福岡訪問:小人餓鬼地獄か大人大心天国か

 

ひこさん、魯参さん、みなさま

 

こんにちは。

2日間、福岡に行っていました。

香港だけでなく、日本にも文化でたたかう人がいます。

福岡在住で被爆者の西山進さん。92歳の現役漫画家で、いまも

千葉の被団協新聞など2本の連載を持っている方です。

酸素チューブを鼻につけたまま、ペンを動かす姿に圧倒されました。

被爆体験のない私が、原爆の漫画を描こうとするとき、わからない

ことが山ほどあります。

資料館の写真は白黒なので、人々はどんな色の服を着ていたのか。

瓦の色は何色だったか。目覚ましベルの形、などなど・・

漫画家の西山さんに尋ねると漫画で教えて下さるので、

時々、福岡に通っては教えを乞うているのです。漫画の師匠でも

ありますが、人生の師匠でもあり、毎回目を見張るお話ばかり。

昨日聞いたのは戦後の事でした。1965年頃、東京で週刊誌の

文芸評論のイラスト描きの仕事をしていた西山さんは「先生」と

呼ばれるほどだったそうです。

それを変えたのが、当時の東京都知事選でした。

憲法学者、美濃部達吉の長男である美濃部亮吉が都知事選に

立候補したとき、その週刊誌は彼を批判する評論に、イラストを

つけるよう西山さんに依頼しました。

「僕にはできません」。

西山さんは断って、その仕事を辞め、印刷所の美術などで生計を

たてたそうです。

「そのままだったら、今頃家が建っていたのに」。

福岡の団地のアパートの一角で西山さんは屈託なく笑いました。

自らの信念を貫いた人の、尊厳に満ちた笑顔でした。

 

西岡由香

 

ーーーーー

ゆかさん、みなさん、
澤地久枝さんに感嘆したすぐあとに、もっと年長の「現役」のかたを
報されては、わたしも、なんとか体力のつづくかぎり「現役」でいたいとおもいました。
もっとも、オカネがなくなりそうなので、いま、すごく倹約してますが。
いい「師匠」出会えてよかったですね。
この先をかなり書いたところで、不意に、全部消えてしまいました。
こういう目にあうのははじめてじゃありません。
ったく、油断も隙もあったもんじゃない。
気をとりなおして。
(じつは、これも一度消えてしまった。ひょんなことで復活)
いま92歳ってことは、被爆したときすでに18歳の青年だったのだから、
当時の状況を正確に再現できるでしょう。
あなたにとって、これ以上の条件は求めてもえられないほどですよね。
おまけに、マンガという、あなたとも共通の表現法を身につけおられるのですからね。
美濃部の選挙のとき、わたしは、それこそ、いまなら戸別訪問でとっつかまるでしょうが、
一軒、一軒、たずねて、このま美濃部を知事にすることが、
わたしたちにとってどれほどたいせつであったかを、
情理をつくして説明し、
美濃への投票を依頼したことをおぼえています。
当時、新宿にくらしてましたからね。
あのときくらい、真剣に「選挙運動」にとりくんだことはなかったかもしれない。
西山さんが拒否した週刊誌てのは、大手の出版社から出ている有名なやつ
だったのでしょうね。当然、稿料もよかったはず。
凡人にはことわれない。
一度でも拒否すると、それ以後は完全に「干され」ますからね。
このいまの、この日本国の状況は、もっともっともっとわるい。
香港はひとごとじゃない。
WAMのMLで前田朗さんが、ちょうど先ごろ、
辛淑玉(シン・スゴ)さんの文章を紹介してくれました。
うまく転載できないんで、
コピーして貼りつけます。
《 最近、単独で来る原稿依頼は、ほぼ全て断っている。先日も「あいちトリエンナー
レ」関連で「表現の自由」に関する原稿依頼が来たが、お断りした。

私を含む「在日」の多くにとって、もうそんな段階はとっくに過ぎて生存権の問題に
まで来ているということを多くの日本人は知らないし、知ろうともしない。ユダヤ人
がゲットーに押し込められ、さらには絶滅収容所で虐待をうけていた時も、ドイツ人
は平穏な日常を営むことができたのと同じだ。

そして、自分達の平穏な日常がどうして批判されなければならないのかと、声をあげ
る者に逆ギレする。

あいちトリエンナーレの騒動は、表現の自由の問題ではない。それ以前に歴史的事実
の否認という大問題が日本側にはあるのに、批判する側もそこは飛ばして、レイシス
トとの対話が必要と寝ぼけたことばかりいう。

安倍をはじめ、河村や大阪維新の会の首長達が歴史的事実を否認しているのをどう考
えるか。それを抜きにして今回の脅迫騒動を語ることはできない。

かつて、ハンナ・アーレントは『真理と政治』の中で、「歴史的な出来事など、人々
にとって世界が共通であり続けることを保証するリアリティとしての“事実の真理”
は、数学や化学などの普遍的な“理性の真理”より傷つきやすい。“事実の真理”は
それが集団や国家に歓迎されない時、タブー視されたり、それを口にする者が攻撃さ
れたり、事実が意見へあるいは“あからさまな嘘”とすりかえられたりする」と記し
た。

日本政府と反動政治家にとって、戦時性暴力に軍が組織的に関わってたという事実
は、認めたくない“事実の真理”なのだ。

今、それを口にする者が、アーレントがいうように迫害の対象となっている。単なる
“表現の自由”の問題以前に、“事実の真理”が攻撃されていることに向き合わなけ
ればならないのに、私に依頼されるのは「日本人」の困難についてばかりだ。彼らに
は、私達マイノリティの困難は,想像できないどころか、意識の片隅にものぼらない
のであろう。

再度いう。ヘイトクライムのターゲットにされた私が「表現の自由」を語る時代は
とっくに過ぎた。

いまの日本社会を見ると、ゴゴスマのコメンテーターでDHCテレビの常連である武田
邦彦教授による「日本男子も韓国女性が来たら暴行しなけりゃいかん」という発言
や、東国原元宮崎県知事が番組で同席した韓国人女性に対して「黙ってろよオマエ
はー黙ってけーこの野郎、喋りすぎだよオマエ!」と罵倒した姿は、この時流に乗っ
かることが勝ち組に入ることなのだと見せつけた。

すでに、自ら韓国や在日を叩くか、少なくともレイシストの言動に対して沈黙するか
しなければ{日本人}から排除されるという恐怖が蔓延しているのだ。

私は、朝日が日和ったことはDHCのヘイト垂れ流しよりも罪が大きいと思っている。

朝日は戦前、当初は軍の行動に批判的な論調を掲げていたのに、満州事変後は右翼や
在郷軍人団体の不買運動に押し切られ、積極肯定へと論調を一変させた経緯がある。

最近の日韓関係の悪化についても、朝日には反韓「世論」に迎合するような記事が
目立ち始めている。

怖いのであろう。しかしリベラル祇が裏切ったときのダメージは、社会にとって致
命的なだけでなく、ターゲットにされたものには死しかないほどの絶望なのだ。

リベラルを標榜する新聞社は満州事変報道で寝返ったことへの教訓わ忘れたか、い
や、きっと安倍と同様になかったことにしたいのかもしれない。

私は原稿依頼してきた編集者に、以下のように返事した。

「この国には、在日の私の言葉に耳を傾ける大衆は、もういないのです。集団リンチ
はあっても集団sポートはないのです。今語るべきは日本人なのだと思います。》

辛さんんが絶望しているのは「日本人」の「大衆」にです。
インテリにでは、もう、ない。
「集団リンチ」はあっても「集団サポート」はない。
このことばが胸をえぐります。
香港では、「大衆」が、自由をもとめてたちあがっている。
「自分の」自由を、犯されまい、として。
ひるがえってこの日本国では、
「大衆」は、自由がうばわれていることにさえ気づいていない。
おしまいに、白井愛の詩「独創」のさいごの部分を引いておきます。
(前略)
それというのも
公衆ひとりひとりのかかえる 私 は
自分で自分を立入禁止にしている危険な倉庫
権威と常識に万全の警備をおねがいしている安全な倉庫
      じつは、あまりに安全
      あまりに安泰 なので
      なかは からっぽ
      がらんどう
      いや なんといっても
      がらんどう 以上に 安心できる倉庫も ありません
      がらんどう 以上に 貴重な財産も ありません
      だって そこには 普遍 がスッポリ入ります
だから
この世の ありとあらゆる 権威ある番犬に
見張りをおねがいしています
仕事も 多忙も ステータスも 友情に人間愛まで
プロの番犬といっしょになって
がらんどう を護衛しています
      たいせつな がらんどう び
      私 が生まれぬよう
      私 が育たぬよう
      独創 などという狂気の胞子が 飛びこまぬよう
         (白井愛『悪魔のセレナーデ』19~21ページ)
「私」はゴチになってます。ここじゃあらわせないけど。
ひこ

 

ーーーーー

由香さん、みなさん

貴重な体験・事件・情報のお知らせを

有難うございます。(歯の手術などで

返事が遅れました。)

西山さんは使命感に動かされて、とい

うより使命そのものになって、92歳に

なっても、酸素チューブを付け乍らも、

勇猛進しておられるのですね。それも

最も多感で直観の鋭い18歳の時の原爆

被災体験がそうさせているのでしょう。

頼まれた美濃部亮吉のイラストは似顔

ではなく風刺画のようなものだったの

でしょうから、飯の種を失っても拒絶

することになったのでしょう。

地獄のような惨禍を直接体験しなかっ

たとしても、普通の人はその惨状を想

像しても、心身にはならないから善悪

も見通せず、毅然として命を懸ける事

も無いのでしょう。それにしても二・

三世議員と言われる人達の人生体験と

は何だったのでしょうかーそれで経世

済民など出来るのでしょうか、まして

大衆・衆生を全体健全にすることなど

出来るでしょうか?多分三バンを引き

継いで、所謂立身出世(世間を出るど

ころか世間に出て我執から破壊するだ

け)をして我慢(高慢)の限りを尽く

す位に考えて居るのでしょう。

一人一人が西山さんのように真理・倫

理を骨肉にして独立不羈、不屈不退に

生きれば核・戦争・暖化・絶滅など無

くなるでしょう。共・友にあり平和を

目指す私達も西山さんのように生きた

衣ですね。(ミロクMLに共有させて

もらいます。)

