国民の安心安全は戦争できること?

  日独伊三国同盟を1940年9月に調印。10月には全政党を解散して大政翼賛会を発会して戦争へ総動員していきます(共産党は非合法)。

1941.3/1 小学校を国民学校と改める。
12/8 太平洋戦争開戦。
1945.3/10 東京大空襲。
3/26~6/23 沖縄戦。
5/8 ドイツ降伏(イタリアは1943.9にすでに降伏)。日本 ただ一国だけが世界平和
の敵となっていた。
8/6 広島と8/9長崎に米国が原爆を投下。

  8/8 ソ連参戦。


8月15日 玉音放送、9/2 降伏文書に調印(日本の敗戦)。

  これよりGHQ(連合軍総司令部)( 長官はマッカーサー)が日本政府を占領下に置いてます(1952年4月28日サンフランシスコ講和条約発効の日まで)。

  その中にあって

1946.4/10総選挙、共産党も合法化されて、初めて婦人にも参政権を与えられた。

  大選挙区・比例代表選挙で議員を選びました(自由党141・進歩党94・社会党92・共産党5・諸派38・無所属81、婦人の当選者39人)。「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、この憲法(日本国憲法)を確定する」。

  11/3 憲法公布、翌年5/3施行。
このときは「戦争放棄・戦力放棄・交戦権否認」の九条です。


1950年6/25 朝鮮戦争勃発(~1953)、米軍が日本から参戦。マッカーサーは基地
の米軍家族の安全を守るために警察予備隊75000人の設置を日本政府に指令しました。

52年に保安隊となり、54年には自衛隊となる。


1952年4/28でGHQの占領政治は終結したはずですが、二国間では日米安保条約が
結ばれていました。日本全土を米軍基地に提供し米軍がそのままいすわることを認めてきています。

1955年11/15日本自由党と改進党が保守合同して、自由民主党となりました。自民党は結党以来憲法改定を党是としています。1960年には新日米安保条約に改定させています。一貫して日米同盟に貢献してきたといえるでしょう。

  人々の安全・安心は暮らしといのちを守ることに役立つ消防隊員であり警察官でしょう。(介護士・保育士・教師…なども)国家の安全安心を守るのが自衛隊・機動隊なのかもしれません。

軍事優先の政治をしていくことになれば社会保障費・教育費は削られていって限りなく北朝鮮の国家の姿に近づくことになりませんか?

  孤立・独裁・核武装は国民・人類・生類の為にならず、どの国とも善隣友好の広域・民主・自由・平和の文化交流が未来の姿でしょう。

​                       憲法語らい場 古川ひろすけ

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