の花の力を念じて合掌す――

(石牟礼道子さん「花を奉る」より)

花の力を念じて合掌する。あわせる手は自らの両手でなく誰かの手で

あってもいい。花弁のひとひらのような絵を奉りたい――ひこさんの

ことばに、そう励まされました。

 

「花を奉る」の全文はこちらです。

http://www.asahi.com/special/kotonoha311/ishimuremichiko/

 

西岡由香

      

ーーーーー

魯参さん、ゆかさん、

 

けさは意識的に寝坊して、8時すこしまえにおきだし、すぐに、

魯参さんとゆかさんの文章を発見、うれしかった!

 

たしかに蓮には、魯参さんが説いてくれたように、とくべつな意味があります。

それを知らないひとでも、泥のなかからあのように美しい花がひらくことに

衝撃をおぼえた体験をもっているでしょう。

 

そこへ、ゆかさんが「とむらう」から「トムラウシ」へそして石牟礼さんのすばらしい詩

「花を奉る」へと連想をはたらかせ、この詩の全文を紹介してくれた。

 

この詩は、まだ知らないでいました。しかし、

石牟礼さんならごく自然にこのおもいをやしなっておられるのだろう、と、

一読、直観しました。

 

「われら人類の劫塵いまや累なりて/三界いわん方なく瞑し」、このひとことで、

このいまわたしらが生きている(ことを余儀なくされている)この世界を

あますところなく表現してくれています。

 

まなこを「沈めて」とか、花がまさに咲こうとするのを「聴く」とか、

意表をつく動詞をもちいることによって、

いいふるされた常套句では感得しえない深い感動をよびおこす、

この石牟礼さんのこの感覚!

 

感動したところを引こうとしたら、けっきょく、全編を引くほかなくなったので、

それは断念します。

この詩をおもいうかべたゆかさんの感性に、かぎりないしたしみをおぼえました。

 

石牟礼さんの『苦界浄土』が世におくりだされたとき、わたしは、

モスクワ大学の大学院生・講師クラス用の宿舎に起居していました。

なぜそんなところにいたのか?

それを語りだすとながぁいおはなしになってしまうので、はぶきます。

 

とにかく、この本を、すぐに、白井愛からおくってもらい、

受けとったその日は、読みおえるまで、ねむることさえわすれて、

この本の世界に生きたことを、いまなお鮮明に想起しえます。

 

そんなにたいせつな本なのに、いま、手元にはない。

だれかに貸したままになったらしい。

だから、おぼろげな記憶をたよりに書くのですが、

感動して、なみだがとまらなかった挿話があります。

 

やっと手に入れた小舟で沖に出て漁をする夫婦ふたりのはなしです。

男女平等とかいったリクツをこねるまえに、ここでは、まずしさのゆえもあるけれど、

「夫」と呼ばれる男と「妻」と呼ばれる女とが、

おなじ労働の現場で、協働している。

ごく自然に。それ以外のありようはありえないゆえに。

 

いえ、感動したのは、そこだけじゃないんです。

もっともっと深い感動がしわぁっとわきあがってきたのは、

このふたりが、これから釣りあげる魚たちに語りかける場面でした。

 

アイヌが熊祭りをするように、この夫婦は、捕食する魚たちに

語りかけながら釣りをしている。

そのすがたにも、そのことばにも、一点のくもり(不自然さ)もない。

 

「自然の摂理」ということを、ごく自然に、おもいうかべずにはいられませんでした。

このふたりは、知識のあるひとたちとちがって、自分らがなにをやっているのかを

説明などしない、いや、できない。

しかし、その行動で、自然のなかで生きるすべての生きものとともに生きている

おのれのありようを、すなおにあらわしている。

そのすがたを、石牟礼さんは、この詩「花を奉る」のなかにあらわれているのとおなじ

自然さで、えがきだしていた。

 

魯参さん、ゆかさん、もういちど、ありがとう。

 