魯参

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ひこさん、魯参さん、みなさま
こんにちは。
お返事ありがとうございました。福岡の西山さんに伝えます。
来週から足のリハビリのために入院されるそうですが、「リハビリ
してまた講演やりたい」と意気軒高です。見習わなきゃ!
先日、西山さんから伺った中にこういうお話がありました。
1945年の敗戦直前、西山さんが勤めていた三菱造船では、鉄が
足りないのでベニヤ板を鉄板がわりにして「特攻艇」をつくって
いました。それから撃つと矢が飛ぶ「毒矢空気銃」。
米軍の爆撃機に対して毒矢。そのばかばかしさに「この戦争は
もうだめだ」と西山さんは思っていたそうです。
造船所には徴用された朝鮮の人たちも多く働いていました。
西山さんは修理の部署でしたが、しょっちゅう、旋盤などを
「壊れた」と持ってくる朝鮮の方がいたそうです。
おかしいな、と思いながらも修理していた西山さん。
「いま思えば、機械を動かさない。それが彼のレジスタンス
だったんだろう」。
ほどなくして、原爆投下。長崎には当時3万人の朝鮮人の方がいて
約2万人が被爆したといわれています。
「被爆後に救援に行った三菱兵器工場は、地面がピンク色だった。
一面、ずるむけになった人の皮膚の色だった」と西山さん。
遺体から人の尊厳をも奪う原爆が許されないのはもちろんですが、
戦争は差別とともにやってきて、はじめは少数者から、そして
権力者以外の人々の自由を、尊厳を奪っていく。
国籍も男女の別もわからなくなって、地面をピンクに染める。
そんな戦争を、戦争の足音を、権力者を、社会をも許しては
いけない―ー。
1945年8月9日の向こう側から、地響きのような声がきこえてきます。
西岡由香
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ゆかさん、魯参さん、みなさん、
「毒矢空気銃」よりは、まだ、わたしが猛特訓を受けていた「火炎瓶」を抱いて
戦車の前にとびこむほうが、持効性ありです。
鉄板がなければベニヤという発想ねえ。
現実にそのベニヤ板の「特攻艇」で「出撃」して
帰らなかったひとたちもいた。
いまからおもうと、なんて、バカバカシイことをオオマジメデやっていたのかと思うでしょうが……。
青年に達していれば、これじゃ負けるとおもえたでしょうが、
まだ稚い少年だったわたしは、本気で、勝利を信じていた。
「勝利の日まで」という「国策歌謡」がありました。
作詞はサトーハチロー、作曲は古賀政男、歌ったのは霧島昇。
これは、じつは、おなじタイトルの映画の主題歌でした。
映画は今井正監督であったのですが、彼が「出征」してしまったので、
急遽成瀬三喜男に変更。脚本はサトーハチロー。
キャストは当時の人気俳優からお笑い芸人まで総動員ってかたち。
知ってる名があるかも。
徳川夢声、高峯秀子、古川ロッパ、エンタツ・アチャコ、榎本健一(エノケン)、
山田五十鈴。
1944年、昭和19年のことです。
主題歌の歌詞:
丘にはためく あの日の丸を
仰ぎ眺める 我等の瞳
いつか溢るる 感謝の涙
燃えて来る来る 心の炎
   我等は皆(みんな) 力のかぎり
   勝利の日まで 勝利の日まで
あかるいメロディでした。
PCで楽譜を書く技術はしゅう習得してないので、
かりに、ドレミで書くと:
おーかーにはーためく(ソードーソドードーミソ)
あのーひのまるをー(ミラーソファミレミー)
あーおーぎながーめ(ファーラーミラソーファ#ソ)
わーれらーがひーとーみー(ミドソーソラードーレドー)
わたしはこのメロディはすきでした。
いまでも歌えます。
ただ、「あの日の丸」には忸怩たるおもいと、
怨恨がつきまとって消えない。
いまなお、「日の丸」を見ると嫌悪がわきあがる。
半世紀以上前に、わたしは、作曲家たちが戦時中どんな歌をうくっていたか、
戦後に、そのことについて、なにか言っているか、をしらべて書いたことがある。
古関祐司が、TV番組に登場したとき、そのあまりにおだやかなやすらかな表情に、
ああ、このひとにとっては、戦時中に猛烈ないきおいでうみだした歌どもは、
すでに遠い過去にきえていっているんだなあって思ったのがきっかけです。
このひとたちを、戦争協力者として「糾弾」はしなかった。
そうではなく、具体的に、それぞれのひとのおもいを想像しながら書いた。
サトーハチローに代表される詩人たちについても、おなじこと。
じっさい、舌鋒鋭く戦争責任を追及しる批評家が当時いた。
その追及のしかたに、わたしは、共感できなかった。
自分とはかかわりのないこととして追及していたからです。
わたしは、いつも、もしそのときわたしだったら、どうしただろう?
とおもわないわけにはいかないのです。
旭日旗をオリンピックで使用するときいて、烈火のごとく怒った。
なんたることぞ! あれこそ、戦闘を鼓舞する以外のなにものでもないシンボルだ。
上海事件では海軍の陸戦隊が旭日旗をかかげて殺しまくった。
それにしても、世界的に、この日本国だけが、血にまみれた旗(複数)や
「軍歌」「軍国歌謡」を、なんのてらいもなく堂々と公式の場で掲げたり
演奏したりしている。
自衛隊の分列行進につかわれている曲をはじめてきいたとき、おどろき、あきれた。
なんと、「われは官軍、わが敵は」ではじまる「抜刀隊の歌」ではないか。
我は官軍我敵は 天地容れざる朝敵で
敵の大将たる者は 古今無双の英雄で
之に従ふ兵(つわもの)は 共に剽悍決死の士
鬼神に恥ぬ勇あるも 天の許さぬ叛逆を
起しし者は昔より 栄えし例(ためし)あらざるぞ
敵の亡ぶる夫迄は 進めや進め諸共に
玉ちる剣(つるぎ)抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし
これも、中学生の時の「軍歌演習」で歌わされたおぼえがある。
皮肉なのは、この抜刀隊は主として会津藩の元藩士から成り、
朝敵とは西郷隆盛のことだってこと。
これをつかって行進している以上、「自衛隊」てのは「官軍」つまり
「天皇陛下」の軍隊だってことになるでしょうね。
中学校での「軍歌えんしゅうー!」で歌わされたのに、
「敵は幾万」というのがあった。
敵は幾万ありとても すべて烏合の勢(せい)なるぞ
烏合の勢にいあらずとも 味方に正しき道理あり
邪はそれ正に勝ち難く 直は曲にぞ勝栗の
堅きこころの一徹は 石に矢の立つためしあり
石に立つ矢のためしあり などて恐るる事やある
などて猶予(たゆた)う事やある
ウンザリなさるでしょうが、これまた、「抜刀隊の歌」とおなじ。
我に正義あり、正はかならず勝つという歌です。
「精神力礼賛」の歌でもある。
「ヤマトダマシイ」ですな。
これは精神主義と、戦後よく言われた。
ほんとうの「精神」に失礼だ。
戦時中の軍部が鼓吹したのは、たんなる大言壮語であって、
精神のひとかけらもそこにはなかった。
西山さんの体験談に触発されて、
ついつい、長文を書きつらねてしまいました。
ごめんなさい。
ひこ
ーーーーー
由香さん、ひこさん、みなさん

「被爆後に救援に行った三菱兵器工場は、
地面がピンク色だった。一面、ずるむけ
になった人の皮膚の色だった」は見た人
でなければ想像も及ばない地獄絵ですね。
是非絵に口にして伝えて欲しいものです。
空気銃毒矢もベニヤ特攻舟も万事休すの
破れかぶれでしょうが、命軽視も甚だし
いですね。「真理のみ勝つ」も自己中の
小人の「真理」は餓鬼の「妄想」「罪業」
となるのですね。
「全ての誤りは大小の誤り」と思います
が、小人は大世界(例えば命)が見えず
小世界(例えば我・我国・我種)からの
観点から餓鬼地獄を現出して自他共に毒
し破壊するのですね。
金・物・力の餓鬼・畜生・修羅の地獄世
界(核・戦争・暴力)に迷惑するのでは
なく命・心・和の人・天・友の極楽世界
(聖真・善・美)を共有して生きたいも
のですね。(貴重な情報をミロクMLと平
和世界サイトに共有させてもらいます。)
魯参

グレタいのちのさけび‼

グレタいのちのさけび‼

拡散希望:共に涙せずには見られぬビデオ共有:

Attachments area

Preview YouTube video 16歳グレタ・トゥンベリさん 温暖化対策で涙の訴え【全文】

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魯参さん

昨夜のテレビではその一部しか見れませんでしたので
今朝の新聞で全文訳を読み感動していたところです。
教えていただいたYouTubeでいま見ました。
グレタさんは泣きながら語っていましたが、わたしも涙を
流しながら視聴しました。
まさに「いのちのさけび‼️」ですね。
あのくらい本気にならなくてはダメなのですね。
わたし自身の甘さを反省しました。
「 気候変動のような大きな問題は、楽しく、クールで
セクシーに取り組むべきだ」などと発言しているどこかの
国の環境大臣には恐れ入ってしまいますが、グレタさんの
本気度を真似して、実行していくつもりです。

             大塚卿之 9/25

             otsuka.shimoda@gmail.com

             http://www.wadashigemasa.com/
ーーーーー
MIROKU(共・友)です!
魯参
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魯参さま、大塚さん、彦坂さん、 こんばんは
森陽子です。魯参さまとはあまりお話したことが無いので、緊張しています。
どうしても今夜は眠れなくて、薬を服用してもだめです。
風邪がすこし良くなったので、グレタさんの動画を、遅ればせながら、観たのです。
周りの大人がいろいろ足をひっぱるようなことを言っていますが、彼女のスピーチをきいて、
ああ、エンデが1980年に言っていた、「第三次世界大戦はもう始まっている、それは
時間の戦争だ」という発言や、「搾取できる自然がなくなったとき、経済成長は止まる」
という発言があったなあと、思い出していました。「経済成長はいつか終わる」と、彼は
言って、非難を浴びたのです。裁判沙汰の人生で、とうとう胃がんの手術を拒んで、
65歳で亡くなりました。
グレタさんの発言は、なにも、今になって始まったものではないのだとわかります。
大いに共感しています。
家を引っ越してしまったので、どの本に載っていたかは、思い出せないですが、おそらく
「エンデの遺言」が一番まとめてあると思いますが。。。。よくわかりません。
言葉の壁、国境の壁を超えることができたら、彼女に本の一冊も送ってさしあげたい
ですが、英語版でなければ、読めないでしょう。
そして日本では英語版の本を探すこともできそうにないですし、お金もありません。
なにか、いい知恵があったら、アドバイスいただけませんか。
また、日本語での発言を受け付けているところがあったら、なんとか、メールでも送って
みたいと思っていますが、どうしたらいいだろうかと、考えあぐねています。
みなさま、よかったら、お返事いただければと思います。
おやすみなさい。
森陽子
9/30
ーーーーー
森さん、大塚さん、みなさん
もう半世紀も前に「成長の限界」が言われていたのに
金の奴隷になり、金の権化が世界政治を左右し、地球
温暖化は嘘などと言っている大人社会に、居たたまれ
ず立ち上がった未来世代の代表に、命を守る者は共に
具体的行動をすべきですね。
グレタにはドイツ語の方が英語より判り易く、もう既
にエンデのものを読んでいるかも知れませんね。彼の
英訳を検索したら下記が見つかりました:

https://scifi.stackexchange.com/questions/60057/were-michael-ende-s-books-translated-into-english 

ウィキ日本語にはエンデ館の紹介もありますが、英訳

は良く判りません:

仏教の根幹である禅については道元が良く理解して、
それを全ての人々に広く進めた「普勧坐禅儀」があり
ますが、その主著「正法眼蔵」の第一巻には在俗信者
に書いた手紙を基にした「現成公案」が収められてお
り、判り易く説いており、古文に堪能な森さんには特
に名文としてお勧めですので以下をご参照くださいー
原文に親しみ、現代訳は一応の参考に止められるのが
良いでしょう:
なを大塚さんへの先の返信の中の「一如」(いちにょ)
は「一(体)の如し」で「一切生命はいのちとしては
一だが、業存在としては異であり、一体異体の両方
(真諦・俗諦)の面があり、どちらかと言えば俗を超
えた真実に近い「一の如し、如同」と表現したのでしょ
う。個体は謂わば泡沫、全体は大海の如くであると見れ
ば無量寿(限りなき命・終わりなき命:end-less life)
でありそれを知る般若の智慧が無量光です。
禅・仏教は誰でも涅槃・悟りが得られる具体的方法・教
えですから、試みて頂ければ幸甚です(下記にご紹介):
 
ーーーーー
森さん、魯参さん、大塚さん、みなさん、
グレタさんは、おそらく、エンデのいくつかを読んでいるのではないでしょうか?
ドイツ語のほうが読みやすいでしょうね、魯参亜さのおおっしゃるとおり。
もし読んでなくても、むろん、グレタさん自身のこころのそこからの叫びが、
年月を隔てて、エンデの警告と共鳴しあっているのだとおもいます。
グレタさんの涙の訴えに接したときのわたしのなによりも深いおもいは、
このわたし自身が責められているってことでした。
ことばと実行(実践)とが一致していない世のもろもろの「おとな」たちを
わたしは、いくどもいくども、「ことばつくして」批判してきました。
けれども、わたしは、いま、こうして、ここにいる。
つまり、わたしは、なにもなさなかったのだ。
これは60年代にサルトルが吐きだした自責のことばのもじりです。
たしかに、わたしは、発言した、集会で決議した、デモにもで出た、
しかし、いま、半世紀以上も前とかわらない、どころか、
そのいくす倍にもなる自然破壊をくいとめえないでいる。
つまり、わたしは、なにもなさなかったのだ。
ひこ
9/30
ーーーーー
魯参さん、大塚さん、彦坂さん、みなさま
お返事ありがとうございます。森陽子です。
グレタさんはエンデの作品は読んでいるのかもしれません。1976年のこととはいえ、
モモは日本でも100万部ベストセラーの支持を得ている作品なので、読者は多いと
思います。
ろざんさんの下記のリンクから貼ってきますが、
  • 1960 – Jim Knopf und Lukas der Lokomotivführer (Translated into English by Anthea Bell as Jim Button and Luke the Engine Driver)
  • 1973 – Momo (1973) (Translated into English by Francis Lobb as The Grey Gentlemen, and by J. Maxwell Brownjohn as Momo.)
  • 1978 Das Traumfresserchen (Translated into English by Gwen Mars as The Dream Eater in 1978)
  • 1979 – Die unendliche Geschichte: Von A bis Z (Translated into English by Ralph Manheim as The Neverending Story)
  • 1984 – Der Spiegel im Spiegel (1986) (Translated into English by J. Maxwell Brownjohn as Mirror in the Mirror: a labyrinth in 1986)
  • 1988 – Ophelias Schattentheater (Translated into English by Anthea Bell as Ophelia’s Shadow Theater in 1989)
  • 1989 – Der satanarchäolügenialkohöllische Wunschpunsch (Translated into English by Heike Schwarzbauer and Rick Takvorian as The Night of Wishes: or, The Satanarchaeolidealcohellish Notion Potion in 1992)
残念ながら、載っているのは文学作品の翻訳だけのようです。
上から順に日本語のタイトルを並べますが、
「ジムボタンと機関車大旅行」
「モモ」
「ゆめくい小人」
「はてしない物語」
「鏡の中の鏡」
「オフェリアと影の一座」
「魔法のカクテル」(だと思います)
の七冊です。
「オリーブの森で語り合う」はドイツで出された対談集ですが、
「エンデと語る」「エンデの遺言」については、子安教授やNHKが版権を持っていて、
ほかにも、エンデと大江健三郎の対談ビデオとか、アインシュタイン・ロマンの6巻とか、
いろいろいいインタビューなどが出ていたのですが、なぜかNHKが動かない。
わざと出さないのだろうか?などと、恣意的な疑いさえ持ってしまいます。
うちにはすべてが揃っていますが、主たるものは長野県の黒姫童話館に、一昨年、
寄付してしまいました。
それに、いっぺんにバーッと売れて、あとは絶版、という、資本主義的な本の売り方
にも、問題があると思います。
とにかく、グレタさんに贈りたくても、本が絶版ではどうしようもなく。
ドイツには、エンデの奥さまがご存命ですが、すでに痴呆が入ってしまって、老人ホー
ムで暮らしているとのことです。子安教授も、先年亡くなってしまわれました。
なのでエンデの本の版権は、親友のお子様だった、ローマン・ホッケ氏に引き継がれて
いるはずですが、彼は日本語はわからないし、ドイツ本国と関係をもっている友人は、
公的なかたも含めて4人くらいしかいません。しかも、しかも一人は右半身不随で入院
中、一人は音楽家なのでスイスに留学中、みなさまお忙しいかたばかり。
とてもとても、グレタさんのところまでは遠い。。。。
ドイツの本屋さんで探して来て、などと頼めるほど、親しい人はいないですし、どなたも
お金をもっていないので、相談する相手もないです。
文学的な解釈でいえば、ドイツより日本のほうがエンデへの研究は進んでいるらしいと
いうことは、子安美知子教授が生前、おっしゃっていたことです。
「正法眼蔵」については、買い求めていたのですが、夫の両親がすべて捨ててしまえと
言い、この狭いアパートには本も、エンデの著作だけを持って来るのがやっとだったので、
実家を整理したときになりゆきで捨てられてしまいました。
なので、webで読ませていただきますね。
古文も、だんだん、忘れかけてきています。
病気を持っていると、10年早く、老いが来ます。
すでにいまの段階で、二時間以上起きていることが難しいです。
でも、できることは、あるはずです。
グレタさんがあのように訴えているのですから、いまこそ大人たちが立ちあがらなければ。
頑張ろうと思っています。
おやすみなさい。
森陽子
10/1
ーーーーー

ひこさん、森さん、魯参さん、大塚さん、みなさん

 

琴 天音です。

グレタさんがスウェーデン出身というのは、頷けます。

スウェーデンでは日本のようにいわゆる受験勉強はありませんが、

外国語教育には熱心でトゥリリンガルとなる子が少なくありません。

世界に出ていくのに、語学の壁は大きいですから。

また日本のように詰め込みで決められたことをこなすのではなく、

子ども一人ひとりの学ぶ姿勢を大切にするので、

子どもは大人におもねることなく、自分の意見をちゃんと主張できます。

教育の大切さを感じます。

 

ーーーーー

ひこさん、森さん、魯参さん、大塚さん、みなさん

 

再度、琴 天音です。

先ほどの資料は、

『スウェーデンはなぜ少子国家にならなかったのか』あけび書房2002年

と、インターネットでスウェーデンの教育をいくつか調べたものを

本当に簡単に自分流にまとめたものです。

 

10/1 夕刻

ーーーーー
陽子さん、
あなたは、あなたとして、なすべきことをなしてきた。
だから、「なにもなさなかったのだ」と言えるのだと、わたしはおもいます。
この86年間この世に生きてきて、しみじみとおもいしらされていることがあります。
大部分のひとたちは、みんな、時代を吹き抜ける風に頭をたれてやりすごしてきたのだなあってこと。
時代に「かかわった」ひとたちはごく一部だけ。
あの大戦争のさなかでも、真剣に国家をおもっていたひとはすくなかった。
みんな、適当に、目立たぬように、ふるまっていた。
ずるくたちまわるひとたちのほうが多かった。
わたしは、真剣に、心の底から「大日本帝国」の「臣民」として、天皇陛下の「赤子」として、
その国家を愛し、その国家のために生命を捧げるために生きていた。
時代と深くかかわった。だから、「まちがっていた」ことを心底知ることができた。
なにごとにせよ、そこに深くかかわらなければ、そこがなにであるかはわからない。
深くかかわって、はじめて、おのれのあやまちを知ることができる。
サルトルは、時代に深くかかわって生きた。
なさねばならぬこと、なすべきことは、すべて、真摯になした。
だからこそ、「つまり、なにもなさなかったのだ」という悲痛な告白が口をついてでた。
わたしは、ほんとうに、なにもできなかったというおもいでいっぱいです。
13歳から14歳のころ、「自分たち」が「おとな」になったら、
この国を変えるのだと真剣に考えていた。
なのに、じっさいには、自分たちのあやまちをアイマイウヤムヤにしたまま、
孜々として働き、戦後の復興・高度成長をにない、
世界の一流国になったとうそぶき、
そこでの「つけ」をすべて「のちの世代」におしつけたのは、
要するに、この日本国をこのいまのこのていたらくに導いた
第一の責任者は、ほかならぬこのわたしの世代だった。
安倍政権を、なんとかたおそうと、わたしはわたしなりにせいいっぱい努力してきた。
しかし、現に、安倍政権は、たおれるどころか、史上最長の内閣などと
政権の僕と化したマスメディアからもちあげられている。
わたしは、安倍政権に反対しつづけてきたのだ、と、たとえば、韓国や中国の
ひとたちに言ってみてもはじまるまい。
安倍政権のこのいまのこの悪業のかずかずに対しては、
「日本国民」の一員として、責任を感じないわけにはいかない。
すくなくとも、それを止められなかった者としての責任が、わたしには、ある。
地球環境を際限なく破壊してきた当事者では、わたしは、ない。
けれども、破壊者たちの動きを止められなかった責任は、わたしに、ある。
いま、死を目前にする時期に達して、忸怩たるおもい。
しかし、あきらめない。
このわたしの心臓が鼓動を停止するその瞬間まで、
わたしは、わたしのなすべきことを、いかに些細なことであれ、なさねばならなぬ、
なすべきである、いや、なそう、なすつもりだ。
ひこ
10/2 朝
ーーーーー
彦坂さん
森陽子です。
お返事が遅れました。さきの台風17号が9/22日、長崎に上陸し、諫早の島原方面は
一晩、停電で、冷え込んだため、風邪をひいてしまい、長引いています。
わたしも、エンデ館を1997年に立ちあげてから、ずっと、おとなたちを批判してきたつもり
で、いました。
障害を負ってからも、ネットのなかでは、エンデも永遠に生き続けてほしい、と思いつつ、
ほそぼそと続けてきました。
彦坂さんが
「なにもなさなかったのだ」
とおっしゃるなら、私も、同じです。
じっさい、遊んできただけで、なんにも、できていません。
政府と闘うことも、子供を満足に育てることもできず、病に倒れていただけです。
息子はそんな私のことを、いつも、非難していた。
後姿で、いつも、私のことを責めているのを、私は知りながら。
何にもしなかったのです。
ただ、パソコンにばかり向かっていただけ。
今春就職した息子は、転勤族です。
私のところには、きっと帰ってこないでしょう。
幼かった息子を、25年前のあのとき、振り向いてやればよかった。抱きしめてやればよかった。
と、いつも、思い返しています。
ほんとに、なんにも、できなかった。
政府を動かすことも、政治を変えることも、何も。
森陽子 10/2 夕刻
ーーーーー

グレタ(16)いのちの叫び
相良倫子(14)平和の詩「生きる」

つまり、未来は今なんだ

明治七代のちのいのちが 2019.4 15歳未満の
人口1533万人(人口比12.1%)なんです。

2019.9 65歳以上の人口は3588万人(人口比28.4%)です。

明治150年ですから30×5、明治維新の五代目が今の大人です。65歳以上の孫・曾孫が今の15歳未満と考えていいでしょう。

「今だけ 自分だけ お金だけ」の世相は祖父母とて孫に「生きる」知恵・文化を継承してはいない。

10月18日読売新聞は

いじめ最多54万件
昨年度「重大事態」27%増      と伝えている

学校別で、小学校42万5844件、中学校9万7704件、高校1万7709件が重大事態にあるという。

からかい 悪口
遊ぶふりしてたたかれる
仲間外れ、無視
パソコンや携帯電話での中傷(1万6334件)

1918年度の自殺者332人で、9人(中学3高校6)はいじめを苦に自殺した
小中学校の不登校は16万4528人、小中高校での暴力行為は7万2940件だった
(文部科学省17日発表)

相良倫子さんは曾祖母から沖縄戦のはなしをきいてます。
チムグクル・ヌチドゥタカラ・イチャリバチョーデー・ユイマールがだいじの教えを学んで育った。

「政府 企業 ひとびと」を社会構成要素となっています。明治からはじまった資本主義です。一貫して政府は天皇制を利用してきた。
戦前までは「臣民」、戦後は「国民」。
平成・令和にいたっては内閣が元号をさだめ、天皇家を常にマスコミの載せ、政治利用している。

4月29日裕仁誕生日を「昭和の日」(2006年)とし、戦前・戦後を一体化し、朝鮮半島の植民地支配を無かったことにしようとしている。

朝鮮半島と日本列島に北東アジア非核地帯をつくるために「今」があります。

主役は15歳未満のこどもたちです。

ひとびとはなにをしなければならないか?