ひこ

ーーーーー

由香さん、ひこさん

由香さん、ひこさんの思い・引用を有難う

ございました。引用の「花を奉る」は真に

思い深く言葉の魅力のある詩ですね。愛語

は相手を愛しての言葉だけでなく言葉を愛

して止まないから生まれる言葉でもあるの

ですね。各人の世界は各人の心だが又各人

の言葉であり深められ練りに練られて出て

くるものが真の愛語ですね、離しようもな

く繋がっている、そして詩も絵も花も手も。

思いが蓮池を呼び起こし、蓮の蕾を呼び出

し合掌の手になり他者の手にも願いにもな

り骸骨の浄土にもなる。共に達したい浄土

が極楽になり、別れて倒しあう俗世は地獄

になる。それが判らないから俗世があり地

獄になる。「共に生きよ」が蓮華世界であ

ることを明るい絵は呼びかけている。

このスレッドを平和世界サイトに転

載、mirokuMLに転送させてもらい

ます。

魯参

都教委よ、いつまでも過ちを訂正せずにいて恥ずかしくないのか

皆さま

 こんにちは。増田です。これはBCCでお知らせしています。重複・長文ご容赦を!
昨日、東京都学校ユニオン恒例、月末都教委糾弾ビラまきを行いました。以下の内容です。 ご都合つきましたら、ぜひ、都議会文教委員会の傍聴をお願いします! 9月18日(火)午後1時~:議会棟 3階第3委員会室 、傍聴受付は2F:12時~
常識さえあれば、判断は容易で、訂正したところで何の問題も無いはずのこの陳情を、各都議会議員がどう扱うか、ぜひ、その目でご覧ください! 

 文教委員会には、増田の平和教育弾圧・七生養護学校性教育弾圧・「日の君」弾圧10・23通達の先兵となって暗躍した3悪都議の唯一の生き残り古賀俊昭(日野市選出)がいます。去年は、小池都知事に関東大震災朝鮮人虐殺追悼メッセージ送付をやめるよう先導し、今年は足立区の真っ当な性教育攻撃に精を出し、と相変わらずワルをやってます。

 この男は日本会議地方議員連盟副会長ですから、大好きな明治時代の「我が国の学校は、明治期の学制発布以来の民主的かつ平等の名の下に」あった、なんて、と~っても許せない間違いだと考えるハズ(笑)と思いますけど…

 しっかし、なんで、こんな、訂正したところで何の問題も生じないことを都教委は頑として拒否するんでしょうね? 「謝ったら死ぬ病」にかかっているんでしょうか? でも、別に「謝れ」とは一度も言っていませんけど… 

***********

<都教委よ、いつまでも過ちを訂正せずにいて恥ずかしくないのか⁉
  『チーム学校の在り方検討委員会報告』の誤りの記述に関する訂正を求める都議会陳情>

☆『チーム学校…報告』の誤った記述の訂正請願を都教委が拒否したため、市民は都議会に請願
(願     意)
 東京都教育委員会作成『東京都におけるチームとしての学校の在り方検討委員会報告』(以下『報告書』)5頁にある「我が国の学校は、明治期の学制発布以来の民主的かつ平等の名の下に」という事実誤認の記述を、「我が国の学校は、1947(昭和22)年教育基本法制定以来の民主的かつ平等の名の下に」と、都教委は訂正していただきたい。

(理  由)
 咋年(2017年)2月23日の定例会において都教委事務局が提出し、委員たちの了承を得た『報告書』P5に本文言があり、以下のとおり、歴史的事実に反することが誰の目にも明らかなこの記述が、現在もなお、恥ず
かしげもなく都教委のホームページに掲載されている。