ひとりひとり脱皮しなければならない。
わたしたちの心の気奥に縄文の心があります。

贈与、贈与、「互酬」の交換様式の「新時代」を語り合おうではないか?

未来を準備しよう!

 2019年10月18日
  憲法語らい場
  古川ひろすけ

 

ーーーーー

 

FB投稿より:https://www.facebook.com/photo.php?fbid=3672285742797330&set=pcb.3672286786130559&type=3&__tn__=HH-R&eid=ARCo4u6akuGRXOUzCkKf-LXkQCzLcr-612wpSTrbHHKVQ_IiaO1GHMSpVe1KnPStMaMlB3XE1YK4ymQd

 

コメント: 口先と心こもると天地の差:過去の人未来の人と雲泥サ

香港:「香港に栄光あれ!」

みなさま

 

こんにちは。

ひこさんや森さんの問いかけに返事を書きたいと思いつつ、書きだすと

考えこんでしまって、なかなか返事が書けずにいます。

とりあえず今日、とても伝えたいことがありメールさせていただきます。

 

今日のTBS「報道特集」は、いま香港の人々の間に広がっている歌を

紹介していました。「香港に栄光あれ」。作詞作曲した若者は、顔も

名前も出さずこう語りました。「いま続いているデモにリーダーはいない。

だから自分もヒーローになりたくない」。ネットに載せた歌は瞬く間に広がり、

中高生がショッピングモールで開いた集会には「香港に栄光あれ」の

横断幕を前に人々が声をあわせました。

 

何故涙が止まらないの 何故怒りに震えるの

頭を上げ 沈黙を破り叫べ 自由よここに舞い戻れ

何故恐怖は消えないの 何故信じて諦めないの

何故血を流しても邁進を続けるの 自由で輝く香港のために

星も見えない暗い夜に 霧の遥か向こうから聞こえてくる角笛

自由のためにここに集え 全力でたたかえ 勇気と叡智は永久に不滅

夜明けだ 取り戻せわが香港を みな正義のためいま革命を

どうか民主と自由が永遠であれ 香港に栄光あれ

 

Youtubeで聞くことができます。画面の前で嗚咽してしまいました。

ぜひごらんいただけたらと思います。

キャスターの金平さんが一言「時代が変わる時は、歌が生まれるんですね」。

https://www.youtube.com/watch?v=U4auC9gEXLk

西岡由香

Attachments area

Preview YouTube video 香港に栄光あれ 《願榮光歸香港》交響楽団&合唱【英語&日本語字幕】《Glory to Hong Kong》

香港に栄光あれ 《願榮光歸香港》交響楽団&合唱【英語&日本語字幕】《Glory to Hong Kong》

 

 

ゆかさん、みなさん、

 

ゆかさん、ありがとう!

「報道特集」だったのか。

 

感動しました。

歌はこうしてうまれるのですね。

ほんらい、民衆のなかからうまれてくる歌には「作詞者・作曲者」なんてなかったのです。

歌そのものが共感をよべば、自然に、ひとびとが歌いだす。

 

それにつけても、わたしはかなしくてなりません。

もうかなりまえになるかしら、ポーランドでおこなわれた第二次大戦の犠牲者追悼式典に

ドイツの大統領が出席して、あの戦争はドイツの犯罪ですと明言して謝罪した。

真正な行為であった。安倍総理などとは次元がちがう。

 

かなしかったのは、そのことではない。

ポーランドのこの式典が、みごとに、「普通の国家」のかたちでとりおこなわれたことです。

儀仗兵もいたし、軍服が正面にでてた。

ワレサのポーランドがねえ。

 

いま、『異境』というタイトルの本をに出会ったところです。

サブタイトルは「私が生きぬいた中国」。

著者は、韓瑞穂(ハン・ルイス)という日本民族出身の中国人です。

 

このひと、1944年、というから昭和では19年、まさにあのアジア太平洋戦争のさなかに、

中国人と結婚して中国に渡っています。

彼女は、日本女子高等学院(現在の昭和大学)国文科を卒業してまもない21歳、

夫は、法政大学を卒業した22歳。

 

以来、国共内戦時代には、夫婦それぞれ、八路軍と行動をともにし、

中国共産党へ入党もし、まさに、あの激動の時代を生きて、

しかも、そののち、政権をとったあとの中国共産党の(毛沢東の)変質を

まのあたりにし、実害も受け、

と、いまのところ、ここまでしか読んでいないのですが、

それでも、現にいま、中国国際関係学院の教授として、

「名誉回復」された夫とともにくらしているとのこと。

 

なぜ、このひとのことをもちだしたのか?

中国共産党は、革命をなしとげるまでは、まぎれもなく、すばらしい党だった。

しかし、このいま、名ばかりの「共産党」が支配している国家資本主義体制の

中国は、初期の毛沢東・周恩来たちが志したのとはまったく反対の方向へ

大きく転換、イヤ、変質してしまっています。

 

共産党という党名が、まさか、こんなていたらくの支配をあらわすようになろうとは、

1945年から49年にかけての党員たちには想像もつかなかったでしょう。

 

香港でいまおきているのは、まさに、このいまの中国の負の部分を拡大して

見せつけている事態です。

1945年から49年にかけて八路軍・新四軍の兵士としてたたかったひとたちは、

いま、香港で、自由をもとめるたたかいにいのちをささげているわかものたちと

おなじひとたちだと言ってもいい。

 

普遍的な正しさをもつ日本国憲法前文と第九条とを、

わたしたちは、ぜったいに手放してはいけない。

「普通の国」になんかなっては、ぜったいにいけない。

ひこ

ーーーーー

由香さん、ひこさん、みなさん

ローマ教皇来日記念フォーラムでの講演が
決まったとのことご苦労様ですがおめでと
うございます。教皇は「亡くなった弟を背
負う少年」の写真で原爆・戦争廃絶のメッ
セージを発信されていますが、その発信地
として最悪の原爆(原発)被害を受けた日
本が最適と考えておられ11月の来日時には
重大宣言をされると思いますが、是非他の
諸宗教を参加して声を大に世界に呼びかけ
てほしいですね。 
「我願栄光帰香港」別YouTube有難うござ
いました。早速見せてもらいましたが、随
分多くのものが掲載されているのですね。
ひこさんの中日英比較に刺激されてもう一
度見て日英共に原文と大分違うのではない
か(特に英語の方の翻訳は)?と思われた
ので自分で訳をつけてみましたので、添付
共有します(中国語に堪能な方の点検・コ
メントをお願いします)。
これとひこさんの比較もミロクMLに共有さ
せてもらい、スレッドを平和世界サイトに
転載させて頂きたいと思いますのでご海容
下さい。
添付書類:

 

ーーーーー

魯参さん、
共感のしかたが、まことにあなたらしい。
そのあなたに共感。
わたしも、比較しようと思いました。
しかし、書きとめる労を惜しんだためできなかった。
ありがとう。印刷して、とくとくらべました。
日本語訳は、ほぼ、中国語の本文とおなじです。
「何以」と「何故」をあたまにもってくるところなど。
英語では、直接感情をぶつけてくるフレーズではなく、
内容をとって論理的に説明しているものになっている。                                                                                  
この傾向は全体通して感じられます。
「祈求民主輿自由万世不滅」と
「どうか民主と自由が永遠であれ」とは、
すこぅしニュアンスがちがうけど、
意味も感情もおなじようにつたわってくる。
英語では「With them」と、願うことと、願うひととを
論理的にはっきりさせている。
日本語訳も中国語本文も、
「民主」と「自由」が「万世不滅」=「永遠」であれと
願う心が直接表現されている。
要するに、「民主」と「自由」とが「永遠であれ」と
願う、その心情がストレートに表現されているから、
「だれが」「だれのために」などとは表現するまでもない。
英語訳では「Wish them 」とそれが表示されている。
「香港に栄光あれ」だけは、中国語で「我願」と、
主語が明示されている。
「取り戻せわが香港を」
「要光復這香港」
ここでは、「這」=「この」が「わが」になっていることに、
気がついた。
英語訳もおなじで「Let’s revive our HongKong]
と「わが」がつかわれている。
「この」には意味があるのになあ。
それより、「revive」は「とりもどす」にはちがいないが、
「甦らせる」というニュアンスもこめられているのではないかしら?
それと、もっと重要なことに気づいた。
「とりもどせ」と日本語で訳しているのは、
中国語の動詞「光復」です。
まさに韓国でなによりもたいせつにしていることばと
そっくりおなじ、おんなじ意味ですよね。
文化の根の深さを案じました。
いちいちあげつらっていては興ををそぐでしょうから
ここらへんでやめときます。
魯参さん、ありがとう。
なんか、わたしにかわって書きとめてくれた感じでした。
ひこ
ーーーーー

 

ひこさん、魯参さん、みなさま

 

おはようございます。

すごい!あっという間に翻訳を発信してくださる魯参さん、そして

解説してくださるひこさん、なんてすごい方々が集っているの

でしょう。

Youtubeのトップ画面の一番上にある検索欄に「香港に栄光あれ」を

入力して検索すると、いろんなバージョンが出てきます。日本語翻訳も

少しずつ違っています。

https://www.youtube.com/watch?v=eGZ45N3BNFQ

これにも涙が出ました。デモ中心の画像、美しいです。

 

実は11月に長崎で行われる、ローマ教皇来日記念フォーラムで20分

お話することになり、おととい神父さまと打ち合わせしてきました。

1865年に起きた「信徒発見」と、その後の禁教令撤廃について、

神父様がこう語っていました。

「長い禁教の歴史の中で、信徒たちは代々、信仰を伝え続けました。

ほとんどの世代で、そのときには結果は出なかった。でも最後の最後の

ページで奇跡がおきた。あいだのページには何もなかったかもしれないが、

そのページがなければ最後の1ページには到達しなかったのです」。

 

ひこさんや森さんが「なにもなしえなかった」と書かれていましたが

決して、決してそんなことはないと断言します。

香港の人たちも、魯参さんや、ここにおられるMLのみなさんも、

未来へ続く大切な1ページを、いのちをかけて生きておられるのですから。

 

西岡由香

Attachments area

Preview YouTube video 願榮光歸香港 [日本語版]《香港に栄光あれ》(Glory to Hong Kong)

願榮光歸香港 [日本語版]《香港に栄光あれ》(Glory to Hong Kong)

ーーーーー

由香さん、ひこさん、みなさん

ローマ教皇来日記念フォーラムでの講演が

決まったとのことご苦労様ですがおめでと

うございます。教皇は「亡くなった弟を背

負う少年」の写真で原爆・戦争廃絶のメッ

セージを発信されていますが、その発信地

として最悪の原爆(原発)被害を受けた日

本が最適と考えておられ11月の来日時には

重大宣言をされると思いますが、是非他の

諸宗教を参加して声を大に世界に呼びかけ

てほしいですね。 

「我願栄光帰香港」別YouTube有難うござ

いました。早速見せてもらいましたが、随

分多くのものが掲載されているのですね。

ひこさんの中日英比較に刺激されてもう一

度見て日英共に原文と大分違うのではない

か(特に英語の方の翻訳は)?と思われた

ので自分で訳をつけてみましたので、添付

共有します(中国語に堪能な方の点検・コ

メントをお願いします)。

これとひこさんの比較もミロクMLに共有さ

せてもらい、スレッドを平和世界サイトに

転載させて頂きたいと思いますのでご海容

下さい。

魯参

添付書類:

新訳: 誓願「香港に栄光あれ!」

 

ーーーーー

ゆかさん、魯参さん、みなさん、

ゆかさん、

ローマ教皇来日記念フォーラムであなたに講演させるということそれ自体、

長崎のカトリック教会のすばらしさを、いみじくも物語っています。

とっても、とってもいいことです。

あなた以上に、このいま、長崎の地で「キリシタン」について語りうる

ひとはいないでしょう。

いろんなヴァージョンがあることを、送っていただいたヴィデオ映像から知りました。

訴えようとすることそのことはおなじでも、ひょうげんのしかたに、それぞれ微妙な、

そして興味深いちがいがあります。

これこそ、民衆のなかから、民衆の、民衆のための、民衆による歌が

うまれてくるすじみちを、十二分にしめしてくれています。

「民謡」に相当する語は、英語そんほかでは、Folk song ですから、

「民族」の歌と言っていいでしょうが、ロシア語では「ナロードナヤ・ピィーエスニャ」

つまり、「民衆」の歌です。

しごとの場で、生活の場で、おのずからひとびとがくちにしていった、そういう歌です。

送ってもらった画像のなかで謳われているのは、まさにそういう歌ですね。

すこし、ちがう。そのちがいうってとこが、とっても気になる。

魯参さん、

いいですよ、あなたのこの訳!

わたしがひっかかったところもみごとに解決してくださいました。

この歌のばあいは、すくなくとも日本誤訳では、中国語本文の語順を

そっくりそのままうつしとって訳すことができあす。

英語でも、文頭にどの語が来るのかを重視して工夫すれば、できる。

あなたのこの訳はそこで成功しています。

小説のような長い文章ではなかなかそうはいかない。

けど、もう半世紀以上まえに、ワレンチン・カターエフという作家の

「オッチェ・ナーシ(われらが父よ)」という作品を翻訳したとき、

わたしは、無謀にも、語順をいっさいかえないままで「読める」だけでなく「美しい」

ひびきをもつ日本語になおせないかとこころみて、半ば成功したおぼえがあります。

「オッチェ」は「父(アチェーツ)」の呼称。父よ」と呼びかけるときの形ですから、

この部分は「天にましますわれらい父よ」というかの祈りの冒頭部分を用いているのです。

あえて、これをタイトルにしたのは、カターエフのこの作品が、

ナチに占領されたウクライナの都市で、母と幼い娘が、

朝、まだ暗いうちから、家を出て、いたるところに感じとられる監視の目を避けながら、

逃げまどい、その翌朝、凍死体となって発見される、それまでの経過を、

幼い子との対話をまじえて克明に描いたものだったからでしょう。

ひこ

 

 

歴史認識・謝罪・平和構築:ドイツと日本

9月1日シュタインマイヤー独大統領ワルシャワ演説と日本

皆さま

 こんばんは。増田です。これはBCCでお知らせしています。重複・長文、ご容赦を!

 ネットで共同通信(92日付)「第2次大戦開戦80年で式典 ポーランド、独は過去謝罪…

ドイツのシュタインマイヤー大統領は『あの戦争はドイツによる犯罪行為だった。その責任に

ついて許しを乞いたい』と演説し、謝罪した。」という記事を読み、誰か全文を和訳してくだ

さっていないかと、検索してみたのですが見つけられませんでした。

 それで、英語に堪能な方にお願いして、ドイツ連邦大統領府HP

http://www.bundespraesident.de/SharedDocs/Reden/DE/Frank-Walter-Steinmeier/Reden/2019/09/190901-Polen-Gedenken-Warschau.html

から「ワルシャワの第二次世界大戦の記念式典で」の演説を添付のように全文和訳してもらいま

した(後掲URLのご紹介も)。

 約15分くらいのスピーチですが、何度も「stand barefoot」という言葉が出てきます。
https://nam10.safelinks.protection.outlook.com/?url=https%3A%2F%2Fyoutu.be%2F-WwA_ZyrChE&data=02%7C01%7C%7Cf4ff78258eb5493b3a8f08d74005da1f%7C84df9e7fe9f640afb435aaaaaaaaaaaa%7C1%7C0%7C637048266189660812&sdata=CbgMj4xRM1vM5R6%2F%2Flk0TtouwtNNdFlfiaj8jPbNqgU%3D&reserved=0

                                 (3850秒のあたり以降が独大統領演説)

 実際には、ちゃんと靴を履いてらっしゃいます(笑)から、この表現はキリスト教文化圏の人たち

には「へりくだって、一歩下がり、慎むという態度」を意味することなのだろうと思い、クリスチャン

の方に尋ねてみましたら、イザヤ書20章第2~5節には「イザヤを通して神が『裸足で歩け』と命じて

いますが、それは(徹底的に)『恥をさらせ』の意」ということでした。

 それにしても、キッパリと潔く「This war was a German crime.この戦争はドイツの犯罪です。」

と認め「私たちは決して忘れません。決して忘れません、ドイツ人がポーランドに与えた傷を。決して

忘れません、ポーランドの人々の苦しみを。決して忘れません、ポーランドの勇気ある抵抗を。私たち

は決して忘れません、(ポーランド語で)ニグゼ・ニ・ザポニモム(決して忘れない)。」とし、

「自由のために闘ったポーランドの人々に感謝します。犠牲者の苦しみを想い、深い悲しみをもって頭を

垂れます。ドイツが犯した罪に許しを請います。私たちの永続的責任を認めます。」と謝罪し、永続的責

! を認めてスピーチを締める格調の高さ…

対する「我が日本国」首相のアベ戦後70年談話「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そ

してその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」…決然と「謝罪を

続ける」と宣言するドイツ大統領との、めまいがするような、この落差!? 

「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」なんぞ

と強弁して、今に禍根を残す韓国植民地化戦争だったことをごまかす、卑しさ、下劣さ、醜悪さ…無駄に

長く「巧言令色鮮仁」の見本のような格調の低さ…

まさに、ハンギョレ新聞(日本版)822日、http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/34163.html

『[コラム]「引きこもり国家」へと進む日本』(コ・ミョンソプ論説委員)の仰る通りです。

「安倍の本心は、今年の8・15敗戦記念式(※日本では「終戦記念」とする)で改めて明らかになった。

安倍は2012年の第二次執権以後、7年間一度も侵略と戦争の加害者としての責任を認めず、日本国民の「

犠牲」だけを称えた。反省とお詫びの言葉は一言も言わなかった。

A級戦犯を祀る靖国神社に過去と違うことなく供物を捧げた安倍の後に従う極右政治家50人が、靖国を訪

れて過去の栄光に向けて参拝した。自分の行為が生んだ過誤を認め、そこに責任を負うことが成熟の証と

するならば、日本政治こそ成熟の入り口から果てしなく滑落する未成年状態にとどまっている。」(※増田)

 「自分の行為が生んだ過誤を認め、そこに責任を負うことが成熟の証」を証明する独大統領の演説に比し、

マッカーサーからは195155日のアメリカ上院軍事外交合同委員会で「日本人は、まだ12歳」と言われ

ていました。彼からは「なんだ、あれから68年経っても『日本人は、まだ12歳』じゃないか」と言われそう

な…

 私たちが「あの植民地化戦争は日本の犯罪です。」「私たちは決して忘れません。決して忘れません、日本

人が韓国(朝鮮)に与えた傷を。決して忘れません、韓国(朝鮮)の人々の苦しみを。決して忘れません、韓

国(朝鮮)の勇気ある抵抗を。私たちは決して忘れません」

「自由のために闘った韓国(朝鮮)の人々に感謝します。犠牲者の苦しみを想い、深い悲しみをもって頭を垂

れます。日本が犯した罪に許しを請います。私たちの永続的責任を認めます。」とソウルで、日本軍性奴隷被

害者や徴用工被害者の形を前にして、スピーチできる首相を持てる日は、いつ来るでしょうか…その間にも高

齢の被害者らは一人、また、一人と亡くなっていきます…

コ・ミョンソプ論説委員の結論は以下でした。

「安倍の退行を阻止しなければ、日本は真の正常な国家になることはできず、世界普遍の道徳的一員になること

できない。安倍の暴走は韓国には経済的脅威だが、日本国民にははるかに根本的な脅威である。

日本国民が目覚めなければ、日本は安倍の妄想とともに永遠の未成年の孤立状態に閉じ込められるしかない。

韓国国民の安倍反対闘争が持つ超国家的意義がここにある。一斉不買運動を軸とした韓国の反安倍闘争が日本

国民の覚醒を促し、韓日の市民社会の共闘に上昇すれば、この闘争は東アジアに新しい平和秩序を創出する原

点になれるだろう。」

アベ(日本会議)一派と心中して、このまま「果てしなく滑落する」のは御免こうむりたいし、なんとか、「安

倍の退行を阻止し」、日本国として、被害者たちがご存命のうちにきちんと謝罪し補償し、赦していただきたい

のですけど…

なお、独大統領演説にある「ヨハネ・パウロ2世のペンテコステ・イブの説教」はヴァチカンHPの以下のURL

あることも教えてもらいました。

https://w2.vatican.va/content/john-paul-ii/en/homilies/1979/documents/hf_jp-ii_hom_19790602_polonia-varsavia.html

Attachments area
追加:独語よりの翻訳

ガンジーと現代政治家達の比較

Comparative Political Leadership: Gandhi vs. Contemporary Leaders

EDITORIAL, 9 Sep 2019

#603 | Robert J. Burrowes, Ph.D. – TRANSCEND Media Service

On 2 October 2019, it will be the 150th anniversary of the birth of Mohandas K. Gandhi in Gujarat, India. I would like to reflect on the visionary leadership that Gandhi offered the world, briefly comparing it with some national leaders of today, and to invite you to emulate Gandhi’s leadership.

While Gandhi is best remembered for being the mastermind and leader of the decades-long nonviolent struggle to liberate colonial India from British occupation, his extraordinary political, economic, social, ecological, religious and moral leadership are virtually unknown, despite the enormous legacy he left subsequent generations who choose to learn from what he taught. This legacy is available online in the 98-volume Collected Works of Mahatma Gandhi.

While touching on Gandhi’s legacy in each of these regards, I would particularly like to highlight Gandhi’s staggering legacy in four of these fields by briefly comparing his approach to politics, economics, society and the environment with the approach of contemporary political leaders such as Jair Bolsonaro (Brazil), Xi Jinping (China), Emmanuel Macron (France), Viktor Orbán (Hungary), Narendra Modi (India), Binjamin Netanyahu (Israel), Shinzo Abe (Japan), Vladimir Putin (Russia), Mohammad bin Salman (Saudi Arabia), Boris Johnson (UK) and Donald Trump (USA).

Before doing so, let me offer a little basic background on Gandhi so that the foundational framework he was using to guide his thinking and behaviour is clear.

Gandhi in Brief

In order to develop his understanding of the human individual and human society, as well as his approach to conflict, Gandhi engaged in ongoing research throughout his life. He read avidly and widely, as well as keenly observing the behaviour of those around him in many social contexts in three different countries (India, England and South Africa). Shaped also by the influence of his mother and his Hindu religion, this led to Gandhi’s unique understanding of the human individual and his approach to the world at large.

For a fuller elaboration of the points about Gandhi discussed below and the precise references, see relevant chapters and sections on Gandhi in The Strategy of Nonviolent Defense: A Gandhian Approach.

Gandhi’s conception of the human individual and human nature

In order to understand Gandhi generally, it is imperative to comprehend his conceptions of the human individual and human nature simply because these are the foundation of his entire philosophy.