 1872(明治5)年の学制(「学事奨励に関する被仰出書」)のどこにも「民主的かつ平等の名」を見い出すことはできない。1879(明治12)年のいわゆる教育令から1885(明治18)年までの3次にわたる教育令においても、明治天皇の「教学聖旨」による「仁義忠孝」が強調されている。「民主的かつ平等の名」が「学校文化」となるようなことは、およそあり得ず、1890(明治23)年の「教育勅語」制定によって絶対的に、日本の学校において同文言のような文化が生じることは有り得なかった。そのような「学校文化」が生まれたのは、1947(昭和22)年、国民主権の日本国憲法と一体の旧教育基本法制定によってであることは教育史の常識である。
(中略)
 にもかかわらず、都教委においては頑として誤りの訂正を拒否している。
(中略)
 我が国においては長らく「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」「過ちては改むるに憚ること勿れ」という聖人の教えが道徳の基本にあった。日大アメフト部の選手は自らの誤りを潔く認め、なぜ、そんな誤りを犯したかを正直に語り、心からの謝罪をなした。良心の呵責に苦しんだ末に、自らの誤りに正対した勇気と真摯さ、弱冠20歳になったばかりの学生をただ一人で公の場で謝罪するよう送り出した御両親の勇気は「過ちては改むるに憚ること勿れ」を実行したものであり、日本中に感動を与えたものである。

 都教委報告書の該当記述の誤りは単純な事実誤認のものであり、訂正するのに日大アメフト部の選手ほどの勇気は必要としないもののはずである。

☆ぜひ、本陳情の審議の傍聴を! 

  9月18日(火)午後1時~:議会棟 3階第3委員会室 、傍聴受付は2F:12時~
                 2018年8月30日   東京都学校ユニオン
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<小池都知事よ、過去の過ちを認め、虐殺と災害死を「区別」せよ! 
  今年も「関東大震災朝鮮人虐殺」追悼文を送付しない理由は「区別せず」…>

★8月10日定例会見で「区別せずに慰霊」と発言
 非常に呆れる小池都知事の発言です。関東大震災において、何の罪もなく無残に一方的になぶり殺された老若男女の朝鮮人の方たちに対する追悼は究極の民族差別に対する反省を示すもので、それを拒否することは、都知事が民族差別の再生産に手を貸すことになります。

 最近はヘイトスピーチをまき散らし、白昼堂々と「朝鮮人、殺せ」と叫びながら都内で排外デモが行われています。こんな時代・社会だからこそ、東京都知事は過去の過ちを認め、あらゆる民族差別を許さない意志を機会あるごとに公表すべきです。いろいろな抗議文が出されていますが、都知事選にも立候補された、弁護士で「希望のまち東京をつくる会」代表の宇都宮健児氏のものを紹介します。

《談話》小池百合子東京都知事の関東大震災 朝鮮人犠牲者追悼文送付拒否問題について(ここでは略、下記URLで!)

長崎の旅のお知らせ

みなさま

 

こんにちは。

ひこさんや魯参さんの「ことば」への深い愛情に圧倒される思いで

メールを拝見しています。

乱雑で嘘にまみれた言葉が氾濫しているなかで、ここjumpの

メーリングリストは清流が流れているよう。ことばには「言霊」が

宿るといいます。私も誰かの心にひとすじの清風を吹かせるような

ことばを紡げたらと思います。

 

ところで、東京の富士国際旅行社が「長崎のキリシタン史を学ぶ旅」を

企画されました!

富士国際旅行社は、「旅行をとおして平和を学ぼう」と、スタディツアー

を中心に世界を回るツアーを次々に展開しているところです。

コスタリカや韓国、環境立国のドイツなどなど・・私も「伊藤千尋さんと

行く沖縄ツアー」や自然エネルギーの見本市のような高知県の梼原町

を訪ねました。

今回は長崎!今回、世界遺産に登録された潜伏キリシタン関連遺産の

原城跡や大浦天主堂などを巡る旅。不肖、私がバスに乗ってご案内

させていただきます。

一日目は二十六聖人記念館や大浦天主堂、二日目は島原の原城跡へ。

三日目は遠藤周作さんの小説「沈黙」の舞台になった外海地区。

四日目は午前中自由行動で午後帰郷。宿泊はすべて長崎市内です。

(表示されている金額は東京発着なので、東京以外の方は金額が変わります)

長い禁教令の時代、権力者はいかに民衆を弾圧し、信徒たちはどうやって

信仰を守り伝えていったのか、禁教が解かれた後、宣教師や人々は

いかに生きたのか・・歴史の地層の中でキラキラと輝く、人々の

いとなみをぜひ感じにいらしてください。

詳しくは富士旅行社まで~。

http://www.fits-tyo.com/

 

西岡由香

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長崎ツアー