Gandhi attached enormous importance to individual responsibility. He also had a very positive view of human nature. Gandhi believed that humans could respond to ‘the call of the spirit’ and rise above selfishness and violence. Moreover, this was necessary in their quest for self-realization. Self-realization, as the Gandhian scholar Professor Arne Naess explains it, ‘involves realizing oneself as an autonomous, fully responsible person’.

In Gandhi’s view, this quest is an individual one that relies on nonviolence, self-reliance, and the search for truth. ‘To find Truth completely is to realize oneself and one’s destiny.’ But what should guide this search? According to Gandhi, it can only be the individual conscience: The ‘inner voice’ must always be ‘the final arbiter when there is a conflict of duty’. And in his view, ‘the voice of God, of Conscience, of Truth or the Inner Voice or “the still small Voice” mean one and the same thing.’

This point is centrally important, because the usual descriptions of Gandhian nonviolence stress its morality, humility and sacrifice while neglecting the fundamental norm ‘that you should follow your inner voice whatever the consequences’ and ‘even at the risk of being misunderstood’.

The point, of course, is that creation of the nonviolent society which Gandhi envisioned required the reconstruction of the personal, social, economic and political life of each individual. ‘We shall get nothing by asking; we shall have to take what we want, and we need the requisite strength for the effort.’ Consequently, the individual required increased power-from-within through the development of personal identity, self-reliance and fearlessness.

So what is fearlessness? For Gandhi, it means freedom from all external fear, including the fear of dispossession, ridicule, disease, bodily injury and death. In his view, progress toward the goal of fearlessness requires ‘determined and constant endeavour’. But why is fearlessness so important? Because a person who is fearless is unbowed by the punitive power of others and that makes them powerful agents of change.

Gandhi’s approach to society and political economy

Gandhi’s conception of society is based on a rejection of both capitalism and socialism.

In relation to capitalism, he rejected the competitive market and private property, with their emphasis on individual competitiveness and material progress and their consequent greed and exploitation of the weak. He also rejected the major institutions of capitalism, including its parliamentary system of democracy (which denied sovereignty to the people), its judicial system (which exacerbated conflict and perpetuated elite power), and its educational system (which divorced education from life and work).

In relation to socialism, he rejected its conception of conflict in terms of class war, its claim that state ownership and centralization are conducive to the common welfare, its emphasis on material progress, and its reliance on violent means.

The Gandhian vision of future society is based on a decentralized network of self-reliant and self-governing communities using property held in trust, with a weak central apparatus to perform residual functions. His vision stresses the importance of individuals being able to satisfy their personal needs through their own efforts – including ‘bread labor’ – in cooperation with others and in harmony with nature.

For Gandhi, this horizontal framework is necessary in order to liberate the exploiter and exploited alike from the shackles of exploitative structures. This is vitally important because, in his view, ‘exploitation is the essence of violence.’ Self-reliance and interdependence must be built into the structure in order to enhance the capacity for self-regeneration and self defense and to eliminate the potential for structural violence inherent in any dependency relationship.

This social vision was clearly evident in Gandhi’s ‘constructive program’, which was intended to restructure the moral, political, social and economic life of those participating in it. The constructive program was designed to satisfy the needs of each individual member of society and was centrally concerned with the needs for self-esteem, security, and justice. The program entailed many elements, some of which are outlined below in order to illustrate this point.

A crucial feature of the constructive program was the campaign for communal unity. This was intended to encourage reciprocal recognition of the identity of Hindus, Muslims, Christians, Jews and those of other religions. According to Gandhi, all people should have the same regard for other faiths as they have for their own.

The campaign to liberate women was intended to secure self esteem, security, and justice for those most systematically oppressed by India’s patriarchal society. ‘Woman has been suppressed under custom and law for which man was responsible… In a plan of life based on nonviolence, woman has as much right to shape her own destiny as man.’

The campaign for the removal of untouchability was meant to restore self-esteem, dignity, and justice to the Harijans (Gandhi’s term for those without caste) in Hindu society. Similarly, the constructive program was concerned with recognizing the needs of indigenous peoples and lepers throughout India. ‘Our country is so vast… one realizes how difficult it is to make good our claim to be one nation, unless every unit has a living consciousness of being one with every other.’

The khadi (handspun/handwoven cloth) and village industries programs were intended to make the villages largely self-reliant and Indians proud of their identity after centuries of oppression and exploitation under British imperial rule. Khadi, Gandhi argued, ‘is the symbol of unity of Indian humanity, of its economic freedom and equality.’ The struggle for economic equality was aimed at securing distributive justice for all. It meant ‘leveling down’ the rich, who owned the bulk of the nation’s wealth, while raising the living standards of ‘the semi-starved’ peasant millions.

Thus, Gandhi stressed the centrality of the individual and the importance of creating a society that satisfied individual human needs. ‘The individual is the one supreme consideration’; individuals are superior to the system they propound. In fact: ‘If the individual ceases to count, what is left of society?… No society can possibly be built on a denial of individual freedom.’

According to Gandhi then, the foundation of this nonviolent society can only be the nonviolent individual: No one need wait for anyone else before adopting the nonviolent way of life. Hesitating to act because the whole vision might not be achieved, or because others do not yet share it, is an attitude that only hinders progress.

So how is this nonviolent society to come into being? For Gandhi, the aim is not to destroy the old society now with the hope of building the new one later. In his view, it requires a complete and ongoing restructuring of the existing social order using nonviolent means. And while it might not be possible to achieve it, ‘we must bear it in mind and work unceasingly to near it’.

The political means for achieving this societal outcome entailed three essential elements: personal nonviolence as a way of life, constructive work to create new sets of political, social, economic and ecological relationships, and nonviolent resistance to direct and structural violence.

Gandhi the nonviolent conflict strategist

So what did nonviolence mean to Gandhi?

According to Gandhi: ‘Ahimsa [nonviolence] means not to hurt any living creature by thought, word or deed.’ The individual, humanity, and other life forms are one: ‘I believe in the essential unity of [humanity] and for that matter of all that lives.’

Given Gandhi’s understanding that conflict is built into structures and not into people, and that violence could not resolve conflict (although it could destroy the people in conflict and/or the issues at stake) his religious/moral belief in the sanctity of all life compelled him to seek a way to address conflict without the use of violence. Moreover, despite his original training as a lawyer in England and his subsequent practice as a lawyer in South Africa, Gandhi soon rejected the law as a means of dealing with conflict too, preferring to mediate between conflicting parties in search of a mutually acceptable outcome.

According to Gandhi, British imperialism and the Indian caste system were both examples of structures that were perpetuated, in large part, as a result of people performing particular roles within them. The essence of Gandhi’s approach was to identify approaches to conflict that preserved the people while systematically demolishing the evil structure. Moreover, because he saw conflict as a perennial condition, his discussions about future society are particularly concerned with how to manage conflict and how to create new social arrangements free of structural violence.

More importantly, according to Gandhi conflict is both positive and desirable. It is an important means to greater human unity. Professor Johan Galtung explains this point: ‘far from separating two parties, a conflict should unite them, precisely because they have their incompatibility in common.’ More fundamentally, Gandhi believed that conflict should remind antagonists of the deeper, perhaps transcendental, unity of life, because in his view humans are related by a bond that is deeper and more profound than the bonds of social relationship.

So how is conflict to be resolved? In essence, the Gandhian approach to conflict recognizes the importance of resolving all three corners of what Galtung calls the ‘conflict triangle’: the attitude, the behavior, and the goal incompatibility itself. The Gandhian method of conflict resolution is called ‘satyagraha’, which means ‘a relentless search for truth and a determination to reach truth’, it is somewhat simplistically but more widely known (and practiced) in English as ‘nonviolent action’ (or equivalent names). While the perpetrator of violence assumes knowledge of the truth and makes a life-or-death judgment on that basis, satyagraha, according to Gandhi, excludes the use of violence precisely because no one is capable of knowing the absolute truth. Satyagraha, then, was Gandhi’s attempt to evolve a theory of politics and conflict resolution that could accommodate his moral system.

It is for this reason then that ‘Satyagraha is not a set of techniques’. This is because the actions cannot be detached from the norms of nonviolence that govern attitudes and behavior. Therefore, an action or campaign that avoids the use of physical violence but that ignores the attitudinal and behavioral norms characteristic of satyagraha cannot be classified as Gandhian nonviolence. Moreover, the lack of success of many actions and campaigns is often directly attributable to a failure to apply these fundamental norms to their practice of ‘nonviolent action’ (by whatever name it is given locally). To reiterate: ‘Satyagraha is not a set of techniques’.

But Gandhi was not just committed to nonviolence; he was committed to strategy as well. Because he was a shrewd political analyst and not naive enough to believe that such qualities as truth, conviction and courage, nor factors such as numbers mobilized, would yield the necessary outcomes in conflict, he knew that strategy, too, was imperative.

Consequently, for example, he set out to develop a framework for applying nonviolence in such a way that desirable outcomes were built into the means of struggle. ‘They say “Means are after all means”. I would say “means are after all everything”. As the means so the end.’

Gandhi the ecologist

According to Karl Marx, the crisis of civilization was created by the production relations of capitalism; for Gandhi, it was created by the process of industrialization itself. This process both stimulated and was fueled by the unrestrained growth of individual wants. The remedy, according to Gandhi, lay in individuals transforming themselves and, through this transformation, founding a just social order.

He argued that social transformation, no matter how profound, would be neither adequate nor lasting if individuals themselves were not transformed. A part of this strategy was ‘the deliberate and voluntary reduction of wants’. Gandhi did not begrudge people a reasonable degree of physical well-being, but he made a clear distinction between needs and wants. ‘Earth provides enough to satisfy every [person’s] need but not for every [person’s] greed.’

But, as with everything else in Gandhi’s worldview, he did not just advocate this simple material lifestyle; he lived it, making and wearing his own khadi, and progressively reducing his personal possessions.

Contemporary Political Leaders

While contemporary national leaders obviously display a wide variety of styles, it is immediately evident that individuals such as Jair Bolsonaro (Brazil), Xi Jinping (China), Emmanuel Macron (France), Viktor Orbán (Hungary), Narendra Modi (India), Binjamin Netanyahu (Israel), Shinzo Abe (Japan), Vladimir Putin (Russia), Mohammad bin Salman (Saudi Arabia), Boris Johnson (UK) and Donald Trump (USA) might be readily identified as representative of virtually all of them.

And whatever one might say about each of these leaders, it is clear from both their words and behaviour that none of them regards the human individual and their conscience as the foundation on which their national societies or even global society should be built. On the contrary, individuals are destroyed, one way or another, so that society is not inconvenienced more than minimally by any semblance of ‘individuality’ or individual conscience.

Moreover, while in some countries there are clearly articulated doctrines about reducing inequality and, in a few cases, some effort to achieve this, there is little or no concerted effort to restructure their national societies and economies so that inequality is eliminated; on the contrary, the wealth of the few is celebrated and defended by law. None of these leaders wears a local equivalent of khadi to express their solidarity with those less privileged and model a lifestyle that all can (sustainably) share.

The oppression of certain social groups, such as women, indigenous peoples, racial and religious minorities, particular castes or classes, those of particular sexual and identity orientations or with disabilities, remains widespread, if not endemic, in each of these societies with considerably less than full effort put into redressing these forms of discrimination.

Not one of these leaders could profess an ecological worldview (and national policies that reflected a deep commitment to environmental sustainability) or the simplicity of material lifestyle that Gandhi lived (and invited others to emulate).

And not one of them could pretend that killing fellow human beings was abhorrent to them with each of these countries and their leaders content to spend vast national resources on military violence rather than even explore the possibility of adopting the strategically superior (when properly understood and implemented) strategy of nonviolent defense that Gandhi advocated. ‘I have always advised and insisted on nonviolent defence. But I recognize that it has to be learnt like violent defence. It requires a different training.’ See The Strategy of Nonviolent Defense: A Gandhian Approach or, more simply, Nonviolent Defense/Liberation Strategy.

For just a taste of the discriminatory, destructive and violent policies of contemporary political leaders, see ‘Equality Reserved: Saudi Arabia and the Convention to End All Discrimination against Women’‘156 Fourth World Nations suffered Genocide since 1945: The Indigenous Uyghurs Case’‘Weaponizing Space Is the New Bad Idea Coming From Washington D.C.’ and ‘Report Shows Corporations and Bolsonaro Teaming Up to Destroy the Amazon’. But for further evidence of the support of contemporary political leaders for violence and exploitation in all of their forms, just consult any progressive news outlet.

As an aside, it is important to acknowledge that the world has had or still does have some national leaders with at least some of Gandhi’s credentials. It also has many community leaders who display at least some of these credentials too, which is why there are so many social movements working to end violence, inequality, exploitation and ecological destruction in their many forms.

Was Gandhi realistic? Was he right?

But even if you concede that Gandhi was a visionary, you might still ask ‘Was Gandhi realistic?’ Surely it is asking too much for modern political leaders to live simply and nurture ecological sustainability, to work energetically against all forms of inequality and discrimination, and to deal with conflicts without violence, for example. Especially in a world where corporations are so powerful and drive so much of the inequality, violence and ecological destruction that takes place.

Of course, ‘Was Gandhi realistic?’ is the wrong question. With human beings now on the brink of precipitating our own extinction – see ‘Human Extinction by 2026? A Last Ditch Strategy to Fight for Human Survival’ – the more appropriate question is ‘Was Gandhi right?’

And if he was, then we should be attempting to emulate him, however imperfect our attempts may be. Moreover, we should be endeavouring to improve on his efforts because no-one could credibly suggest that Gandhi’s legacy has had the impact that India, or the world, needs.

Can we improve on Gandhi?

Of course we can. As Gandhi himself would want us to do: ‘If we are to make progress, we must not repeat history but make new history. We must add to the inheritance left by our ancestors.’

One key area in which I would improve on Gandhi is an outcome of doing decades of research to understand the fundamental cause of violence in human society: the dysfunctional parenting and teaching models we are using which inflict virtually endless ‘visible’, ‘invisible’ and ‘utterly invisible’ violence on children and adolescents. See ‘Why Violence?’‘Fearless Psychology and Fearful Psychology: Principles and Practice’ and ‘Do We Want School or Education?’

This cause must be addressed if we are to have any chance of eliminating the staggering and unending violence, in all of its forms, from our families, communities and societies while empowering all individuals to deal fearlessly and nonviolently with conflict.

Hence, I would encourage people to consider making ‘My Promise to Children’ which will require them to learn the art of nisteling. See ‘Nisteling: The Art of Deep Listening’.

For those who need to heal emotionally themselves in order to be able to engage with children in this way, see ‘Putting Feelings First’.

There are several vitally important reasons why a radical reorientation of our parenting and teaching models is necessary as part of any strategy to end human violence. One reason is that the emotional damage inflicted on children leaves them unconsciously terrified and virtually powerless to deal with reality; that is, to respond powerfully to (rather than retreat into delusion about) political, military, economic, social and ecological circumstances. As casual observation confirms, most individuals in industrialized societies become little more than mindlessly obedient consumers under the existing parenting and teaching models. See ‘Love Denied: The Psychology of Materialism, Violence and War’This is as far as it can get from Gandhi’s aspiration to generate individuals who are fearless.

Moreover, at their worst, these parenting and teaching models generate vast numbers of people who are literally insane: an accurate description of most of the political leaders mentioned earlier but particularly those who pull the strings of these leaders. See ‘The Global Elite is Insane Revisited’.

Another reason that a radical reorientation of our parenting and teaching models is necessary is so that we produce a far greater number of people of conscience who can think, plan and act strategically in response to our interrelated existential crises. Too few people have these capacities. See, for example, ‘Why Activists Fail’ and ‘Nonviolent Action: Why and How it Works’. Consequently, most activism, and certainly that activism on issues vital to human survival, lacks the necessary strategic orientation, which is explained in Nonviolent Campaign Strategy.

A fourth reason that transformed parenting and teaching approaches are necessary is that it will open up a corner of the ‘conflict square’ that Gandhi (and Galtung) do not discuss: the feelings, particularly fear, that shape all conflicts (that is, the other three corners of the ‘conflict square’: attitude, behaviour and goal incompatibility) and then hold them in place. Fear and other suppressed feelings are central to any conflict and these must be heard if conflict is to be resolved completely. But, more fundamentally, conflict is much less likely to emerge (and then become ‘frozen’) if fear and other feelings are not present at the beginning. Imagine how much easier it would be to deal with any situation or conflict if the various parties involved just weren’t scared (whether of the process and/or certain possible outcomes). See ‘Challenges for Resolving Complex Conflicts’.

Anyway, separately from the above, if you share Gandhi’s understanding that the Earth cannot sustain the massive overconsumption that is now destroying our biosphere, consider participating in a project that he inspired: ‘The Flame Tree Project to Save Life on Earth’.

And consider signing the online pledge of ‘The People’s Charter to Create a Nonviolent World’.

Or, if none of the above options appeal or they seem too complicated, consider committing to:

The Earth Pledge

Out of love for the Earth and all of its creatures, and my respect for their needs, from this day onwards I pledge that:

  1. I will listen deeply to children (see explanation above)
  2. I will not travel by plane
  3. I will not travel by car
  4. I will not eat meat and fish
  5. I will only eat organically/biodynamically grown food
  6. I will minimize the amount of fresh water I use, including by minimizing my ownership and use of electronic devices
  7. I will not buy rainforest timber
  8. I will not buy or use single-use plastic, such as bags, bottles, containers, cups and straws
  9. I will not use banks, superannuation (pension) funds or insurance companies that provide any service to corporations involved in fossil fuels, nuclear power and/or weapons
  10. I will not accept employment from, or invest in, any organization that supports or participates in the exploitation of fellow human beings or profits from killing and/or destruction of the biosphere
  11. I will not get news from the corporate media (mainstream newspapers, television, radio, Google, Facebook, Twitter…)
  12. I will make the effort to learn a skill, such as food gardening or sewing, that makes me more self-reliant
  13. I will gently encourage my family and friends to consider signing this pledge.

Despite the now overwhelming odds against human survival, can we get humanity back on track? Gandhi would still be optimistic: ‘A small body of determined spirits fired by an unquenchable faith in their mission can alter the course of history.’

Are you one of those ‘determined spirits’?

_______________________________________________

Robert Burrowes, Ph.D. is a member of the TRANSCEND Network for Peace Development Environment and has a lifetime commitment to understanding and ending human violence. He has done extensive research since 1966 in an effort to understand why human beings are violent and has been a nonviolent activist since 1981. He is the author of Why Violence? Websites: (Charter)  (Flame Tree Project)  (Songs of Nonviolence) (Nonviolent Campaign Strategy) (Nonviolent Defense/Liberation Strategy(Robert J. Burrowes) (Feelings First) Email: flametree@riseup.net

Tags: ActivismGandhiHistoryHuman RightsInternational RelationsNonviolenceNonviolent ActionPoliticsSolutionssocial justiceworld

 

This article originally appeared on Transcend Media Service (TMS) on 9 Sep 2019.

Anticopyright: Editorials and articles originated on TMS may be freely reprinted, disseminated, translated and used as background material, provided an acknowledgement and link to the source, TMS: Comparative Political Leadership: Gandhi vs. Contemporary Leaders, is included. Thank you.

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Creative Commons License
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One Response to “Comparative Political Leadership: Gandhi vs. Contemporary Leaders”

  1. Gandhi, Nonviolence and Peace
    For Eradication of Corruption, Crime and Violence
    Surya Nath Prasad, Ph.D. – TRANSCEND Media Service
    https://www.transcend.org/tms/2014/10/gandhi-nonviolence-and-peace/

ボリビアが広島原爆の日に核禁止条約批准、発効要件の半数に

皆さま

8月6日広島原爆の日にボリビアが核兵器禁止条約を批准し、25カ国目の締約
国となりました。8月29日(核実験に反対する国際デー)にはカザフスタンが
26カ国目の締約国となりました。9月26日(核兵器の全面的廃絶のための国
際デー)には、ニューヨーク国連本部で同条約の署名・批准式が行われる予定で、
さらなる署名や批准の増加が期待されます。

ボリビアの批准について、ICANの記事を日本語にまとめました。サーロー節
子さんや日本被団協の声明にもリンクされています。
https://www.facebook.com/kakuhaizetsu/posts/2561317737252549
Bolivia’s ratification on Hiroshima Day brings Nuclear Ban Treaty halfway to entry into force

Facebook「核廃絶・世界の動き」から。


川崎哲
Akira Kawasaki
〒169-0075 東京都新宿区高田馬場3-13-1 B1
ピースボート
Tel: 03-3363-7561
     090-8310-5370
Fax: 03-3363-7562
kawasaki@peaceboat.gr.jp
ピースボート
http://www.peaceboat.org
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)
http://www.icanw.org
議員ウォッチ
https://giinwatch.jp

MLホームページ: https://www.freeml.com/abolition-japan

 ICANニューズレター(2019年6月、7月)

皆さま
ICANが、ほぼ1カ月に1回、パートナー団体の皆さん宛に「Campaigners
Newsletter」を国際事務局からメールでお送りしています。この英語の
Newsletterの6月版(7月2日付)と7月版(7月31日付)の日本語まとめ訳
をお送りします。上に7月版を、下に6月版を載せます。
川崎哲================================

ICAN Campaigners Newsletter -July 2019
31 July 2019

ICANer のみなさん、

2019年ももう後半に突入しましたね!二年前の核兵器禁止条約採択のときの写真を見返してみました。みなさんが変わりなく、元気に笑って過ごしていますように。

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ーキャンペーン会議について
諸事情により2019年のキャンペーン会議を延期致しました。2020年パリで(できれば2月頃)開催したいと考えております。詳細が決まり次第またご連絡致します。

ーキャンペーンガイド
条約採択から2年を迎え、署名・批准を促進するためのキャンペーンガイドを発行しました。このガイドは、それぞれの国で条約の署名・批准を進めるために一人ひとりができるアクションについて説明してあります。PDF(英語版)はこちら:http://www.icanw.org/wp-content/uploads/2019/07/Campaigner-guide-to-TPNW-signature-and-ratification.pdf?utm_source=ICAN+Campaigners&utm_campaign=74929bbf7b-EMAIL_CAMPAIGN_2018_09_12_12_22_COPY_01

ー広島 – ICAN アカデミー
15人の学生・専門家らが、被爆者や学者、活動家、外交官による講義を受け、世界で初めて核の破壊的な影響を経験した都市で核兵器への理解を深めました。ICANウェブサイト、またはFacebook、twitter、Instagramで講義や参加者の様子をご覧ください。

ー中距離核戦力(INF)全廃条約の失効
INF全廃条約は米国とロシアを対象としていますが、失効により全世界が危険な状態にあります。この条約は、冷戦時ヨーローッパ全土を危険に陥れていた中距離核ミサイルの使用禁止を定めており、当時米ソ間の緊張緩和に寄与しました。それがなくなってしまった今、新たな軍拡競争が加速する不安が高まっています。

■最近の動き
・ICAN フランスは、グルノーブルがICANシティー・アピールに賛同したこと、そして仏外務省に核禁止条約に関する文書を送ったことを発表しました。これで、シティー・アピールに賛同するフランスの都市は12になりました。

・World Beyond War はPAX、Code Pinkと共同でオンラインセミナーを開講し、「核兵器は絶対悪」という認識を広め、禁止条約の影響を広めるためのツール、および戦略としてのダイベストメントを行う方法について説明しました。

・SEHLACは、外務省とICAN共催でガイアナにて開催された、カリブ海地域フォーラムでの核兵器禁止条約に関するレポートを発表しました。

・6月23日から27日にかけて、ICANフランスの新しいプロジェクトの一つ、「フランス語圏における核軍縮人材育成プログラム」がチュニジアの首都チュニスで開かれ、現地の学生が国会議員やジャーナリスト、学者らに会いました。

・6月4日、ロータリーインターナショナルは、アントワープ大学のトム・ソーサー准教授の長年に渡る核軍縮運動とその研究を賞して、グローバル・サービスアワードを贈りました。

・社会的責任を果たすための医師団 (PSR)のアイラ・ヘルファンドと核戦争防止国際医師会議はCNNでコメントを発表し、気候変動と核戦争は米国が直面している喫緊の課題であり、大統領選の焦点になるべきだと訴えました。

・<再掲> NuclearBan USのティモン・ウォリスによる新しいレポート「兵器から風力へ:グリーン・ニューディール法案にどう向き合うか (Warheads to Windmills: How to Pay for a Green New Deal)」では、気候変動に対処するために、核兵器廃絶はどれほど重要であるかを考察しています。

・米国市長会議(USCM)は、すべての大統領選候補者に、当選した場合核兵器禁止条約に背を向けている政府の姿勢を正し、人類の価値と私たちが目指すべきゴールを尊重することを誓うよう求める新しい決議案を満場一致で可決しました。

・核戦争防止国際医師会議コスタリカ支部のカルロス・ウマ―ニャがアラン・チューリングLGBTIQ賞を受賞し、核爆発による電磁パルスの影響について発表しました。

・ローマ法王が11月に来日します。日本カトリック司教協議会は、核兵器禁止条約への言及を含む声明を発表しました。これによって法王の長崎・広島滞在中に条約に対する明確な発言があることを願っています。https://www.cbcj.catholic.jp/2019/07/17/19249/

・米ハーバード大学法科大学院・国際人権クリニック講師のボニー・ドチェルティ氏が日本の朝日新聞が主催する広島での核兵器シンポジウムに登壇しました。

■国際運営会議より
先日ICANは児童保護ポリシーを制定しました。
以下にその概要を紹介します。

<ポリシー概要>
ICANはこのポリシーに従って、子どもの保護に取り組みます。
このポリシーは、ICANの運営委員、職員、顧問、インターン、ボランティア等すべてのICANスタッフに適用されます。
一般的に、ICANは組織として子どもと関わることはありません。しかし、スタッフや国際運営委員、インターン、顧問、パートナー団体など、ICANに関わるすべての人が、子どもを守ることの重要性を理解するよう努めて参ります。
ICANは子供の保護において、手本となる実践モデルを確立することを目指しています。また、子どもとその家族両方に対して、児童保護の取り組みを信頼あるものにするために活動していきます。

この児童保護ポリシーは定期的に改定されます。
原文:http://www.icanw.org/wp-content/uploads/2019/07/20190709_ICAN_ChildProtectionPolicy.pdf

(まとめ訳:田中美穂)

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ICAN Campaigners Newsletter -June 2019
2 July 2019

ICANer のみなさん、

このニュースレターでは、6月までの動きを振り返りたいと思います。

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引き続き多くの国々が条約への署名・批准に向けて動いています。エクアドル、カザフスタン、ボリビアは批准手続きが終わるまでまであと一歩です。

9月26日の国連総会に併せて、核兵器禁止条約署名批准式がニューヨークで開かれます。世界の多くの指導者たちが一堂に会する絶好の機会です。ICANは参加が期待される国々に働きかけていきます。

5月23日には、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の議会に招かれ、ガーナ、ナイジェリア、トーゴのICANキャンペーナーが93人の議員らの前で条約や、アフリカ地域が参加する意義などを話しました。

ガイアナ外務省と国際運営委員会の協力の下、ICANは6月19、20日の2日間、ガイアナのジョージタウンにてカリブ海地域フォーラムを開催しました。14のカリブ海地域のうち10カ国の政府専門家とICAN、国際赤十字がこのイベントに参加し、「ジョージタウン声明」の採択により幕を閉じました。

ICANシティー・アピールへの賛同も続々と増えています。バンクーバー、ビクトリアを含む5つの市・町や、エディンバラ、オレゴン州、そしてベルギーも加わりました。ニューヨーク市のICANerたちは、市議会決議の可決に向けて交渉にあたっています。

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条約発効ステータス
署名:70カ国
批准:23カ国
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パートナー団体
554団体・103カ国
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■新しく加わったパートナー団体
Documentation and Information Network for Indigenous Peoples’ Sustainability(国際団体)
Fredsbevegelsen p? Nesodden(ノルウェー)
International Society for Social Pediatrics and Child Health – ISSOP(国際団体)
Mines Action Canada(カナダ)
Ohne R?stung Leben(ドイツ)
Sudbury Noon Rotary Club(ドイツ)
Swatantrata Abhiyan Nepal(ネパール)
Swiss Medical Students’ Association – SWIMSA(スイス)

■最近の動き

・ICAN共同創設者のティルマン・ラフとディミティー・ホーキンスに、Queen’s Birthday Honours 2019(※オーストリア勲章)が授与されました。核不拡散と核軍縮における国際社会での指導的な役割を果たしたことが評価されました。

・Don’t Bank on the Bomb(核産業への融資をやめさせる取り組み)―PAXとICANは、銀行や年金基金による核産業関連企業への融資の現状を示した新しいレポート(https://www.dontbankonthebomb.com/wp-content/uploads/2019/06/2019_HOS_web.pdf )を発表しました。

・ニューヨークのICANerの取り組みにより、ニューヨーク市議会は核兵器に関する決議(Res. No. 976、Int. No. 1621)を提出しました。可決されると、1. 核兵器関連企業から厚生年金基金を引き揚げ、2. ニューヨーク市が非核地帯であることを再確認し、3. 核軍縮と非核地帯に関する問題の管轄、レポートの発行、プログラム・会議の開催、市長室と協働して政策や決議の提言を受け持つ委員会を設置し、4. ニューヨーク市としてICANシティー・アピールに賛同する、以上4点をニューヨーク市に求めることになります。

・ニュージャージー州議会は、米国が核兵器禁止条約に加入し、核の危険を低減するための対策をとっていくことを支持する決議案(Resolution A230)を可決しました。

・スコットランドのウェスト・ダンバートンシャー議会(West Dunbartonshire)は、核兵器のいかなる使用も壊滅的な影響を世界中にもたらすことに言及し、英国の核兵器の輸送に地方道路を使うことを非難した上で、核兵器禁止条約を支持する決議案を可決しました。

・核戦争防止国際医師会議の循環器系専門家らが、American Heart Association Journal に核兵器の危険性についての記事を寄稿しました。

・Gender + Radiation Impact Project (https://www.genderandradiation.org/) のメアリー・オルソンが発行したレポートによると、X線を含む電離放射線を浴びた女性は、生涯のどこかの時点で癌を患う可能性が10倍高まることが明らかになりました。

・カザフスタンにあるスイス大使館と協同で、Center for International Security and Policy(カザフスタン)は海外からのインターンとカザフスタンの若い外交官向けの軍縮教育プロジェクトを始めました。第一回目は6月1, 2日に開催され、イタリアやドイツ、スイスなどからの参加者がセミパラチンスク核実験場を訪ねたり、現地の大学に併設された解剖学博物館を見学したりしました。

・Nuclear Ban US のティモン・ウォリスが発表した新しいレポート “Warheads to Windmills: How to Pay for the Green New Deal” では、気候変動に対処するために何が必要とされているのかや、核兵器プログラムのどこから必要な資金や科学・技術分野での専門的知識を捻出できるのかについて考察がなされています。

・PAX Christi 北カリフォルニア支部は、長崎の原爆を描いた新しいプレイヤーカードを作りました。8月6日から9日にかけて、核の犠牲になった人々への哀悼の意を込め、5000枚のカードがカトリック教徒に配られました。

・チュニジアのICANerが、ハフィントンポストに記事(La D?nucl?arisation du monde? La Tunisie a aussi son mot ? dire!)を寄稿し、その中で核兵器禁止条約を早く批准し発行させることの重要性を説いています。

■国際運営会議より
・対面でのキャンペーン会議はインプットや懸念を聞く絶好の機会なので、今後もできる限り開催したいと思います!国際運営委員らが地域ミーティングの開催を補助し、対話の機会を設けていきます。
・月一回発行されるニュースレターはそれぞれの取り組みのことを知る良い手段です。パートナー団体のみなさんには、メーリングリストまたはダニエルに直接メールを送ってもらって、ニュースレターで日々の活動をシェアできるようお願いしたいと思います。
・パートナー団体は重要な戦略会議や一般向けの露出がある場合、ICANの立ち位置とキャンペーンの見解を反映し、関連するテーマや専門的知識を考慮することを確実にするために、前もってその内容を知らせてください。
・国際運営委員や国際スタッフチームメンバーがメディアに出る場合は、地域、またはその国のパートナー団体に知らせるようにしていきます。パートナー団体のみなさんも、イベントを開いたり何らかの活動を行う際には、スタッフや同じ地域・国の他団体に知らせてもらえれば嬉しいです。
・財源や寄付、プロジェクトの内容や成果についての情報を今後より共有するように努めていきます。
・オンラインセミナーなどのウェブ上で学ぶ機能を充実させ、特定のスキルやポリシーへの理解を深める機会を増やしていきます。それぞれのパートナー団体での活動の成果を共有したり、直面している課題について議論したりする場になればと思っています。

(まとめ訳:田中美穂)


川崎哲
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核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)
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議員ウォッチ
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教皇フランシスコを生んだ中南米の崇高な抵抗

みなさま

こんにちは。

11月に教皇フランシスコが来日されるのを記念して、絵本「パパ様と長崎」の

イラストにかかりっきりでしたが、やっと入稿できました~。10月完成予定

なので、上梓したら改めてお知らせいたします。

85日に長崎で開催した、ジャーナリスト伊藤千尋さんの講演会

「教皇フランシスコを生んだ中南米の崇高な抵抗」、7分だけyoutube

アップできたのですが、機器のトラブルで、この7分しかデータが

撮れなかったそうです・・雰囲気だけでも伝われば幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=FrAEQY15teg

映像には出てきませんが、私が感動したのはチリの青年とヨハネ・パウロ二世

の話でした。1987年、軍事政権下のチリをヨハネ・パウロ二世が訪問し、

将軍らの前で歓迎集会が開かれたとき、青年代表として教皇の前に進み出た

青年は、しばらくの沈黙のあと顔をあげて、こう語ったそうです。

「僕が読む原稿は政府が検閲したものです。僕はあなたに嘘をつくことは

できません」。

そうして、軍事政権下でいかに国民が虐待されているかをとうとうと述べました。

身を乗り出して聞いていたヨハネ・パウロ二世は立ち上がり、用意された

教皇挨拶にない言葉を何度も叫びました。「若者よ、あなた方の責任を果たし

なさい。社会を変革し、より人道的なチリ建設のために、若者よ、立て!」

このとき、記者席で聞いていた伊藤さんは、教皇が「社会正義」という言葉を

12回も連発したことに驚いたそうです。この一切はテレビで生中継されて

いました。その若者はあとで暴行を受けたそうですが、チリの国民投票で

軍事政権にNOの審判が下され、民主化が訪れたのはその2年後のことでした。

「社会が正義を無くしたとき、間違った社会に対して間違っていると言う勇気」。

チリの若者が示した、この崇高な勇気を私も道標にしたいと思うのです。

西岡由香